Dr. Tairaのブログ

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新型コロナについて詭弁を続けるウェブ記事–1 超過死亡はない?

はじめに

インターネットメディアであるBuzzFeedの岩永直子氏は、新型コロナウイルス感染症COVID-19に関する記事をシリーズで流しています。タイムリーな話題を記事にすることはいいのですが、問題はその中身です。これまでの全部の記事が、いわゆる政府よりの感染症コミュニティの専門家や医師らのインタビュー記事であり、やみくもに検査をやるべきでないという検査拡充非合理論者の側に立つ誤謬や詭弁が目立つものになっています。

昨日(9月2日)出た「「検査を増やせば新型コロナ感染者を減らせる」は正しいのか? 疫学の専門家に聞きました」というタイトルの記事 [1] もそうです。この論述のどこがおかしいか、記事のサブ項目と原文を引用しながら検証してみたいと思います。超過死亡については事実誤認と思われるところがありますので、とくに指摘したいと思います。

超過死亡についてはメディアによる先行した報道がありましたが(→超過死亡に見る日本の新型コロナ対策と医療事情)、先日国立感染症研究所による8月の分析結果が公表されたばかりです [2]

1. 検査を増やせば新型コロナ感染者を減らせる?

このBuzzFeed記事はタイトルからして詭弁が含まれています。「検査を増やせば新型コロナ感染者を減らせるは正しいのか?」とありますが、「検査を増やせば新型コロナ感染者を減らせる」という言い方をしている国や専門家はおそらく世界中どこを探してもいないと思います。そのような主張の論文も、少なくとも私は見たことがありません。

なぜこのような創り話が出てくるのか? おそらく、世界中で言われている「検査・接触追跡・隔離」という感染症拡大抑制の基本原則の意味を意図的に歪曲引用し、元の文脈・語脈にはないような「検査を増やすと感染者を減らせる」という表現に変えているものと思われます。つまり、「検査の拡充」という主張に対して攻撃しやすくするためのネタとして「検査増→感染者減」を創り上げ、論点をすり替えているのです。

もし、「検査を増やすと感染者を減らせる」という主張が現実に存在するなら、記事なり、論文なりを実際に引用した上で話を進めるべきでしょう。

記事の冒頭にある「PCR検査を増やせば、感染者数も抑え込めるはずだ」という文章も同様です(図1赤線部)。検査→隔離→接触追跡というサイクルで感染拡大を抑えるという防疫対策の基本に対して、繰り返しますが、隔離・追跡を飛ばして「検査→感染者を抑える」と短絡的に引用しています。その上で、検査拡大は感染者抑制にならないと否定的見解を示すわけですから、これはストローマン論法の一種です(→コロナ禍で氾濫するPCR検査に関する詭弁)。要は、検査拡充非合理を説くために、詭弁を駆使した自作自演をしているということになります。

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図1. BuzzFeed記事の一部抜粋-1.

念を押しますが、今行なわれているPCR検査は、あくまでも被検者の検体にSARS-CoV-2の標的遺伝子が含まれているか否かという、陽性と陰性を判定する科学的根拠を提示するための手段にすぎません。したがって、PCR検査を広げれば広げるほど、陽性と陰性の確定者数も増えていくことになりますが、そこから「感染者を抑える」という展開はまったくの論理的誤謬です。

世界で用いられている感染者を抑える手段は、無差別的なロックダウン(接触機会削減)か陽性者の選別隔離しかありません。

図1にあるように、鈴木貞夫教授(名古屋市立大学大学院医学研究科公衆衛生学)に検証してもらったという下りがありますが、前提がおかしいので、図2のグラフの提示も意味をなしていません。

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図2. BuzzFeed記事の一部抜粋-2(人口当たりの検査数と患者数の関係).

患者は検査で確定されていますので、患者数が多いということは検査数も多いということになります。図2の右上のバーレーンの100万人当たりの陽性者数は約31,000、1,000人当たりの検査数は670であり、左下にある台湾はそれぞれ21、3.7になります(いずれも9月3日の時点)。各国の患者数と検査数を二次元プロットすれば正の相関が得られるという当たり前の話を、図2は示しています。

ところが本記事は図2を敢えて提示して「検査を増やしたからと言って、感染者は抑えられているとはこのグラフから読み取るのは難しいということだ」と述べています。つまり、「検査を増やすと感染者を減らせる」という創作した論点への攻撃材料として、何の科学的根拠にもならないグラフを持ち出して暗黙的に否定するという、二重の詭弁を犯しています。まったくの自作自演です。

検査数は必ず陽性者数以上になり、かつ両者は比例関係にあるわけですから(図2)、両者の関係について国による違いを語るためには、それは陽性率の違いを見ることしかできません。図2で言えば、回帰直線を引いてその右側にくれば検査が充足している(陽性率が低い)、左側にくれば不足している(陽性率が高い)という見方になりますが、人口や極端に感染者が多い国と少ない国での検査数のバイアスが出てきます。

少なくとも、同様な陽性者数が見られる国々で比較するとか、ファクターXの恩恵を受けていると推察される東アジアの国々で比較するとかの工夫を行なう必要があるでしょう。

図3は、例として9月3日の時点で累積陽性者数が40–50位にある国々を順に並べたものです。日本は45位に位置します。これらの国々で1,000人当たりの検査数を比べると、日本は12となり、中南米やアフリカの国々と肩を並べて最低の部類に入ってしまいます(図3中)。ただ、これは人口当たりの陽性者数の順位で近いもの同士で語る必要があります。

その点陽性率は、陽性者数に対して検査数が十分であるかを直接判断するのに有効な指標であり、人口比の影響も排除できます。図1下に示すように、陽性者1人を探し出すのに要した検査数は日本は22件です。陽性率にすると約4.5%です。累積陽性者数40–50位の11カ国の中では6位に位置し、この範囲だけでは高いとも低いとも言えません。

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図3. 世界40-50位の累積陽性者数(上)、1,000人当たりの検査数(中)、および陽性者1人当たりの検査数(下)(worldometerの集計データ [2020年9月3日現在] に基づいて筆者が作図).

ちなみに累積陽性者数で現在1、2、3位にある米国、ブラジル、インドの陽性率はそれぞれ7.4%、28%、8.6%になり、感染拡大にまったく検査が追いついていない状況と言えるでしょう。インドで言えば新規陽性者数は約8–9万人/日ですから、1日当たりの検査数は100万件近くに相当します。日本がこれまで行なってきた検査数全部(約160万件)を2日でやってしまうというようなペースですが、それでも感染者の増加に追いついていないのです。

このことからも「検査を増やすと感染者を減らせる」という言説はまったくの誤謬ということになるのですが、この記事ではそれを攻撃の対象として敢えて創り出したということになります。検査数の意義や妥当性については、陽性率に基づいて検査数が足りているか否かということくらいしか言えません。

2. 安心のための検査

この記事の2つ目の誤りは「安心のための検査」、「社会・経済活動をする際の安心を得るために受けたい人」という言い方です(図4赤線部)。前述したように、検査の目的はあくまでも被検者の検体にウイルスの遺伝子(PCR検査)、あるいは抗原(抗原検査)が含まれているか否かの証拠を提示すること、つまりウイルス存在の陽性か陰性かを判定することです。したがって「安心」という主観に依存する感情表現をくっつけて検査を形容することは不適切です。

安心は、検査による陰性という科学的証拠が提示されて初めて主観的感情として生まれるものであり、陽性という証拠が提示されれば逆に「不安」になるでしょう。

コロナ禍の中で社会経済活動を維持する一つのアプローチは、事前にPCR検査でスクリーニングを実施し、陰性者だけを選別して社会経済を回すという方法です。一方、この段階で陽性者が出れば、自主隔離か症状に応じて入院措置となります。これは今世界中で広く行なわれている感染症拡大抑制と社会経済を両立させる対策です。

ところがスクリーニング検査に否定的な人たちは、「スクリーニング検査→陰性証明→安心のための検査」という歪曲した解釈を持ち出します。

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図4. BuzzFeed記事の一部抜粋-2.

この記事で鈴木教授は、歪曲した解釈を持ち出した上で、以下のようなことが述べています。すなわちスクリーニング検査を「陰性証明に使っている」と指摘しながら、一方で「陽性者の半分ぐらいは感染させない人になります」という飛躍した脈絡のない言述をしています。

                  

これだけ患者数が減っているのに検査が増えているということは、患者をあぶり出す、発見するというより陰性証明に使っているのではないかと推測します」

「保健所で検査を行なっている症状のある人や濃厚接触者は感染してから間もない人がターゲットですから、陽性と出たら必ず感染性があるとみてよい。検査で見つける意義があります」

「でも無症状者をランダムに検査すれば、感染時期もランダムですから、感染させることがない、本来隔離する必要のない人も拾ってしまうことになります。陽性者の半分ぐらいは感染させない人になります」

                  

スクリーニング検査で陽性と判定された場合、「半分くらいは感染させない人になる」とは一体どのような根拠に基づいているのでしょうか。そのような論文があるのでしょうか。スクリーニング検査を否定するために根拠のないことを言い出しているとしか思えません。

下の鈴木教授の言述は、行政検査を賞賛し、民間検査やスクリーニング検査を蔑む政府分科会専門家を含む感染症コミュニティの一般的な見解と同じです。

                  

「保健所がクラスター対策など陽性に出る確率が高い人を仕分けて検査をしており、日本は合理的に検査を行なっていると思います。その結果、検査をやらないことによる見逃しは他の国と比べて少ない。私はこの日本のやり方をとても高く評価しています」

「その中には保健所の仕分けによって検査を断った事例もたくさんあると思います。断るのにも能力が必要です。断られた方は腹が立つと思いますが、逆に言えば、断って緊急度のより高い人を優先したから限られた検査を有効に使うことができ、今のような低い被害に抑えられているという見方もできます」

                  

ここでも想像でものを言っているところがあります。「検査をやらないことによる見逃しは他の国と比べて少ない」とは、どのような根拠に基づいているのでしょうか。「今のような低い被害に抑えられているという見方もできます」というのもそうです。低い被害とは何を指しているのでしょうか。ファクターXの恩恵を受けていると推察される東アジアの先進諸国の中では、日本は100万人当たりの死者数も累積感染者数もいつの間にかトップクラスになっています。

検査を断った事例もたくさんあると思います。断るのにも能力が必要です」に至っては、科学的にも倫理的にもひどい言い方です。検査を断られた人たちを何と思っているのでしょうか。検査の拒否や遅れによって重症化の割合を高くし、被害を大きくしてしまったのが日本の実状であることは、海外の論説によっても指摘されています(→新型コロナ流行の再燃と失敗を繰り返す日本)。

3. コロナによる超過死亡はほとんどない?

この記事の3つ目の誤りは、最も気になる部分ですが、「コロナによる超過死亡がほとんどない」、「日本では抗体検査の陽性率も思ったより低く、隠れコロナの死亡を表す超過死亡もなかった」と言っていることです(図5赤線部)。これはどういう根拠で言っているのでしょうか。

確かに東京、大阪、岩手を対象とした精密抗体検査の結果では、抗体保有者率は少ないことがわかりましたが、それでも確定陽性者数の約6.2倍の数に上っています(→新型コロナウイルス抗体検査の状況)。それに抗体は長続きしない可能性もあり、隠れコロナ死亡者がいたとしてもまったく不思議ではないわけです。

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図5. BuzzFeed記事の一部抜粋-3.

国立感染症研究所感染症疫学センターは、先日2020年8月までの超過死亡に関する分析(2020年1月−5月のデータ分析)結果を発表しました [2]。超過死亡の推定には、米国疾病予防管理センター(CDC)の用いるFarringtonアルゴリズム、および欧州死亡率モニター(EuroMOMO)の用いるEuroMOMOアルゴリズムの2つが用いられています。

表1に推定された各都道府県の超過死亡数のレンジを示します。用いたアルゴリズムで若干結果は異なりますが、茨城、栃木、群馬、埼玉、千葉、東京、富山、静岡、愛知、大阪、奈良、徳島、香川、福岡の14都府県では明らかに超過死亡が見られ、全国では最大で6547人となっています(EuroMOMOアルゴリズム、補正ありの場合)。

表1. 日本の超過死亡の推定 (2020年1月〜5月) (文献[2]からの転載)

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今回の超過死亡は、すべての死因を含むため、COVID-19を直接の原因とする死亡の総和ではないことに注意をする必要があります。その上で感染研は超過死亡の原因として、以下のような四つの解釈をしています。

1)COVID-19と診断され、実際にそれが原因とする死亡

2)他の原因で死亡したにもかかわらず、COVID-19を直接死因と診断された死亡(ただし、COVID-19の診断がPCR検査に基づく現状では該当例はほぼない)

3)COVID-19を直接死因と診断されず(他の病因と診断された)、実際にはCOVID-19を原因とする死亡

4)COVID-19を直接死因と診断されず、(新型コロナ流行による間接的な影響で)他の疾患を原因とする死亡(例えば、病院不受診や生活習慣の変化に伴う持病の悪化による死亡)

一方で、同時期にCOVID-19以外を原因とする死亡が過去の同時期より減少した場合、COVID-19を直接死因とする超過死亡を相殺することがあり得るとしています。

このようにBuzzFeed記事における鈴木教授の超過死亡に関する言述(図5)は、明らかに事実誤認です。この記事のインタビューは、感染研の8月分析のレポートを知る前のものかもしれませんが、公表だけでも1,000人以上のCOVID-19死者が出ているわけですから、超過死亡が出ることについては容易に想像がいくはずです。

ところで、上記の感染研の超過死亡の報告を見ていて疑問に思ったことがあります。それは検査で新型コロナ陽性と判定された人が死亡した場合でも(あるいは死亡後に陽性が判明した場合でも)、他の死因とされているケースがあるというニュアンスが受け取れるのです。確かインフルエンザの場合は、検査で陽性であればすべてインフルによる死亡としてカウントされているはずです。COVID-19の場合は、なぜ死亡の基準が違うのでしょうか。

先日もテレビは「SARS-CoV-2検査で陽性ということよりも、医師の診断が死因として優先される」ということを伝えていました。

4. 検査数の変化と共に患者数は変化するのか?

この記事では、鈴木教授が作成した人口100万人当たりの患者数と人口1,000人当たりの検査数の関係の経時変化を示すグラフを紹介しています。グラフは英国、ドイツ、米国、日本を例に挙げて示してあります。

各国の流行における感染症対策としての検査の位置づけを考察するにはいいグラフですが、各国の対策は異なることから、陽性者数と検査数との関係について何らかの一般的傾向を見るためには無意味でしょう。記事のタイトルにある、「検査を増やすと感染者を減らせる」という創作論点を否定するために取りあげているという作為しか読み取れません。

たとえば、英国とドイツは感染者数が増加するにつれて検査数が上がり、その後一気に減ったのに、検査数を増やし続けていることが述べられています。これは防疫対策としてスクリーニング検査の重要性に鑑みて両国がとっている方針です。政府が率先して行なうか、個人が自主的に申し出て検査を受けるかの違いがあるだけで、防疫効果は同様です。

ところが鈴木教授は以下のように述べています。

                  

陰性証明が海外でどのように使われているかはわかりませんが、これだけ患者数が減っているのに検査が増えているということは、患者をあぶり出す、発見するというより陰性証明に使っているのではないかと推測します。

                  

ここでも「陰性証明」という感染症コミュニティが好きな言葉で検査を歪曲的に解釈しています。再々度言いますが、PCR検査の意義は、あくまでも検体中のウイルス遺伝子の有無について科学的証拠を提示することであり、臨床診断上の陽性か陰性の判定を下すことです。陽性であれば患者として入院するか自主隔離するかの処置がとられ、陰性であれば通常の生活と社会経済活動ができます。

すなわち、医療行為であろうが社会・防疫政策であろうが検査の意義はどこまでも同じであるにもかかわらず、「陰性証明」という言葉を用いて後者を差別し、蔑む姿勢がここに見られます。検査を医療行為としてしか考えられない日本の感染症コミュニティの科学的後進性が現れています。

5. コロナによる死亡をどこまで受け入れるか

最後に、コロナによる死亡をどこまで受け入れるか」というとんでもないサブ項目があります。まず図6には「3割見落としがある検査ですから」という、"感染症ムラ"発信のデマがここでも見られます(→コロナ禍で氾濫するPCR検査に関する詭弁)。これを言い出す人はまず科学者として失格でしょう。それこそ多数の医療専門家や研究者が「感度7割」、「見落とし3割」を言っていますので、それだけ日本の科学レベルが低いということになります。

一部の人が死亡することを、どの程度社会が許容するか」、「一部の死因がコロナであることを是が非でも止めなければいけないかと言われたら、そうとも言い切れません」という言述は恐ろしいです。患者を救うための医療現場の努力と事実を飛ばして、「目的のためには犠牲は必要、亡くなってもかまわない」という差別や優生思想にも繋がることを、暗黙的に言っているようなものです。

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図6. BuzzFeed記事の一部抜粋-4.

このような「リスクをどこまで許容するか」という類いは、最近盛んに感染症コミュニティから発せられるフレーズであり、感染症対策や科学的議論をスルーして、精神論や観念論に入り込む日本政府の流れとも合致します。図6にあるように、「科学的根拠だけでは決められない」と言うことを科学者や研究者が言うべきではありません。

おわりに 

事前確率の高い対象に検査を集中するという考え方は、当初のクラスター対策の検査方針と基本的に変わっておらず、この思想はこのBuzzFeedの記事でも再確認することができました。そして行政検査を誉め称え、民間検査や防疫対策としてのスクリーニング検査を蔑む思想も根強くあります。

ここには医療行為としての検査しか認めないという前提があり、敢えて感度7割などのPCR検査の精度や限界を持ち出して、防疫・社会政策としての検査拡充の非合理性を唱えているという姿勢があります。ここからは接触追跡を積極的に行ない、陽性者を1人でも多く見つけ出して感染拡大を防ぐ、一方で陰性者は社会経済活動に参加するという考え方はうかがわれません。

そして、日本のクラスター対策を中心とするやり方は成功しており、COVID-19の超過死亡者などたいしたことはなく、仮にこの対策の網から漏れた感染者や死亡者が少々出ようとも、リスクとして許容できる範囲だという考え方が感染症コミュニティを支配しているようです。

ある程度のリスクを許容すべきとか、二類相当から五類相当へ緩和すべきという話はこの延長線上にあるものでしょう。

引用文献・記事

[1] 岩永直子:「検査を増やせば新型コロナ感染者を減らせる」は正しいのか? 疫学の専門家に聞きました. BuzzFeed 2020.09.02./Yahooニュース. https://news.yahoo.co.jp/articles/8d3d88b7ea610b9f8000af1715c90a50df3824cd

[2] 国立感染症研究所感染症疫学センター: 我が国における超過死亡の推定 2020年8月. https://www.niid.go.jp/niid/ja/from-idsc/493-guidelines/9835-excess-mortality-20aug.html

引用した拙著ブログ記事

2020年8月26日 コロナ禍で氾濫するPCR検査に関する詭弁 

2020年6月13日 超過死亡に見る日本の新型コロナ対策と医療事情

                

カテゴリー::感染症とCOVID-19