Dr. Tairaのブログ

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SARS-CoV-2感染者の爆発的増加の兆し?

COVID-19の流行に対して、3月9日、新型コロナウイルス感染症専門家会議は「新型コロナウイルス感染症対策の見解」を公表しました(図1)。これは厚生労働省のホームページで見ることができます [1]

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図1. 新型コロナウイルス感染症対策専門家会議「新型コロナウイルス感染症対策の見解」[1].

図1には、感染者の集団発生(政府専門家会議はこれをクラスタと呼んでいます)が起こりやすい条件を示します。すなわち、(1)密室空間であり、換気が悪い、(2)手の届く距離に多くの人がいる、(3)近距離での会話や発生がある、という3条件です。そして、これらの条件が重なった場合に集団発生が起こりやすいと注意を呼びかけています。

それに先がけた3月2日、同会議は「若年層は重症化する割合が非常に低く、感染拡大の状況が見えないため、結果として多くの中高年層に感染が及んでいると考えられます。これまでに国内で感染が確認された方のうち重症・軽症に関わらず約80%の方は、他の人に感染させていません」と述べました。

そして3月9日には「本日時点での日本の状況は、爆発的な感染拡大には進んでおらず、一定程度、持ちこたえているのではないかと考えます」との見解を述べました。 

私はこれらをずっと見聞きしていて、納得する部分と疑問に思ったところがありました。納得する部分は図1の3条件です。換気の悪い密閉空間で人が会話をしたり発声したりすれば、そして濃厚接触する機会があれば、当然感染する危険性は高くなるだろうと思います。これは国民の誰もが納得するでしょう。

一方で疑問に思ったのは、3条件が重なるところ(3密条件)で集団発生が起こりやすいとするなら、それ以外の状況だったらいいのか、という誤ったメッセージになりはしないかということです。3条件の重なりだけを強調するのではなく、それぞれの条件を、危険な要因として主張すべきだと思います。

もちろん、3密条件は日本発のオリジナルの感染予防策の概念として注目すべきことですが、諸外国では、むしろ「外に出るな」「家にいろ」と警告しているだけです。すなわち、隔離と接触削減が感染を広げないための基本なのです。このウイルスの「エアロゾル感染 (=空気感染)」を念頭に置いておくべきでしょう。

そして、せっかく「症状の軽い若年層が中高年層に感染させる危険性がある」と言っているのに、「感染者の8割は他の人に感染させていない」と危険性を和らげるような発言をしているところもおかしいです。さらに「爆発的な感染拡大には進んでおらず、一定程度、持ちこたえている」と述べていたことも疑問です。

これらも国民に対して危機感を低くするメッセージになりかねないと危惧しました。持ちこたえているとはどういう意味だろうと思いました。そもそも「検査を重篤化しやすい感染者に集中して行う」という、検査の網を狭める専門家会議の方針ですから、感染者の全体像が把握されているとはとても思えません。

これらの疑問については、何度となくツイッターやこのブログ(→パンデミック、PCR検査をめぐる混乱)でも発信してきました。

感染症においては、2割のスーパー・スプレッダーと言われる感染者が多くの人に二次感染させ、残りの8割はあまり感染させないことが知られています [2]。専門家会議が言っていることは、単にこのスーパースプレッダー説を踏襲する見解を述べているだけであって、要点を置くべきところがズレていると感じました。そして「8割は他の人に感染させていない」と強調するのは余分だと感じました。

重要なことは、スーパー・スプレッダーという感染の自覚がない人が大勢の人に感染させることであって、8割の人が二次感染に関わらないと述べることではないのです。すなわち、検査で検出されていないサイレント・キャリアー(潜在的感染者)によって、密かに感染拡大が起こるというところに注意を向けなければならないのです。

症状がある人は、検査を受けて陽性と判定され次第すぐに隔離されてしまうので、それ以上二次感染拡大には関わりません。結果として、感染に関わらない上記の8割の中に、有症状者の多くが含まれるのではないでしょうか。つまり、二次感染においては、もちろん有症状者も重要ですが、無症状者により注意すべきということではないかと思います。

上記の理由で、政府専門家会議の国民に対するメッセージは誤解を与えていたのではないかと思います。それは、国民に「自粛に飽きた」とか、「コロナ疲れ」という言葉で形容されるような行動の緩みが出ていたことに現れています。テレビを通じて観る都心は人ごみで溢れていて、非常に驚きました。

さらに、Yahooニュースで、坂本史衣氏(聖路加国際病院 QIセンター感染管理室 マネジャー)による以下のようなメッセージを見つけました [3]

●今はCOVID-19に対して気を緩めてはいけない時期であることは間違いありませんが、だからといって家に閉じこもってひっそり暮らす必要もありません。COVID-19には弱点があります。それは、先に述べた3条件が重ならない場所では感染を起こすことが少なく、仮に起きたとしても、それ以上拡大しにくいということです

●都心は桜がきれいです。家族と散歩をしながら今しか見られない景色を楽しみたいと思います

私はこれを見ても驚きました。このような危機感のない、誤解を与えるメッセージは伝えるべきではないと思います。この人は、PCR検査も「拡大すべきでない」と言っていて、これを私は先のブログ記事で批判しています(→PCR検査をめぐる混乱 )。医療に関わる人によるこのようなメッセージは困ったものです。

私がこのように思うのは、世界保健機構WHOの感染者数に関するデータを毎日見ていて、日本の状況を危惧していたからです。ツイッター上でも紹介しましたが、図2に3月21日時点における韓国と日本の感染者数と死者数の経時変化を示します。

韓国では、徹底的なPCR検査による感染者の検出とトリアージによる重症者と軽症者の分別によって医療崩壊も起こさず、今のところ封じ込め対策が功を奏して感染者数は減少に転じています。一方、日本は相変わらずのPCR検査控えで正確な感染者数もわからず、トリアージの具体的対策も出されておらず、その上で感染者は増加の傾向にあります。

今でこそ日本の感染者数と死者数は、韓国のそれぞれの約1/8および1/3ですが、いずれ両方とも追い越してしまうことは確実でしょう。

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図2. WHOによる韓国と日本における感染者数と死者数の推移(累積数)

ここで致死率を比べてみると、日本では3.5%、韓国では1.2%となります。つまり、日本は韓国の3倍近くの致死率になっています。ちょっと意外ですが、日本が医療で劣っているとも思えません。では、日本でなぜ致死率が高いのか、この疑問に対する解は、PCR検査の実施抑制にあるのではと考えます。

仮に韓国と同じ致死率と考えると、日本の感染者数は約3倍の3,000人ということにしなければなりません。ということは、検査済みかつ肺炎での死亡の患者はすべてカウントされている一方、検査控えのために、検査されていない肺炎患者、および3,000人いると推定される潜在的感染者の多くが見逃されている、つまり、これだけのサイレント・キャリアーがすでにいると推察しました。こう考えればつじつまが合います。おそらく、見逃されている隠れコロナ死亡者もいるのではないでしょうか。

そしてもう一つ私が危機感を抱いていたのが、感染経路が不明の感染者(陽性患者)が東京で増えていることです。今日のテレビのワイドショーでもそれを伝えていました(図3)。増加する感染者の多くがすでに感染経路が不明になっています。3月の第1週だけでも感染経路不明者は、56%に及んでいます。ちなみに韓国では、徹底的な追跡とPCR検査によって、感染経路不明者は常に5%以内に抑えられています。

感染者に関しては当然、通常「どこにいたか」とか、「誰と接触したか」などの過去に遡っての探りがなされてはずです。にもかかわらず、感染経路がわからないとすると、これは図1に示した、3密条件に当てはまるクラスター以外の感染者が増えているということになります。「隠れクラスタ」や「市中感染」(おそらく空気感染])が発生している可能性があるわけです。

これには、厚生労働省や専門家会議が検査の範囲を限定していることにも原因があると思います。すなわち、積極的疫学調査の方針により、濃厚接触者は原則として症状がない限り検査されないこと、そして発症前1日前より古い濃厚接触者は追跡対象外になっていることです [4]。つまり、国のクラスター対策によって、検査の網がダダ漏れになっているのです。クラスター対策がすでに破綻していることを示します。

そして、海外(とくにヨーロッパ)からの帰国者の感染例が増えていることも、あらたな要因として加わります。国のクラスター対策が、検疫における徹底的PCR検査を軽視していた証拠です。若者の海外渡航によるウイルスの持ち込みによって、国内で感染拡大することが危惧されます。

図3に関する懸念も、ツイッターやこのブログ上で述べてきました。

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図3.  テレビの情報番組が伝える東京都おける新規陽性患者数の推移(2020.03.25 テレビ朝日「モーニングショー」より)

テレビで流れる、いまだに3密条件だけにこだわるような厚労省広報や専門家の情宣は、国民に誤ったメッセージを与えているのではないかと思います。強調すべきことは、不要不急の外出を避ける(人との接触を避ける)意識の徹底と拡大が基本だということです。ここに、国のトップが先頭に立って、外出禁止令を出し、国民に直接訴えかける諸外国との温度差を感じます。

北海道では緊急事態宣言の下、週ごとに外出自粛の要請がなされ、その結果、現時点では感染者数が減ってきているという実績があります。和歌山県ではPCR検査を徹底させた結果、感染者を減らしています。繰り返しますが、「市民は人との接触を避け、行政は検査で感染実態を把握することが感染拡大抑制の基本」であり、すでに日本で成果が現れているのです。「検査と隔離」の予防原則が生かされた例です。

一方で残念ながら、首都圏では爆発的増大の予兆が出ていると個人的に考えます。その理由をまとめると以下のようになります。

●サイレント・キャリアーがスーパー・スプレッダーとして感染を拡大している

●公表数よりはるかに多い感染者が存在する可能性がある

PCR検査がきわめて不十分で、感染者を探し出す努力がなされていない

●感染ルートが不明な感染者が増加し、半数に達している

●上記のベースとして、国が言う感染の"3密が重なる"条件と「8割は感染させない」というメッセージが逆に国民へ誤解を与え、感染拡大に繋がる行動になっている

イタリアのように、検査による感染者の把握という初動対策を怠り、すぐに感染者増大に検査が追いつかなくなり、医療崩壊を起こしている現状を見てほしいです。イタリアと韓国を比較すれば、検査による潜在感染者の把握および軽症者と重症者の隔離・分別処置がいかに重要かがわかります。

ただ、イタリアやその他のヨーロッパ諸国における爆発的広がりと比較して、東アジアにおける感染者数の少なさを考えると、政府の対策以外の要因があることも考えられます。たとえば、ウイルスの変異、地域性、人種間の免疫に関する遺伝的差異、マスク着用を含む公衆衛生的習慣などがあるかもしれません。

今日(3月25日)小池百合子東京都知事は緊急会見を行い、爆発的感染拡大が起こる可能性と東京の都市封鎖(ロックダウン)の可能性にも言及し、外出の自粛を要請しました。2、3を見れば、もっと早い時期でのメッセージ発信もあり得たと思います。今までまったくと言っていいほど目立っていなかった小池知事ですが、東京五輪が延期と決定した途端に、急にテレビでロックダウンなどと言い出しました。一体、どうしたんでしょうか。今までは東京五輪のことが頭にあったのでしょうか。

残念ながらクラスター戦略はすでに破綻し、市中感染が広がっている状況では、検査を隔離のための武器として有効に使うことができません。国はもう緊急事態宣言の時期と思います。残念ながら、検査と隔離ができない今となっては、古典的でありますが、大規模接触削減(自主隔離)を行うほかありません。それも今すぐにです。ただし、大規模接触削減対策は、甚大な経済的被害や国民生活への圧迫になる可能性があることから、緊急の経済的支援や補償をセットにして行うことが必須です。

そして、国や都には、軽症患者を重症患者から分別・隔離する発熱外来・隔離施設の設置とトリアージシステムの体制づくりを至急進めてほしいと思います。もうクラスターの探り出しのみに注力したり、重症化可能性感染者へのPCR検査集中の意義を説いたりする段階を超えている状況だと思います。方針と対策の変更は、もう待ったなしです。

最後に、検査を重篤化しやすい感染者に集中して行うという重症者の医療に重点を置くような日本の対策であるならば、少なくとも、決して現在のような韓国よりも高い致死率であってはいけないし、この先、死者数も死亡率もそれなりに抑えられなければいけないと思います。しかし、検査抑制の言い訳にしか聞こえないようなこのクラスター対策方針を続ける限りは、必ずやこの国のCOVID-19被害を甚大にしてしまうことでしょう。

引用文献

[1] 厚生労働省: 新型コロナウイルス感染症対策専門家会議の見解等(新型コロナウイルス感染症). https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000121431_00093.html

[2] 東京都感染症情報センター:スーパー・スプレッダー(Super Spreader). http://idsc.tokyo-eiken.go.jp/diseases/sars/sars/spreader/

[3] 坂本史衣: 新型コロナもう飽きた、でも感染は心配…今何をすればいいの? YAHOOニュース 2020.03.24. https://news.yahoo.co.jp/byline/sakamotofumie/20200324-00169519/

[4] NIID国立感染症研究所新型コロナウイルス感染症患者に対する積極的疫学調査実施要領(2020年3月12日暫定版).
https://www.niid.go.jp/niid/ja/diseases/ka/corona-virus/2019-ncov/2484-idsc/9357-2019-ncov-02.html

              

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