2020.11.28: 08:07更新
はじめに
3月18日の本ブログ記事「新型コロナウイルスの感染様式とマスクの効果」で、感染リスクを下げる効果としてのマスク着用の重要性を述べました。当時は第1波が立ち上がり始めた頃で、世界保健機構WHOがマスクの効果は薄いという見解を示したり、日本の医療専門家の中にもテレビで「新型コロナはインフルエンザ並みでおそれることはない」、「マスクの効果はない」という人がいて、閉口したものです。
また、当時の厚生労働省も、政府専門家会議も、テレビも、対面時、会話時におけるマスクの着用の重要性についてはほとんど言及していませんでした。これらも「果たしてこれでいいのか?」と思ったものです。感染源となる飛沫やエアロゾルを防止するという意味で、マスクの効果はいまでは常識になっていますが、当時でもそれまでの科学知見に基づけば、十分にマスクの効果を強調できたはずですが、そうではなかったということになります。
そのときのブログでも述べたのですが、当時は不織布マスク不足ということもあって、ウレタンマスクを着けている人が多かったことを記憶しています。しかし、ウレタンマスクは、感染予防効果として効果はより低いのではないかと疑問に思いました。いまは不織布マスク不足も解消されています。
先日久しぶりに東京都区内で電車に乗ったときにも、ウレタンマスクをしている人が、想像以上に多くて驚いたものです。それを以下のようにツイートしました。
8ヶ月ぶりに東京で電車に乗った。ポリウレタンマスクの人(とくに若い人)が結構多い。鼻出しマスクで会話している人、顎マスクの人もいる。マスクを触った手でスマホを触りさらに顔も触る、マスクを外し飲み物を口に入れている人もいる。窓の上部を開けて走っているとはいえ気になること多々。
— AKIRA HIRAISHI (@orientis312) 2020年11月14日
今日のテレビの情報番組は、マスクの活用や効能について触れていましたが、ここでその一部を紹介しながら、あらためてマスクの効果について考えてみたいと思います。
1. ウレタンマスクについて
上述のように、とくに若い人を中心にウレタンマスクをしている人が多いですが、メリットは3Dマスクとも言われているように、伸び縮みすることでピタッとしたフィット感があり、ファッション性もあるということだと思います。顔との隙間が少なくなるので、花粉症対策としても人気のあるマスクです。
スーパーや薬局を訪れてチェックしてみましたが、ウレタンマスクや3Dマスクと言われて言うものは、実際はポリエステルとポリウレタンの混合製品が多いようです(図1)。
図1. ウレタン3Dマスク製品(ポリエステル+ポリウレタン)の表示.
私はウレタンマスクを着けて外出したことはないですが、購入して着けてみるとやはりピッタリとした感じと、呼吸が楽というのを感じます。しかし、それだけスカスカしているということで、感染対策としてはやはり大丈夫か?という印象をもってしまいます。
今朝のテレビの情報番組(TBS「あさチャン」)で、3Dスキャン自分専用マスクについて紹介していましたが、ウレタン製の基本的に1層構造のマスクであり、果たしてこの感染拡大時期に宣伝してよいのか、という気もしました。
2. マスクの素材と構造
もう一つ、今朝のテレビの情報番組「モーニングショー」で、マスクの素材と構造による効能の違いについて紹介していました。ここでは、具体的に一般的な不織布マスク、布マスク、およびウレタンマスクについて特徴や効果を比較していました(図2)。これらの中では、不織布マスクがもっとも性能が高いということになります。
図2. 不織布、布、およびウレタンマスクの特徴(2020.11.27 TV朝日「モーニングショー」より).
性能と通気性という面から3つのマスクと医療用のN95マスクをみると、図3のようになります。基本的に通気性がよいものほど、性能は悪くなると思っていいようです。つまり、着けてみて呼吸が楽なものほど、効果は落ちるということで判断してもよさそうです。
図3. 不織布、布、およびウレタンマスクの性能と通気性(2020.11.27 TV朝日「モーニングショー」より).
なお番組中で、松本哲哉主任教授(国際医療福祉大学)が出ていて、図3の中で、N95の位置が違うと指摘していました。すなわち、通気性が悪いので、図中もっと右側に置くべきだという指摘です。
放送では、スーパコンピューター「富岳」のシミュレーション結果も紹介していました(図4)。不織布、布、ウレタンマスクを着けた場合の飛沫・エアロゾルの拡散について比べたものですが、布、ウレタンではマスク前面からの漏れが見られる一方(図2青い点)、不織布ではほとんど漏れが防止できること(図2赤い点)が示されていました。一方で、着け方が悪いと、隙間から上部への拡散が見られること(図2黄色の点)も紹介されていました。
図4. 不織布、布、およびウレタンマスクからの飛沫・エアロゾルの拡散の比較(赤色: マスク内に捕捉されるもの; 黄色, マスクと顔の隙間からの漏れ; 青色: マスクからの拡散、2020.11.27 TV朝日「モーニングショー」より).
富岳のシミュレーション結果は、これまでの定説どおりの結果ですが、不織布マスクではやはり上部のワイヤーを利用してピッタリと顔に着けないと、上部からの漏れが多くなるということがあらためてわかりました。
10月30日、豊橋技術科学大学は上記シミュレーションの結果を踏まえて、マスクの効果についてPress Releaseを行ないました [1]。飛沫の吐き出し、および吸い込みの両方において、一般用マスク・シールドとしては、不織布マスクが最も優れていることが示されています。ウレタンは不織布に比べて1/2–1/3に効果が落ちるということになるでしょうか。
図5. さまざまなマスクおよびフェイスシールド、マウスシールドの効果の比較(文献[1]からの転載図).
4. マスクの選択の重要点
これまで、いくつかの論文でもマスクの構造と効果の関係が報告されていますが、物理的捕捉(慣性衝突やブラウン拡散)と静電吸着という2つのメカニズムが働いて、マスクの効果を最大限に発揮できるということになります(図5)[2]。マスクの「穴」はウイルスよりはるかに大きいので、普通に考えたらなぜウイルスを除去できるか不思議に思えますが、このメカニズムで捕捉できると考えられます。不織布マスクはこの構造と効果を満たすものとして、一般人向けには最も推奨されるものでしょう。
実際にはウイルスは単独で浮遊しているものではなく、飛沫に含まれたり、乾燥した飛沫核にくっついたエアロゾルの形で存在し、それがマスクに吸着されるというイメージです。
図5. エアロゾルを防ぐためのマスクの基本(物理的捕捉と静電吸着)[2].
市販のマスクのパッケージには図6に示すような説明図がついているものがあります。私たちは、このような説明書きを参考にして、選択することができます。不織布マスクの材質はポリプロピレンです。選択のキーワードは、「不織布」、「3層構造」、「ポリプロピレン」です。
図6. 不織布マスク市販品に添付されているフィルター機能の説明図.
価格は高めになりますが、医療用規格に適合する4層、5層のマスクもあります。これらについては追ってまた紹介したいと思います。
5. マスク着用はワクチン接種と同様な効果をもつ?
以上のように、適切な材質と構造のマスクを正しく着ければ、他の人に感染させるリスクを減らす効果があることは、すでに世界的に共有されていることです。一方、マスク着用の感染予防効果については、富岳による飛沫のシミュレーション結果はあるものの、よくわかっていません。とはいえ、すべての人が着用すれば、ウイルスの暴露量も明らかに減るでしょう。
米カリフォルニア大学サンフランシスコ校(UCSF)の感染症専門家、モニカ・ガンジー(Monica Gandhi)博士は、マスクの効果について興味深い仮説を述べています。すなわち、マスク着用はある程度の免疫を付与し、ワクチンまで実用化までの"つなぎ役"を果たせるかもしれないという仮説です [3, 4]。
ヴァリオレーション(variolation)仮説と言われるこの仮説は、体内に入るウイルス量が多いほど症状が重くなるという前提で立てられていますが、マスクの着用によって吸入するウイルス量が減り、その結果、不顕性感染率が上昇し、免疫獲得につながるというものです。不顕性感染は、白血球の一種のTリンパ球による免疫反応と関連しているので、これがCOVID-19に対しても有効な可能性があるという主張です。
ガンジー博士の言説はまだ仮説の段階であり、批判もあります。しかし、もし本当であれば、マスクの着用は、ワクチン接種と同じような効果があると言えるかもしれません。
おわりに
一般用に市販されているマスクは、上述したように、その「穴」の大きさからみたらウイルスよりはるかに大きく、物理的大きさからのみで考えたら、ウイルスを全部カットできるものではありません。しかし、図5に示すようなメカニズムによって、かなりの割合で飛沫やエアロゾルに含まれるウイルス粒子を捕捉できることが考えられます。異なるタイプのマスクのシミュレーション結果(図6)は、それを裏付けています。
日本エアロゾル学会は「繊維の隙間より小さい粒子はマスクのフィルターを通過する」は間違いであり、0.1 μm より小さい粒子では、ブラウン拡散によって粒子が小さくなるほどフィルターに捕集されやすくなると説明しています [5]。
つまり、マスクは着けた方が、飛沫阻止、暴露防止の両面で絶対的に良いということになります。マスクには、鼻やのどの保湿・保温効果もあります。そして性能から見れば、布やウレタンよりも不織布マスクが推奨されるということになるでしょう。
しかし、国も政府分科会も国民に向けて盛んにマスクの着用を要請している割には、そしてマスクの素材や構造からみた効果を違いを認識しながらも、不織布マスクの推奨についてはあまり強調していないように思います。アベノマスク(ガーゼ製布マスク)の効能を貶めるような説明は、国民に対してできなかったということでしょうか。
引用文献
[1] 飯田明由: コロナウイルス飛沫感染に関する研究. 国立大学豊橋技術科学大学 Press Release 2020.10.15. https://www.tut.ac.jp/docs/201015kisyakaiken.pdf
[2] Konda, A. et al.: Aerosol filtration efficiency of common fabrics used in respiratory cloth masks. ACS Nano Apr. 24, 2020: acsnano.0c03252.
Published online 2020 Apr 24. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC7185834/
[3] Gandhi, M. et al.: Masks do more than protect others during COVID-19: reducing the inoculum of SARS-CoV-2 to protect the wearer. J. Gen. Int. Med. 35, 3063–3066 (2020). https://link.springer.com/article/10.1007/s11606-020-06067-8
[4] Gandhi, M. and George W. Rutherford, G. W.: Facial masking for covid-19 — potential for “variolation” as we await a vaccine. N. Eng. J. Med. 2020; 383, e101 (2020). https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMp2026913
[5] 日本エアロゾル学会:新型コロナウイルスや花粉症でのマスク装着に関する日本エアロゾル学会の見解. 2020.02.21 (2020.03.26一部修正). https://www.jaast.jp/new/covid-19_seimei_JAAST_20200327.pdf
引用した拙著ブログ記事
2020年3月18日 新型コロナウイルスの感染様式とマスクの効果
カテゴリー:感染症とCOVID-19
カテゴリー:生活・健康と科学