Dr. Tairaのブログ

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ゲノム疫学からみたCOVID-19流行パターン

中国湖北省武漢に端を発する新型コロナウイルス感染症COVID-19パンデミックについては、「どのようにして世界に広がったか」を検証する疫学的研究が同時進行で実施されています。最も確実な証拠が得られるアプローチは、世界中の患者から得られた原因ウイルスSARS-CoV-2のゲノム(遺伝子の集合体)の変異パターンを比較することです。

一般に、ウイルスのゲノムは時間軸に対して一定の確率で変異します。そこで、世界中から集められたSARS-CoV-2のゲノムの変異度(RNA塩基配列の違い)を分析すれば、ウイルス間の進化的距離を知ること、すなわち、変異の頻度に基づいて系統分かれした順序や時間経過を知ることができます。ただし、SARS-CoV-2の変異には、宿主との相互作用(宿主の抗ウイルス活性)も関わっているようなので、生物学の進化の常識が当てはまらない可能性があります。

鳥インフルエンザに関する情報共有の国際推進機構」(GISAID、Global Initiative on Sharing All Influenza Data: http://platform. gisaid.org/epi3/frontend)のデータベース上には、このようにして集められたウイルスゲノムのデータがあります。GISAIDは、もともとインフルエンザウイルスの情報を共有するために設立されたオープンプラットフォームですが、現在では当該ウイルスのみならず、さまざまな感染症ウイルスに対応しています。SARS-CoV-2については、今日(4月28日)の時点で約5千のゲノムが登録されています。

4月27日、国立感染症研究所は世界各地のSARS-CoV-2の遺伝子の変異を分析した結果に基づく、当該ウイルスの広がり方を発表しました [1]。この発表データは、先に出版されたいくつかの論文の内容とほぼ合致し、さらに発展させるものです。そこで、まずは関連する2本の先行論文を紹介したいと思います。

一つ目は、4月11日に米国科学アカデミー紀要電子版に発表された論文です(プリント版は4月28日) [2]。この論文では世界中からサンプリングされた160のSARS-CoV-2のゲノムについて解析されています。図1は、ゲノム配列から推定されるアミノ酸配列に基づく各地域のウイルス(各丸印)の系統関係を示します。丸印間の線の長さが大きいほど、両者の変異度が大きいということになります。

に見られるように、SARS-CoV-2は大きくA, B、Cの3型に分類されています。A型とC型はヨーロッパとアメリカに多く見られる一方、B型は日本を含む東アジアに見られるタイプです。

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図1. 160のSARS-CoV-2ゲノムの系統ネットワーク(文献[2]より抜粋した図に加筆).

A型は、共通祖先を有すると考えられるコウモリのコロナウイルスBatCoVRaTG13 と最も近縁だとされています。A型は武漢で流行したタイプですが、半数近くはアメリカ(青色)やオーストラリア(薄青紫)にも見られるとしています。

B型も武漢を起源とするタイプですが、多くの人に対する感染の間に環境に適応し、東アジア以外に拡散することにつながったとされています。

C型はヨーロッパで見られる主要なタイプであり、フランス、イタリア、スウェーデン、英国などに見られています。また、アメリカ大陸ではではカリフォルニア、ブラジル、アジアではシンガポール、香港、台湾、韓国など、幅広く見られています。

ちなみに、図1で外群(outgroup)として用いられているコウモリコロナウイルス と最類縁のA型までは、長い距離があります。すなわち、両者は系統的に分かれてから、ある程度時間が経っているということを示しています(後述)。

SARS-CoV-2株間の系統関係を、時間的経過を含めてより解釈しやすくしたのが、4月16日にバイオアーカイヴbioRxivに発表された論文です [3]。この論文は査読を経ていないブレプリント論文ですが、各国の流行パターンがわかりやすくまとめられています。

図2に示すように、SARS-CoV-2の部分的な配列で識別する遺伝型を色付けし、それらに基づいて、各国の流行パターンを時系列で追跡できるようにしています。たとえば、日本で見ると初期の2月に発生したCOVID-19は一部の中国から派生したもの(茶色)であり、3月に入ってフランスなどのヨーロッパと共通するウイルスによる流行が起こったことを示しています。

色分けで見ると、色が多い東アジアの型、オレンジが多いヨーロッパの型、色が多い北米の型が顕著です。に注目すると、中国由来のウイルスがドイツ、オランダ、英国などに侵入し、ヨーロッパで拡大と変異(オレンジピンクなど)を生じ、それがまた日本に入ってきたという時間的経過が推察できます。

 

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図2. SARS-CoV-2ゲノムの遺伝型に基づく国別の流行パターン(文献[3]より抜粋).

それでは、国立感染症研究所が発表した分析査結果 [1をみてみましょう。図3に、感染研自身が解読した562例およびGISAIDから取得した4511例の計5073ゲノムに基づく系統ネットワークを示します。

⽇本各地で発生した初期の複数のクラスター(図1-右下)は、中国武漢から派生したウイルスによるものであり、その後消失しています。また、クルーズ船・ダイヤモンド・プリンセス号船内の⼤規模感染を引き起こした株のゲノムは、これとは1塩基のみの変異ですが(図1-マゼンタ)、このウイルス株もその後検出されておらず、⽇本国内においては終息したものと思われます。

一方、3月末から全国各地で確認されている「感染リンク不明」の症例は、ヨーロッパやアメリカと同じタイプのウイルスであり(図1-左上)、旅行者や帰国者からもたらされた後、数週間で全国各地での感染拡大につながった可能性が高いと考えられます。

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図3. 国立感染研によるSARS-CoV-2ゲノムの系統ネットワーク(文献[1]より抜粋).

したがって、日本の流行状況は、初期の中国経由の第1波において地域ごとのクラスターが発生し、濃厚接触者の迅速探知によって抑え込に成功しましたが、欧⽶経由で輸入された第2波においては、全国各地への拡散によって「感染経路不明」とされた孤発例が多数起こったものと推定されます。

2020年 3 ⽉末以降の発生はこの余波と思われますが、この報告では4月中旬以降のデータや現在潜在すると考えられる市中感染者のデータは含まれていないので、現在の流行がどうなっているのかはわかりません。

感染研は国内のCOVID流行について「現在収束の⾒込みはあるが...」と述べています。政府も接触削減の効果が出ているとみているようです。しかし、PCR検査はクラスターや院内感染を中心に進められてきた経緯があり、それが一段落したがために検査数も陽性患者数も減っているということも言えます。

より確実なことを言うためには、東京都だけでも平均1,500件/日に上る有症状相談者の検査を行うべきであると思います。ここはほとんどは未検査です。これらの中にはかなりの割合の市中感染者、および重症化に至る可能性のある感染者がいると推定されます。自宅療養中に死亡した例が報道されたり、感染の疑いはあるが検査されないまま処理されている遺体が増えていること(→COVID-19感染の検査体制を補う大学の力)は、その一端であろうと思われます。これらの検査が進み、さらにウイルスの解析にまで至ることを望むものです。

そして、ウイルス二次感染のかなりの部分は無症候性感染者が担っていると思いますが、この部分はまったく検査・分析の手が入っていません。たとえ一旦流行が収束したとしても、無症候性感染者が伝播を繋ぎ、流行の再燃する可能性がきわめて高いです。無症候性感染者をブラックボックス化するならば、分子疫学として流行を正確かつ継続的に追跡することはできません

最後に述べたいことは、やはり私が興味を持っているSARS-CoV-2の起源です。コウモリのコロナウイルスと最初に解析された武漢SARS-CoV-2のゲノムは、96%の相同性があるとされています [4]。これは約1,200塩基の違いに相当します。一方で、国立感染研は、SARS-CoV-2のゲノムについて、2019 年末の発⽣から4ヶ⽉ほどの期間を経て、少なくとも 9 塩基ほどの変異がランダムに発⽣したと⽰唆しています [1]。これは、1年間で 25.9 箇所の変異が⾒込まれる進化速度です。

そうすると、とりあえず宿主との相互作用を無視して考えると、SARS-CoV-2と最類縁のコウモリのコロナウイルスとの間には、単純に考えると1200/25.9/2=24年という、共通祖先から分かれた後の1/4世紀近い時間的隔たりが推定されるわけです。こうなると、やはりコウモリとヒトとの間の中間キャリアーがいないと説明がつきません。しかし、依然として中間キャリアーについては確かな情報がないようです。

それともSARS-CoV-2は、20年以上も前に武漢ウイルス研究所でコウモリから分離され、研究所内の実験動物を使った培養で変異を繰り返し、あるいは人為的に改変され、それが誤って漏出したというのでしょうか。少なくとも、大方の論文の見方は、SARS-CoV-2は人為的に改変されたウイルスである可能性はきわめて低いということですが(→新型コロナウイルスは人為的改変体ではない)。

引用文献・記事

[1] NIID国立感染症研究所: 新型コロナウイルスSARS-CoV-2のゲノム分子疫学調査. 2020.04.27. https://www.niid.go.jp/niid/ja/basic-science/467-genome/9586-genome-2020-1.html

[2] Foster, P. et al.: Phylogenetic network analysis of SARS-CoV-2 genomes. Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 117, 9241-9243 (2020). https://doi.org/10.1073/pnas.2004999117

[3] Zhao, Z. et al.: Characterizing geographical and temporal dynamics of novel coronavirus SARS-CoV-2 using informative subtype markers. bioRxiv posted April 16, 2020. doi: https://doi.org/10.1101/2020.04.07.030759

[4] Wu, F. et al: A new coronavirus associated with human respiratory disease in China. Nature 579, 265–269(2020). https://doi.org/10.1038/s41586-020-2008-3

引用した拙著ブログ記事

2020年4月27日 COVID-19感染の検査体制を補う大学の力

2020年3月19日 新型コロナウイルスは人為的改変体ではない

                 

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