Dr. Tairaのブログ

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院内感染

昨日(4月24日)、NHKテレビを観ていたら、COVID-19流行に関するNHK独自の分析結果と、院内感染について放送していました。院内感染は医療崩壊に繋がる重大な事象ですが、日本ではすでに50以上の医療施設で起こっています。

まず、放送で伝えられていた、人口10万人当たりの感染者数(正確には確定陽性者数)を都道府県別に並べたグラフを、図1左に示します。トップは東京都で20.1人となっています。次いで石川県の14.1人、その後は福井県大阪府、千葉県、福岡県と続いています。人口が少ない石川県や福井県で人口比の確定陽性者数が多くなるのはわかりますが、格段に人口が多い東京で陽性者がトップということは、いかに東京でCOVID-19が蔓延しているかという証明です。

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図1. 人口当たりの確定陽性者数の都道府県順位および継時的な感染経路推定可能・不可の割合の推移.

図1右には、感染経路の推定に関する分析結果を示します。3月上旬から日を追って感染経路不明の割合が増えており、現在はその割合が50%を超えていることがわかります。世界保健機構WHOによるパンデミック宣言が3月12日ですから、そのはるか前から感染経路不明(すなわち市中感染)が広がりつつあったことを示唆しています。

つまりこの時点で、政府専門家会議が採った「集団発生に的を絞って追跡するクラスター戦略」が、すでに破綻しつつあったことを物語っています。これについては、3月12日のブログ記事「パンデミック」でも指摘しています。

図2には、確定陽性者の男女別・年代別割合を示します。当初COVID-19は高齢者の感染が多いと言われていましたが、現在では20–50代の中若年層に広がっていることがわかります。女性では20代が圧倒的に多く、働き盛りの男性年代層とともに、飲食接待、サービス業などの女性に多い職種が反映されていることが言えそうです。

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図2. 男女別・年代別の確定陽性者数の割合.

続いて本題の院内感染です。メディアでも連日のように「病院でクラスター発生」のような伝え方で、院内感染を報道しています。現時点での院内感染は1,086人に及び、全確定陽性者の1割近くにもなります図3左)。院内感染の内訳は、患者が534人、医療従事者が513人となっており(図3右)、約半数を占める患者の感染者から看護師や医者に二次感染し、院内感染が広がった様子が伺われます。

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図3. 院内感染の人数およびその内訳.

私は、日本が採っているCOVID-19対策では、院内感染が起こる危険性があることを、このブログでも度々指摘してきました。たとえば、3月15日のブログ記事「政府のCOVID-19対策への疑問 」では、クラスター戦略の検査の網から溢れてくるであろう無症状感染者による二次感染が起こり、市中感染が広がり、さらには無症状患者による院内感染にも拡大する可能性を警告しました。

当時、私がそう断言できた背景には、もちろん、すでに2月に和歌山県で院内感染の事例が報道されていたことがあり [1]、国のクラスター対策の危険性もありましたが、加えて、私が微生物学の専門家として、目に見えない微生物の汚染(コンタミネーション、通称コンタミ)が、きわめて起こりやすいことを身を以て体験してきたことがあります。コンタミの多くは、人間自身が微生物のキャリアーとなって起こるものです。つまり、もしウイルスの感染症が起こったとするなら、人の移動そのものを感染源とみなし、その制御に最大限の注意を払うことが必要なのです。ウイルスは人の中でしか増殖できません。

実は、医学や医療分野では、特定の病原体や感染者としての患者という対象がはっきりしている場合は、それらの対象から身を守るという意識や技術は容易に身につきますが、一方で自らが汚染源であって、体に着いた微生物やウイルスを周辺に撒き散らかしているという感覚は薄くなりがちです。

患者を受け入れる病院で言うなら、もちろん救急ですぐに対応しなければいけない場合は致し方ないですが、基本的に症状に関わりなくすべての入院患者を推定感染源とみなす想像性があれば、院内感染の確率は低くできます。事前のPCR検査で、全入院患者の感染の有無をチェックするということが当然あってしかるべきでしょう。COVID-19流行初期の段階から、二次感染は無症状感染者(不顕性感染)から起こるということがわかっていましたし、COVID-19患者がきわめて少ない段階なら、容易に手が打てたことです。

NHKの当該放送では、最後に日本感染症学会の理事長である舘田一博教授(東邦大学)の院内感染についてのコメントを紹介していました(図4)。彼は「想像力を働かせながら感染対策の工夫をしていかなければならない」と述べていました。ちなみに、舘田氏は、政府専門家会議のメンバーであり、PCR検査限定使用の先鋒をきっている人物出の一人です。

私はこの舘田氏のコメントを聴いてちょっと驚きました。なぜなら、感染症学会のCOVID-19対策(指針)においては、院内感染に関する注意事項がまったく入っていなかったからです。とくに感染を疑うような受診者に対しても、それが軽症であれば検査を勧めず、自宅安静という対策をとっていることは、先のブログ記事「感染症学会のシンポジウムを視聴して思ったこと」で紹介したとおりです。

想像力を働かさなければいけないのは、むしろ指導的立場にある当該学会や政府専門家会議なのではないかと思いました。

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図4. 日本感染学会理事長による院内感染についてのコメント 

繰り返しますが、当該学会の「医療機関における新型コロナウイルス 感染症への対応ガイド第2版改訂版(2020年3月10日)」では、COVID-19の疑いがある患者への対応や外来者の発熱チェックに関する説明がありますが、院内感染を防止するという観点からの留意点は挙げられていません。おそらく、院内感染の概念がなかったのではと思います。

さらにPCR検査に関する一節にも、次のような説明があります(図5)。 PCR検査が保健適用となったことで外注の検査施設で対応可能となったとありますが(図5-注1)、他方でPCR検査を受けるべき患者を選択し、不要あるいは該当しないと思われる患者は経過観察に留めるような記述があります(図5-注2)。このような姿勢からは、院内感染防止のために、入院患者を事前に検査するという発想には到底至らないでしょうね。

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図5. 日本感染症学会「医療機関における新型コロナウイルス 感染症への対応ガイド第2版改訂版(2020年3月10日)」にあるPCR検査の保健適用の一節

一方で厚生労働省はどうでしょうか。2月25日に厚生労働省が各自治体あてに出した通知 [2] においては、国立感染症研究所による「外来に新型コロナウイルス感染症の留意事項」がリンクされていて、それを参照することができます。そこには、COVID-19のの疑いに関わらず、発熱や呼吸器症状の患者に対して注意すべきことが喚起されています。しかし、不顕性感染に対する注意はなく、院内感染防止の言葉もそれを匂わせる説明も出てきません。

f:id:rplroseus:20200426001900j:plain 図6. 厚生労働省による「外来における新型コロナウイルス感染症の留意事項」

どうやら、厚生労働省も政府専門家会議も日本感染症学会も「目に見える有症状・重症患者」の選別・確定とその治療、そしてそこにPCR検査を集中適用することにしか念頭がなく、不顕性感染からの市中感染、さらには院内感染に至るという危険性には想像が働かなかったと言えそうです。この姿勢が、それこそ命をかけて働く現場の医療従事者たちに、さらに過度の負荷をかけてしまったということでしょうか。

日本では、本戦でというならいざ知らず、それに至る前での部隊の負傷があまりにも多いというのが印象です。PCR検査をする余裕があったのに、それをしなかったために院内感染を起こしたではあまりにもお粗末です。これからは、検査をしたけれども疑わしい症状の感染者を陰性判定をしてしまい、隔離を怠るという危険性もあります。つまり偽陰性の問題です。

入院患者の症状に応じて単純に陰性判断をせず、適宜偽陰性を疑って行くことが、院内感染を防ぐことになると思います。

引用文献・記事

[1] 波多野大介: 和歌山、同僚・入院患者ら院内感染の可能性 計5人に. 朝日新聞DIGITAL 2020.02.15. https://digital.asahi.com/articles/ASN2H54V0N2HPTIL009.html

[2] 厚生労働省: 医療施設等における感染拡大防止のための留意点について. 2020.02.25. https://www.mhlw.go.jp/content/000600288.pdf

                

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