Dr. Tairaのブログ

生命と環境、微生物、科学と教育、生活科学、時事ネタなどに関する記事紹介

再燃に備えて今こそとるべき感染症対策

f:id:rplroseus:20200723165007j:plain

はじめに

5月25日に緊急事態宣言が全国解除され、それから一週間が経ちました。昨日における全国のSARS-CoV-2新規陽性者数は35人、東京は5人と少数です。しかし、決してゼロにはなっていないことには注意しなければなりません。先のブログ記事「世界が評価する?日本モデルの力?」でも述べたように、これは第1波の流行が収束したのではなく、消火が不完全であって、いまだに流行の種火がくすぶっている状態と考えられるからです。

経済活動の再開に伴って流行が再燃することは当然考えられます。西浦モデルは、すでに一ヶ月後の再燃を予測しています [1]。この先、今以上の対策がとられず、同時に検査数が増えれば、今年の夏休みは4月の流行をはるかに超える感染拡大となるでしょう。

そこで、流行が一旦収束している今だからこそ、備えるべき感染症対策を考えてみたいと思います。不思議なことに、政府からも、専門家の間からも、メディアからも、医療態勢の強化や検査拡充には言及があっても、防疫対策を強化するような声があまり聞こえてきません。見せかけの収束に惑わされてはいけないし、手をこまねいているヒマはないのです。ニュージーランドのように具体的な感染症に立ち向かう戦略 [2] を、政府や専門家会議は述べるべきです。

1. 政府専門家会議の楽観的な見解の見直し

5月29日、政府専門家会議の記者会見がありました。その席で尾見茂副座長は、「クラスター対策」の成功を述べながら、日本の流行がひとまず収束した要因について、1) だれもが医療にアクセスできる国民皆保険制度、2) 医療レベルの高さ、3) 保健所の機能、4) 市民の衛生意識の高さ、の4点を挙げていました。しかし、これらはいささか的外れであることは、昨日のブログで述べました(→専門家会議の5月29日記者会見とその記事への感想)。

専門家会議は、クラスター対策の限界とその対策の誤りであった部分を素直に認めた上で、これからの感染症対策がどうあるべきかを具体的に述べてほしいと思います。彼らの報告書を読むと、検査拡充の方針は挙げられていますが、依然としてクラスター対策を基本として、感染が追えなくなったらまた接触削減をやればいい、というようなニュアンスを感じます。接触削減は有効ですが「早く、強く、短く」という介入の原則を踏まえないとうまく機能せず、経済的損害が大きくなるだけです。

日本はこれまでと同様なクラスター対策はとることができませんし、もしそれを実行するなら失敗を繰り返すでしょう。基本は検査の拡大とその運用です。そして、流行再燃時に検査を拡大すれば、これまで見逃していた若者を中心とする市中感染者が確実に増える(見つかる)と予測されますその上で、検査の拡大の程度と接触削減の緩和の関係を定量的に、具体的に早急に示してほしいと思います。

繰り返しますが、日本はいつまでもクラスター対策に拘泥している場合ではなく、この先の流行の再燃に備えて、シンプルに「検査・隔離・追跡」という基本の封じ込めの作戦に、素直に転じていくことが必須だと思います。今は、中国、台湾、韓国、シンガポールなどの周辺国ではすでに実践されているように、検査とICTという近代的なツールがあり、これらを最大限に活用することが求められていると思います(後述)。

2. ウイルスのゲノム解析の強化と情報の開示

国立感染症研究所は、4月27日、SARS-CoV-2の遺伝子の変異を分析した結果に基づく、当該ウイルスの国内での伝播パターンを発表しました(→ゲノム疫学からみたCOVID-19流行パターン)。それによれば、日本では初期の中国経由の武漢型ウイルスによる第1波において地域ごとのクラスターが発生しましたが、濃厚接触者の迅速探知によって抑え込に成功したとされています。そして、3月に欧⽶経由で輸入された欧州型ウイルス第2波においては、全国各地への拡散によって「感染経路不明」とされた孤発例が多数起こったものと推定されています。

しかしながら、クラスター対策の問題は、検査不足によって無症状者も含めた多くの市中感染者を見逃している可能性があるということです。とくに韓国や諸外国の例で見れば、主体を占めると考えられる20–30代の感染者が見逃されていることは明らかであり、無症状あるいは軽症のまま自然治癒していることが考えられます。これらの検出されなかった一部の感染者からの伝播が、今なお続いている状態だと言えるでしょう。

だとすれば、この見逃された伝播によって、いまウイルスの状態がどのようになっているのか明らかにするべきと思います。感染研によれば、SARS-CoV-2のゲノムにおいては、4ヶ月で9塩基のランダム変異が起こると報告されていますので、6月に入った現時点で相当の変異が起きているはずです。感染研はウイルスのゲノム解析を早急に行ない、この先の流行の占う意味で変異の状況を迅速に公開すべきだと考えます。

そして重要なのは、感染力を増した変異ウイルスの出現の可能性です。その意味で、検疫の強化とゲノム解析のネットワーク化が必須だと思います。感染研、大学病院、自治体の衛生研究所など、ゲノム解析が可能な拠点のネットワーク化と情報共有体制の構築・強化が必要でしょう。

3. 検査拡充と実施

経済活動再開に向けて動き出した今だからこそ政府が行なうべきことは、接触削減に代わる感染症抑制対策あるいは封じ込め対策です。検査体制の拡充とその効果的実施は、その中のコアになる対策です。この点に関しては、これまで何回となく述べていますが(→新型コロナウイルス感染症流行に備えるべき方策世界が評価する?日本モデルの力?)、ここで再々度提示したいと思います。

大規模な接触削減が経済活動のブレーキになるとすれば、それを可能とするためには、検査・隔離のシステムを再構築し、それが最大限に機能するようにするような感染症対策が重要になります。全員検査は現時点では不可能なので、まずは感染リスクの高い職種を選別して、優先的に検査を実施し、社会経済活動における安全性対策の柱とすべきでしょう。

たとえば、以下の4分野に職種を分けて、検査能力に応じて1)→4)の順に、優先的に検査を定期的に行なうこと、あるいは事業開始前に行なうことが考えられます。

                          

1) エッセンシャルワーカー(医療、介護、消防、警察、食料品スーパーなど)

2) 接客業従事者(レストラン、飲食業、理美容、娯楽施設など)

3) エンターテイメント、プロスポーツ関係者

4) リモートワーカー(IT、金融、法律など在宅可能な勤務)

                          

とりあえずは、1)の医療関係者だけを定期的に検査することを考えてみます。最重要は院内感染の防止です。日本には、医師約30万人と看護師約120万人が存在します。これらを対象として1週間に1回検査するとなると、ざっくり、(30+120)/7=21万件/日の検査能力が必要になります。実際にCOVID-19患者が入院する指定感染症病院だけを考えても3万件/日の検査態勢が必要になるでしょう。

しかし、これらの数字はちょっと実現困難のように思えます。より現実的なのは、低コストかつ比較的労力が少なくて済む下水監視システム(→下水のウイルス監視システム)の導入でしょう。病院、施設、会社、工場などの職域や地域単位で下水ウイルスを定期的に監視するシステムを構築すれば、流行の前兆を捉える監視機能としてきわめて有効と考えられます。そして、ウイルスの変異を網羅的に捉えるシステムとしても機能する可能性があります。

3)については、ライブハウスや演劇舞台、プロサッカーやブロ野球などのスポーツが当てはまりますが、事前の検査が必須になるでしょう。ライブハウスや演劇舞台においては、これまでクラスター発生源としてやり玉に挙げられてきた密閉、密接環境です。おそらく、プロスポーツや芸術・エンターテイメント分野では、民間検査会社と協力して事前検査が進む(進めるべき)ものと思われます。

検査拡充は簡単に口にすることはできますが、問題は運用と方法論です。施設や地域ごとの下水監視による流行予測や職種ごとの事前検査に加えて、実際に感染者が発生した場合にどのようなアプローチをとるかということが課題になります。

一つ目は、積極的疫学調査における濃厚接触者の定義を変更し、追跡の範囲を広げることです。今の狭い範囲の濃厚接触者の追跡では、容易にダダ漏れが起こり、すぐに蔓延を許してしまいます。これには同時に保健所の担当者(トレーサー)の増員などの強化が必要です。場合によっては民間人員の活用も考えられるでしょう。

二つ目は、スーパースプレッダーを特定化し、その周辺を濃厚接触者に関わりなく面的に広げて追跡することです(→あらためて日本のPCR検査方針への疑問)。スーパースプレッダーは、PCR検査(リアルタイムPCR)でのCt値をみることで見当をつけることができます。この方法は、専門家会議がいうクラスター対策と基本的に同じ概念ですが、クラスター対策では、Ct値を活用せず、面的に検査対象を広げるということをやっていなかったのが失敗でした。

三つ目は、面的な追跡を効率的にするためのプール式検査の活用です。4–5検体を一つにまとめて検査すれば、時間的にもコスト的にもメリットがあります。また、プール式検査は、上記で挙げた職域ごとの網羅的検査や、若者の就労者が多く、感染者が出やすい密集区域(たとえば飲屋街の区域)の、面つぶしのローラー作戦にも有効だと思われます。

要は、実際の検査の場と運用法を想定した場合から出てくる検査数、効率性、確実性を含めた検査態勢を組み立て、実施することです。国はこれまでこのような具体的なアプローチをまったくと言っていいほど行なってきませんでした。現存の地方衛生研究所による、行政検査しか想定してこなかったからです。至急検査拡充と実施の具体的プランを進めるべきだと思います。検査の需要があれば、民間会社も拡充態勢をとりやすくなります。

また、このような大規模検査拡充のためには、全自動検査機(→ 新型コロナウイルス感染症流行に備えるべき方策のみならず、検査時間を短縮でき、簡易化できる等温反応のポータブル型DNA検出機器LAMP、SmartAmpなど)の導入も大至急進められるべきだと考えます。まもなく唾液を検体とする検査が国に認められることになると思いますので、検査拡充は格段に進めやすくなります。

4. 接触追跡アプリの導入

先月、サイエンス誌に出版された論文によれば、数理モデル解析によって、無症状感染者と無症候性感染者を合わせて、感染の二次伝播への貢献度が半分以上になると報告されています [3]。そして、伝播の広がりは従来のアナログ的追跡では不可能であり、接触追跡アプリの活用が必須だとしています。

このような遺伝子・分析検査・隔離・アプリ活用接触追跡のサイクルが、近代的な感染症抑制対策として中心になるでしょう。事実、防疫対策に成功している国ほどこのようなアプローチを進めています。観光業や飲食業などの主な場所において、入所・入店QRコードとリンクした接触追跡アプリの導入が必須と考えられます。米国ニューヨーク州のように、マンパワー接触追跡を充実させるという試みもあります。

5. 隔離・医療態勢の強化と経済支援

不幸にして流行の再燃となれば、4月以上の病床数とそれを支える利用スタッフの増員が必要になると考えられます。ところが、メディアが報道するところでは、COVID-19患者を受け入れた病院はいずれも赤字経営に陥っているという状況です。直接、COVID-19患者を受け入れなくても、国民の病院控えで、一般の病院も大幅な収入源となっているようです。これは次の流行へ向けての医療体制の強化において大きな打撃です。

5月29日、防衛省航空自衛隊のアクロバット飛行チーム「ブルーインパルス」が、医療従事者への敬意と感謝を込めて、東京都心上空を飛行しました。テレビやメディアはこれをニュースとして大々的に取り上げていましたが、元々五輪開催用に準備していた中での想定の行動でしょう。このようなパフォーマンスよりも、政府は病院や医療従事者へ実効性のある経済支援、必要な病床数確保などの医療提供体制の強化を至急行なうべきです。

そして、上述したように、流行再燃時に検査を広げていけば、これまで検出されなかった若年層を中心とする無症状・軽症の陽性者が大量にあぶり出されることが予測されます。そうなると、重症者、中等患者に先んじて軽症者を収容隔離をする施設や臨時病院が多く必要になるでしょう。このための陽性者数、空き収容施設、病院の位置と数をリアルタイムで情報共有できるICT活用トリアージのシステムを早急に準備する必要があると考えられます。

6. 厚生労働省感染症研究コミュニティの体質改善とリスクコミュニケーション

日本で検査が一向に広がらない現状に対してさまざまな理由が述べられています。いわゆる物理的な、運用上の目詰まりがあって、そこが律速になっているような言い方もされますし、相変わらずの検査に関する人的資源やリソースの不足への言及もあります。

しかし、これらは表面的な理由であり、最も大きい問題は、当初のクラスター対策と積極的疫学調査の方針を組み立てた専門家および厚生労働省の医系技官を中心とする、コアな感染症関連コミュニティの独自の常識と姿勢にあると考えるのが妥当でしょう。そこには、感染症は自分たちの領域という自負と独占欲、対策と方針には間違いがあってはいけないという無謬性の維持、既得権益への拘泥などがあります。

厚労省は、前回のインフルエンザのパンデミックの総括で提言されていた検査拡充を怠ってきました。それを取り繕うかのように、今回の感染症対策においては検査拡充に替わる戦略を考える必要があり、それが今回のクラスター対策と積極的疫学調査の方針であったと考えられます(→あらためて日本のPCR検査方針への疑問)。

このように、検査拡充に消極的な姿勢は今回のCOVID-19流行に始まったことではなく、従来からの傾向です。ではなぜ、検査の強化を行なってこなかったのか? 「検査を増やせば医療崩壊する」というまったく世界から孤立した非論理的な言説とともに、その謎を解く鍵はPCR検査の精度に関する言及にあります。

政府専門家会議の尾見茂副会長をも含めて、この感染症関連の医療コミュニティの人たちは、ことさら、感度(偽陰性)や特異度(偽陽性)を持ち出して、PCR検査の精度を問題にしています。PCRの精度を理解していないのか、あるいはわかっていて敢えて問題しているのか、あるいはその両方の可能性もあります。

いずれにせよ、彼らにはPCR検査拡充の非合理性を説く理由があり、そのためにPCR検査自体を問題視しているということでしょう。既得権益の維持や検査に伴うトラブル回避という過度の組織防衛の意識の上に検査抑制論があるとすれば、それは本末転倒であり、体質改善されるべきです。

また、SNS上やウェブ記事に見られるように、一部の医療専門家(医クラ)やメディアが、この感染症コミュニティの検査抑制論に踊らされて、PCR検査の精度も理解せず、その片棒を担いでいるということは、この国にとっては誠に不幸なことです。

この厚労省感染症コミュニティの姿勢は、元々情報伝達・公開に難がある安倍政権の国民へのコミュニケーションをさらに曖昧、不透明なものにしています。ニュージーランドは国民へのコミュニケーションの重要性を感染症対策の柱の一つとして挙げています [2]日本のリスクコミュニケーションの欠如は、この先予測される再燃流行(リバウンド)の最大の原因の一つになりそうです。

おわりに

以上思うがままに、これからの流行再燃に対して備えるべき対策を述べてみました。ここで挙げた対策は決して荒唐無稽な話ではなく、諸外国ではすでに進められているものばかりです。日本では不幸にして、どうやら厚生労働省を中心とする感染症コミュニティの常識(世界では非常識)や思惑が岩盤となって感染症対策が進まないという面があるようです。国民世論、メディア、そして政治がどれだけこれを突き破ることができるかが、これからの感染症対策の成否を占う鍵になります。

そして日本は、今まさに、第1波の感染流行を教訓として、封じ込め戦略に向かうか、感染抑制戦略に向かうか、はたまた狭い範囲のクラスター対策を踏襲するかの岐路に立たされており、この先の運命が決まると思います。

引用文献・記事

[1] 東京都: 令和2年5月15日 東京都新型コロナウイルス感染症最新情報 ~小池知事から都民の皆様へ~<アーカイブ版>. https://www.youtube.com/watch?v=aI8zvZAdSTM

[2] Baker, M. G. et al.: New Zealand’s elimination strategy for the COVID-19 pandemic and what is required to make it work. NZ Med. J. 133, April 3, 2020. https://journal.nzma.org.nz/journal-articles/new-zealands-elimination-strategy-for-the-covid-19-pandemic-and-what-is-required-to-make-it-work

[3] Ferretti, L. et al.: Quantifying SARS-CoV-2 transmission suggests epidemic control with digital contact tracing. Science 368, eabb6936 (2020). https://science.sciencemag.org/content/368/6491/eabb6936

引用した拙著ブログ記事

2020年5月31日 専門家会議の5月29日記者会見とその記事への感想

2020年5月29日 下水のウイルス監視システム

2020年5月26日 世界が評価する?日本モデルの力?

2020年4月28日 ゲノム疫学からみたCOVID-19流行パターン

2020年4月6日 あらためて日本のPCR検査方針への疑問

2020年2月19日 新型コロナウイルス感染症流行に備えるべき方策

           

カテゴリー:感染症とCOVID-19

カテゴリー:社会・時事問題