Dr. Tairaのブログ

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菅政権の新型コロナ対策の危うさ

2020.09.20: 13:45更新

はじめに

菅義偉内閣が、9月16日、発足しました。菅総理自身は「安倍政権の継承」を表明し、「国民ために働く内閣」というスローガンも打ち出しました [1]。主要閣僚は実績と安定を重視する守りの布陣と言えます。ただ、派閥均衡を意識した人事とともに再任や横滑りも多く、モリ・カケ・サクラをはじめとする安倍政権の「負の遺産」も負うことになったことも確かです。安倍政権下の7年8ヶ月に亘る、官房長官としての強弁の責任は重大であるでと言えるでしょう。

私は菅政権がどのような新型コロナ対策を打ち出すか、興味深く注視していましたが、安倍政権の継承と言っているだけあって、あまり代わり映えしないというのが率直な印象です。まだ始まったばかりですが、彼の言動から気になる点もあります。このブログで、日本の流行現状とSARS-CoV-2の感染経路に関する最新情報も踏まえながら、新政権の対策を考えてみたいと思います。

1. 管総理の発言

私が菅総理の言葉で気になったのでは、9月14日のNHK NEWS WARCH9で彼が生出演したときのコメントです。管氏は、有馬MCから新型コロナ対策どうするのかを問われて、「以前と違ってだいぶわかってきた」、「キャバクラとかホストクラブを重点的に抑えれば...」という主旨の返しをしていました。

私はそれを聞いて思わず「えっ!?」という気持ちになりました。なぜなら、2–3ヶ月前ならいざ知らず、現在の再燃流行(メディアが呼ぶ第2波)は「会食」「職場」「家庭内」が主要感染源となっていることはもはや常識になっているからです(図1)。

私はNHKでの菅総理の発言を聴いて、少々失礼ながらすぐに以下のようにツイートしました。

図1は、以前のブログ記事「全国で新規陽性者1000人超え」の中で紹介した、東京都における新型コロナの感染経路の割合の円グラフです。経路判明中トップが家庭内(32%)であり、会食や職場内での感染から家庭内での二次感染に繋がっていることが分かります。つまり、「キャバクラ」や「ホスト」という環境に限定されるのではなく、歓楽街・繁華街の人出全般とそれに伴う会食が感染リスクを高めており、そこで伝播されたウイルスが家庭内に持ち込まれていると考えた方が合理的です。

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図1. 東京都におけるSARS-CoV-2の感染経路の割合(出典:2020.07.30 TBSテレビ「Nスタ」).

このように、すでに7月の時点で主要な二次感染源は会食→家庭内であることが明らかになっており、さらにそれが世界的に認められている現状においては(後述)、上記した菅総理の発言はお粗末であり、感染症拡大抑制に本気で向き合っているのか心配になります。彼がGoTo事業開始前に「東京問題」と発言して、小池都知事と仲違いしたことも同様な問題です。

2. 政府の基本方針

ここで、菅氏の口から出てきたことの背景を考えるために、政権の基本方針 [2] を見てみましょう。図2に示すように基本方針の真っ先に「新型コロナウイルス感染症への対処」という項目があります。菅総理自身も最優先の課題は新型コロナウイルス対策だ」と述べています。

しかし、びっくりするのは、感染症への対処のはずなのに、冒頭から「感染対策と社会経済活動との両立を図る」とあることです(図2注1)。両者は二律相反するものなので、いきなりこのような言い方をされると、感染症対策を手抜きするためのエクスキューズに聞こえてしまいます。新規陽性者数が減らない限り、経済活動の基盤になる人の動きは戻らないので、その対策をしっかりと打ち出してもらいたいものです。

そして、「新型コロナウイルス感染症対策の経験をいかしてメリハリの利いた感染対策を行ないつつ...」と続きます。政府は「メリハリ」という言葉が好きなようですが、「メリ=ゆるむ」ことと「ハリ=張る」ことの使い分けが抽象的であり、対策の形容としては何の意味もありません。

検査拡充、医療体制の確保、ワクチンの確保は当然のことですが、ここでの検査拡充は医療診断用の簡易抗原検査のことだと思いますし、ワクチンについては海外の成果に依存するものであって見通しは立っていません。その意味で、感染症対策の基本である「新規陽性者数を減らす」という防疫の課題については、具体的対策は何もありません。感染者を減らすということが最大の経済対策でもあるのです。

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図2. 管政権の基本方針(文献 [2]より転載したものに加筆)

図2注2にあるデジタル化は、流行の感染拡大で浮き彫りになった、行政の電子運用・処理の遅れの問題を指しての目標ですが、菅総理は行政の縦割り打破の一環として「デジタル庁」創設を掲げています。新設されたデジタル相に充てられたのは平井卓也氏で、9月16日には早速記者団に、同庁創設に向けて、準備組織を早急に立ち上げる考えを示しました。

しかし、すでにHER-SYSG-SISのデータ運用や接触追跡アプリCOCOAの普及がうまくいっていない現状があるわけですから、まずはこれらに手を付けてもらいたいと思います。日本政府は目標を立てたり、何かを創ったりすることはできるのですが、問題解決へ向けて即応することや成果を上げることがきわめて苦手です。いわゆる「やってる感」は出すのですが、実績が伴いません。これは安倍政権下でとくに顕著でした。

さらに政府の「新型コロナウイルス感染症に関する今後の取り組みの概要」というページ [3] を見てみましょう(図3)。注1の部分を見ると「8割の人は他の人に感染させていない」という対策にとってはあまり意味のないことが書かれています。COVID-19への警戒感を薄めることを狙って書かれているのかもしれません。

また、注2にある「これまで得られた新たな知見等..メリハリの効いた対策」とは、菅総理が言っていたような"夜の街"関連をハイリスクとするアプローチでしょうか。「重症者や死亡者やできる限り抑制しつつ」ともありますが、後述するように、日本は現在、東アジアの中で圧倒的に多い重症者や死者を出しています。陽性患者が増えれば当然重症者も死者も増えるのです。

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図3. 政府の新型コロナウイルス感染症に関する今後の取り組みについて(文献[3]から転載したものに加筆).

注3にある「感染防止と社会経済活動の両立にしっかりと道筋」というところでは、現状では道筋に程遠いと言えます。両立は困難であり、感染拡大を長引かせるだけです。

3. 会食と家庭内が主要感染源

図1に日本における状況について示したように、家庭内がSARS-CoV-2の主要二次感染の場であることは、世界で常識化しつつあります。 

中国のLuoら [4] の研究チームは、広州でのSARS-CoV2の感染者391人とその濃厚接触3410人について、2020年1月6日から3月6日まで追跡した調査結果を報告しています。この調査は初期の流行の調査ですが、すでに濃厚接触者が主要感染源が家庭内であったことが明らかにされています。

本調査では、3410人の濃厚接触者のうち、3.7%に当たる127人が二次感染していることがわかりました。そして、感染源としては家庭内が最も多いことが判明し(10.3%)、病院内や公共交通機関での感染は1%以下と少ないことがわかりました(図4)。家庭内が主要二次感染源とするLueらの研究結果は、中国での他の研究 [5や米国での研究 [6] とも一致することが考察で述べられています。

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図4. 一次感染者の濃厚接触による二次感染リスク(文献[4]から転載).

一方、CDCが行なった有症状外来患者向けのアンケート調査では、SARS-CoV-2検査で陽性と判定された大人が発症までの2週間の間にレストランで飲食していた頻度は、陰性と判定された人の約2倍に上ることがわかっています [7]。そして、陽性判定者の42%が、感染者との濃厚接触があり、その相手は家族が51%を占めていました。

つまり、LuoらやCDCの報告を考え合わせると、図1で示したような会食がリスク要因であり、外での会食で持ち込まれたウイルスが家庭内で広がるということが、世界的にも当てはまるようです。菅総理が言ったキャバクラやホストクラブといった"夜の街"が感染源となることは、少ない例だと言えそうです。むしろ歓楽街・繁華街での人出と会食全般が感染リスクを高めているということになります。

Luoら [4] の研究では症状と二次感染の関係についても報告しています。二次感染率は一次感染患者の重症度が増すにつれて高くなり、無症状患者からは0.3%、軽症患者からは3.3%、中等症患者からは5.6%、重症患者からは6.2%となりました。結論として、一次感染患者からの二次感染は4%以下と少なく、より重い症状を持つ患者が高い感染力を有しており、無症状者からの感染力は限定的であるとしています。

彼らは、この結果について、世界保健機構WHOが2月に出した「無症状者からの二次感染は少ない」とする報告 [8] と一致するとしています。しかし、Luoらの研究では無症候性感染者と発症前無症状者を区別しておらず、一次感染者が濃厚接触者へ二次感染させる時に無症状であったかどうかについては調べていません。著者らもこの限界は認めています。

2月のWHOの報告はまだ情報が少なかったときの古い知見であり、現在ではむしろ発症前患者も含めた無症状者が主たる感染源となっていることが認識され始めています。たとえば、サイエンス誌に掲載された論文では、従来の感染伝播データに基づいた数理モデル解析で、無症状者からの感染伝播が52%(発症前感染者46%+無症候性感染6%)を占めるとされています [9]。米国CDCも最新の知見に基づいて無症状者がウイルスを伝播させるという見解を示しています。

さらに、米国のOran et al. [10] は、SARS-CoV-2感染者の40–45%は無症状者で占められると推察し、それらが感染性を有する可能性を述べています。そしてこれらによる潜在的感染拡大の危険性に鑑み、無症状者を含めた検査が緊急の課題であるとしています。そして検査のキャパシティーやコストへの依存性を考えると、それを補完するものとして、群衆移動のデジタルデータ解析下水汚泥モニターのような先進的公衆衛生学的サーベイランスが有用かもしれないと述べています。

4. 日本の流行の現状

前記したように、SARS-CoV-2の感染は世界的に会食や家庭内で最も多く起こっていること、そして無症状者からの二次感染が多いことがわかってきました。これはLuoら [4] の論文でも述べられていますが、家族と過ごす時間が長いこと、食事中はマスクを外し会話すること、無症状であれば自主隔離をしないことなどが影響していると考えられます。

日本の今の状況下では、菅総理が言っているような夜の街がリスクが高いわけではなく、むしろ私達の身近な生活の中にリスクがあることを物語っています。この延長線上にあるような GoToトラベルやGoTo Eatの事業促進は、繁華街・歓楽街への人出と会食を促し、感染拡大の要因として働く可能性があります。

菅総理大臣は、最優先課題は新型コロナウイルス対策と述べましたが、ここで再度彼の言ったことをメディア記事 [1] から拾ってみましょう。
                 

最優先の課題は新型コロナウイルス対策だ。欧米諸国のような爆発的な感染拡大は絶対に阻止し、国民の命と健康を守り抜き、社会経済活動との両立を目指す。そうしなければ、国民生活が成り立たなくなる。これまでの経験を生かしてメリハリのきいた感染対策を行い、検査体制を充実させ、必要な医療体制を確保したうえで、来年前半までにすべての国民に行きわたるワクチンの確保を目指す。

                 

上記の菅総理の言述で「欧米諸国のような爆発的な感染拡大は絶対に阻止しというのがありますが、そもそも欧米と日本を含めた東アジア諸国ではファクターXという未知の要因?もあって、圧倒的に陽性者数と死者数が異なります。つまり、ちゃんと対策をとっている限り、第一次流行における欧米のような爆発的な陽性者数や死者数の増加はないと予測されます。

しかし、防疫対策については国民自身の行動制限と衛生管理以外に基本的に無策であった日本政府は、今の再燃流行を長引かせています。政府は頻繁に新規陽性者数よりも重症者数が大事だと言ってきており、メディアは4月の流行時と比べて、現在は大幅に重症者数も死者数も少ないと言っていますが、果たして現状はどうなのでしょうか。

そこで、9月19日時点における重症者数と8月1日からの累積死者数について日本と世界各国を比べてみました。図5に見られるように、西洋諸国や東アジア・西太平洋の先進諸国と比べると、意外にも日本は決して重症者数や死者数が低いとわけでもありません。むしろ東アジアの先進諸国の中では最悪のように思われます。
 

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図5. 西洋先進諸国および東アジア・西太平洋先進諸国と比べた日本における重症数(9月19日)および最近の累積死者数(8月1日–9月19日)(9月20にアップデート).

日本は人口が多いので人口比で考えれば、各国と比べてもっと数字が低くなりますが、第一次の流行で10–100倍ほどの高い数字を見せていた西洋諸国と比べると今は余り差がなくなっていることがわかります。つまり対策を施した国と基本的に無策であった日本との差がなくなっており、東アジアの中では日本の無策ぶりが目立っているということではないでしょうか。

この先、GoToキャンペーン事業に加えて人出の制限緩和も進んでくると、感染が抑えられる要因がなくなってきます。8月から新規陽性者数の減少傾向が続いており、そして4連休も控えていることで、世の中もメディアの放送でも、新型コロナ対策についてユルユルになっているような気がしますが、本格的な秋を迎え、冬に突入すると流行は必ずぶり返します。しかもこれまでにない感染拡大が予測されます。

そうなると、GoToで予約していた客が一斉にキャンセルに走り、世の中はまた人の移動が停滞し、経済も回らなくなり、感染拡大と経済低下が長引くことになるでしょう。そうならないように政府には先手の対策を願うものですが、菅総理や西村経済再生担当大臣の言葉からは、経済を回すことしか伝わってきません。このままやり過ごせると思っているのでしょうか。

おわりに

私は学生の頃、社会学の授業で講師にこのように言われたことを覚えています。すなわち、「叩き上げと成り上がりは自分の成功を実力だと過信しがちであり、他者の批判に耳を貸そうとしない結果、ワンマンマネージメントに陥ることが多い」、「理論よりも実践を好み、大きな構造改革や喫緊課題の解決は苦手である」。

菅総理は、これまでの叩き上げの経験の上に、官房長官を7年8カ月務めた実績から「俺が永田町や行革を一番知っている」と自負があると思います。彼が上記の例に当てはまるとはいいませんが、少なくとも建設的な他人の批判には耳を傾ける姿勢をもってほしいと思いますし、これからのやり方でその質がわかってくるのではないでしょうか。

そして新型コロナ対策では、安倍政権の継承と言っているだけあって、合理的かつ具体的な方針が出てきません。このままでは、やはりこの秋冬再燃が拡大し、焼け野原になってしまわないかと心配しています。

追記(2020.09.20

このブログ記事を書いた後に、文献 [4として挙げているLuoらの論文を取りあげたウェブ記事 [11] を目にしました。産業医である奥田弘美氏が書いた東洋経済ONLINEの記事ですが、「無症状者からの感染は非常に稀である」という原著には出て来ない言い方をしていたので、ここで指摘しておきます。Luoらの論文は無症候性と発症前無症状患者を区別しておらず、濃厚接触時の症状についてもモニターしていないことも上述したとおりです。

同じ雑誌(Annal. Intern. Med.)に後日出版されたOranらの総説論文 [10]では、無症状者の検査が感染拡大抑制に緊急課題であるということが述べられていますが、なぜか奥田氏はこっちの論文は取りあげていませんいません。明らかにチェリーピッキング(→コロナ禍で氾濫するPCR検査に関する詭弁)であり、しかもLuo論文のニュアンスを歪曲して記事を書いています。

引用文献・記事

[1] NHK政治マガジン: 菅首相が初会見「安倍政権の継承が使命」. 2020.09.16. https://www.nhk.or.jp/politics/articles/statement/44943.html

[2] 首相官邸: 令和2年9月16日 基本方針. https://www.kantei.go.jp/jp/kakugikettei/2020/0916kihonhousin.html

[3] 内閣官房新型コロナウイルス感染症対策」: 「新型コロナウイルス感染症に関する今後の取り組み」について. 2020.08.28. https://corona.go.jp/news/news_20200828_01.html

[4] Luo, L. et al.: Contact settings and risk for transmission in 3410 close contacts of patients with COVID-19 in Guangzhou, China. Ann. Intern. Med. Aug. 13, 2020 : M20-2671. https://www.acpjournals.org/doi/10.7326/M20-2671

[5] Bi, Q. et al. Epidemiology and transmission of COVID-19 in 391 cases and 1286 of their close contacts in Shenzhen, China: a retrospective cohort study. Lancet Infect. Dis. 20, 911-919 (2020). https://www.thelancet.com/journals/laninf/article/PIIS1473-3099(20)30287-5/fulltext

[6] Burke, R. M. et al. Active monitoring of persons exposed to patients with confirmed COVID-19 - United States, January-February 2020. MMWR Morb. Mortal. Wkly Rep. 69, 245-246 (2020). https://www.cdc.gov/mmwr/volumes/69/wr/mm6909e1.htm

[7] Fisher, K. A.: Community and close contact exposures associated with COVID-19 among symptomatic adults ≥18 years in 11 outpatient health care facilities — United States, July 2020. MMWR Morb. Mortal. Wkly. Rep. 69, 1258–1264 (2020). DOI: http://dx.doi.org/10.15585/mmwr.mm6936a5

[8] World Health Organization. Report of the WHO-China Joint Mission on Coronavirus Disease 2019 (COVID-19). Feb. 28, 2020. https://www.who.int/publications/i/item/report-of-the-who-china-joint-mission-on-coronavirus-disease-2019-(covid-19)

[9] Ferretti, L. et al.: Quantifying SARS-CoV-2 transmission suggests epidemic control with digital contact tracing. Science 368, eabb6936 (2020). https://science.sciencemag.org/content/368/6491/eabb6936

[10] Oran, D. P. et al.: Prevalence of asymptomatic SARS-CoV-2 Infection. Annal. Intern. Med. Sept. 1, 2020. https://www.acpjournals.org/doi/10.7326/M20-3012

[11] 奥田弘美: コロナ感染より「隔離・制裁」を怖がる人が多い. 東洋経済ONLINE/Yahooニュース 2020.09.21. https://news.yahoo.co.jp/articles/55568d9fa14117c44023de60af3e0ca3f23ab4db?page=1

引用した拙著ブログ記事

2020年8月26日 コロナ禍で氾濫するPCR検査に関する詭弁

2020年7月13日 感染拡大防止と社会経済活動の両立の鍵は検査

                                

カテゴリー:感染症とCOVID-19