Dr. Tairaのブログ

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為政者と専門家の想像力のなさが感染拡大を招く

2020.11.20. 20:55更新

はじめに

11月19日、東京では新規陽性者が初めて500人を超えて534人となり、全国では2388人を数え、これまでの最多となりました(図1)。これから、しばらく各地で記録が更新されていくでしょう。個人的には緊急事態宣言発出の段階だと思います。

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図1. 11月19日までの全国の新規陽性者数の推移(新型コロナウイルス感染症まとめ - Yahoo! JAPANより).

そして、11月17日、6月20日以降の死者数がそれ以前の第1波における死者数を超えました。これについて以下のようにツイートしました。

私は本ブログで再三再四、日本の新型コロナ感染症対策のお粗末さと、この秋冬における感染拡大の懸念を述べてきましたが、残念ながら、その予測が当たってしまいました。ここで、最近3ヶ月近くの本ブログを振り返りながら、為政者と政府系の感染症専門家がいかに想像力が欠落しているか、そしてそれが感染拡大を招く結果になっていることを、あらためて考えてみたいと思います。

1. 新型コロナ流行の再燃と失敗を繰り返す

8月30日のブログ「新型コロナ流行の再燃と失敗を繰り返す日本」では、世界保健機構WHOが指摘した日本のコア・キャパシティとリスクコミュニケーションの欠如を紹介しました。日本のリスク・コミュニケーションのシステム不備はきわめて重大です。つまり、行政、専門家、市民などのステークホルダー(利害関係者)間におけるリスクに関する意思疎通を図ることを困難にし、何が起こっているかを的確に把握することができなくなっています。これは依然として改善されていません。

そして、これまでの日本のクラスター対策の失敗を指摘した、英国のE. モシアロス教授の研究チームの論説を紹介しました。この論説でも指摘されているように、7月下旬に流行が再燃すると同時にGo Toトラベルキャンペーン(domestic tourism campaign)が始まり、防疫対策は置き去りにされてしまいました。政府お墨付きのGo Toトラベルの実施は、国民の移動感覚を緩める結果になりました。

さらに、米国ワシントン大学のIHME (Institute for Health Metrics and Evaluation)が予測する、12月における日本のCOVID-19累積死者数が、衝撃的な数字(>6万人)になっていることを紹介しました。この数字は現在下方修正されていますが、それでも2月までに死者数は1万人を超えると予測されています。

海外からも失敗を指摘されている日本のクラスター対策ですが、政府系専門家がこれに拘泥している限り、失敗はまた繰り返されます。事実そうなっています。感染症対策を厚生労働省に助言する専門家組織「アドバイザリーボード」(座長=脇田隆字・国立感染症研究所長)は、11月19日夜、現状評価をまとめましたが、会合後の報道陣に「感染をコントロールできない」と述べています。クラスター対策から脱却しなければ決して感染拡大は防止できないのです。

2. 菅政権の新型コロナ対策の危うさ

9月18日のブログ「菅政権の新型コロナ対策の危うさ」では、発足したばかりの菅政権の、感染症対策における認識の甘さと的外れを指摘しました。菅首相は、9月14日のNHK NEWS WARCH9で生出演したときに、新型コロナ対策どうするのかを問われて、「以前と違ってだいぶわかってきた」、「キャバクラとかホストクラブを重点的に抑えれば...」という主旨の返しをしていました。GoToキャンペーン事業の開始以前は「東京問題だ」とも発言していました。

その当時から今日までの再燃流行(いわゆる第2波以降)では、「会食」「職場」「家庭内」が主要感染の場となっています。それを考えると、菅首相の認識はまったく的外れであったということであり、「最優先の課題は新型コロナウイルス対策だ」と述べている割には、真剣に考えているのかどうか、疑問符がつく内容でした。

政府の感染症対策として、「感染対策と社会経済活動との両立を図る」と第一に掲げていることについては、経済優先の意図があり、両立と言いながら、その実、感染対策は何もないという印象を受けました。そもそも両立などできるはずがありません。経済を再開するためには、しっかりと感染流行を抑えることが第一なのです。

そして、9月18日のブログでは最後に、本格的な秋を迎え、冬に突入すると流行は必ずぶり返し、これまで以上の感染拡大になることを予測しました。

3. 社会政策としてのPCR検査

9月25日のブログ「コロナ禍の社会政策としてPCR検査」では、社会政策としてのPCR検査の重要性に触れ、ソフトバンクの検査センターの紹介とともに、政府分科会、関連学会、そして米国FDAマス・スクリーニング検査についての見解などを記しました。そして、中国での全員検査の事例、東京都世田谷区、大学、民間での社会検査の事例を紹介しました。 

一方で、政府分科会の感染症専門家の見解では、無症状者に検査を広げることは効果が薄いとして、マス・スクリーニング検査には否定的な立場をとっていることを指摘しました。この政府分科会の見解は、11月17日、尾見茂会長の弁としてフィナンシャル・タイムズ(FT)に掲載され、世界に発信されることとなりました。

クラスター対策に見切りをつけ、事前確率の高い場所のマス・スクリーニングや社会検査、デジタル追跡の方針に舵を切れば、有効な感染防止策と機能する可能性がありました。にもかかわらず、尾見会長を含めた政府系専門家の言説には想像力や合理性が感じられず、その結果、事態は悪くなる一方になったと言えます。

国が主体的に感染対策を実施するとすれば、おそらくこの頃(9月下旬)が最後のチャンスだったかもしれません。つまり、新規陽性者数が下がらなくなったこの時期から、行動・営業制限とともに、事前確率の高いと考えられる飲食業種、介護施設、エッセンシャルワーカーを中心とするマス・スクリーニングや、ビジネス・イベント事業における事前検査の実施を徹底していれば、今のような感染拡大には至らなかった可能性もあります。

対策は早いほど被害は少なくなり、そして経済回復も早いです。早く、強く、そして短くが基本です。それを理解せず、突き進んでしまう政府の姿勢は、戦前・戦時中の大本営と重なります。

4. 世界と比べた日本の流行

10月9日のブログ「世界と比べた日本の今の流行ー第1波から何を学んだのか?」では、世界の主な国と日本の10月初旬の流行状況を比較しました。そして、累積陽性者数で中国を抜いて東アジア先進諸国でトップに立ったことを述べました。さらに、1日500人前後の新規陽性者数の高いベースラインから、いよいよ晩秋・冬に向けて爆発的感染拡大が始まること、そしてまずは北日本が危ないことを予測しました。

このブログの10日前にも述べていますが(→今年の冬の新型コロナ・インフル検査・診断は大丈夫?)、早急に高リスクの環境(飲食業や介護施設)やエッセンシャルワーカーの事前スクリーニング検査を徹底し、市中感染者のあぶり出しをやるべきことを再度強調しました。

5. 冬に向けて大流行の兆し

11月1日のブログ「冬に向けて大流行の兆し」では、いよいよ冬に向けて大流行が始まる兆しがでてきたことを述べました。ヨーロッパの国々では先がけて感染急増が見られていること、冬に向けて気温低下や乾燥によって感染が起きやすいことも指摘しました。

もうこの時点では、時すでに遅しの感があり、マスク着用、手洗い、消毒、換気、対人距離の維持などの、個人の行動様式の徹底だけでは限界があることを述べました。国、自治体が主導する検査・追跡・隔離、社会政策としての事前検査、リスクの高い施設・環境でのスクリーニング検査、そして行動制限など、すべての対策を効果的に組み合わせて迅速に対処し、この晩秋・冬に臨む必要があることを再々度強調しました。

6. GoTo事業の功罪

菅前官房長官の肝いりで導入されたGoToトラベル事業ですが、もともと新型コロナ流行が落ち着いたら開始されるはずでした。しかし、この事業は7月下旬から、強引に前倒しで始められました。その結果、確かに経済の活性化に一役かったと言われる一方で、現在の感染拡大にきっかけになったとする見方が増えています。つまり、このままでは、かえって年末に向けて、中小企業を中心に経済をガタガタにしてしまうことでしょう。

政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会の会長代理を務める脇田隆字・国立感染症研究所長は、11月16日、北海道新聞のインタビューに答えています [1]。それによれば、GoToトラベルの対象に10月1日から東京発着の旅行が追加されたことで、10月後半からの北海道内の感染状況を加速させた可能性があります。

脇田氏の発言の根拠は、SARS-CoV-2のゲノム解析によるものです。感染研が国内約1万件のゲノム解析を行なった結果、4月ごろに東京から道内に持ち込まれたウイルスは一旦なくなったものの、夏に東京から再び流入し、札幌・ススキノを中心に広がったことが推定されています。脇田氏は「北海道は外から来る人のほとんどが東京という事情があり、東京の感染状況がかなり影響している」と述べています。

菅首相は、11月20日、GoToトラベルについて、のべ4千万人が利用し、判明した感染者は176人であったことを述べました。4千万人に対してこの数字はきわめて小さいように感じますが、これは宿泊・日帰り旅行をし、検査陽性と診断された人のなかで、運営事務局から観光庁に報告があったものに限ります。実際は未報告の、もっと多くの自覚のない無症状感染者がいるのではないでしょうか。それらの濃厚接触者やそこからの二次感染、三次感染を考えたら影響は相当に大きいと想像されます。

実際GoToトラベル事業が始まって以来、約10万人の累積陽性者が出ていますが、これが、GoTo利用の4千万人からではなく、GoToを利用していない残りの8千万人からすべて出ていると考えるのはきわめて不自然です。

テレビのニュースでは、GoTo開始からの176人の陽性者の時系列での出方を報道していました(図2)。これを見ると、陽性者は時間を経るごとに増え、とくに東京が事業に追加されてから急増していることがわかります。このGoTo利用陽性者の増加傾向は、全国的な感染拡大を反映していると見ることができます。

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図2. GoToトラベル事業開始からの、利用者における陽性者の推移(2020.11.20 TBSテレビNスタからの改変図).

テレビが伝える、政府関係者や与党議員の「GoTo事業が感染を広げたというエビデンスはない」という言述も想像力に欠けます。感染が拡大している今、エビデンスを検証しているヒマはないのです。感染拡大を抑制するための即応力とあらゆる手段が求められているのです。

おわりに

私は感染症や公衆衛生の専門家ではありませんが、微生物学を専門とし、環境の細菌・ウイルス分析の知識と経験があります。PCRによる細菌・ウイルスの検出には30年の経験があります。この程度の専門性があれば、誰しも十分に今回のパンデッミクの予測はできると思います。4月にピークとなる第一波の流行が来ること(新型コロナウイルス感染症流行に備えるべき方策 [2月19日])、夏に流行が再燃すること(再燃に備えて今こそとるべき感染症対策 [6月1日])、そしてこの秋冬に感染が拡大がすること(世界と比べた日本の今の流行ー第1波から何を学んだのか? [10月9日])、はすべて予測したとおりになっています。

小池百合子東京都知事は、「"1日1000人感染"念頭に」と発言しましたが、菅首相と同様に想像力がなさすぎます。私は、以下のようにツイートしましたが、せめて1ヶ月前に「“1日300人感染”念頭に」として、対策を打っておくべきでした。

マスメディアはほとんど報道しませんが、東アジアの先進諸国の中でこのような感染拡大を招いているのは日本だけです。まるでお笑いのような「マスク会食」なども出てくる始末です。

7月のGoTo事業開始にお墨付きを与えたのは政府分科会です(→早期の検査・隔離が重要)。そして、その分科会が、今になって、GoTo事業の見直しを求めました。

今となっては、残された手は、できる限り早い緊急事態宣言の発出と、それに伴うロックダウン接触削減)営業制限しかないように思います。でなければ、この冬に最悪の医療崩壊に至ります。モタモタしているヒマはありません。

引用文献・記事

[1] 荒谷健一郎、小森美香:「GoTo東京追加で道内の感染加速」 脇田・国立感染症研究所長. 北海道新聞2020.11.17.
https://www.hokkaido-np.co.jp/article/482243

          

カテゴリー:感染症とCOVID-19