専門家会議の記者会見を視聴して
昨日(4月22日)政府の新型コロナウイルス 感染症対策専門家会議が開かれ、その直後、その内容についての提言と記者会見がありました。4月7日の緊急事態宣言後からの初の記者会見でしたので、関心をもってほぼ全体に亘って視聴しましたが、ほぼ予想通りの会見でした。これは悪い意味での予想通りということです。
宣言と記者会見はライヴ中継され [1]、配布された資料は21ページにも及んでいます [2]。
冒頭で、尾身茂副座長によるスライドを使っての提言の説明がありました。そのスライドのいくつかについて、とくにPCR検査に関する部分について抜粋して示します。図1に示すとおり、提言の骨子に「PCR等の実施体制の強化」の文字があり(図1左)、別のスライドに医療・PCR検査体制、保健所書支援の強化が示されていました(図1右)。
一見すると、図1の検査に関する内容は、これまで厚生労働省や専門家会議が基本方針として出してきた、PCR検査の患者確定への集中適用からの方針転換のように見えます。
図1. 専門家会議の記者会見で示された提言の骨子と医療・PCR検査体制、保健所支援の強化
これがもう少し具体的に示されたのが、図2のスライドです。ここには、これまでの方針である行政診断による保健所を通すPCR検査のほかに、地域の診療などを通して民間検査機関に至る別のPCR検査のルートが示されていました。つまり、PCR検査が2本立てになったということです。従来の「帰国者・接触外来」の名称も「新型コロナ紹介検査外来」に変更されています。
しかし、この考え方には「大幅に増えたときの相談・受診の考え方」というお題目が付いており、あくまでもこれからの方針というニュアンスがあります。「え、今すぐやるんじゃないの?」「これ以上増えてからでは遅いんじゃないの?」と突っ込みを入れたくなりましたが、このスライドの説明をしていた会議メンバー釜萢敏氏の弁はどうも歯切れが悪く、聴いていても何を言いたいのかよくわかりませんでした。
図2. 専門家会議の記者会見で示された有症状者が増えた時の相談・受診の考え方
さらに記者からの「風邪の症状や37.5℃以上の発熱が4日間続く」という従来の相談条件も含めて「方針を変えたのか?」という質問がありましたが、釜萢氏の答えは「いや変えたわけではない」とした上でいろいろと説明していましたが、言っていることがよく理解できませんでした。
「4日間待つ」ということではなく「4日間続くようであれば」ということだった、という彼の説明は、言い方を変えているだけでやはりよくわかりません。国民には、症状が出てから4日間続かないと(=4日間待たないと)相談ができないという風に受け取れますし、実際、保健所はそういう対応をしているわけです。
図1、2を見れば、少なくともPCR検査については明らかに方針変更です。PCR検査実施体制の強化や2本立ての検査ルートなど、これまで専門会議は一度も示したことがありません。であるなら、その理由と科学的根拠について、記者会見の場で明快に述べるべきだと思います。そうっと方針変更のスライドを出して、あたかも従来からの延長のような説明の仕方は、専門家会議に対する信用を落としてしまうでしょう。
最も驚いたのは、記者からの「接触削減の効果」についての質問に対して、クラスター班の西浦博教授(北海道大学)が「東京都の確定患者数については鈍化が始まっているのは確実である」とはっきりと述べたことです。「日本のPCR検査のキャパシティーが低めなのは事実」と指摘した上で、「分析の限界を補うため、陽性率を使ってデータを補正し、患者数の変化を推計した」と述べていましたが、一体どのような補正計算をしたのでしょうか。
西浦氏はまた、陽性患者増加の鈍化の要因として、感染から潜伏期間を経て診断を受けるまでの時間を考慮すると、小池都知事が3月25日に外出自粛を要請した効果であると述べています。
参考のために、東京都の1日当たりの陽性患者数と検査人数 [3] を図3に示します。私はこの図を見て陽性患者数の増加について鈍化が起こっているとは、まだ思えません。なぜなら、緊急事態宣言後検査人数がまったく伸びておらず、むしろ減少気味のように見えるからであり、その検査人数が抑制されているバイアスとして陽性患者数の増加が起きていないとも見えるからです。
国の検査の方針は、クラスター戦略と積極的疫学調査の方針に基づいて、クラスター周辺や院内感染例を中心に患者確定に使われてきた行政検査であるということを考えなくてはいけません。1日平均1,500件におよぶ潜在的市中感染者を含む有症状者相談者の検査は、ほとんどなされていない状況であることを考慮しなくてはいけないのです。
図1. 東京都におけるPCR検査陽性患者数(上)および検査人数(下)
ここで図3上のグラフに基づいて、3月23日から緊急事態宣言後の4月10日前後くらいまでの陽性患者数の増加を指数関数で表し、そのまま外挿すると、現在400人/日くらいに増えていなくてはいけません。しかし、この期間の検査人数は平均300人/日にもなっていません(図3下)。つまり、感染者の増加が起こっていたとしても、それをはるかに下回る検査人数では、わかりようがないのです。50%を超える高い陽性率がそれを物語っています。
ちなみに、根拠はわかりませんが、西浦氏は4月17日が陽性患者数のピークだと言っています。彼が言う42万人死亡説も8割接触削減も、素人計算でも割り出せる数字であるので、これらの部分については納得していましたが、この時点での東京都の感染者数鈍化説については、上述したようにいまひとつよく理解できません。
一つは陽性確定日から実際に感染日を推定すると1週間から2週間前となるので、見かけ上の陽性確定者数よりもピークが前になることは想定しなければいけません。ただ37.5℃、4日以上待機という受診の目安があり、発症から検査確定までのラグがどの程度あるかがはっきりしないと、これらの推定もむずかしくなるでしょう。専門家会議と西浦氏は国民の前に、推定の基となった情報を開示すべきです。
もとより、東京都は保健適用の民間検査分を除いて検査人数を集計していますので、図1自体の検査人数も正確ではありません。なぜ、東京都はそうしているのでしょうか。保健適用検査分は、厚労省の「積極的疫学調査」の新規検査人数には含まれないので、意図的にそうしているのでしょうか。
とはいえ、厚生労働省の集計データを見ると、行政検査分と民間の保健適用分を比べると後者は20%くらいにしかならず、さらに、患者の退院の判断に使われる陰性を確認する複数の検査分も含まれているので、民間分の新規検査人数は大した数字ではないと思います。
記者会見では、脇田隆字座長が 「緊急事態宣言以降の行動変容に関して流行の時期の状況について判断するには早い」と言っていましたが、確かにそうでしょう。
とはいえ、クラスター班の西浦氏の楽観的と言うか、首をかしげるような言述を聴いて、そして専門家会議の方々の全体的に曖昧な説明を聴いていて、大変失礼ながら、本当にこの人たちに任せておいて大丈夫か、という気持ちになったのが、正直な感想です。大丈夫なのかということは、情報の根拠が明示されず、明らかに方針変更という内容になっているのに、そのことを明示せずその理由も述べず、そしてあたかも何もなかったように過去が上書きされていく、専門家会議の姿勢に対してです。
ただ、今回の状況分析・提言で、遅まきながらPCR検査の拡充に触れられていることは、評価に値すると思いました。状況分析・提言で初めて具体的に述べられていると思います。一方で、接触の削減やテレワーク等をめぐる対応、ゴールデンウィーク中の対応について、偏見と差別の解消に向けて、都道府県知事等による更なるリーダーシップの発揮、など明らかにミッションを超えた提言は、政府との軋轢を生む原因になりかねず、またこの提言が政権によって都合よく利用される危険性もあることも専門家会議は考えておかなければいけません。
引用文献・記事
[1] 人との接触を8割減らす10項目とは? 専門家会議が会見(2020年4月22日. https://www.youtube.com/watch?v=8Bu0TBScn90
[2] 新型コロナウイルス感染症対策専門家会議
「新型コロナウイルス感染症対策の状況分析・提言」(2020 年4月 22 日) https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000624048.pdf
[3] 東京都新型コロナウイルス感染症対策サイト: 都内の最新感染動向. https://stopcovid19.metro.tokyo.lg.jp/
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