Dr. Tairaのブログ

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新規陽性患者数の減少に影響を及ぼすPCR検査数

日本では、COVID-19流行抑制対策として「なぜPCR検査が不足しているか」ということについて、今なお国会、メディア上、SNS上、そして検査の現場からもいろいろと声が上がり、議論されている状況です。私は、ドイツ、米国、インド、ヴェトナム、中国、韓国などを含む海外の研究者や大学院の教え子たちと頻繁にコンタクトし合っていますが、「検査が足りない」という問題は個別にあるにしても、「なぜ不足か?」という根本について議論されているのは日本特有の現象のように感じます。

今日(5月1日)政府専門家会議の記者会見がありました。そこで語られたことも含めて、このブログ記事では少々くどいようですが、PCR検査不足の問題について再々度取り上げてみたいと思います。

まず、日本のPCR検査の状況について、あらためてOur World in Data [1] からデータを引用してみてみましょう。図1に人口1,000人当たりのPCR検査数を示します。検査数は国の人口、感染者数、検査の中身(例:退院確定に検査が使われているか)などに依存しますので、一概に比較して述べることはむずかしいのですが、一応の傾向は見ることができます。図のように、そのまま見れば日本は1,000人当たり1.3件と、各国と比べても低い状況にあります。

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図1. 各国における人口当たりのCOVID-19感染のPCR検査数(Our World in Dataより抜粋).

では、感染者(確定陽性者)当たりの検査数はどうでしょうか。これは逆数をとれば検査数当たりの陽性率という値になります。図2に示すように、日本と同等の陽性者数を出している韓国、イスラエルなどと比べてやはり日本は低いです(11.9、陽性率8.4%)。しかし、日本よりもさらに低いシンガポールの例もあります。とはいえ、日本よりも多い陽性者数で陽性率がはるかに低い国がたくさんありますので、やはり日本の検査数が多いとは言えません。

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図1. 各国における陽性者数当たりのCOVID-19感染のPCR検査数(Our World in Dataより抜粋).

検査数不足に加えて日本のPCR検査に関する問題は、土日に激減する検査数や、積極的疫学調査に伴う患者確定用に集中的に行われる行政検査であるために、感染者数の実態が見えにくい仕組みになっていることが挙げられます。

例として東京都の状況 [2] をみてみましょう。今朝(5月1日)TV朝日の番組「モーニングショー」でコメンテーターが、4月17日のピーク時から週ごとに陽性者数が半分になっていると述べていました。図3を見ると確かに陽性患者数は減っています。しかし、検査人数も同時に減っていることにも注視すべきです。そして土日の検査減少があるために、それらは凸凹で減少しています。移動平均で見ればその時点から陽性患者数は35%/週、検査数は25%/週、減っています。前者の減りの方が大きいので、接触削減の効果はあるとも思われますが、実際の効果を見るためには、検査人数の影響を考慮する必要があることは明らかです。

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図3. 東京都におけるCOVID-19感染陽性患者数および検査人数の推移(東京都公表データ [2] に基づいて作図)

今日夕方の政府専門家会議の記者会見は関心を持って視聴しましたが、やはり期待はずれでした。副座長の尾身茂氏によるスライド(図4)を使った説明の中で、「限定的なPCR検査の状況の中でなぜ、感染が減少していると言えるのか?」という理由について、「検査件数が徐々にではあるが増加している中で、陽性者数は全国的に減少傾向にあること」と説明していました。

私はこれを聴いていて思わずズッコケてしまいました。なぜなら、専門家会議が感染ピークという4月17日以来、検査数は日本全国で増えているどころか、ほとんどで減り続けているからです。最も感染者数が多く、全国の陽性患者数に大きな影響を与えていると思われる東京都でも、図3を見れば検査数が増えているなどとは決して言えないでしょう。

さらに、尾身氏自身が感染者数の実態はわからないと言っているわけですから、検査が控えられている状況の中での陽性患者数の減少の意義は余計に低下するのではないかと思います。

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図4. 5月1日政府専門会議の記者会見における検査数と感染者数の推移に関する見解.

最初に緊急事態宣言が出た7都府県では、東京都のみならずどこも検査数は減り続けています。さらに例として福岡県 [3] を挙げてみましょう。図5に見られるように、4月10日頃をピークに陽性患者数は減り続けていますが、それと並行するかのように検査数も減り続けています。

福岡県は割と検査されている方ですが、それでも直近の半月間は検査数が減り続けているのです。尾身氏は、何をもって検査数が徐々に増えていると言えるのでしょうか?

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図5. 福岡県における陽性患者数とPCR検査数の推移(5月1日時点)[3].

図4には4月10における実効再生産数が全国で0.7、東京で0.5であるとも示されています。実効再生産数が本当にその値なら、接触削減は必要ですが、緊急事態宣言と8割という大規模接触削減は必ずしも出すことはないレベルです。

しかしながら、これらの値も陽性患者数の減少も、その考察や計算の基になるPCR検査数が十分になされていなければ、只々虚しいだけです。これらを計算したクラスター班の西浦博氏も何ら生データや計算式を示すことなく、いきなり答えだけを挙げて説明していましたが、虚無感が漂うばかりでした。

接触削減の効果が出ているというのなら、政府専門家会議は、計算式やその基になる生データなどの可視化した科学的情報に基づいて国民に説明すべきです。

緊急事態宣言はさらに1ヶ月延長されることになりました。それによって国民にはさらに制限された生活を強いることになります。だからこそ、繰り返しますが、科学的根拠が示されない曖昧な数字ではなく、より正確な情報で国民を導いてほしいと思います。でないと、このまま思ったほどの効果を出せず、ダラダラと制限された生活を続けなければならない羽目になります。

 今日のTBSの番組「ひるおび」で、政府専門家会議メンバーの一人である釜萢敏氏による「全国の新規感染者数が1日で計100人を切ることが緊急事態宣言を解除する一つの目安になる」という弁を紹介していましたが、この100人という基準もよくわかりません。新規感染者数を見るためには検査数を減らすことはできません。つまり、少なくとも一定以上の検査数を維持した上で、陽性率が下がり続け、さらに新規陽性者数が100人を切るという基準が必要ではないかと思います。極論すれば、検査人数を意図的に100人以下に絞れば、陽性者数も100人以下にできます。

いずれの場合も、より合理的・科学的な判断を導きたすための十分な検査が必要であり、かつ得られた正確な科学的情報の開示が求められるのです。

引用文献・記事

[1] Harsell, J. et al.: To understand the global pandemic, we need global testing – the Our World in Data COVID-19 Testing dataset. Our World in Data. March 30, 2020. https://ourworldindata.org/covid-testing

[2] 東京都新型コロナウイルス感染症対策サイト: 都内の最新感染動向. https://stopcovid19.metro.tokyo.lg.jp/

[3] 福岡県新型コロナウイルス感染症ポータルサイト: 福岡県内の感染動向. https://fukuoka.stopcovid19.jp/

                

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