Dr. Tairaのブログ

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感染力を増した変異ウイルスと空気感染のリスク

はじめに

現在関西を中心に、B.1.1.7系統N501Y変異ウイルス(いわゆる英国型ウイルス)の感染拡大が顕著です。今日は大阪府で初めて1,000人を超える新規陽性者数になりました。緊急事態宣言解除が誘発した"気の緩み"が春先の人流増加を促し、感染拡大に繋がったという可能性が大です。首都圏も数週間遅れでこれに続くでしょう。

緊急事態宣言解除後は、何も強い対策を打たない限り感染が拡大するであろうということは、当初から予測されたことであり、各自治体知事らの判断の責任は重大です(→大阪府の勘違い−緊急事態宣言解除要請緊急事態宣言解除後の感染急拡大への懸念)。とくに大阪府における重症化病床使用率はほぼ満杯であり、この先医療崩壊が起こり、その被害をどれだけ最小限に留めるかという段階になっています。

今回の感染流行は、疫学・ウイルス学的には感染力を増した変異ウイルスの伝播によるところが大きいですが、国や自治体の感染症対策としては、ウイルスの空気感染(エアロゾル感染)を軽視したことにもあるのではないかと思っています。厚生労働省のホームページの一般向けQ&Aを見ても、新型コロナウイルスSARS-CoV-2の感染様式としてあるのは、依然として飛沫感染接触感染のみであり、空気感染については触れていません(→緊急事態宣言解除後の感染急拡大への懸念)。

1. マスク会食による感染事例

空気感染軽視の最たるものがマスク会食の勧めです。神奈川県黒岩知事や大阪府の吉村知事が盛んに勧めている感染防止対策です。マスク会食自体はいいのですが、やはり対人距離の確保や換気量の確保などがセットになっていないと、感染リスクは高くなります(→マスク会食の是非)。

今日のテレビ朝日の「モーニングショー」では、マスク会食で感染したと思われる事例を紹介していました。ここで感染の対象者となったのはAさんです。彼は先月1人で飲食店へ行きましたが、4日後に濃厚接触者の連絡を受け、検査を受けた結果、変異ウイルス陽性が判明し、入院となりました。

感染場所となった飲食店は一見さんお断りの店であり、入店時にはマスク着用と検温チェック、それに消毒がありました(図1)。

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図1. マスク会食での感染事例-1(2021.04.13 TV朝日「モーニングショー」より).

お店でAさんは何も食べず、お酒を2杯飲んだだけで、飲む時だけマスクを下げていました。滞在時間は1時間弱です。店主も常にマスクをつけており、この間一回もマスクを外していないということでした(図2)。したがって、陽性が判明した時に、感染経路についてわからないというのがAさんの実感でした。

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図2. マスク会食での感染事例-2(2021.04.13 TV朝日「モーニングショー」より).

結局感染源は店主であり、マスク越しに会話をしたAさんに伝播し、そしてAさんとマスクをして会話した他の客にも感染したということが判明しました(図3)。

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図3. マスク会食での感染事例-3(2021.04.13 TV朝日「モーニングショー」より).

ここにマスク会食を過信した店主やAさんの不幸があったと思います。お店には窓はなく換気は不十分でした。客の間にはアクリル板などの遮蔽物はありませんでした。その結果、このお店では客と従業員併せて14人の感染者(いわゆるクラスター)を出してしまいました。

マスクは飛沫をある程度防止し、暴露を防ぐ効果も少なからずありますが、材質によってその効果は大きく異なり(ウレタンマスクや布マスクでは効果半減)、不織布マスクの場合はとくに上と横からの漏れが起こります。そのためにマスクをつけた会話でも相当量エアロゾルを発生し、換気が悪い閉所空間や対人距離がないところで長くいることは、空気感染を起こすリスクが高いのです。しかもマスク会食では、マスクをしない時間が相当長く発生するということが重要で、感染リスクを高めます。

2. 無症状感染者からの感染リスク

ここで空気感染のヒントになるような世田谷区の社会検査のデータがあります [1]。モーニングショーではこの世田谷区のデータを図として取りあげていました。ここでは、モーニングショーで紹介されたデータの図のオリジナル(3月26日記者会見資料)を図4として示します

これは世田谷区の無症状者を対象とした社会検査(リアルタイムPCR)で陽性となった78件について、Ct値と件数、ウイルス量の関係について示したものです。ここで注目すべきことは、無症状者でありながらCt値=15から24の範囲に27件(約35%)の陽性があったことです。この中で、17件はCt=19.84–24.13の範囲にあり、10件はCt=15.55–19.84という範囲にありました。

Ct=15.55–24.13は、0.01 mLあるいはそれ以下のミストで感染させるくらいの高いウイルス量に相当します。これはマスクなしでの会話や会食で容易に感染が成立する、極めて感染リスクが高いレベルです。

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図4. 世田谷区の社会検査における陽性者の件数とウイルス量 [1].

ミスト0.01 mLという量は実感がつかみにくいと思いますが、バクテリアなら最大10個程度、ウイルス(SARS-CoV-2)なら最大100個程度の数が含まれる容積に相当します。

図4について、児玉龍彦教授(東京大学先端科学技術センター)は、無症状者がスプレッダーになる可能性があることを示す結果として重要だという見解を示しています(図5)。また、西原広史教授(慶應大学医学部)は、同様に無症状者がスーパースプレッダーになる可能性を指摘しています。

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図5. 世田谷区の社会検査の結果に対する専門家の見解 [1].

3. あらためて空気感染の重要性

前述したように、厚労省のホームページには新型コロナの空気感染についての記述がありません。一方、米国CDCはSARS-CoV-2の空気感染について明確に示しています [2]。とはいえ、感染は主に近接での飛沫感染によって起こるという説明があり、空気感染はずっと少ないという見解です。飛沫感染の場合、感染者からのどのくらいの距離で、どのくらいの時間的ズレで感染するかについては確固たる証拠はないとしています。

空気感染が起こる場合として、図6に示すように、閉所空間、長時間のエアロゾルへの暴露、不適切な換気の3点をあげています。これらは私たちがすでに常識として持っているものだと言えます。

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図6. 米国CDCが示す空気感染が起こりやすい条件 [2].

上記のモーニングショーが取りあげたマスク会食での感染の事例は、CDCが示す閉所と換気の悪さの2点が該当し、さらに大声ではないものの、会話をしていたということであればエアロゾルへの暴露も相当するでしょう。しかし、会話時はマスクをしていたということなので、すくなくともN501Y変異ウイルスの場合においては、CDCが示す条件以上に空気感染は起こりやすいものだという認識が必要ではないでしょうか。

それと最近、これまで考えられてきた接触感染、飛沫感染、空気感染の3様式の中で、接触感染はほとんど起こらないという見方が広まってきました [3]。米国CDCも同様な見解を示しています。

しかし、私の個人的見解ではこれは少し短絡過ぎるのではないかと思います。微生物の専門家だったら経験していることですが、微生物のリアルタイムの(即時的な)コンタミネーションというのは容易に起こります。これは微生物に直接触れるか、汚染されたものに触れることで起こるわけですが、時間的経過とともに、接触による微生物汚染の確率は低下していきます。

ウイルスにおいても同様なことが言えると思います。つまり閉所空間で感染者がいるような場合、飛沫やエアロゾルによってあらゆるものがウイルスで汚染され、同時にあるいは時間的ラグが短い間にそこに非感染者がいる場合、接触感染も起こりやすいと考えられるのではないでしょうか。

SARS-CoV-2の伝播や感染様式に関する論文を読んでいても、感染力のあるウイルスが固体表面にどの程度残存するかということに焦点が置かれ、リアルタイムでの接触感染にはほとんど触れられていないように思えます。そもそも空気感染か接触感染か、あるいは同時に起こっているかを証明することもきわめて難しいです。

WHOも各国の感染症対策当局も手指衛生を勧め、私たちが手洗いや手の消毒に努めるのは接触感染に対する防御です。空気感染、飛沫感染接触感染は即時的には一体化して起こるものとして考えるべきでしょう。

おわりに

日本の新規陽性者の中では感染経路不明という数が非常に多いです(だいだい半分程度)。クラスター以外の追跡調査をきちんとやっていないとか、疫学調査に非協力的な濃厚接触者もいるとは思われますが、多くの人はどこで感染したか心当たりがないということ(マスクをしていたのに感染した)が実状でしょう。この事実は、空気感染や接触感染が割と多いのではないかということを推測させるものです。

今は感染力を増したN501Y変異ウイルスが猛威をふるい始めています。これまで以上に空気感染への警戒が必要と思われますし、マスクのつけ方一つとっても改善の余地があるでしょう(→変異ウイルス対応のマスクのつけ方)。

引用文献・資料

[1] 世田谷区: 令和2年度第11回世田谷区長 定例記者会見. 2021.03.26. https://www.city.setagaya.lg.jp/mokuji/kusei/001/002/003/d00190932_d/fil/siryou.pdf

[2] Centers for Disease Control and Prevention: Science brief: SARS-CoV-2 and potential airborne transmission. Updated Oct. 5, 2020. https://www.cdc.gov/coronavirus/2019-ncov/science/science-briefs/scientific-brief-sars-cov-2.html?CDC_AA_refVal=https%3A%2F%2Fwww.cdc.gov%2Fcoronavirus%2F2019-ncov%2Fmore%2Fscientific-brief-sars-cov-2.html

[3] Lewis, D.: COVID-19 rarely spreads through surfaces. So why are we still deep cleaning? Nature Jan. 29, 2021. https://www.nature.com/articles/d41586-021-00251-4

引用した拙著ブログ記事 

2021年4月10日 変異ウイルス対応のマスクのつけ方

2021年4月6日 マスク会食の是非

2021年3月23日 緊急事態宣言解除後の感染急拡大への懸念

2021年2月25日 大阪府の勘違い−緊急事態宣言解除要請

               

カテゴリー:感染症とCOVID-19