Dr. Tairaのブログ

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パンデミック

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世界保健機関 WHO のテドロス・アダノム事務局長は3月11日(日本時間3月12日)、新型コロナウイルス SARS-CoV-2 による新型肺炎感染症 COVID-19 について「パンデミック」に至ったと表明しました(図1[1]パンデミック(pandemic)とは病原微生物やウイルスによる病気(感染症)が世界的に大流行することです。

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図1. WHOによるパンデミック宣言(2020.03.12. NHK NEWS WATCH9より).

私は2年前、このブログ(→滅菌と殺菌感染症と集団免疫)で「パンデミックは必ず起こる」と指摘しましたが、早くも現実のものとなったわけです。

今回の大規模感染は中国を震源地としてイタリア、韓国、イラン、日本などに広がり、さらにすべての大陸の117国に拡大しています。3月12日の時点で世界の感染者数は約12万人、死者は約4380人に上っていますまさしくパンデミックの状況であり、テドロス氏は「感染者や死者、国の数は今後も増えるとみられる」と予測しています。

当初、経済的影響でパニックになる状況を考慮して(あるいは他の理由もあってか?)パンデミック宣言に二の足を踏んでいたWHOですが、ここに至っては表明せざるを得ない状況になったという感じです。ちょっと遅かった感もあります。

今朝のNHK「暮らし解説」では今回の新型コロナウイルス感染症についてのWHOの分析を解説していました(図2)。

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図2. WHOによる新型コロナウイルス感染症の報告書(中国のケース分析)(2020.03.12 NHK「暮らし解説」より).

感染症の特徴としては以下のことが挙げられます。

●潜伏期が比較的長期にも亘る

●肺炎を起こす

●重症のリスクが高齢者(特に基礎疾患のある人)で高い

●致死率が3.8%(中国の場合)で高齢者ほど高い

●発症者の80%は症状が軽い

しかし、致死率については中国以外では0.7%である一方、イタリアでは6%以上と高率になっていて国による違いが見られます。イタリアでは感染急拡大に対して、検査と医療が追いついていないということでしょう。致死率は、医療提供体制とそのひっ迫状況で変わってきます。もう少し感染が拡大してくれば、致死率に関するより詳細な情報が得られるものと思われます。

さらに昼の民放テレビでは、WHOのパンデミック宣言に対しての評価(批判的意見多し)とともに感染者の推移について説明していました。中国では2月上旬をピークにその後は感染者減少に転じています。一方で、他国ではいま急激に感染者が増加しており、WHOの上記の予測になっているわけです。

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図2. 中国とその他の国における発症者数の時間的推移(2020.03.12 TBSテレビ「ひるおび」より).

テレビ上では、中国での感染拡大の抑制を評価しながらそれに見習うべきだとの意見も散見されます。しかし、何しろ1党独裁体制下で情報統制と個人の権利制限が徹底された国のことですから、とても興味深いデータではありますが、他国がこのウイルス封じ込め策をそのまま真似できるとも思えないです。

とはいえ、非常事態宣言や都市封鎖に伴う「自主隔離」は、感染症拡大抑制に向けての、古典的ではありますが、最も基本的かつ有効な対策の一つです。日本でも自主隔離をしなければならない兆候は、すでに出ています。

それよりも北米、南米、アフリカでの感染の拡大が危惧されます。米国では民間の高額な保険制度しかないので、発症者が病院や検査に行くことを我慢してそれが感染拡大に繋がる恐れがあります。見えない感染者のリスクです。おそらく、世界的にも最もひどい爆発的感染数増加になることでしょう。アフリカでの懸念は、もちろん医療体制や公衆衛生環境の不備による感染拡大のリスクです。多くの一般家庭には手洗いの設備さえありません。

日本政府の対応や対策については、とくに安倍総理大臣による全国休校の要請に至った後ぐらいから賛否両論が渦巻いていますが、やはり対応が鈍かった印象は否めません。1月15日に日本で初の感染者が出たなかで、中国の春節時期に大勢の中国人が来日することはわかっていたはずですから。その時点で何らかの対策が打てなかったものか、個人的には残念に思っています。

何しろ外務省(北京在日本大使館のホームページには、武漢封鎖の翌日というタイミングにもかかわらず、総理大臣名で春節への祝辞とともに中国からの来日を歓迎するメッセージが載ったわけですから (図3右) 。さすがにこのメッセージは、1月30日に削除されました [2]図3左)。政府とマスメディアの目は、後日のクルーズ船内で発生した感染者とその対策にばかりに向けられていましたが、対策起点は遅くとも1月の日本初感染者の発生と中国からの観光客来日の時期にあったことは明らかです。

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図3. 外務省(北京在日本大使館)のホームページからの安倍総理祝辞の削除を伝える新聞報道 [2](左)および削除された祝辞(右)。

もとより2009年の新型インフルエンザ感染症パンデミックSARSMARSをも含めてさまざまな経験と科学的知見があったはずの中で、次回のパンデミックが来ることは容易に予想されたはずですし、今回のウイルスに関する知見が乏しいとしても今年1月中の迅速な対応もできたはずです。

日本においては、見かけ上はそれほど急激に感染者数は増えていない状況です。3月9日、新型コロナウイルス感染症対策専門家会議は本日時点での日本の状況は、爆発的な感染拡大には進んでおらず、一定程度、持ちこたえているのではないかと考えます。」と発表しました [3]

しかし「持ちこたえている」という政府専門家会議の見解は、国民に対するメッセージとしては楽観的すぎるのではないか?と思えます。このように私が思うのは、日本国内での致死率が韓国と比べて高いことです。これは、多くの感染者が検出されていないことによる分母の低さからくるものではないでしょうか。累計PCR検査数は韓国と比べると1/20以下です。検査で検出されていない潜在的感染者数は、公式発表の数倍、数十倍いるのではないかと推察されます。

2月25日、新型コロナウイルス感染症対策本部は、PCR検査の方針変更を述べました (政府専門家会議はその前日)[4]。すなわち「感染症法に基づく医師の届出により疑似症患者を把握し、医師が必要と認めるPCR検査を実施する」というそれまでの方針を、「地域で患者数が継続的に増えている状況では、入院を要する肺炎患者の治療に必要な確定診断のためのPCR検査に移行しつつ、国内での流行状況等を把握するためのサーベイランスの仕組みを整備する」としています。

これは、2009年の「新型インフルエンザウイルス診断検査の方針と手引き[5] を踏襲したようにも見えます。この手引きには、「国の第三段階は、国内で、疫学調査により感染源が特定できなくなった状態を確認した時点で宣言される。PCRによる遺伝子型別検査を中心とした検査からウイルス分離、薬剤耐性などの性状解析を中心としたウイルスサーベイランス体制へ移行する」という方針が示されています。

しかし、このインフル手引きを参考にしたかどうかに関わらず、今回の方針変更は「検査と隔離」という感染症拡大の予防原則からまったく外れるものです。SARS-CoV-2による感染症はこれまで人類が経験していないパンデミックです、なおさら検査を徹底して、感染状況を把握する必要があるのです。なぜ、この時点で、患者把握のための行政検査から「治療に必要な患者」の検査へと方針変更し、PCR検査を絞る方向へ舵をきるのでしょうか?

しかも、方針変更に伴って、「地方衛生研究所をはじめとする関係機関(民間の検査機関を含む)における検査機能の向上を図る」という項目が削除されており、PCR検査を抑制する意図が感じられまし、保健所機能を強化する気もないように思われます。この方針の問題点については先のブログ記事「国内感染者1,000人を突破」でも述べていますが、至急、PCR検査と保健所機能を拡充し、早期診断・早期治療の仕組みを構築することを望みます。感染が広がってからは手遅れになり、重症化・死亡などの被害を増やすだけです。

そしてもう一つ気になるのが、すでに首都圏を中心に感染ルートが不明な確定陽性者がポツポツと出始めていることです。このようなサイレント・キャリアー潜在的感染者)の種火が今後燃え広がり(いわゆる市中感染)、感染者の爆発的増大につながる可能性は十分にあるのです。専門家会議が戦略として立てているPCR検査限定使用とセットの、いわゆる「クラスター対策」(→国内感染者1,000人を突破)が、すでに綻びつつあることを示しています。

さらに、一部の専門家によって「インフルエンザ並みの感染力や致死率であって、恐れることはない」という楽観的な見解が出されていますが、きわめて危険です。一般人に警戒心を解くような、誤ったメッセージを送ることになります。このように述べているのは、多くは医療専門家や医者であって、微生物学、ウイルス学、公衆衛生学の専門家ではありません。

しばしば出てくる「正しく恐れる」という言葉も変です。ウイルスやCOVID-19のことがよくわかっていないのに、正しく恐れようがありません。警戒は最大限にしなければならないのです。SARS-CoV-2の感染力・伝播力を舐めてはいけません。「空気感染は起きていない」とする対策本部の見解 [4] も甘いと思います。クルーズ船内での感染事例や中国における爆発的感染拡大の事例に学ぶべきです。

これからの感染者数の推移で、これまでの政府の対策、PCR検査の少なさの問題(方針の誤り)と、一部専門家の楽観的見解の検証ができるのではと思います。先のブログ記事「新型コロナウイルス感染症流行に備えるべき方策」で予測したように、4月に感染のピークが来ると思われます。

この新感染症は年を越しての対策が必要と言っていたある医療従事者の言葉が印象に残ります。多分そうでしょう。事は日本だけの問題ではありません。世界での感染拡大のリスクを考えると、もはやオリンピックどころではないのです。日本政府はいまだに年内開催にこだわっていますが、断言します。それは不可能です。次々と流行の波が襲ってくることを覚悟しなければならないのです。

日本におけるPCR検査を含む感染症対策のバタバタぶりを見ていると、根底には、医学・医療分野で先端高度医療にばかり焦点が当てられ、微生物・ウイルス学と感染症対策が軽視されてきた経緯があるように思います。それは全国の保健所が削減されてきたことのみならず、国立感染症研究所の予算と人員も削減されてきたことにも現れています [6]

前のブログ記事「滅金と殺菌」でも述べましたが、人類が自然界への領域を拡大し、動物や野生生物への接触を増やし続ける限り、病原微生物やウイルスの感染症からは逃れられない宿命にあります。たとえば、天然痘は牛からもらった天然痘ウイルスが原因です。しかし、ワクチンという手段でその撲滅に成功したおかげで、人類は野生動物との接触の恐ろしさを忘れてしまった感さえあります。

ヒトはアフリカを起源として全世界に侵入・拡大を続け、生物学的価値を貨幣価値に置き換えたことで一つの生物種という地位から「人間という特異な存在」になりました。そして資本主義経済下でグローバル化を果たしたことで、よりパンデミックを引き起こす危険性を負うことになったのです。人類の歴史は感染症との戦いの歴史です。そのことをもう一度思い起こすべきでしょう。

生物学的には「集団免疫の拡大によって感染症が抑えられる」という一般論を述べることは簡単ですが、甚大な健康被害、経済的被害、社会的被害を避けるためには、効果的なワクチンがない限り、自然感染による集団免疫に頼らない封じ込めが基本対策です(関連ブログ記事:感染症と集団免疫)。とはいえ、コロナウイルスにおいては獲得免疫は長続きしないという従前の報告もあり [7]、ワクチンという手段を講じたとしても、抗体価の集団的同調性を維持するのが難しいということになるかもしれません。

民主主義の世界においても、パンデミック、気候変動・地球温暖化と自然災害、食料・エネルギー危機のような地球規模での危機に対しては、政府の"良心的な"強権的発動(緊急事態宣言やロックダウン)と、国の資本主義体制を超えた仕組みが必要になってくるかもしれないということです。つまり、政府が経済活動を制限する代償として、国民や事業者への経済補償や富の分配が必要になるだろうということです。

引用文献・記事

[1] 東京新聞:WHO、「パンデミック」と表明 新型コロナ、終息見通せず. 2020年3月12日. https://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2020031101002549.html

[2] 東京新聞:感染拡大後、HPに「訪日歓迎」安倍首相の春節祝辞削除 外務省. 2020年2月15日. https://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/list/202002/CK2020021502000266.html

[3] 厚生労働省新型コロナウイルス感染症対策専門家会議 「新型コロナウイルス感染症対策の見解」 2020年3月9日. https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000606000.pdf

[4] 厚生労働省新型コロナウイルス感染症対策本部」: 新型コロナウイルス感染症対策の基本方針. 2020年2月25日.
https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000599698.pdf

[5] 厚生労働省: 新型インフルエンザウイルス診断検査の方針と手引き(暫定版). 2009年5月1日. https://www.mhlw.go.jp/kinkyu/kenkou/influenza/dl/090501-02b.pdf

[6] 日本共産党: 公務員削減告発 感染症対策が弱体化. 2019.04.22
https://www.youtube.com/watch?v=q9LTMiuq-tQ&feature=youtu.be

[7] Callow, K. A. et al. The time course of the immune response to experimental coronavirus infection of man. Epidemiol. Infect. 105, 435–446 (1990). https://www.cambridge.org/core/journals/epidemiology-and-infection/article/time-course-of-the-immune-response-to-experimental-coronavirus-infection-of-man/6C633E4EFDAEB2B4C0E39861A9F88B01

引用したブログ記事

2020年3月4日 国内感染者1,000人を突破

2020年2月19日 新型コロナウイルス感染症流行に備えるべき方策

2018年5月26日 感染症と集団免疫

2018年4月14日 滅金と殺菌

                

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