Dr. Tairaのブログ

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無症状者から広がるウイルス感染とGoToトラベルへの示唆

2020.11.24: 20:08更新

はじめに

今朝(11月24日)のテレビ朝日「モーニングショー」を観ていたら、コメンテータの玉川徹氏が、無症状者(無症候性+発症前無症状)からの新型コロナウイルスの感染についてコメントしていました。無症状者が媒介するウイルス感染はすでに常識になっており、今回のパンデミックを招いた要因として大きな問題になっています。

ここで、無症状者からのSARS-CoV-2の二次感染に関する世界での認識を踏まえながら、GoToトラベル事業が招いた感染拡大の可能性について考えてみたいと思います。

1. CDCの見解

玉川氏は、番組中で、新型コロナ感染の24%は無症者が関わるという、具体的な数字を挙げて述べていました。私は直ぐに、「ああ、CDCが公表しているデータを引用している」と思いました。このデータは米国CDCが公表しているスライド [1に書かれているもので、"Community use of cloth masks to control the spread of SARS-CoV-2"という11月20日(現地)付けの記事 [2] の中に、"more information"として紹介されています。

それによれば、新型コロナ感染はの大部分(59%)が無症状者によって広がり、そのうち無症候性(symptomatic)感染者が24%、発症前(pre-symptomatic)無症状者が35%を占めるとされています(図1)。そして感染力のピークは感染5日前後とされています。

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図1. 大部分のSARS-CoV-2感染は無症状者から広がる [1].

さらに、図1の右下にもあるように、無症状感染者の割合を24%–30%として、感染後4日−6日の感染が起きたとすれば、無症状者からの二次感染は51%–70%の範囲になる、としています。すなわち、新型コロナ感染の大半は無症状者から起こっているということになります。

5月にサイエンス誌に発表された数理モデル解析の論文では、無症状者からの二次感染は全体の52%(無症候性感染6%+発症前感染46%)とされていました [3]。その後、米国科学アカデミー紀要に出版されたMoghadasらの論文では、無症候性感染の貢献度がより高く見積られました [4]。今回のCDCの報告 [1, 2] (図1)は、このMoghadas論文とJahanssonらの投稿中データも踏まえた見解です。

上記したように、そして前のブログ「無症状感染者は発症者と同じウイルス量を保持する」、「発症前から発症時の感染者のウイルス伝播力が強い?」でも述べましたが、発症前後(感染後5日前後)で感染力は高くなり、ウイルス排出量は無症状、有症状に関係ないことが報告されています [5, 6]

2. WoW! Koreaのウェブ記事

昨日出た日本語のウェブニュースを見ていたら、米CDC「新型コロナ患者の半数は“無症状者”からの感染」という、WoW! Korea(エイアイエスイー株式会社)の記事が出ていました [7]。当該記事は「米CDCは去る20日(現地時間)に改定した“新型コロナ拡散を統制するための布マスク使用指針書”で「新型コロナウイルスは、主に人々が咳・くしゃみをするときに出る飛沫を通して拡散するが、対話や歌、呼吸だけでも拡散する可能性がある」と伝えた」と紹介しています。

この記事は、上記のCDCの記事 [2] のことを紹介しているものと思われますが、出典のリンクがありませんでした。原題を考えれば、「使用指針書」というのは少しニュアンスが違います。そして、「CDCによると、新型コロナウイルスを他人にうつした中で 24%は咳・発熱などの症状が全くなく、35%は症状が出る前の段階で、残りの41%だけが症状が出ていたということであった」、「CDCは「マスクの着用と個人衛生の徹底などを強調する地域社会の努力が、新型コロナの拡散を減らすのに役立つだろう」と伝えた」と記述しています。

日本語のウェブ記事の悪いところですが、二次情報としての記述をする場合に、オリジナルの出典へのリンクがほとんどありませんし、引用論文の記載もありません。これでも情報が正しく伝えられているか、真偽のほどを判断するのが容易でありません。先日NHKが、オバマ前大統領の回顧録に出てくる鳩山元首相に関する記述を誤訳して伝えたことなど、メディアによる二次情報の間違いは枚挙にいとまがありません。

WoW! Koreaの記事はほぼ正確に伝えていましたが、ウェブメディアには出典へのリンクを是非お願いしたいものです。

3. GoToトラベルによって感染が拡大した?

菅首相は、GoToトラベルの一時停止を決めたことに関し、「延べ4千万人が利用しているが、その中で現時点での感染者数は約180人だ」と述べ、トラベル事業が感染拡大の原因との見方に否定的な考えを示しました [8]

上記モーニングショーにおける玉川氏の発言は、このGoToトラベルによる感染拡大の可能性に関するものです。つまり、報告ベースの感染者の実数は180人かもしれないが、4千万人の利用者の中には感染の自覚がない無症状者が相当いて、旅行によって感染を広げたのではないか、と言うのが彼の指摘です。

玉川氏の指摘を待つまでもなく、これ以外にも、相当数の濃厚接触者やGoToトラベル事業そのものに関わって感染した人もいるでしょう。日本医師会中川俊男会長は「感染者増とGoToトラベルの関連についてはエビデンスがなかなかはっきりしないが、きっかけになったことは間違いない」と述べましたが [9]、当然のことでしょう。

ウイルスは人と人との接触によって伝播します。そして、GoToによって旅行を促進するということは、人の移動と行動範囲を広げ、接触機会が増えることは自明であり、感染の機会が増えることにも想像が行きます。その特徴を踏まえた上で、GoToトラベル利用者の直接的な感染だけではなく、その利用者から2次感染、3次感染した被害者、それらすべての濃厚接触者、さらに旅行者が訪れた周辺の地域への影響なども考慮しなければなりません。

4. 西浦氏の論説

医療維新(11月22日付)記事には、「GoToトラベルと感染拡大の因果関係について考える、無防備なヒトの移動で感染拡大は自明」という題目の、西浦博教授(京都大学大学院)の記事が出ていました [10]。この記事では、いわば為政者のGoToトラベルの影響に関する想像力となさと、分析の欠如が批判されています。

西浦氏は、「GoToトラベルを実施すると、通常の心理としては「旅行してもいいのだ」として緩和ムードが増したと感じることにつながる」、「それによって利用者以外も含めて移動が活発化する」、「直接的因果ではないが、間接的な政策的インパクトが確かならば為政者はその点に配慮して分析・判断すべきなのは当然である」と述べています。

さらに、そもそも論としての見解を強調しながら、「ヒトが無防備に移動をすると感染症の流行が空間的に拡大することは理論的・定性的に自明のことである」、「それは理論疫学におけるメタ個体群流行モデルを取り出さなくても想像することができる」と述べています。

この記事には専門的な内容も出てきますが、結論は上記のそもそも論に集約されており、まさに、GoTo推進を一刀両断という感じで批判しています。

記事では、「GoToにお墨付きを与えた」新型コロナウイルス感染症対策分科会にも触れています。分科会が「人の動きそのものが感染拡大の主要因とはならない」というような見解を持っていたときに、適時助言を与えられなかった後悔の念が述べられています。そして、「そう言った傾向は、理論疫学の科学的側面を十分に理解した立場からすればあまりにも為政者に気を遣ったものであったと思う」と、批判的に述べています。

西浦氏がいう「無防備に移動」というのは、何も感染症対策をとらないで移動した場合という意味です。実際は、マスク着用、手洗い、対人距離の確保などの個人レベルでとれる対策とともにGoToトラベルは実施されたわけであり、その万全の対策の上でも感染拡大を抑えるのはむずかしかったというトーンで、記事は書かれています。

とはいえ、政府自身の感染拡大抑制対策については触れられていません。つまり、社会政策としての検査や、検査とセットのGoTo推進の可能性については、多くの人が提言しているわけですが、「検査」に関することは記事には出てきません。西浦氏の記事はできる限りフォローするようにしていますが、この記事に限らず、どういうわけか検査の意義に関する言述は見たことがありません。さらには、無症候性感染に関することも記事にはありませんでした。

おわりに

新型コロナウイルス感染症は、無症状の人が無自覚のまま感染を広げるということを前提しなければならないことは、これまでの多くの知見の中で言えることです。これは個人レベルでの行動変容で抑制できるというものではありません。 マスク着用、手洗い、消毒、対人距離の確保、換気、遮蔽などに加えて、検査による安全確保の基に、経済を回すという考え方が必要です。そして感染増加の間は、決して経済も回りません。

社会政策としてのマス・スクリーニング下水監視システムなどの施策があれば、安全に経済を回すということがより可能になるでしょう。たとえば、できる限り陰性者を確保した上でビジネスやイベントを行なう、下水からウイルスが検出されたらその地域でのGoToトラベルの出入は一時停止する、などの方策が考えられます。

不幸にして、GoToトラベルキャンペーンは政府による具体的な感染抑制対策がないままに始められてしまいました。そして、今度は札幌市と大阪市を対象から外すという措置がとられています。手遅れ感もありますし、措置も中途半端です。ゴマカシの効かない容赦ないウイルスに対して、政府も各都道府県知事もどこまでも想像力がないように思えます(→為政者と専門家の想像力のなさが感染拡大を招く)。

引用文献・記事

[1] Centers for Disease and Control and Prevention (CDC): The science of masking tocontrol COVID-19. Nov. 16, 2020. https://www.cdc.gov/coronavirus/2019-ncov/downloads/science-of-masking-full.pdf

[2] Centers for Disease and Control and Prevention (CDC): Scientific Brief: Community use of cloth masks to control the spread of SARS-CoV-2. Nov. 20, 2020. https://www.cdc.gov/coronavirus/2019-ncov/more/masking-science-sars-cov2.html

[3] Ferretti, L. et al.: Quantifying SARS-CoV-2 transmission suggests epidemic control with digital contact tracing. Science 368, eabb6936 (2020). https://science.sciencemag.org/content/368/6491/eabb6936

[4] Moghadas, S. M. et al. : The implications of silent transmission for the control of COVID-19 outbreaks. Proc. Natl. Acd. Sci. USA. 117, 17513-17515 (2020); first published July 6, 2020. https://doi.org/10.1073/pnas.2008373117

[5] Lee, S. et al.: Clinical course and molecular viral shedding among asymptomatic and symptomatic patients with SARS-CoV-2 infection in a community treatment center in the Republic of Korea. JAMA Intern. Med. Published online August 6, 2020. https://jamanetwork.com/journals/jamainternalmedicine/fullarticle/2769235

[6] Singanayagam, A. et al.: Duration of infectiousness and correlation with RT-PCR cycle threshold values in cases of COVID-19, England, January to May 2020. Euro Surveill. 25, pii=2001483 (2020). https://www.eurosurveillance.org/content/10.2807/1560-7917.ES.2020.25.32.2001483#html_fulltext

[7] YAHOO JAPANニュース: 米CDC「新型コロナ患者の半数は“無症状者”からの感染」と推定. WoW Korea. 2020.11.23. https://news.yahoo.co.jp/articles/0219be0098a92ed78b27f653347edc023722cc87

[8] 時事ドットコムニュース: 菅首相、トラベル感染原因に否定的. 2020.11.23. https://www.jiji.com/jc/article?k=2020112300258&g=pol

[9] 井上靖史:「Go To」感染拡大のきっかけ 日本医師会長 「コロナ甘くみないで」. 東京新聞 2020.11.19. https://www.tokyo-np.co.jp/article/69221

[10] 西浦博:「GoToトラベル」と感染拡大の因果関係について考える「無防備」なヒトの移動で感染拡大は自明. 医療維新 2020.11.22. https://www.m3.com/news/iryoishin/845371

引用した拙著ブログ記事

2020年11月19日 為政者と専門家の想像力のなさが感染拡大を招く

2020年8月15日 発症前から発症時の感染者のウイルス伝播力が強い?

2020年8月10日 無症状感染者は発症者と同じウイルス量を保持する

             

カテゴリー:感染症とCOVID-19