Dr. Tairaのブログ

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新型コロナ流行の再燃と失敗を繰り返す日本

はじめに

安倍総理大臣は、8月28日、記者会見で辞意表明すると同時に新型コロナウイルス感染症に対する対策の見直しをパッケージとして発表しました。しかし、相変わらずの成果・検証抜きで新たな目標設定を行なうやり方であり、実効性は不明です。つまり、何か問題が起こると、それに対する検証、総括は行なわず、当該問題を「今後はこのようにします」という目標設定にすり替えてしまうのが現政権のやり方です。

これまでの対策の成果や問題の検証をしないままでは、いくら目標設定をしても単なる絵に描いた餅しかなりません。この秋冬にはCOVID-19インフルエンザを加えた大流行が予測されています。ここでは、日本の流行の現状やこれまでの感染症対策を踏まえ、かつ世界から見た日本の評価をも加えながら、問題点を考えてみたいと思います。

1. 日本の流行の現状

まず、日本が今どのような流行状況にあるかということを示します。図1に、2020年8月30日までの世界と日本における新規陽性者数と死者数の推移を示します。世界での流行は高止まり傾向にはありますが、この先減るような徴候は見られません(図1上)。陽性者は2500万人に達し、死者は80万人を超えました。一方、日本では再燃流行(メディアは第2波と読んでいますが)は8月1日前後にピークに達し、新規陽性者数は緩やかな減少傾向にあります(図1左下)。とはいえ遅れる傾向にある死者数は増加しています(図1右下)。

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図1. 世界(上)および日本(下)におけるCOVID-19流行の新規陽性者数/日(左)と死者数/日(右)の推移(曲線は7日の移動平均、worldometerからの転載図に加筆).

日本の流行を具体的な数字として表1に示します。これまでの累積陽性者数と累積死者数に加え、8月30日時点での新規陽性者数・死者数、100万人当たりの陽性者数と死者数も示します。これだけだと世界における日本の状況がわかりづらいので、数字の世界順位も併記してあります。

表1. 日本におけるCOVID-19流行の現状(2020年8月30日):実数および世界の中の順位(出典: worldometer)

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たとえば累積陽性者数・死者数は世界44–45位につけていますが、現在の日当たりの新規陽性者数・死者数は26–29位と順位が跳ね上がります。これは現在の日本の再燃流行が、世界に比べて対策ができずに起こったことを示唆するものです。

一方、100万人当たりの累積の陽性者数と死者数は137–153位と順位は大きく下がります。東アジアの国々はこの順位かもっと下がりますので、2月からの流行全体でみれば、日本はやはりファクターX?の恩恵を受けているかもしれないことが言えなくもないです。ただ、100万人当たりの検査数は、他の東アジアの国々と比べても下位の150位になりますので、検査態勢も含めた対策の遅れが再燃の一因になっているかもしれません。

2. 日本と各国との比較

具体的に対策の効果を見るために、直近1ヶ月(7月28日〜8月29日)における日本と東アジア・西太平洋の諸国の流行状況を比べてみましょう(図2)。1ヶ月間の累計陽性者数(図1上)、累計死者数(図1下)ともに、ほとんどの国では確実に抑えられているのに対し、日本は実質無策のフィリピン、インドネシアに次いで陽性者数が多く、死者数も東アジアの中では目立っています。先進諸国の中ではオーストラリアと日本のみが死者数を増やしています。

やはり、日本の対策が遅れていることが言えるでしょう。

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図2. 直近1ヶ月(7月28日〜8月29日)における東アジア・西太平洋諸国の累積陽性者数と累積死者数の比較. 

日本と西洋諸国は比べた場合はどうでしょうか。4月をピークとする当初の流行においてはファクターXという要因もあって、日本と西洋諸国との間では陽性者数・死者数に10–100倍の開きがありました。ところが直近1ヶ月の累積陽性者数・死者数では、日本は西洋諸国とはあまり差がありません(図3)。最も差がでやすい100万人当たりの死者数で見ても、ほとんど国との間で数倍の開きしかなく、流行全般で言うと日本はドイツ並みということになります。

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図3. 直近1ヶ月(7月28日〜8月29日)における日本と西洋諸国との累積陽性者数と累積死者数の比較

図2には、参考のために入れた韓国のデータを入れてありますが、これを見るとやはりファクターXの影響の上に対策の効果が現れているように思われますが、日本においてはどちらの恩恵もないように見えます。当初の4月流行から何も学ばず、対策が遅れた(むしろ無策の)結果によるものと考えられます。

気になるのは、スペイン、フランスで、また陽性者が増え始めていることです。ヨーロッパをはじめとして、冬に向かうにつれ大流行になることを想像させます。

3. 新型コロナのリスクと対策の見直し

安倍総理は、5月25日、緊急事態宣言の解除とともに日本モデルの力が流行の収束をもたらしたと自賛しました。しかし、これに対する海外のメディアは反応は、称賛というよりも不思議な国、不可解な国という書きぶりでした(→世界が評価する?日本モデルの力?)。

その後政府は政府専門家会議を廃止し、分科会を設けましたが、この会の科学的提言力が弱く、効果的に働いているとは必ずしも言えません。会の議事録も公開されておらず、提言決定と政府の意思決定のプロセスが相変わらず不透明です。

そして安倍総理によるコロナ対策についての今後の取り組みの発表となったわけです。これは以下のように大きく4つの取り込みに分けられます。

●ワクチン、来年前半までに全国民に提供

●検査体制、1日20万人程度に拡充

感染症法に基づく運用見直し

雇用調整助成金の特例措置を年末まで延長

これらのなかで感染症対策に関するものは上3つです。ワクチン供給は早くても来年のことであり、ワクチンの実用化そのものが実現するかどうかも含めて、まだ不確定要素の大きいものです。来年前半までに国民全員に提供というのはとても無理でしょう。

検査体制の1日20万人は、PCR検査の拡充だけではなく、多分簡易抗原検査を指しているものと考えられます。これはこの冬にインフルエンザが流行ることを想定して、病院でインフルとCOVID-19の両方を迅速に診断するための方策だろうと考えられます。基本的に検査抑制をベースに走ってきた路線を引きずっていますので、これも実現は難しいと思います。

迅速抗原検査は発症した人に対する検査ですので、冬の大流行に備えるための防疫対策としては機能しません。感染拡大を防ぐためには、事前の無症状者(とくにスーパースプレッダー周辺環境)に対する徹底的なトレーシングと検査が必要であり、これにはPCR検査の拡充しかありません。

感染症法に基づく見直しは、いま2類相当の新型コロナの措置を緩和するということです。現在、考えられていると緩和の一つは、2類相当から季節性インフルエンザ並みの5類相当にするというものです。もし5類相当になれば入院勧告、就業制限、検査・治療の公費負担、無症状者の宿泊療養、隔離措置、医師の届け出のすべてが必要なくなります。

この緩和のメリットは医療現場や保健所の負担軽減や経済活動の活性化が挙げられます(図4左)。一方、デメリットとしては医療費の自己負担への完全切り替え、ウイルス対策への支障、危機感の薄れによる感染拡大などが挙げられます(図4右)。

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図4. 新型コロナウイルス感染症を2類相当から緩和する(例:5類相当)場合のメリットとデメリット(2020.08.29「ウェークアップ」より).

このようにしてみると、メリットの中には防疫・感染症対策に関するものはなく、もっぱら現状の仕事の負担軽減や経済活動促進という面しかないように思われます。一方でデメリットとしては、感染症対策や防疫対策の後退、高額な治療費に対する自己医療費の急騰という面が見えてきます。何よりも対策・措置を講じるという政府の責任がなくなるという面が大きいでしょう。

5類相当になれば、行政検査も接触追跡も隔離もなくなりますので(積極的疫学調査は要請時のみ)、ウイルスの伝播・感染、無症状感染者は野放しということになります。そうなれば爆発的な感染拡大に繋がる可能性があり、受診や検査も遅れることになるでしょう。実質、経済的な面からに受診を控える人も増えるかもしれません。そして、いまは発熱外来で診ている患者を、院内感染等を起こさずに一般病院を診ることができるかという問題があります。

また、現時点で特効薬がありませんので、開業医レベルでの受診機会を増やせたとしても、手に負えない重症化患者が増えて病院は入院患者であふれることになるでしょう。メリットは医療現場の負担軽減と言いながら、かえって医療現場がひっ迫し、機能不全になることが容易に想像されます。また、受診拒否も増えるかもしれません。

ウイルスの感染力が強い、無症候性感染者が多い、特効薬とワクチンがない、抗体が長続きしないコロナウイルスの特性、インフルより高い致死率などの特性を考えれば、季節性インフルと同じ5類相当への変更というのは、現時点で無謀というしかありません。

4. 失敗を繰り返す日本への世界の警鐘

世界からは、日本の感染症対策について厳しい意見が出されています。まず、今回のCOVID-19パンデミックの2年前に、世界保健機構WHOは日本の健康保健統括体制について、米国CDCに相当するようなemergency centerがないなどのコア・キャパシティーの不備と脆弱性について指摘しています [1]

パンデミック下においては、行政、専門家、市民などのステークホルダー(利害関係者)間で、リスクについて相互に意思疎通を図ることが、対策を有効にすること、そして感染拡大を防ぐことにおいてきわめて重要です。ところがWHOは、このリスクコミュニケーションのシステムが日本においてきわめて弱いことを指摘しています(図5)[1]

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図5.日本の国際健康保健統括制御(International Health Regulations )コア・キャパシティに関するWHOジョイント外部評価(リスクコミュニケーションが低評価)(文献 [1]から転載).

英国のE. モシアロス教授の研究チームは、今月、英医学雑誌Britich Medical Journal(BMJ)に"Resurgence of Covid-19 in Japan"という論説(筆頭著者名:K. Shimizu)を発表しました [2]。このShimizu論文の主旨は、「日本は流行対策において失敗を繰り返そうとしているように見える」というもので、日本の今回のCOVID-19に対するほとんど無策とも言える姿勢を痛烈に批判しています。

人口100万人当たりの死者は西太平洋地域ではフィリピン、オーストラリアに次ぐワースト3になったと手厳しく指摘し(実際にはインドネシアが上位に来るので日本は4位)、以下の日本の「失敗の本質」を挙げています。

                   

 PCR検査拡充の努力を怠ったため、保健所による検査拒否と未診断症例数が増え、市中感染や院内感染が増加した。

●患者情報の報告を非効率な紙ベースのシステムに依存したため、不正確な情報や二重報告の原因となった。

●市民は3密回避などの自主的行動変容が求められたが、政府のコミュニケーション戦略は緊急事態宣言下でも不十分であり、自主隔離、物理的距離、手洗いなどの重要性の伝達は、行動変容につながるほどの説得力をもたなかった。

●専門家会議の独立性が不十分であり、経済学・行動科学・コミュニケーションなど重要な分野の代表が含まれておらず、意思決定のプロセスがほとんど説明されなかった。

●政府は説明責任と透明性を欠いていた。

                   

Shimizu論文はさらに以下のように続けています。すなわち、最初の失敗(4月ピークの流行)から学ぶためには政府の対応の詳細な検証が必要であるが、政府は6月に専門家会議を廃止してしまい、透明性と検証はさらに遠のいてしまったと指摘しながら、最悪なことに、7月下旬に流行が再燃すると同時にGo Toトラベルキャンペーン(domestic tourism campaign)が始まり、公衆衛生の問題は置き去りにされたと批判しました

また、PCR検査は日当り4万件にも届かず、流行を抑えるためのホテル等の隔離施設も十分でなく、検査をどのように拡充するか、デジタル化をどのように進めるかについての検討もまったく不足しているとしています。

さらに、司令塔としてのコントロールセンターと明解なコミュニケーションが国民の行動を変えるためには必須であること、検査の拡充、無症状者の網羅的検査、効果的な接触追跡と隔離が必要であること、加えて実効再生産数の変化をモニターし効果的な対策のためのデジタル疫学情が必要であることを指摘しています。これらはWHOが指摘したリスクコミュニケーションの脆弱性そのものです。

コロナと闘うための兵站戦略はきわめて重要です。Shimizu論文では、患者と最前線の医療従事者と患者を守るためは個人防具調達の重要性が、あらためて強調されています。そして最後に以下のように結んでいます。

Unless the Japanese government shifts from cluster based countermeasures to a response based on the above principles, examines and learns from previous mistakes, and deploys cutting edge science such as genetic sequencing and big data analytics, Japan’s health services will be overwhelmed again and more lives will be needlessly lost in the months ahead.

日本政府はクラスター対策から上述の戦略にシフトすること、過去の失敗から学び研究すること、そしてシークエンス技術やビッグデータ解析等の最先端の科学を活用することが必要 − それらなしでは、これから数ヶ月、日本は再び医療現場の崩壊に向かい、不必要に多数の命が失われることになる

                   

米国ワシントン大学のIHME (Institute for Health Metrics and Evaluation)は、今後のCOVID-19流行における死者数を予測しています [3]。それによると日本の死者数は衝撃的な数字になっています。

図6に現時点(8月30日)および12月1日の時点におけるアジア各国の死者数を示します。それによると、中国、韓国、台湾、シンガポール、オーストラリア、ニュージーランドなどにおいては、現在と12月ではほとんど死者数は変わりません。一方日本は、カザフスタン、インド、イラン、イラク、フィリピンなどとともに、著しく死者数を増やし、何と累積で約6万2千人になると予測されています。

さすがにこれは大げさかとは思いますが(将来的にはあり得るか)、年明けには累計死者数が今の10倍になり、1万人を超えることも大いにあり得ます。

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図6. IHMEによるアジア・西太平洋諸国におけるCOVID-19死者数の予測(8月30日と12月1日の比較)[3].

WHOによるジョイント外部評価、モシアロス教授の研究チームの論説、IHMEの予測を考え合わせると、日本においては感染症対策をコントロールする司令塔としての組織がなく、過去にも学ばずほとんど無策であり、その結果として、この秋冬、そして来年にはとんでもない被害者と犠牲者を出すのではないかということを懸念せざるを得ません。

おわりに

これまで8ヶ月間、安倍政権はこれといった感染症対策を行なってきませんでした。かろうじてクラスター対策とそれに伴う積極的疫学調査を実施してきましたが、感染が拡大するとそれは全く機能しないことが明らかとなりました。

現在も感染症対策としてはほぼ無策の状態であり、感染抑制のためには国民の自粛と行動変容にほぼ頼る状況です。8月初旬をピークとする今回の再燃流行も、なぜこのような緩やかな減少に至っているのかの科学的検証も行なわれていません(少なくとも国民の前には発表されていません)。

今は暑く湿気の多い夏なので、この程度の流行で済んでいることも考えられます。GoToトラベル事業がいま進行中ですが、大規模接触削減もないこのままの状態では5月のような収束にはならないでしょう。今の緩やかな減少もやがて下げ止まりになり、やがてこの冬に向けての感染爆発への大きなジャンプ台になる可能性があります。

まさしくWHOやShimizu論文が指摘する問題点がそのまま放置されている状況です。永田町もマスメディアも安倍総裁の後継者選び一色になっていますが、新型コロナウイルスは待ってくれません。9月に臨時国会が召集されても、このまま何も対策がとられなければ、この冬、焼け野原状態になることが現実のものとなるかもしれません。

引用文献・記事

[1] WHO: Joint external evaluation of IHR core capacities of Japan
Mission report: 26 February - 2 March 2018. https://www.who.int/ihr/publications/WHO-WHE-CPI-REP-2018.23/en/

[2] Shimizu, K. et al.: Resurgence of covid-19 in Japan. BMJ 370, m3221 (2020) (Published 18 August 2020). doi: https://doi.org/10.1136/bmj.m3221 

[3] IHME: COVID-19 Projections. University of Wachington. https://covid19.healthdata.org/united-states-of-america?view=total-deaths&tab=trend

引用した拙著ブログ記事

2020年5月26日 世界が評価する?日本モデルの力?

                   

カテゴリー:感染症とCOVID-19