Dr. Tairaのブログ

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菅政権の危機管理能力の欠如がもたらす感染爆発

はじめに

日本では本格的な冬を迎え、新型コロナウイルス感染者が急増しています。お隣の韓国でも新規陽性者が増えていますが、日本の感染者増加は、東アジア・西太平洋先進諸国の中でも突出しており、最悪です(図1)。

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図1. 日本と東アジア・西太平洋先進諸国における新規陽性者数の推移(Our World in Dataより).

専門家の多くは5月の段階でこの冬における大流行を予測し、私もこのブログ(→為政者と専門家の想像力のなさが感染拡大を招く)で再三再四警鐘をならしてきましたが、残念ながら予測が的中してしまいました。脱力感この上ないです。

今朝のテレビ朝日「モーニングショー」では、新型コロナウイルス感染症流行に関して菅政権の危機管理能力をテーマとして伝えていました。ここではその内容を取りあげながら、政権の姿勢がこの先のさらなる感染爆発をもたらす危険性について論じたいと思います。

1. リーダーシップに求められること

国や政策担当者のトップにリーダーシップとして求められることは、合理性に裏付けされた決断力、説得力(発信力)、そして責任力です。この面で、海外のいくつかの先進諸国・地域ででは為政者がリーダーシップを果たし、感染拡大抑制に成功しています。例としてあげれば台湾やニュージーランドです。アーダーン首相の国民へメッセージには、常に説得力があります。

感染増大に至った場合では、その抑制に向けてさらに国のトップの発信力がものを言います。印象的だったのはドイツのメルケル首相です。物理学専攻の博士でもあり、普段は合理的判断で冷静なメルケル首相が、身振り手振りで感染拡大抑制へ向けて国民に熱く訴えていた姿がテレビでも報道されました(図2)。

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図2. 危機を訴えるメルケル首相の姿とメッセージ(2020.12.23 TV朝日「モーニングショー」より).

一方で日本の菅首相はどうでしょうか。パンデミックは世界共通の危機なので、各国のリーダーの対応と比べることが容易ですが、彼の姿勢はきわめてお粗末です。

9月の就任以来、首相の記者会見は9月16日と12月4日の2回だけです(図3左)。海外のトップが常に国民に直接発信しているのと比べると、いかにも少ない印象です。しかもこれだけ感染が増大しているのに(図1)、相変わらず、マスク着用、手洗い、三密回避のお願いだけという物足りなさです。この会見の一週間前には、政府分科会の尾見茂会長が「個人の努力だけで感染拡大の状況を沈静化させることはむずかしい」と述べています(図3右)。

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図2. 菅首相の記者会見のメッセージと分科会尾見会長の発言(2020.12.23 TV朝日「モーニングショー」より).

また、感染症対策に提言する責任者である尾見会長自身の発言にも、一貫性がみられません。感染拡大の要素として人の動きを挙げておきながら、GoToトラベルがその主要な要因であるとのエビデンスはないと言っています(図3左)。米国立感染症研究所のファウチ所長が一貫して自らの立場に沿った意見を述べているのとは対照的です(図3右)。

この尾見会長の「エビデンスはない」の受け売りで、菅首相はネット番組でも「いつの間にかGoToが悪いということになってきたが、移動では感染はしない」と述べていました。ここにも危機感や緊張感が感じられません。

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図3. 分科会尾見会長と米国立感染症研究所のファウチ所長の発言の比較(2020.12.23 TV朝日「モーニングショー」より).

尾見会長の発言には、分科会の位置づけが曖昧であり、権限も不明確なことが影響していることは明らかです。つまり、政府の「経済優先」という意向を横目で見ながら、それに配慮しながら提言するという状態が続いているのでしょう。

そもそも、感染症対策の対策担当が西村経済再生担当大臣というのが、最初から間違っているように思います。感染対策と経済活動の両立と言いながら、実のところ、希望的予測の下に経済活動を優先して続けるという楽観的・非合理的姿勢ですから、両立などできるはずがありません。

この期に及んで、尾見会長の発言とともに、西村大臣の「多くの地域はステージ2のレベル」、「GoToトラベルの再開は年明けのしかるべきタイミングで判断」という発言は、何と的外れな発言でしょう(図4)。これからさらに感染大爆発に至るということに想像が行かないのでしょうか。

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図3. 分科会尾見会長と西村大臣の「GoToトラベル再開」に関するの発言(2020.12.23 TV朝日「モーニングショー」より).

GoTo再開などに言及している場合ではないのです。緊急事態宣言とともに強力な対策をすでに打ち出しているべき段階なのです。もっと言えば、前のブログ記事「為政者と専門家の想像力のなさが感染拡大を招く」で指摘したように、1ヶ月前に緊急宣言とともに強い対策をとっているべきだったのです。

2. 政府に必要な危機管理体制

当該モーニングショーには、元内閣官房参与の田坂広志氏が出演していて、危機管理に関するさまざまな意見と提言を述べていました。彼の意見を拾いながら、ここであらためて述べてみたいと思います。

まず第一に挙げられるのは、リスク・コミニュケーションの重要性です。仮に政府がどれほど有効な対策を打ち出していたとしても、そのことが迅速に、かつ分かりやすく説得力を持って伝えられない限り、国民は安心を感じられないということが挙げられます。日本政府のリスク・コミュニケーションのなさは、以前から世界保健機構WHOにも指摘されているとおり、致命的欠陥であると言えます(→新型コロナ流行の再燃と失敗を繰り返す日本)。

田坂氏は、コミニュケーションの8割は非言語的なメッセージが機能すると指摘していました。それは直接的な言葉の内容ではなく、表情、声色、行動から伝わる印象の方がより訴える力を持つということです。この点においてはメルケル首相などに比べて菅首相は印象が薄いと言えましょう。そして、それが国民に対して、自由に移動・会食をしてもいいのでいいのではないか、という非言語のメッセージとして伝わっている可能性を指摘していました。

第二に重要なことは、事態の想定と強力な初期対策です。原発事故やコロナ危機など致命的状況をうみかねない有事においては、常に最悪の事態を想定して初期から強力な対策を準備・実行する必要があります。そして、たとえ対策が空振りに終わったとしても周囲や国民はそれを後から批判しないことが重要です。

しかし政府は、経済優先に前のめりになり、常にこの程度の事態で推移するだろうという希望的観測や願望的予測によって、中途半端な対策を小出しにすることを繰り返してきました。冬に本格的に流行することは、第1波の頃から多くの専門家が予測していたにもかかわらず、政府の想像力の欠如が、強力な対策を推し進めることを拒んできたわけです。

第三として田坂氏は、「経済」と「安全」の分離・独立の原則を指摘していました。資本主義社会では、極端に言えば儲からなければ飢えた人々にさえ食料は回らず、たとえ人を殺す道具であっても儲かれば武器がどんどん売られます。つまり、生物学的価値を貨幣価値に置き替えてしまった現代社会では、常に安全性よりも経済が優先されます。

この両方の考え方がいっしょになった現在の政府分科会では、当然ながら、いくら安全性に立脚したとしても、両立を図ると言ったとしても、経済が優先するということになります。田坂氏は、安全を考える分科会と経済を考える分科会を分けて進める必要があったと強調していました。

おわりに

田坂氏も述べていましたが、「エビデンスは存在しない」というのは詭弁であって、それに基づいて都合良く解釈するという正常性バイアスが、政権や人々の行動を緩ませてしまいます。「危機を煽る」、「コロナは恐れることはない」という言い方も同様であり、有事に対しては万全に備えるという姿勢が必要であるのに、まさしくコロナ禍という有事に直面しても不作為の状態に陥り、被害を拡大させているのが菅政権と言えるでしょう。

列強国に侵略されると言いながらも、常に楽観的に非合理的に物事を進め、日本を壊滅的状態にしてしまった旧日本軍部と同じ思考回路とも言えます。

このままでは、感染大爆発に至り、現在1日3千人の新規陽性者が5千人、さらに1万人を超えるとしてもまったく不思議ではありません。死亡者もこの冬累計であっさり中国を追い抜いてしまうでしょう。もう時すでに遅しなのですが、今すぐに緊急事態宣言を発出し、強力な対策を打ち出さなければ、年明けには日本は延焼がますます拡大し、やがて焼け野原になってしまいます。その時になって気づいてももう遅いです。

引用した拙著ブログ記事

2020年11月19日 為政者と専門家の想像力のなさが感染拡大を招く

2020年8月30日 新型コロナ流行の再燃と失敗を繰り返す日本

             

カテゴリー:感染症とCOVID-19