Dr. Tairaのブログ

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マスク会食の是非

大阪府兵庫県は4月5日、「まん延防止等重点措置」が適用されたことを受け、対象地域の飲食店などに営業時間を午後8時までとするよう要請しました。さらに大阪府では併せて、飲食店でのマスク会食を義務づけることを発表しました。大阪府のホームページの冒頭には、知事からのメッセージとして、マスク会食に関する以下の指示が並んでいます(図1)。

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図1. 大阪府のホームページにあるマスク会食を含む感染症対策に関する知事からのメッセージ.

吉村知事は、「飛沫感染を防ぐ、口元を防いでいかなければいけない。マスク会食の義務化が1つのポイント」と述べています。マスク会食を義務化し、大阪市内の飲食店が命令に応じない場合過料を科すことができます。一方、これに対して、兵庫県神戸市の久元市長は、「食事中にマスクを着けたり外したりすると、マスクに付着したウイルスを触る可能性がある」として、否定的な見解を示しました [1]

これらを見ていて、私は、マスク会食に対する疑問として3日前に次のようにツイートしました。マスク会食に否定的なことは久元市長と同様ですが、マスクに触って危険というよりも、実効性や空気感染の観点から批判しました。

 今日のテレビの情報番組でもマスク会食を取りあげていました。それらも踏まえて、今一度マスク会食の効果について考えてみたいと思います。

マスク会食の是非で言えば、私の結論は「非」です。その理由の第一は、マスクの着脱着と人間の行動生態から考えて実効性がきわめて低いからです。マスクをつけて入店まではよいですが、お店内での飲食時には頻繁にマスクを外すことになります。これが問題なのです。マスク会食という言葉からはあたかもマスクをつけているいうイメージを持ちやすいですが、飲食をすればするほどマスクをつけない無防備な状態(しかも近接対面)で過ごす時間が長くなります

人間である限り、特にお酒が入った状態で、マスクなしの状態で深い息やすべての会話を避けるということはまず無理です。マスクの着脱着と会話の制御を徹底することは限りなく難しいと言えましょう。

第二の理由は、空気感染接触感染の問題です。マスク会食とはいえ、エアロゾル・飛沫核は必ず発生し、仮に近接対面で1時間飲食を行なったとすると(3密の密閉、密接条件下)相当量のエアロゾルに暴露されることでしょう。空気感染のリスクはきわめて高くなります。そして目の前の料理やマスクを外したときはその内側もエアロゾルで汚染されることになります。マスクに手を触れなかったとしても、密接とマスクなしの状態で、空気とマスクと料理からウイルスを体内に入れる危険性があるのです。

さらに、そもそも眼はまったくの無防備です。もし眼鏡なしで近接で長時間マスク会食を続けたなら、感染リスクは高まるでしょう。

第三の理由は上記と関係がありますが、マスクの種類やつけ方によっては飛沫さえも防げないということです。マスクの効果については、以前のブログ記事で何度となく取りあげていますが(→マスク着用シミュレーション結果のミスリードリアル実験によるマスク着用の効果あらためてマスクの効果について新型コロナウイルスの感染様式とマスクの効果)、ここで理化学研究所を含めた共同研究チームのマスク効果のシミュレーション結果を再度示します [2]図3)。

図3に示すように、不織布、ポリエステル、布のいずれのマスクを正しくつけたとしても、上部隙間からの飛沫の漏れがあります(黄色の点)。そして、ポリエステル(ポリウレタン相当)や布ではマスク正面からの漏れ(青色の点)も生じます。

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図2. マスクの種類による飛沫防止効果とエアロゾルの漏れ [2]

さらに、図2は正しくマスクを着用した場合ですが、実際には不織布マスクを密着させてつけることはほぼ不可能であり、横漏れが起こります。このため米国CDCは、不織布の上にウレタンを重ねる二重マスクを勧めているほどです。

上記のマスクの材質による飛沫排出と吸い込みの防止効果を定量的に示したのが図4です。これは理研と共同研究を行なった豊橋技術科学大学が、昨年10月プレスリリースしたデータです。それによれば、飛沫の吐き出しは不織布で80%、布で66–82%、ウレタンで50%防止できるとされています。一方、吸い込みは不織布で70%、布で35–45%、ウレタンで30–40%の防止効果となっています。これも理想的にマスクをつけた場合です。

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図3. マスクの種類による飛沫防止とエアロゾル吸い込み防止効果 [3].

豊橋技科大の研究グループは、飲食で唾液の分泌が高まる結果、通常の会話よりも飛沫量が3-4割増加することを報告しています [3]。これに感染力の強い変異ウイルスという条件が加われば、さらに感染リスクが高まります

さらに、ウェブ記事から西村秀一医師(国立病院機構仙台医療センター)のマスクの素材別の効果に関する実験結果を拾うことができました [4]。私は、西村氏のPCR検査に対する考え方には必ずしも賛同しないのですが、彼の実験結果は妥当性があると思うので、ここで載せます(図5)。基本的には図4と同じ結果であり、不織布マスクに比較して、布、ポリエステル、ウレタンマスクの効果が顕著に落ちるということです。

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図4. マスクの種類による飛沫およびエアロゾルの防止効果 [4].

このようにマスクと言っても素材によって効果は大きく異なり、布やウレタンマスクでマスク会食することはきわめて危険であることが言えるでしょう。リアルな実験によってもそれは確認されています(→リアル実験によるマスク着用の効果)。マスク会食と一絡げにしていますが、マスク効果が素材で大きく異なることは留意しなければならないことです。

不織布マスクについても飛沫防止効果は(理想的につけた状態で)70–80%と考えてよく、実際は隙間からのエアロゾルの漏れは相当あると考えてよさそうです。これが近接対面で1時間以上というような長時間条件であれば、かなりのエアロゾルを浴びることになると予測されます.

ちょっと驚くのは、テレビに出てくる医療専門家がいずれも飛沫防止になるとして、マスク会食を勧めていることです。今日のTBS「ひるおび」では北村義浩氏(日本医科大学特任教授)がマスク会食を勧めていたのに始まり、倉持仁氏(インターパーク倉持呼吸内科院長)、小坂健氏(東北大学医学部教授)、三鴨廣繁氏(愛知医科大学教授)の3人による、マスクに触ることに神経を尖らすことは無意味という主旨見解を紹介していました(図5)。

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図5. マスク会食に関する医療専門家の見解(2021.04.06. TBS「ひるおび」より).

医療専門家によるマスクが飛沫防止になる、マスクに触ることは問題にならないというのはちょっと論点を矮小化しすぎではないでしょうか。 要約しますが、マスク会食の問題点は、頻繁にマスクを外すこと、マスクの素材によっては効果が低いこと、マスクをつけたとしてもエアロゾルは発生し、空気(飛沫核)感染の危険性があること、そしてそもそも人間の行動生態からみてマスク会食が徹底できないことです。

その点、テレビ朝日の「モーニングショー」でふじみの救急病院クリニックの鹿野晃院長が「マスク会食は徹底するのが難しい」と述べていたことは印象的でした。

実に不思議なマスク会食ですが、それを為政者が率先して勧めているのは、世界を見渡してみても日本だけです。マスク会食を勧めるにしても、まずは対人距離の確保、対面の回避、入店人数の制限、換気などを優先して進めるべきだと思います。そして、「マスク会食が効果がある」ということについては科学データもない状態なので、まずは科学的な検証が必要でしょう。

引用文献・資料

[1] FNNプライムオンライン: ”マスク会食”…神戸市長「かえって危険」 大阪府は飲食店に”周知を要請”も 自治体で”温度差” 2021.0402. https://www.fnn.jp/articles/-/164067

[2] 理化学研究所計算科学研究センター: 飛沫やエアロゾルの飛散の様子を可視化し有効な感染対策を提案 ~「富岳」による新型コロナウイルス対策その1. https://www.r-ccs.riken.jp/highlights/pickup2/

[3] 国立大学法人豊橋技術科学大学 Press Release: 令和2(2020)年度第3回定例記者会見. 2020.10.15. https://www.tut.ac.jp/docs/201015kisyakaiken.pdf

[4] 島沢優子: 実験で新事実「ウレタンマスク」の本当のヤバさ. 東京経済ONLINE. 2021.02.03. https://toyokeizai.net/articles/-/409607

引用した拙著ブログ記事

2021年3月5日 マスク着用シミュレーション結果のミスリード

2021年2月15日 リアル実験によるマスク着用の効果

2020年11月27日 あらためてマスクの効果について

2020年3月18日 新型コロナウイルスの感染様式とマスクの効果

                                    

カテゴリー: 感染症とCOVID-19