Dr. Tairaのブログ

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国内感染者1,000人を突破

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SARS-CoV-2の形態

中国湖北省武漢市で発生した、新種のコロナウイルスSARS-CoV-2)を原因とする新型肺炎感染症は、世界中に蔓延しつつあります。2月11日、世界保健機関(WHO)は、この新型感染症の正式名称をCOVID-19(coronavirus disease 2019)と定めました。世界的流行であるパンデミックに至ることは間違いないと思われますが [1]、WHOからはまだその宣言がありません。

発生源である中国ではすでに収束しつつあるようですが、お隣の韓国では3月3日の時点で感染者は4,800人を越え、感染者を迅速に把握するためのするためのドライブスルー方式の検査も始まっています [2]。そして、今日(3月4日)の新聞は、日本国内事例としての感染者(正確にはPCR検査確定陽性者)が、1,035人になったことを報じています [3]

日本国内では、1月15日に初の感染者が見つかり、2月13日には初の死者が出ました。2月26日、国立感染症研究所は、武漢渡航歴のないヒト―ヒト間の感染事例についても報告しました [4]。そして、最初の国内事例から49日目で累計1,000人突破となったわけです。

気になるのは、国内の検疫で感染者が認められたことです。厚生労働省によると、カンボジアから中部国際空港へ帰国した40代男性が、感染者であることがわかりました。チャーター機での帰国者や大型クルーズ船の乗船者を除いて、検疫で感染者が確認されたのは初めての事例です [3]。これは検疫での検査を強化しなければならないという、重大なサインです。

2月24日の新型コロナ感染症対策専門家会議の内容 [5] と、それをベースにした翌日の厚生労働省の対策方針 [6] は、今後の感染症拡大抑制の成否を占う上できわめて重要です。ここでそれらの内容を見てみたいと思います。

専門家会議は、COVID-19患者の集団発生を「クラスタ」という言葉で呼んでいるようです。英語の論文でも"cluster"という表現がチラホラ見受けられますが、個人的にはクラスターはわかりにくくて、単に集団発生でいいのかと思います。専門家会議は、こういう特別なカタカナ言葉を付けて対策・方針(作業仮説)の権威づけをしているのでしょうか。

厚生労働省は、今後、COVID-19感染の流行を早期に終息させるためには、「患者クラスターが次のクラスターを生み出すことを防止することがきわめて重要である」とした基本方針を示しています [7]。そして、クラスターが発生した自治体と連携して、クラスター発生の早期探知、専門家チームの派遣、データの収集分析と対応策の検討などを行っていくため、国内の感染症の専門家の方々で構成される「クラスター対策班」を、立ち上げたとしています。

クラスター対策が重要なことはよく理解できます。しかし、感染が局所化している場合はまだよいですが(専門家会議は北海道の事例を挙げています)、その網から漏れるケースを当然想定しなくてはいけません。そして、東京や大阪のような大都市でのクラスター対策は限りなく困難と思われます。すぐに、追跡ができない市中感染が起こることは、容易に想定できます。

このように考えるのは、厚労省や専門家会議の方針 [5, 6] をよく見ると、感染を知る武器であるPCR検査を、行政の枠組みの中でのクラスター追跡と重症になりそうな患者の確定だけに集中適用するように読めるからです。濃厚接触者の範囲を拡大し、PCR検査を無症状感染者にまで適用して探し出すことはしない、という方針です(図1注3赤線部)。この方針を正当化するために「全ての人にPCR検査をすることはできません」という飛躍した論理展開までしています。これは詭弁です。

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図1. 厚生労働省: 新型コロナウイルス感染症対策の基本方針の具体化に向けた見解( 2020年2月24日、[5] からの抜粋に加筆).

この感染症の特性から考えて、無症候性感染者あるいは発症前(無症状)の感染者が、無自覚のままに他者に二次感染させるという主要な伝播経路が考えられます [8]。何よりも専門会議自身が「無症状や軽症の人であっても、他の人に感染を広げる例があるなど、感染力と重症度は必ずしも相関していません」と述べています(図1注2赤線部)。それなのに、無症状感染者は検査しないというのはどういうことでしょうか。

もしそうであるなら、クラスター作業仮説に基づく行政検査は、市中感染を誘導・拡大しかねない(サイレント・キャリアー [潜在的感染者] を増加させる)ものとして、きわめて危険な方針です。少なくとも、検査のバックアップ体制(たとえば、行政判断によらない検査ルート)は考えているのでしょうか?

さらに懸念されるのは、図注1赤線部にある「空気感染は起きていない」という専門家会議の見解です。インフルエンザの感染例からも見られるように、エアロゾルによる感染はより感染力の強いSARS-CoV-2においては十分に考えられることです(→新型コロナウイルス感染症流行に備えるべき方策)。古典的な空気感染の概念に拘泥していると、とんでもないことになると思います。

専門家会議は、「感染を急速に収束の方向に向かわせるためには、人と人との接触を最大限に避けることが必須です。これを、いま集中して実施すべきです」と述べています。そして、「こうした事態に至ると、多くの人々に健康被害をもたらすほか、医療提供体制に甚大な悪影響を及ぼす事態を招きます」と続けています。

これは正論です。人との接触を避ける(隔離する)ことは感染症拡大予防の基本原則の一つです。3月1日、北海道知事は緊急事態宣言を発出しましたが [9]、この動きの一つとして評価されるでしょう。大都市圏や全国でこれが躊躇なくできるか、安倍総理大臣や各自治体首長はその手腕が試されるところです。

少なくとも、安倍総理については、COVID-19対策と東京五輪開催とを天秤にかけているようではとても無理です。五輪開催は諦めて、感染症対策に専念してもらいたいところです。そして依然として、渡航制限や入国制限が甘いのが気になります。たとえば、感染拡大が続くイタリアからの入国は拒否されていません。これではヨーロッパからのウイルス(例:感染力を増した変異ウイルス)の侵入を許すことになります。専門家会議は今すぐイタリア入国禁止措置を提言すべきでしょう。

さらに専門家会議は、「感染症のなかには、大多数の人々が感染することによって、感染の連鎖が断ち切られ、感染していない人を保護する仕組みが機能できるものもあります(集団免疫の獲得)」と述べています。そして、「現在の感染状況は集団免疫を期待できるレベルではありません」と続けています。

この専門家会議の言述は、まったく受け入れられるものではありません。自然感染による集団免疫のメカニズムは理論上の話であって、そのプロセスにおける甚大な健康被害、経済的被害、社会的被害、ワクチン利用の有無という話を飛ばして語るべきではありません。このような感染症対策における集団免疫の考え方の問題については、先のブログ記事「感染症と集団免疫 」で述べています。

私は、この先に起こるであろう爆発的な感染拡大と国難を非常に危惧しています。なぜなら、この感染症に対する厚生労働省の非常に楽観的で視野狭窄的な取り組みと態度が、感染拡大とそれに伴う甚大的被害を許しかねないからです。もちろん、根底には、上記のような政府専門家会議の見解があります。

マスメディアは当初からPCR検査不足を指摘しています。そのような中、2月25日のテレビの情報番組では、厚労省担当者の弁を伝えていました。すなわち、「検査が追いつかなくなるのでは?」という疑問に対して「市中感染は稀なケース」、「検査が不足している認識はない」と答えています(図1)。
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図1. COVID-19感染症対策としてPCR検査不足の声に対する厚生労働省の見解(テレビ朝日「モーニングショー」2020.02.25より)

専門家会議による患者確定とクラスター探索の方針が、「市中感染は起きない」という根拠のない妄想を生み出してると言っても過言ではありません。市中感染は稀なケースではなく、これからどんどん起こり得るのです。それを許容するような、狭い行政検査の網しか持たない対策になっていると考えられるのです。その対策のために相談・受診の目安さえつくっています(→新型コロナウイルス感染症流行に備えるべき方策)。市中感染から新たなクラスターが発生し、また市中感染を生むという連鎖の可能性に、どうして想像が行かないのでしょうか?

私は先のブログ記事で、この先に予測される感染拡大に向けてとるべき抑制対策を提言しています。政府には、大至急「検査・隔離・追跡」のサイクルを中心とする感染拡大抑制対策をとってもらいたいと思います。

不思議なのは、厚労省と政府専門家会議の「狭い検査の網しか持たないクラスター戦略の方針」に対して、一部の大学関係者や医療関係者を除いて、有力専門家・科学者、著名人から反対する、あるいは改善を求める声が積極的に出されていないことです。SNS上の声も見渡しても、政府の方針に完全に沈黙を保ったり、あるいはどちらかといえば同調するものが多く、さらには医療関係筋からさえも「検査拡大は医療崩壊を招くのでやるべきでない」という検査抑制論さえも出ています。あり得ない話です。

私は、民間会社や大学での研究で環境中の微生物やウイルスを調査し、PCR技術を常用してきた経験から、それらの汚染がいかに起こりやすいか、そしてその汚染を検知するのにいかにPCR検査が役にたつか、を熟知しています。ヒトに感染症を起こすウイルスなら、なおさらその感染力の脅威を感じます。今日の新聞で、国内でCOVID-19感染者1,000人越えが確定したことを観て、あらためてその思いを強めた次第です。

引用文献・記事

[1] Wu, J. T. et al.: Nowcasting and forecasting the potential domestic and international spread of the 2019-nCoV outbreak originating in Wuhan, China: a modelling study. Lancet published Jan. 31, 2020. https://doi.org/10.1016/S0140-6736(20)30260-9

[2] CNN: 韓国にドライブスルー方式の検査施設、結果は3日以内に通知 新型肺炎. 2020.03.03. https://www.cnn.co.jp/world/35150187.html

[3] 朝日新聞DIGITAL: 新型コロナ、国内1000人超える  初確認から49日目. 2020.03.04.  https://digital.asahi.com/articles/ASN342TJ4N33UTIL0C1.html

[4] NIID 国立感染症研究所: 国内初の新型コロナウイルスのヒト―ヒト感染事例.
https://www.niid.go.jp/niid/ja/diseases/ka/corona-virus/2019-ncov/2488-idsc/iasr-news/9425-481p02.html

[5] 厚生労働省: 新型コロナウイルス感染症対策の基本方針の具体化に向けた見解. 2020.02.24. https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/newpage_00006.html 

[6] 厚生労働省: 新型コロナウイルス感染症対策の基本方針. 命和2年2月25日. https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000599698.pdf

[7] 厚生労働省: 新型コロナウイルス クラスター対策班の設置について. https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_09743.html

[8] Kupferschmidt, K. and Cohen, J.: Will novel virus go pandemic or be contained? Science published Feb. 07, 2020. https://science.sciencemag.org/content/367/6478/610.long

[9] 北海道新聞: 鈴木知事が緊急事態宣言「週末は外出控えて」 新型肺炎03/01 09:31. https://www.hokkaido-np.co.jp/article/397694

引用した拙著ブログ記事

2020年2月19日 新型コロナウイルス感染症流行に備えるべき方策

2018年5月26日 感染症と集団免疫

                   

カテゴリー:感染症とCOVID-19

カテゴリー:社会・時事問題