Dr. Tairaのブログ

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政府のCOVID-19対策への疑問

はじめに

新型コロナウイルス SARS-CoV-2 による感染症 COVID-19 が世界的に広がり、WHOはパンデミックを宣言するに至りました。パンデミックはまだ入り口にあり先の見通しも立ちませんが、人的、経済的、社会的被害が最小限になるような効果的対策がなされ、できる限り早く終息に至ることが望まれるところです。

感染症封じ込め対策としては中国の既往例がありますが、流行の中心に移行しつつあるヨーロッパ各国は感染症封じ込めのためのドラスティックな対策をとり始めました。緊急事態の発令に始まり、街の封鎖や人の移動の制限などです。新型ウイルスの感染力の強さに危機感を感じている証拠です。

一方で日本の場合はどうでしょうか。1月15日の初の国内感染者の発生と春節時の中国からの観光客来日を考えれば、その時点で封じ込め・水際対策を打つことはできたと思いますが、その後の動きを見ると後手後手に回ってしまっている感は否めません(関連ブログ記事パンデミック)。

とくに終始クルーズ船への対策(しかも誤った対策)に集中し、武漢湖北省ルートにこだわり続けた結果、初動での封じ込めに失敗し、感染拡大を招いてしまったということも言えるでしょう。

そして今日(3月14日)、新型コロナウイルス新型インフルエンザ等対策特別措置法の対象に加える改正法の成立 [1] を受けて、安倍総理大臣の記者会見がありました [2]。しかし、依然として徹底的な封じ込めの対策が見えにくいと感じました。一方で「えっ?」と思うような発言もありました。それは、集団免疫をベースにするような基本方針の発言です。

ここでは、安倍総理の記者会見の内容を振り返りながら、政府のCOVID-19対策の方針への疑問点をいくつか述べたいと思います。

1. 安倍総理の記者会見への疑問

安倍総理記者会見で「感染のピークをできるだけ後ろに遅らせることです。そうすることで、治療薬などが開発されるまでの時間稼ぎが可能となります」と述べました。この見解は専門家からの指南であることは明らかであり、部分的には集団免疫の観点から述べたものと思われますが、国民に対しては言葉足らずで意味不明です。

集団免疫とは、ある感染症に対して自然感染あるいは予防接種による人為的感染によって集団の大部分の人が免疫をもつ状態を言います。集団免疫の拡大によって免疫を持っていない人への感染が防護され、その結果病気は減少し終息する、というのが集団免疫による感染症抑制の考え方です [3]

集団免疫の意義については前のブログ記事 感染症と集団免疫」の中でも解説しました。集団免疫の意義は、あくまでも生物学や疫学の観点からの一般的理論の範囲内であって、「感染症が早く終わってほしい」という誰もがもつ感情に対しては何の効果もありません。集団免疫によって感染症が終息するまでに、甚大な健康被害と経済的被害が起こるからです。

だからこそ、国民は誰しもこの感染症流行が長引くことを望んでいないはずであり、「感染のピークをできるだけ後ろに遅らせる」という安倍総理の言葉には多少なりとも「どういう意味? 一体いつまで続くの? 早く終わらせるんじゃないの? 治療薬を開発するために病気を長引かせるの?」という疑問をもった人もいると思います。

同時に、安倍総理の「ピークを遅らせる」という発言は、年内のオリンピック開催を放棄したようなものです。記者会見では「年内に開催したい」と言っていましたがまったく矛盾しています。この矛盾に気がつかないのでしょうか。実際、どう考えても年内開催は不可能であり、もはや中止が妥当です。

もとより、プロンプター越しに官僚が用意した作文を読むだけの安倍総理ですから、冒頭の表明には期待はしていませんが、少なくともしっかりとした政治判断だけはお願いしたいものです。

2. 集団免疫手法の非現実性

集団免疫について、もう少し詳しくみてみましょう。安倍総理が言ったことの元になっている、厚生労働省のCOVID-19対策の基本的考え方を図1に示します。患者数が現医療体制能力の限界を越えないように、その流行のピークを下げ、かつそのピークをできる限り遅くするという概念図です。

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図1. 厚生労働省新型コロナウイルス(COVID-19)感染症への対策の基本的考え方

一般の人がこの図を見て果たして理解できるでしょうか? 普通は「ピークはもちろん下がってほしいけどそのピークも先送りせず早く収まった方がよい」と考えるのではないでしょうか。

横が時間軸になっていますが、時間をかけるとなぜ重症化防止になるか?理解できるでしょうか。おそらくこれは、先のブログ記事「パンデミック」で示したように、感染が追えなくなった時点で、感染拡大抑制のサーベイランスから重症者にPCR検査を集中する治療へ移行することを意味するものと思われます。つまり、国が進めるクラスター戦略の時間的経過を意味し、市中感染が拡大したら感染者の探索はあきらめるということに等しいです。

集団免疫による感染拡大の抑制においては、できる限り多くの人が免疫を獲得する必要があります。通常は予防接種によってこれを達成しますが、COVID-19の場合はワクチンがなく、現時点では開発の見通しもありません。したがって、上図の基本方針は、「新型感染症終息には時間をかけて多くの人が自然感染し、免疫を獲得する必要がある」というウイルス学・疫学的には間違いではない理論的概念であっても、政治的には誤ったメッセージを与えかねません。

では、具体的に集団内でどのくらいの人が、自然感染で免疫を獲得すればよいかということになりますが、これは病原体の感染力に依存します。1人の感染者から2人に伝染すると仮定すると、理論上50%の人が免疫を獲得していれば集団内感染が抑えられることになります。COVID-19ウイルスの場合は1人から2.68人に伝染する(基本再生産数=2.68)とされていますので [4]、必要な集団内免疫獲得者の比率は約63%となります(詳細は 感染症と集団免疫)。

そうすると何もしなければ日本全体では約8,000万人が感染しなければならないことになります。驚きの数字です。そして70歳以上の高齢者が約2,600万人なのでこの高齢者層だけでも約1,600万人が感染することになります。今回の感染症の致死率は中国以外で平均0.7%といわれていますが、高齢者ほど重篤化し致死率が高くなる傾向にあります。仮にこの致死率をそのまま高齢者に当てはめると死者数11万人となります。低く見積もってもこれだけの数字であり、とても国民が許容できるものではないでしょう。

もう一つ重要なことは時間です。現在日本においては感染者がそれほど増えていない状況にあり、「持ちこたえている」という専門家からの楽観的な見解もありましたが、仮に1日あたり1万人の感染者が出たとしましょう。それでも自然感染による集団免疫が確定するまで20年かかる計算です。

実際にそのような数字が現実になるとは思えないし、思いたくもありません。しかし、図1にある政府の基本方針はそのような途方もないことを想像させる(誤解を与える)ようなものだということです。

さらに集団免疫には、ウイルスの変異(抗原ドリフト)が問題になります(詳細は 感染症と集団免疫)。コロナウイルスによる風邪に免疫が効かない(繰り返し風邪をひく)ことから類推されるように、現時点では、コロナウイルスに対する獲得免疫が長続きするという保証もありません。

どこから見ても、安倍総理の記者会見には、現実に起こりそうなことも短期間(数年)で終息できそうな要素も見つかりません。だれもいつ終わるか答えられないのですから無理からぬところですが、少なくとも検査と隔離という封じ込めの対策について、より積極的な説明と政治判断が必要だと感じます。

感染のピークをできるだけ後ろに遅らせることです」というような、あいまいな方針のみを示すのではなく、その裏にある、感染のピークを下げるための封じ込め対策や健康・経済的被害などについて補足すべきでしょう。

3. 封じ込めへの対策

新型感染症は流行のピークが見えず、今後も感染が拡大し続けていくと予想されます。そして、ワクチンの開発も見通せておらず、開発できたとしても年単位の長い時間が必要になるかもしれません。したがって、今必要なのは検査をベースとする感染の広がりの状況把握、封じ込めへの具体的対策、被害を最小限にする政治判断です。

たとえ、感染のピークを後にずらす政府通りの方針であっても、地域的な集団免疫による終息を想定する場合においても、封じ込めがなければ感染は一気に拡大します。医療崩壊を避けるためにも前提となるのは、ウイルスを封じ込めて市中の感染者数を増やさないという対策です。

感染症対策が功を奏しているのが中国、台湾、韓国、シンガポールです。中国の場合は言論情報統制がなされている国のことですから情報の信頼性は今ひとつですが、本当に感染が衰退に転じているのならば興味ある事実です。これは集団免疫の効果とは考えにくく、物理的封じ込めという方法が有効であるという証明になるからです。

以前のブログ記事「感染症と集団免疫」述べたように、集団免疫理論は、隔離による感染抑制拡大に応用できます。つまり、「集団免疫は非感染者への感染拡大の防護壁になる」という理論が、そのまま「隔離は感染拡大への防護壁になる」という考えに当てはめることができます。具体的には、感染の広がりを示す実効再生産数が1以下(Rt<1)になるように、人同士の接触を断てばいいのです。中国は、都市封鎖と言う古典的な強制的手段によって隔離を実行し、感染拡大抑制に成功したと言えます。

感染症防止対策の基本を言えば、感染者に対しては「検査と隔離」、非感染者に対しても「人に近づかない」というきわめてシンプルな感染拡大予防原則があります。そして、PCR検査によって感染者の隔離が進めば、理論上その分だけ接触機会削減を緩和しても感染抑制が達成され、より早期の収束が期待できます。残念ながら国のクラスター対策では、市中感染者のあぶり出しではなく、重症化に至りそうな患者の確定に検査を使っている様子なので、検査・隔離による接触削減の緩和はまったく期待できません。

安倍総理は2月27日、全国の小中学校、高等学校、特別支援学校に対して春休みまでの臨時休校を要請しました。これは部分的な隔離とみなすことができます。感染症対策としては例をみない政治判断ですが、その効果や判断に至ったプロセス(悪く言えば独断)については賛否両論あります。

上記の休校要請に関して言えば、人の流れと生活の変化を想定していなかったことにおいては手落ちだったと思います。つまり、民主主義社会においては、休校や都市封鎖という強制的な人の自由の制限は、何らかの補償やバックアップ(代替行動対策)とセットで行わなければならないということです。とはいえ、横断的な意見と的確な予測に基づく適切な政治判断は、封じ込め対策としてこれから必須になってきます。

人の移動と行動がウイルス感染予防としてとても重要です。政府は国民に対して手洗いを励行することやライブハウスや雀荘などの密室内や人ごみを避けるように要請しています。若年層に対しては症状が軽いか症状が出ないという理由で、高齢者への感染リスクがあるような安易な行動は自粛するようにと呼びかけています。

このような国の呼びかけは要請の域を出ない対策なので、これが国民に徹底されているかと考えると疑問です。私は街や公園に出かけるたびに人の行動を見ていますが、一定空間で集団でワイワイ談笑している若者はたくさん見かけますし、商業施設に備え付けの消毒薬を利用している人は半分もいません。消毒の仕方も正しくありません。公衆衛生学な対策がもっと強化されてしかるべきです。

4. クラスター対策への疑問

COVID-19の場合は、無症状のキャリアーが多数いて感染を拡大させる可能性があるということと、当事者にその意識が薄いということが厄介であると言えます。いわゆる不顕性感染が次の感染を発生させるという危険性がきわめて高いのです。

政府専門家会議は「感染者の症状に関わりなく二次感染させる可能性がある」という見解を出しています [5]。にもかかわらず、政府のクラスター対策は、集団発生(彼らが言うクラスター)や周辺の孤発例において、有症状者の確定にPCR検査を集中適用するとしています [5–7]。そして、検査を実施するかどうかは、保健所と帰国者・接触外来センターを通す行政判断であり、患者となり得るであろうと思われる人に限って適用される検査システムになっています。

つまり、現在の政府のクラスター対策は、狭い検査の網から溢れてくるであろう感染者の存在を軽視しており、不顕性感染からの二次感染が限りなく許す形になっているのです。世界の流れは、検査で徹底的に感染者を探し出して隔離するという「検査と隔離」が基本になっていますが、日本の対策はこれとは逆行するものです。

無症状感染者による二次感染は市中感染を広げ、さらには無症状患者による院内感染をも広げるということは容易に想定されます。これらを軽視した、あるいは想定していない日本のクラスター対策はきわめて危険であり、早急に改善や方針転換を望むものです。すでに、感染経路不明の確定陽性者が東京都を中心に出ていることは、クラスター対策の誤りを示すものだと言えます。

おわりに

いまパンデミック下にあるCOVID-19に対してワクチンはなく、その開発の見通しも立っていません。今後開発できたとしても臨床試験を経て集団予防接種に至るまでには相当な時間がかかると想像されます。そして現時点では、誰にもそのロードマップを描くことはできないと思います。このような状況のなかでは、一般人には理解しにくい政府の集団免疫をベースとする曖昧な基本方針は意味がなく、封じ込め対策や検査・医療対策に集中すべきと考えます。

その上においては、専門家の提言も踏まえた横断的な意見と的確な予測に基づく政治判断が重要となります。そして国民の行動へそれを投影し、徹底させる効果的な働きかけが今一度必要です。つまり、民主主義国家における強制的な発令による国民の行動制限を可能とするためには、それに見合うだけの代替措置対策とバックアップ体制の構築が必要になります。

このままでは、いずれ日本でも感染者数と患者が著しく増え、医療現場が疲弊する状況になることが予想されます。それを少しでも軽減できることを望むものですが、それは政府の対策次第です。

引用文献・記事

[1] 朝日新聞DIGITAL: 新型コロナで改正特措法が成立「緊急事態宣言」可能に. 2020.03.13. https://digital.asahi.com/articles/ASN3F5H7JN3FUTFK00M.html

[2] 首相官邸:令和2年3月14日 安倍内閣総理大臣記者会見.
https://www.kantei.go.jp/jp/98_abe/statement/2020/0314kaiken.html

[3] Fine, P. et al.: Herd immunity': A rough guide. Clin. Infec. Dis. 52911–916 (2011). https://doi.org/10.1093/cid/cir007.

[4] Wu, J. T. et al.: Nowcasting and forecasting the potential domestic and international spread of the 2019-nCoV outbreak originating in Wuhan, China: a modelling study. Lancet 395, 689-697 (2020). https://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736(20)30260-9/fulltext

[5] 厚生労働省: 新型コロナウイルス感染症対策の基本方針の具体化に向けた専門家の見解(2月24日).  https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000121431_00093.html#policy

現在こちらのページ→https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/newpage_00006.html

[6] 厚生労働省: 新型コロナウイルス感染症対策の基本方針. 命和2年2月25日. https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000599698.pdf

[7] 厚生労働省: 新型コロナウイルス クラスター対策班の設置について. https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_09743.html

                   

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