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発症前から発症時の感染者のウイルス伝播力が強い?

はじめに

先日、韓国の研究チームによる「SARS-CoV-2の無症候性感染者と発症者のウイルス保持量はあまり変わらない」とする研究成果 [1] を紹介しました(→無症状感染者は発症者と同じウイルス量を保持する)。そしたら、今度は英国イングランド公衆衛生局(Public Health England、PHE)の研究チームが「発症前から発症時の感染者において感染性ウイルス保持量と培養性が高い」とする論文を発表しました [2]。ここではこの論文の内容について解説したいと思います。

1. 研究方法の概要

この研究では、1月下旬から4月上旬にかけて英国PHEで確認された425の有症状患者から採取された754の上気道(URT)検体が調べられました。これらの患者は、SARS-CoV-2のRdRp遺伝子を標的とする逆転写RT-PCRで陽性と判定され、かつ採取から発症までの期間が明確にわかっている人たちです。RT-PCRで検出されたウイルス(RNA)量は、Ct値に基づいて半定量的に示されています。

ウイルスの分離・培養は、RT-PCRで陽性と判定された253事例に由来する324検体について試みられました。これらは、医療従事者のサーベイランスおよび流行サーベイライスにおける初期の疫学的調査の対象となった有症状患者などの臨床計画の中で得られたものです。

ウイルスの分離・培養にはベロE6細胞が使われました。すなわち、この細胞に臨床検体を植種し、5%CO2存在下37℃でインキュベートし、細胞変性効果(cytopathic effect)が調べられました。ウイルスの存在は、ヌクレオタンパク質の免疫組織学的染色で確かめています。

2. 上気道検体からのウイルスの検出

754のURT検体についてRT-PCRが行なわれた結果を図1に示します。黒丸が検体ごとのCt値のプロットを示し(値が小さいほどウイルス量が大)、全体の傾向は回帰曲線で示されています。図から明らかなように、ウイルス量は発症時(day 0)において最大であり、それ以降低下し、10日後でプラトーに達しました。

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図1. 英国1-4月に発生した事例(754検体)におけるRT-PCRによるSARS-CoV-2の検出(文献 [2] からの転載).

図1におけるCt値の幾何平均は、–2日から7日の間で28.18、8–14日の間で30.65となり、それ以降は前週との差はありませんでした。患者の症状(無症状、軽症、中等症、重症)とCt値との間には明確な関係はありませんでした。つまり、症状に関わらず、発症初期段階に近いほどウイルス保持量が高いということです。

3. 感染性ウイルスの分離と培養性

次に、324検体について行なわれた、RT-PCRのCt値とウイルスの分離・培養性との関係を図2に示します。培養性はCt値が小さいほど高く、25サイクル以下の検体では75%以上からウイルスが培養できました。また、35サイクル以降においては60検体のうち、5検体において増殖を認めました。

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図2. 英国1-4月に発生した事例(324検体)におけるRT-PCRのCt値とウイルスの培養性との関係(文献 [2] からの転載).

さらに、発症前から発症後の176の有症状患者の246検体について行なわれたウイルスの分離・培養の結果を図3に示します。全体としては、103検体からウイルスの増殖を確認することができました(図3左、紺色丸)。そして、培養性は発症時においてピークとなり、発症後1週目(74%)と2週目(20%)とでは明らかに後者で低下しました。

検体採取時に無症状であり、2週間以内に発症した13名の患者の場合、発症前の段階で7名からウイルスの培養性が確認されました。発症前と発症後とでは同様な感染性ウイルスの保持量があることが回帰曲線から示されました(図3右)。

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図3. 英国1-4月に発生した事例(246検体)におけるウイルスの培養性と発症時間との関係(文献 [2] からの転載).

4. 年齢別におけるウイルスの検出

今回調べられた検体は、16歳以下から81–100歳の幅広い年代の患者について採取されたものです。そこで年齢別にウイルスの培養性を調べられたましたが、年齢によるウイルスの検出にはほとんど違いがありませんでした。ただ無症状であった81–100歳の年代についてはウイルスの培養性が高く出ています。

おわりに

今回の研究において、著者らは無症状、有症状段階ともに同等の感染性ウイルスを保持しており、そして発症後10日後にはウイルスが激減すると結論づけています。また、この結果は、発症後8–9日でウイルスが減衰するとした先行研究の結果 [3, 4, 5] を支持するものと述べています。しかし、無症状感染者については、どのタイミングで二次的伝播力を維持しているかについてはわからないとしています。

先行研究では、発症時にウイルス量が最大となり、発症1日前が感染力が最も強くなることが示されていますが [6]、今回の英国の研究チームの結果も発症時から発症前が二次感染力が高くなる可能性を示すものです。さらには、先の韓国の研究チームによる結果 [1] も支持するものと言えるでしょう。

無症候性感染者や発症前感染者による感染力の強さについては、さらなる研究を待たなければいけませんが、逐次蓄積されている研究成果は、これまで以上に感染源としての無症状者(発症前+無症候性)の重要性を示唆していると思われます。

引用文献・記事

[1] Lee, S. et al.: Clinical course and molecular viral shedding among asymptomatic and symptomatic patients with SARS-CoV-2 infection in a community treatment center in the Republic of Korea. JAMA Intern. Med. Published online August 6, 2020. https://jamanetwork.com/journals/jamainternalmedicine/fullarticle/2769235

[2] Singanayagam, A. et al.: Duration of infectiousness and correlation with RT-PCR cycle threshold values in cases of COVID-19, England, January to May 2020. Euro Surveill. 25(32):pii=2001483 (2020). https://www.eurosurveillance.org/content/10.2807/1560-7917.ES.2020.25.32.2001483#html_fulltext

[3] Wölfel, R., et al.: Virological assessment of hospitalized patients with COVID-2019. Nature 581, 465-469 (2020). https://doi.org/10.1038/s41586-020-2196-x PMID: 32235945 

[4] Bullard, J. et al.: Predicting infectious SARS-CoV-2 from diagnostic samples. Clin. Infect. Dis. 2020, ciaa638. https://doi.org/10.1093/cid/ciaa638 PMID: 32442256 

[5] Arons, M. M. et al.: Public Health–Seattle and King County and CDC COVID-19 Investigation Team. Presymptomatic SARS-CoV-2 infections and transmission in a skilled nursing facility. N. Engl. J. Med. 382, 2081-2090 (2020). https://doi.org/10.1056/NEJMoa2008457 PMID: 32329971 

[6] He, X. et al.: Temporal dynamics in viral shedding and transmissibility of COVID-19. Nat. Med. 26, 672–675 (2020). https://www.nature.com/articles/s41591-020-0869-5

                

カテゴリー:感染症とCOVID-19