Dr. Tairaのブログ

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あらためて日本のPCR検査方針への疑問

日本におけるCOVID-19の感染者は、増加の一途をたどっています。厚生労働省の発表によれば、4月5日12時の時点でのPCR検査陽性数は、国内事例で3,191人です。

ただ、これはマスメディアやSNS上でも散々指摘されているように、限定されたPCR検査によってわかった確定陽性者数であって、感染者全体を把握しているものではありません。このブログでも何度となく、感染者の増加に検査が追いついていない状況を指摘しています(関連ブログ記事:SARS-CoV-2感染者の爆発的増大の兆し?PCR検査が医療崩壊防止のカギ?、 再び「検査と隔離」ー感染症拡大を遮る防波堤国内外から信用されない日本の感染の現状)。

PCR検査数が少ないことの原因は、これまでの脆弱な検査体制や厚生労働省の見込みの甘さもあると思いますが、最も影響を及ぼしているのは、国による検査の方針ではないかと考えられます。これはSNS上でも、多数の意見としても散見されます。ここであらためて検証したいと思います。

1. PCR検査数の現状

まずは、図1に、厚生労働省が公表しているPCR検査数の推移を示します。3月中旬までは、1日当たり2,000件を下回る検査数で推移していましたが、それ以降、急に増加していることがわかります。これは、検査の大部分を担っている地方衛生研究所・保健所に加えて、民間会社での検査数が増えていることによります。それでも、民間会社の検査数は全体の19%と、まだまだ少ない割合です。

1日当たり8,000件の検査能力と言われているのに、なぜこんなに実施数が少ないのか、そして、3,000件/日以上の検査実績を達成できているのに、なぜ今までやってこなかったのか、疑問が残ります。もちろん、韓国やドイツなどの諸外国の検査数とは、比べるまでもありません。

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図1. COVID-19に関するPCR検査数の推移(厚生労働省公表データに基づいて作図).

私は、世界保険機構WHOのパンデミック宣言の前のブログ記事「新型コロナウイルス感染症流行に備えるべき方策」、「国内感染者1,000人を突破」、および宣言後のブログの記事「パンデミック」で、国による検査方針の変更に疑問を呈しました。これが検査の少なさと関係あると思ったからです。再度ここにそれを示します。

2. 国の検査方針の変更とクラスター対策

2020年2月25日、新型コロナウイルス感染症対策本部は、PCR検査の方針変更を述べました [1]。すなわち、「感染症法に基づく医師の届出により疑似症患者を把握し、医師が必要と認めるPCR検査を実施する」というそれまでの現行方針を、今後は「地域で患者数が継続的に増えている状況では、入院を要する肺炎患者の治療に必要な確定診断のためのPCR検査に移行しつつ、国内での流行状況等を把握するためのサーベイランスの仕組みを整備する」と変更しました。そして、「地方衛生研究所をはじめとする関係機関(民間検査機関を含む)における検査機能の向上を図る」という文章も、今後の方針から削除されました。

前日の政府専門家会議では、PCR検査を患者の確定診断のために集中して使用するという見解が示されています [2]。ここでは、「無症状や軽症の人であっても、他の人に感染を広げる例があるなど、感染力と重症度は必ずしも相関していません」としています。ここは重要な点で、専門家会議自身が、感染者の症状に関係なく(不顕性感染からの)二次感染が起こる可能性を認めているにもかかわらず、患者確定のため(言い換えれば重症者探し)にPCR検査を集中適用するとしたのです。

このベースには、専門家会議が言う「クラスター」の探索を含む「積極的疫学調査」の方針に沿ってPCR検査を組み込むという計画があったのではないかと考えます。あるいは、感染者をできる限り探すということは諦めた段階で、代替の戦略としてクラスター作業仮説を思いついたということなのでしょう。このようなクラスターに焦点を当てる日本独自の戦略は、世界が進めている「検査と隔離」の戦略とはきわめて対照的です。

クラスターとは陽性患者の集団を指す言葉です。クラスター対策とは、クラスターの一次発生を起点に感染の連鎖が起こり、大規模な集団発生(メガクラスター)に繋がる可能性をなくすために、積極的疫学情報の収集・分析を通してクラスター形成を未然に防ごうというものです。

これ自体はいいのですが、1次のクラスターから次のクラスターを防ぐための積極的疫学調査に大きな問題があります。対象となる濃厚接触者が限定的であり(後述)、そこにPCR検査を集中適用することになっているからです。

PCR検査に関する問題のすべては、ここから始まったように思います。基本方針には、COVID-19の感染者の拡大を抑制するという目標はもちろん掲げてありますが、感染症拡大抑制の原則である検査と隔離」から外れて、要は「PCR検査を限定的に使う」という方針なのです。

この方針では、感染拡大防止策の今後として「地域で患者が継続的増えている状況では積極的疫学調査や濃厚接触者の健康観察は縮小し、広く外出時勢に協力を求める対応にシフトする」と述べられており、検査を広げようという意思が見当たりません。あくまでも、クラスターという作業仮説の検証と、積極的疫学調査という"感染者が拡大しない前段階"の調査研究のセットのために、PCR検査を使うということなのでしょう。

積極的疫学調査とは一般人には聞きなれない言葉ですが、厚生労働省は「感染症などの色々な病気について、発生した集団感染の全体像や病気の特徴などを調べることで、今後の感染拡大防止対策に用いることを目的として行われる調査」と述べています [3]。本来の積極的疫学調査は感染流行の状況を正確に把握し、感染拡大を抑制するためにありますが、その方針次第では切れ味はまったく落ちてしまいます。

クラスター対策という狭い範囲の疫学調査の背景には、もちろん日本では元々検査体制が脆弱だったということがあるかもしれません。前回のインフルエンザのパンデミック後の報告書には、「地方衛生研究所におけるPCR検査体制の向上」が提言されていますが [4] 、国はこれを怠ってきました。それにもかかわらず、今回の流行に対しては、厚労省国立感染症研究所を司令塔とする、地方衛生研究所・保健所の行政検査体制で乗り切れるという、厚労省の甘い見込みもあったかもしれません [5]。いずれにせよ、検査方針が変更されたことで、PCR検査が拡充しにくくなったことは確かです。

3. 積極的疫学調査の概要

ここで、厚生労働省国立感染症研究所のホームページにある「新型コロナウイルス感染症患者に対する積極的疫学調査実施要領[6] をみてみましょう(図2)。この調査実施要領では、クラスター対策が意味を成す段階として、感染拡大によって大規模に患者が発生する前の集団発生を想定していることが重要です。

積極的疫学調査の対象となるのは、「患者(確定例)」および「濃厚接触」となっています。「疑似症患者」や「無症状者」についても、確定例(患者としての認定)となることが想定されれば、調査の対象として許容されるようです。確定例とするためにはPCR検査しなければなりませんから、患者は当然として、あとの三つの場合はいつ、どのような場合にPCR検査をするのか、読んでいてもよくわかりませんでした。

ただ調査内容という項目を見ると、「積極的症例探索の対象者の範囲を事例すべてに広げると負担が大きくなるので限定すべき」というニュアンスと、「濃厚接触者の中で患者 (確定例)と接触期間が長い同居家族等については検査対象としない」という方針が読み取れます(図2-注1))。

さらに、濃厚接触者については、発熱や呼吸器症状が現れたときに初めて検査対象になり(図2-注2))、健康観察中の無症状者の場合は検査対象にならないことがわかります(図2-注3))。この「無症状の濃厚接触者は検査しない」という方針は、クラスター対策立案前の当初からあります(→新型コロナウイルス感染症流行に備えるべき方策)。

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図2. 積極的疫学調査実施要領おける調査内容 [6].

感染症患者に対する行動調査票を見ると、さらにこの疫学的調査の対象の絞り込みが浮き上がってきます。図3に示すように、患者に対する行動調査では、発症前のチェックでは直前の1日前だけでよく、それ以前の濃厚接触は調査対象外となっています。つまり、基本的に発症日以降の有症状濃厚接触者しか検査しないことになります。

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図3. 積極的疫学調査実施要領おける患者の行動調査票 [6].

注目すべきことは、検査対象として「患者予備軍」であるクラスターの検出に注力すべきという方針が強調されていることです。政府専門家会議が、「クラスタ」や「クラスター検出に集中する」という言葉を、何度となく持ち出している背景がここにあります。

つまり、厚労省や専門家会議のPCR検査の限定使用(検査を広げない)という方針の基に、「感染症患者の確定」と「クラスター検出」というキーワードの戦略と積極的疫学調査のセットの中に行政検査としてのPCR検査が組み込まれているということです。この狭い範囲での調査という性質に伴う厳密な条件設定と人的・物的資源の集中的投入という枠組みがなされたことによって、PCR検査は原則としてその枠の中でしか使えなくなりました。

4. クラスター対策と疫学調査のセットの問題点

このようなクラスター対策と疫学調査の方針ですから、当然トラブルも出てくるでしょう。厚労省から北海道庁に派遣された職員が、PCR検査を「入院を要する患者に限定すべき」と述べ「検査を邪魔している」との問題が持ち上がりました。2月27日の衆院委員会で野党がこの問題について厚労大臣に質問し、一部夕刊紙が報道しました [7]

これに対して国立感染症研究所は「事実誤認である」との表明をウェブ上で示し[8]、大手新聞社もこの見解を報道しました。この感染研の表明を抜粋したのが図4です。注1)が問題の報道内容であり、注2)のところで感染研は否定しています。しかし注3)までのところを見ていると、この当該職員は忠実に「疫学調査要領」に沿って述べているだけのように思われ、注4)の感染研の表明は少し言い訳じみているようにも思えます。

PCR検査をやりすぎてはいけないのか」と、北海道の職員が感じたとしても不思議ではありません。

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図4. 新型コロナウイルス感染症の積極的疫学調査に関する報道に対する国立感染症研究所の見解([8]より抜粋).

このように、厚生労働省の「積極的疫学調査」という流れを見ていると、PCR検査がなかなか進まない理由が見えてきます。本来なら、韓国をはじめとするその他の国の状況を見れば、人的・物的資源の限界はあるにしても、医療機関、大学、民間会社などにPCR検査を拡充すれば、より網羅的に感染者を捉えることはできるはずです。たとえば、発熱外来を作り、その段階での判断で検査を民間に委託するという仕組みがあればそれは可能であり、かつ現在の保健所の激務も解消されるはずです。

しかし、クラスターという作業仮説の条件設定上、および積極的疫学調査のライン上でやりたいという厚労省の意向がはたらいていれば、これはむずかしいというか、むしろデータ取りの邪魔でさえあるでしょうね。こう考えたくもなります。

つまり、結論を言えば、厚労省クラスター至上主義に基づく積極的疫学調査の方針とその運用(保健所と帰国者・接触者センターを通す行政判断でのPCR検査)が、検査拡大のボトルネックになっているということです。

クラスター対策は、あくまでも感染の初期対応として機能すればよいという作戦であり、最後まで感染拡大抑制と感染監視の方針としてやり遂げるということではありません。感染が拡大し手に負えなくなったら積極的疫学調査をあきらめ、患者の治療に専念すればよい、しかも空き病床の数を睨みながら患者の受け入れを調整するという(そのために受診の目安をつくったという)、まるで国の都合のためだけにあるような作戦です。しかも、手に負えなくなるレベルが極めて低い位置にあるのです。

スポーツ界や芸能界の患者確定者の配偶者が、濃厚接触者の立場にありながら、なかなかPCR検査してもらえないという報道がありましたが、その事情がここにあります。すべてが、クラスター対策における患者確定のための検査と積極的疫学調査の方針に由来する問題であり、極論すればこの調査研究の犠牲になっているとさえ言えます。

このような、狭い範囲でのPCR検査の網(クラスター戦略での検査のキャパシティー)を維持するために、保健所等の相談窓口では、37.5℃以上の発熱が4日間以上続くなどの、症状に関する非常に厳しいとも思える条件(目安)が相談者に課せられています(→新型コロナウイルス感染症流行に備えるべき方策)。実際に東京都における相談件数と検査人数を比べてみると、わずか5%しか検査を受けられない驚きの状況になっています。

この方針に至ったプロセスについて、厚労省の説明をぜひ聞いてみたいものです。何しろ、専門家会議や周辺の会議の議事録は、まったく公開されていない状況です。議事録は公開するつもりもないのでしょうか。意思・方針決定に至るプロセスについて、責任の所在を明確にできない集団の対策など、決してうまくいくはずもないでしょう。

想像を張り巡らして考えるなら、一つ気になることがあります。それは、多くの医療関係者がことさら偽陽性偽陰性を持ち出して(実際はあり得ない)PCR検査の精度の問題として言及していることです(→PCR検査をめぐる混乱)。背景には、検査の拡大によって生じるかもしれないトラブルを避けるための、そしてこれまでの検査体制構築に向けた国の怠慢を隠すための厚生労働省感染症の専門家の集団の自己防衛の意識があるのかもしれません。そこを発信源として、「検査を広げると医療崩壊が起きる」という言説も出ているのでしょう。

5. 関連学会の姿勢

さらに、一般人が風邪の症状等でCOVID-19かもしれないと言う場合に、病院の診察を通してPCR検査は受けられるような状況にあるのでしょうか。たとえば、感染症の医療で指導的立場にある学会はどういう方針をもっているのか見てみましょう。

2月21日に、日本感染症学会日本環境感染学会の連名で出された「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)―水際対策から感染蔓延期に向けて―」の文書では、 「診療にあたられる方々へ」として、「症状が軽い場合は、現時点での検査体制では必ずしもPCR検査は必要ないことを患者に説明すること」、「外来でみる軽症例や疑い例に対しては遺伝子検査を行わず、自宅安静の指示を出すこと」としています [9]。つまり、当該学会は、厚生労働省や政府専門家会議とがっちりスクラムを組んだPCR検査の方針を示しており、現在に至るまでこの姿勢を崩していません。

上述したような国や関連学会の方針をみると、次のような状況が想像されます。すなわち、行政の相談窓口や病院の診察で検査を拒否されることにより、感染者かもしれない多数の人たちが野放しになり、検査を受けるまでの彼らの自粛にはあるにせよ、その行動によって家庭内感染や市中感染を広げている可能性、あるいは病状を進行させている可能性があるのです。

もとより、PCR検査の対象を限定していますから、この網にかからない無症状のサイレント・キャリアー(潜在的感染者)がたくさん出てくるということにもなります。図3の行動調査票を見れば、濃厚接触者が追跡できていないことも明白です。日本における感染者の爆発的増大は、この方針が立てられた時点で必然であったかと思います。

少なくとも、政府専門家会議自身が、感染者の症状に関係なく二次感染が起こるという認識がありながら、軽症・無症状感染者の徹底的検出を捨て、クラスター対策と患者確定のために検査を限定してきたという方針は、責任重大だと思います。市中感染の拡大のみならず、検査を受けられないことによる健康被害を増大させるからです

つまり重症患者を優先的に検査で拾うという方針でありながら、多数の検査難民を生むことによって、時間的に彼らの症状の進行を許してしまい、全体的な重症化の度合いと死亡に至る確率を高めている危険性があるのです。

6. 自治体の独自の取り組み

自治体の中には、国の方針に反して、独自の判断でPCR検査を徹底したところがいくつかあります。その典型例の一つが和歌山県です。図5に見られるように、和歌山の検査数は1579人と多く、陽性率は1.3%です。同様に大分県やドライブスルー方式(ただし有症状者対象)を取り入れている新潟県 [10] も1千件を超える検査を実施し、1.8-2.6%の陽性率を達成しています。すなわち、感染者の周辺を余裕を持って検査することによって、感染拡大抑制と低い陽性率を達成しています。

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図5. 都道府県別のPCR検査の実施人数と陽性者数.

一方で、東京都は検査数も確定陽性者数もトップで、陽性率は約24%ときわめて高く、直近1週間に至っては36%です(→検査陽性率の高さはオーバーシュートのはじまり?)。いかに感染者の増大に検査が追いついていないかの証明です。ちなみに1万人以上の感染者数を出している韓国での陽性率は3%であり、十分に検査がなされています。

7. 無症状感染者とスーパースプレッダーの重要性

上述したように、感染者を探し出すのではなく、クラスター対策と患者の確定のためにPCR検査を行ってきた帰結として、検査の網にかからない多数のサイレント・キャリアーが生まれてきたと考えられます。最近の東京都における確定陽性者の過半数が、感染経路不明とされていることは、このサンレント・キャリアーの一部が捉えられたと考えることができます。

感染者が潜在するということは、感染の自覚なく二次感染させているということを意味します。すなわち、発症前の無症状者および無症候性感染者が感染経路の主感染源になっている可能性が考えられます。クラスター仮説に基づく重症予想患者と有症状濃厚接触者にPCR検査を集中させ、感染を追跡するという戦略は、もうとっくに破綻しているのです。そして、その理論上破綻することは当初からわかっています。

政府専門家会議は、感染者の8割は軽症か無症状と強調してきました(図6上)。これは世界的な傾向でもあります。一方で、厚生労働省が公表している確定陽性者3,191人の割合を見ると、有症状者が88%、無症状者が12%となっています(図6中)。そして、入院治療を要する人2,553人の中での中等・軽症・無症状の人は54%となっています。そうすると、確定陽性者の中での軽症・無症状者の割合は12–54%の範囲と考えることができます。

仮にこの割合(12–54%)の平均値33%を用いて、感染者の実態である重症・中等症状:軽症・無症状=2:8に外挿すると、軽症・無症状感染者の中で、88%PCR検査の網にかかっていないと計算できます。つまり、上述したように、軽症・無症状感染者の多くが、隔離もされずに放置されてきたと考えることができるのです。皮肉にも、政府専門家会議の見解と厚労省の公表データが合わない状況が、これを証明しています。

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図6. 推定感染者(上)、実際のPCR確定陽性者(中)、および入院治療を要する感染者の症状別の割合(政府専門家会議の見解 [上] および厚生労働省の公表データ [中、下]に基づいて作図).

問題は、サイレント・キャリアーが、どの程度市中二次感染に貢献するかということです。一般には、スーパースプレッダーと呼ばれる2割程度の感染者が、二次感染を起こすことが知られています [111213]。これはウイルス排出量がきわめて多い感染者であると思われますが、PCR検査(リアルタイムPCR)でのCt値(→PCR検査をめぐる混乱をみることで見当をつけることができます。ちなみに、政府専門家会議は1–2割の感染者が二次感染に関わっていると述べています。

このスーパースプレッダーが有症状者に偏っているのか、それとも無症状者でもあり得るのかということですが両者の割合でケース1〜5を想定してみます(図7)。そうすると、感染力そのものは症状には関係ないとされていますので(→新型感染症の検査と対策ー各国の現状に学ぶこと)、図7のケース4やケース5でもあり得るわけです。

つまり、上述したように、多くのスーパースプレッダーが無症状の状態だからこそ他者に感染させているという自覚がないまま、感染を広げているということになるでしょう。発症すればその段階で受診するか自己隔離することで、むしろ伝播させる機会は減るのではないかと考えられます。その意味で、人の流れと接触を断つこと(隔離=接触削減)が、いかに重要かがわかります。3密条件どころではないのです。

クラスター対策を行なうならまさにここが肝であり、Ct値が小さいスーパースプレッダーがPCR検査で見つかったら、その周辺を徹底的に追跡することが重要なのです。現在のように極めて狭い範囲の濃厚接触者を対象とするのではなく、スーパースプレッダーが出た職場全体、施設全体を対象として検査を広げるべきなのです。たとえ検査資源が不十分でも、感染者数が少ない間はこの戦略をとることができるでしょう。

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図7. 感染者の症状とスーパースプレッダーの中での割合の考え方.

図7のケース1〜5のいずれにおいても、軽症・無症状者の大部分(ケース5でも60%)は二次感染に関わっていないとみなせます。ここに、伝え方が悪いと「軽症・無症状者はほとんど感染させない=感染源として考慮しなくてよい」という大きな誤解を生む土台があります。重要なのはスーパースプレッダーの中身なのです。

クラスター対策班の責任者である押谷仁教授(東北大学)は、常日頃、感染者の大部分は軽症・無症状で二次感染させることなく、自然に消滅すると言っています。一方で、不顕性感染からの二次感染も認めているわけです。

この矛盾した考え方の中でいつしか「無症状からはクラスターは生じない」、だから「クラスターと有症状患者にPCR検査を集中させればよい」という、的外れのクラスター作業仮説に陥ってしまったのではないか、と勝手ながら想像します。

8. PCR検査の問題ーまとめ

上述したように、クラスター対策、積極的疫学調査、およびPCR検査の方針は一つのパッケージになっており、柔軟かつ積極的にPCR検査を広げようというベクトルにはなっていません。クラスター戦略の問題およびPCR検査が広がらない問題は以下のようにまとめられます。

1) クラスター内の重症予測患者へのPCR検査の集中適用

2) 空きベットを見ながらの収容患者数の調整

3) 上記のために受診の目安(37.5℃以上、4日以上待機)

4) 無症状の濃厚接触者を検査しない

5) 発症前感染者の濃厚接触者を追跡しない

7) スーパースプレッダー周辺を徹底的に検査しない

8) 検査拡大は無意味あるいは医療崩壊を招くという医療専門家の誤ったメッセージ

9) これらの方針と言説の発信源は厚労省の医系技官をコアにした"感染症コミュニティ"

PCR検査が広がらないことは、決して人的・物的リソースの問題だけではなく、クラスター至上主義に拘泥する国の姿勢、およびチェック・アクション機能を欠く官僚の体質の問題だと思います。とはいえ、専門家会議は検査が少ないという問題は当初から認識していたことでしょう。

おわりに

4月1日に出された専門家会議の状況分析・提言 [14] では、「地域ごとのまん延の状況を判断する際に考慮すべき指標等」として、PCR検査等の件数および陽性率を挙げています。直接PCR検査の拡充には触れていないものの、"明らかに検査が足りない"という認識であることは間違いないです。

とはいえ日本は、クラスター戦略に基づく初期方針の掛け違えによって、検査で感染者を的確に追跡するということができず、感染拡大を許すことになりました。その結果、首都圏を中心に感染者、重傷者、死亡者を増やしてしまうような非常に危ない状態になりつつあります。そして、国の検査限定という方針を後押しするような医療専門家の誤ったメッセージや関連学会の方針も加わって、今なお検査体制は脆弱と混乱の中にあります(→PCR検査をめぐる混乱)。

政府には大至急、人の流れを断つ対策と、検査の拡充による感染者の検出・分別隔離を徹底してもらいたいと思います。それが医療現場の機能不全や、検査が受けられない市中感染者の被害を少しでも防ぐ方法です。厚労省はまだ姿勢を崩していませんが、いずれ方針変更を余儀なくさせられる状況になることは間違いないでしょう。たとえば、ドライブスルー方式の導入なども含めた検査拡充、無症状も含めた濃厚接触者と発症前からより遡る濃厚接触者の検査拡大などが挙げられます。

最後に気になることとして、専門家会議は彼らの使命感の現れか、医学的見地からのアドバイスというミッションを超えて、市民の行動変容の必要性、ICTの利活用、さらには政府等に求められる対応としての事業者の休業などに対する生活支援や経済的支援にまで言及しています [14]。これらは、前のめり感の印象が強いことは否めません。まずははっきりと、PCR検査の不足への反省と拡充への強い提言をお願いしたいものです。

引用文献・記事

[1] 厚生労働省:「新型コロナウイルス感染症対策本部」: 新型コロナウイルス感染症対策の基本方針. 2020年2月25日.
https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000599698.pdf

[2] 厚生労働省: 新型コロナウイルス感染症対策の基本方針の具体化に向けた専門家の見解(2月24日)https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000121431_00093.html#policy

[3] 厚生労働省: ~積極的疫学調査への協力のお願い~. https://www.mhlw.go.jp/kinkyu/kenkou/influenza/090722-05.html

[4] 厚生労働省: 新型インフルエンザ(A/H1N1)対策総括会議報告書.
https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou04/dl/infu100610-00.pdf

[5] 久保田文: 新型コロナウイルス、検査体制の拡充が後手に回った裏事情.日経バイオテク. 2020.02.28 17:00. https://bio.nikkeibp.co.jp/atcl/news/p1/20/02/28/06625/

[6] NIID国立感染症研究所: 新型コロナウイルス感染症患者に対する積極的疫学調査実施要領(2020年3月12日暫定版)
https://www.niid.go.jp/niid/ja/diseases/ka/corona-virus/2019-ncov/2484-idsc/9357-2019-ncov-02.html

[7] 日刊ゲンダイ: 厚労省が政権に忖度か 感染者急増の北海道で“検査妨害”. https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/269709

[8] NIID国立感染症研究所: 新型コロナウイルス感染症の積極的疫学調査に関する報道の事実誤認について. https://www.niid.go.jp/niid/ja/others/9441-covid14-15.html

[9] 日本感染症学会: 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)―水際対策から感染蔓延期に向けて. 2020.02.21. http://www.kansensho.or.jp/uploads/files/topics/2019ncov/covid19_mizugiwa_200221.pdf

[10] 新潟日報:新型ウイルス ドライブスルーでPCR検査 新潟市が運用、迅速な対応可能に. 2020.03.20. https://www.niigata-nippo.co.jp/news/national/20200320532121.html

[11] Woolhouse, M. E. J. et al.: Heterogeneities in the transmission of infectious agents: Implications for the design of control programs. Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 94, 338–342 (1997).  https://doi.org/10.1073/pnas.94.1.338

[12] CDC: Severe Acute Respiratory Syndrome --- Singapore, 2003. MMWR 52(18), 405–411 (2003). https://www.cdc.gov/mmwr/preview/mmwrhtml/mm5218a1.htm

[13] Lloyd-Smith, J. O. et al.: Superspreading and the effect of individual variation on disease emergence. Nature 438, 355–359 (2005). https://www.nature.com/articles/nature04153

[14] 新型コロナウイルス 感染症専門家会議: 「新型コロナウイルス感染症対策の状況分析・提言」(2020 年4月1日). https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000617992.pdf

引用拙著ブログ記事

4月4日 国内外から信用されない日本の感染の現状

4月3日 検査陽性率の高さはオーバーシュートのはじまり?

4月2日 再び「検査と隔離」ー感染症拡大を遮る防波堤

3月30日 新型感染症の検査と対策ー各国の現状に学ぶこと

3月28日 PCR検査が医療崩壊防止のカギ?

3月25日 SARS-CoV-2感染者の爆発的増大の兆し?

3月24日 PCR検査をめぐる混乱

3月12日 パンデミック

3月4日: 国内感染者1,000人を突破

2月19日 新型コロナウイルス感染症流行に備えるべき方策

                     

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