Dr. Tairaのブログ

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PCR検査が医療崩壊防止のカギ?

はじめにー日本は嘘をついている

昨日(3月27日)、Japan Subculture Research Centerという情報ウェブサイトが、「日本は新型コロナウイルスの感染者数について情報をごまかしている、嘘をついている」という記事を掲載しました[1]。嘘をついていると指摘しているのはドイツ大使館らしいですが、この情報サイトの正体も含めて、記事の信ぴょう性についてはよくわかりません。ツイッターなどSNS上でも早速この記事が取り上げられていますが。

とはいえ、上記の記事は、Our World in Dataという情報サイト [2] が発表している、COVID-19に関する各国の検査データ(図1)を引用して、日本の検査数の少なさを指摘しています。このデータ自体は事実に基づいています。

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図1. 各国におけるCOVID-19に関する100万人当たりのPCR検査の数(→は韓国および日本と同程度の感染者数(千人台)が出ている国を示す)

図1を見れば明らかなように、100万人当たりのPCR検査数を比べれば日本はきわめて少なく、検査しているすべての国を含めると、100位から後ろの順位になります。図中矢印をつけた国は日本と同レベルの感染者数を出している国で(後述、図2)、それらと比較しても検査数の少なさは明らかです。

ただし、日本は人口が多いので、人口に対する感染者数が少なければ、100万人当たりのPCR検査の数は当然少なくなります、図1は、そのバイアスを考慮して見る必要があります。

1. PCR検査の方針と問題

上記の指摘は別にして、日本では「PCR検査を控えている」という見方は常識化しています。問題は、何がこうさせているのか?という理由に関するさまざまな意見が交錯し、国会やメディアをも巻き込んで検査をめぐる混乱ぶりが顕著になっていることです。これについては、先のブログ記事「PCR検査をめぐる混乱」でも述べました。

PCR検査はウイルス感染を確定する唯一の方法です。これは「新型コロナウイルス感染症対策専門家会議」自身が述べています。しかし日本においては、国の方針でPCR検査で積極的に感染者を探し出すということは行われていません。これは当該専門家会議の見解ではっきりしています。

2020年2月24日の政府専門家会議の見解では、「急激な感染拡大に備え、限られたPCR検査の資源を、重症化のおそれがある方の検査のために集中させる必要があると考えます」と述べています(図2[3]。そして「無症状でも感染している可能性がある」と述べながらも「発熱が4日以上続く、だるさや倦怠感がある」という自覚症状が出た場合に「帰国者・接触者相談センター」に相談することを指示しています。

                                        

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図2.  政府専門家会議のPCR検査に関する見解 [3]

つまり日本では、少なくとも一般人に対しては、PCR検査を感染者を探し出すことではなく、患者としての確定のために使っていることがわかります。そして、専門家会議が言う、クラスター(集団発生)に的を絞って感染者を探し出す作戦をとっていますが、そのために濃厚接触者の範囲を決め、それを追跡するクラスター対策班が作られています。

このブログやツイッターでも繰り返し述べていますが、結論から言うと、これらは感染症拡大予防のための「検査と隔離」という大原則を無視した、きわめて危険な方針です。すなわち、患者確定や狭い範囲の濃厚接触者を対象とするクラスター探索のみに検査を集中適用していれば、必然としてそこから漏れてくる感染者を見逃すことになり、その潜在的感染者が新たなクラスターを作る可能性を排除できなくなります。

明らかに欠陥と思われるのに、なぜ、国がPCR検査を限定的に使うのかよくわかりません。後述する「積極的疫学調査」を効率的に行うという、自己都合的な理由があるのでしょうか。少なくとも、他国に比べて圧倒的に少ない検査数から考えたら、「設備や人員の制約」という言い訳もできないでしょう。

専門家会議のメンバーの一人である東北大学の押谷仁教授は、3月22日のNHK番組「NHKスペシャル:“パンデミック”との闘い~感染拡大は封じ込められるか~」で、「PCR検査不足で感染者を見逃しているなら、必ず感染爆発が起きているはずだが、日本では起きていないと、PCR検査の限定的適用の意義を強調しました [4]

しかし、前のブログ記事でも指摘したように、この見解は矛盾しています。上述のように、専門家会議自身が感染は検査しないとわからないと言っているわけですから、検査しないでどうして感染爆発は起きていないと断定できるのでしょうか。仮に、起きていないとしても、論理的にはおかしいです。

2. 潜在的感染者の推定

これまで調査研究の結果から、感染者の約8割は軽症か無症状と言われています。この傾向は北海道における検査でも明らかにされており、3月2日の専門家会議の見解でも示されています。とすると、現行システム上、PCR検査が実施されるのは、かなりの症状があり相談センターのフィルターをパスした(あるいは受診した病院が勧めた)人のみということになり、実際の感染者のなかで、8割の人(軽症および無症状感染者)は検査を受けずに潜在している可能性があります。

厚生労働省のホームページ上では、3月27日12:00時点での感染者(確定陽性者)は1,387例となっています。内訳は、患者1,212例無症状病原体保有者148例陽性確定例(症状有無確認中)27例です。そして、国内の死亡者は46名となっています。致死率にすると3.3%です。今日28日のテレビでは、感染者1532名、死亡者53名(致死率3.5%)と伝えています。

3月27日までの集計データを推定上の感染者の内訳と比較すると、図3のようになります。厚生労働省が発表している検査の実績による内訳では、推定上と比べて明らかに軽症・無症状の感染者が少ないことになります。8割いるとされる軽症・無症状の感染者の多くが、PCR検査で捉えられていない証明です。

ここで、推定比率における軽症・無症状者の割合の80%(図3上)は、厚労省の検査実績(図3下)における中等・軽症・無症状の合計49%から、無症状の11%の範囲に相当すると考えられます。仮にこの平均値30%を、軽症・無症状とみなして、図上の推定比率に外挿すると、89%の軽症・無症状者が検査で検出されていないという計算になります。そうすると、実際の感染者数は約5,300人と推定できます。

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図3. 専門家会議による患者と軽症・無症状感染者の比率(2:8)に基づく症状別の推定比率(図上)および厚生労働省発表による実際の重症、中等・軽症、無症状者の比率(図下). 図下の灰色部分は調査中.

もう一つの潜在感染者を推定する方法としては死亡率(致死率)から換算するやり方です。日本は現在千人台の感染者数を発表していますが、これと類似する感染者数を出している国々と比較してみました(データはWHOの昨日発表分 [5])。

図3からわかるように、明らかに他国と比べて日本の致死率(3.5%)が突出しています。もちろん、各国の高齢化率や感染者の年齢構成など考慮すべきことはありますが、それにしても日本の数字は異常です。これについては、私はパンデミック宣言当初から指摘してきました(ブログ記事:パンデミック)。

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図3. 日本と類似の感染者数を出している国および韓国との死亡率の比較

日本の医療水準が他国と比べて劣っているとも思われないので、この致死率の高さは感染者の母数が低いため、すなわち潜在感染者がカウントされていないためと考えると、一番納得がいきます。

そこで、仮に韓国と同じレベル(1.4%)の致死率として、感染者数を補正すると約3,200人という数字が出てきます。年齢構成も影響を与えると思われるので、ウェブ上 (朝鮮日報、NewsDigest)から得られる高齢化率のデータ(60歳以上の割合:日本:36%、韓国22%) で補正すれば、約1,800人となります。

そうすると、日本における現時点での実際の感染者数は1,800–5,300人と推定できます。幅はありますが、現在公表されている感染者数の1.4–3.8倍の数字になり、公表数の過小評価が疑われるのです。そうなると、毎日発表されている確定陽性者数は、単なる参考値にしかすぎないということになります。

3. 国内外の事例

ここで私が強調したいのは、日本に潜在感染者数が何人いるかということではありません。国は感染者拡大と医療崩壊抑制のために、検査の拡充をも含めて果たしてベストを尽くしているか?情報を正しく出しているか?ということです。

結論から言うと、専門家会議の見解をベースにした「PCR検査抑制が医療崩壊防止につながる」というわけのわからない理屈がいまだに出てくる状況は、感染爆発を防ぐという意味においては害にしかならないと思えます。以下の国内外の実績を直視すればそれは明らかです。

まず北海道です。感染者が多く発生した北海道ではいち早く緊急事態宣言がなされ、外出の制限要請がなされるとともに、PCR検査によって徹底的に感染者と感染ルートを洗い出し、隔離などの封じ込めが行なわれました。その結果、一時は感染拡大が危惧されたものの、現在は感染者の発生が抑えられています。

次は和歌山県です。やはり国の方針に従わず徹底的にPCR検査を実施し、感染者のあぶり出しと封じ込め作戦を実施しました。その結果、感染者発生はゼロになりました。

和歌山の事例は院内感染ですが、感染者の発生と合わせて院内と外部と隔離した上で、関係者を徹底的に検査して、封じ込めに成功しました [6]。一方で、大分県では、入院患者が院内感染を起こした事例がありました [7]。これも徹底的な検査で、感染者をそれ以上広げることなく経過しています。

これらの院内感染は、下手すると医療崩壊になりかねない事例ですが、PCR検査を限定使用している限り、その網から漏れた外部からの感染者に病院が常に脅威にさらされるという、教訓を残しています。この教訓から言えることは、病院が入院患者を受け入れる際は、必ずPCR検査を実施して感染者かどうかを確定し、感染拡大を予防することです。

国外では韓国がPCR検査の成功例の筆頭として挙げられます。韓国ではPCR検査を医療と分離して徹底的に実施・拡大し、高齢者に感染させるリスクの高い若い世代の感染者をあぶり出し、感染拡大を阻止してきました [8]。その結果、医療崩壊も起こさず、他の先進諸国と比べても低い致死率1.4%を達成しています。

韓国における検査の徹底でわかってきたことは、若い人に感染者が多いということです。20代がトップで全感染者の28%を占めています。これは感染拡大という点において、若者の行動が大きく影響することを物語っています。

そしてドイツです。週当たり16万件という大規模なPCR検査を行うことによって感染の実態を正確に把握し、2万人以上の感染者を出しながら現時点では医療崩壊に至らず、最小限の死亡者数(致死率0.7%)を達成しています [9]ホームドクターなどの基盤医療体制がしっかりしていることも要因でしょう。

ドイツにおける徹底的な検査の結果、明らかにされた重要な事実として、感染者の年齢の中央値が45歳で、8割が60歳未満というのがあります。すなわち、やはり若い人が二次感染の中心キャリアーとして役割を果たしている可能性を示唆しています

一方、少し古い集計(3月9日)ですが、日本での感染者の中央値は66歳、20代の割合は5.9%となっています [10]。韓国やドイツと比べると、若者の感染率がきわめて低くなっています。つまり、検査を行わないことによって若者を中心とする感染者が見逃され、その結果、サイレント・キャリアーとして感染拡大を起こすリスクを広げているのではないか、ということが言えるのです。

日本のメディアはこぞってドイツの例を報じていますが、概ね「低い致死率の背景には、大量検査の実施で隔離を進め、医療崩壊を防いだことにある」という視点で伝えています [11, 12]。検査を拡大することは、医療崩壊防止だけでなく、感染の見逃しを防ぎ、救える命を救うということにも繋がると思います。

先進諸国の中で、大量の感染者と患者を出しているイタリア、スペイン、米国ではどうでしょうか。初期対応が遅れた結果、申告者や有症状者の発生の増大にPCR検査が追いつけない状態になり、医療崩壊(あるいはその寸前の状態)に至っています。3月26日時点での致死率は、イタリアで10%、スペインで7.3%、米国で1.5%です [5]

おわりにー検査が医療崩壊を防ぐ

上で示した事実に基づけば、COVID-19流行への対策として、前線の防波堤である徹底的なPCR検査による感染者の追跡と特定化が重要であり、その結果として医療崩壊を防止し、致死率を下げることに繋がるということが言えます。

政府専門家会議の「感染拡大あるいは医療崩壊防止のために、PCR検査を重症化のおそれがある感染者に集中させる」という方針は、やはりおかしいです。逆に医療崩壊が起こるように検査を行なっているようにしか見えません。少なくとも韓国やドイツの検査実施数の1/10以下しかない実績数で、「限りある検査の資源を重症化する人に集中させる」と言っていることには説得力はありません。

気になるのは、国立感染症研究所のホームページで公表している「新型コロナウイルス 感染症患者に対する積極的疫学調査実施要項(暫定版)」です [13]。これを見ていると、専門家会議が定義するクラスター中の感染者の経路探しと疫学調査研究を効率的に行うためだけに、PCR検査を利用しているように感じられます。そうだとすれば、PCR検査が増えることはないし、ましてやドライブスルー方式などできるわけがありません。厚労省の息がかからない、民間会社の検査も増えることはないでしょうね。

もとより、とくに東京都においては、症状のある人が相談を受けようにもなかなか電話が繋がらなかったり、症状の条件を満たさず、検査を却下される例が増えています。このままの検査体制であれば、医療崩壊に至る前に診断・検査さえ受けられずに亡くなって行く人が増えて行くでしょう。

いずれにせよ国は、感染拡大防止のために、そして多くの人の命を救うために、検査体制も含めたより確実な改善策を施し、正確な情報を国民に伝える責任があると思います。

国の方針に従わず、独自の方針と対策で感染症拡大を防止した北海道や和歌山県の成功例は、実に皮肉なことです。逆に国と歩調を合わせてきた東京都は、いま感染爆発の危機に怯えているという状況です。

現在行われているのは、保健所の負担が重い行政判断のPCR検査です。国はこれだけに限定するのではなく、かかりつけの医師に相談→発熱外来での検体採取→PCR検査(民間会社)というような流れの仕組みを、早急に作る必要があると思います。これが保健所の負担を軽減し、かつ感染拡大抑制を果たす手段です。

引用文献・記事

[1] Japan Subculture Research Center: Germany calls Japan’s coronavirus bluff. Embassy says, “Nippon is lying. Expect a surge of coronavirus cases.” http://www.japansubculture.com/
http://www.japansubculture.com/germany-calls-japans-coronavirus-bluff-embassy-says-nippon-is-lying-expect-a-surge-of-coronavirus-cases/

[2] Ortiz-Ospina, E. and Hassle, J.: How many tests for COVID-19 are being performed around the world? Our Word in Data March 20, 2020.
https://ourworldindata.org/covid-testing#note-2

[3] 厚生労働省: 新型コロナウイルス感染症対策の基本方針の具体化に向けた見解-
2020年2月24日 新型コロナウイルス感染症対策専門家会議. https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/newpage_00006.html

[4] NHK: NHKスペシャル"パンデミック"との闘い〜感染拡大は封じ込められるか〜 2020.03.22. https://www6.nhk.or.jp/special/detail/index.html?aid=20200322_2

[5] WHO: Coronavirus disease (COVID-19) Situation Dashboad. https://experience.arcgis.com/experience/685d0ace521648f8a5beeeee1b9125cd

[6] 朝日新聞DIGITAL:「新たな感染者なし」和歌山の病院、「正常化」めざす. 2020.02.26. https://digital.asahi.com/articles/ASN2T7KNWN2TPXLB005.html

[7] 毎日新聞; 国内感染1724人、死者43人 大分で院内感染か 新型コロナ. 2020.03.20. https://mainichi.jp/articles/20200320/k00/00m/040/151000c

[8] 辺真一: 20代の感染者は日本の69人に対して韓国は2301人! PCR検査数の差か?. YAHOO JAPANニュース. 2020.03.19. https://news.yahoo.co.jp/byline/pyonjiniru/20200319-00168688/

[9] NHK NEWS WEB: ドイツ 感染者2万人超で死者86人 大規模検査で早めに対応か. 2020.03.24. https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200324/k10012346221000.html

[10] NIID 国立感染症研究所: 感染症発生動向調査及び積極的疫学調査により報告された新型コロナウイルス感染症確定症例287例の記述疫学(2020年3月9日現在). https://www.niid.go.jp/niid/ja/covid-19/9489-covid19-14-200309.html

[11] 三井美奈: 新型コロナ ドイツ低い致死率の謎 なぜかイタリアの20分の1以下. 産経新聞 2020.3.26. https://special.sankei.com/a/international/article/20200326/0001.html

[12] テレ朝ニュース: ドイツ 新型コロナ致死率低い理由「大量検査で…」[2020/03/27 08:05]https://news.tv-asahi.co.jp/news_international/articles/000180180.html

[13] NIID 国立感染症研究所: 新型コロナウイルス感染症患者に対する積極的疫学調査実施要領(2020年3月12日暫定版). https://www.niid.go.jp/niid/ja/diseases/ka/corona-virus/2019-ncov/2484-idsc/9357-2019-ncov-02.html

                

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