Dr. Tairaのブログ

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保健所の激務に見る日本の検査体制の矛盾

先日、このブログの記事「あらためて日本のPCR検査方針への疑問」で、日本の新型コロナウイルスSARS-CoV-2)感染症COVID−19の対策として、感染状況の把握に必須であるPCR検査がなぜ増えないのか?を考察し、それが厚生労働省と政府専門家会議が決定した積極的疫学調査とそれに伴う検査限定の方針に起因することを述べました。日本の検査数が少ないことは諸外国からも批判されています。

そして前日(4月7日)の記事「無症状の濃厚接触者はPCR検査を受けられない」で、東京都の新型コロナ受診窓口やコールセンターを例にして、検査を受けるためのハードルがいかに高いかを紹介しました。

そうしたら今日、「新型コロナ対策の隠れた最前線 保健所の悲鳴を聞いて」というBuzzFeed Newsの記事 [1] がウェブ上に出ていて、目に止まりました。「おっと!」という感じで非常に興味深く読みました。なぜなら、上のブログ記事で述べたことが、保健所の仕事の現状を通して、ほぼ裏付ける内容になっていたからです。

この記事は、東京都港区保健所の所長に対するBuzzFeed記者のインタヴュー内容を、そのまま紹介しています。ここで、それを適宜抜粋しながら、日本でのPCR検査の問題点と矛盾を指摘していきたいと思います。

まず、図1ですが、相談件数と検査の陽性者数との関係に関する言及について、抜粋したものです。「相談件数は感染者と比例している?」という記者の質問の過程で、保健所は「無症状の陽性者を積極的に見つけていません、あくまでも治療の必要な医療につながってもらうことが目的」と答えています(図1-注1)。

まさしくこれは、厚生労働省と政府専門家会議の方針そのものですクラスター対策の積極的疫学調査という枠組みの中にPCR検査を組み込み、その調査を効率的に行うために「無症状の者は濃厚接触者であっても検査しない」「確定患者の発症2日以前に遡って濃厚接触者を探すことはしない」「検査は患者確定のために集中適用する」という、国の方針が現れたものです。

そして保健所は「最初はよかったけれども、その後はベッドの回転が悪くなっている」と述べています(図1-注2)。行政診断としてのPCR検査という方針を立てて限定的検査を行ってきたけれども、それでも患者数が増えて、病院の状況が悪くなっていることを伝えています。

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図1. BuzzFeedによる保健所に対するインタヴュー内容−1([1]からの抜粋)

記事には、3月上旬からの検査数の変化についても述べられています(図2)。図2-注1)には「(3月上旬は)どれほど検査を絞っても結果は陰性の人ばかりでした」とありますが、これは意味がよくわかりません。普通は、陽性者を見つけ出すには検査をできる限り広げないといけないと思うのですが、検査を絞るとはどういうことでしょうか。

限りなくCOVID-19と思われる症状を呈していた人に絞って、検査を行ったということでしょうか? 政府専門家会議が、感染者の8割は軽症か無症状と言っていたのに、残りの2割の中だけを一生懸命探していたということなのでしょうね? これでは確率的に感染者を見つけ出すことはむずかしいと思いますし、感染者の実態解明にも到底到達できません。

図2-注2)を見ると、東京都の検査の特性がきわめてよくわかります。検査の陽性率が当初6.8%だったのが、4月に入ると67.1%にまで跳ね上がったことが述べられています。この異常なほどの陽性率の高さが東京都の特徴です。前のブログ記事でも述べたように、感染者の数に対して検査が十分に行われている地域や国においては、検査の陽性率はいずれも一桁です。1万人以上という多数の感染者を出している韓国でさえ、十分な検査数であるため、陽性率は2–3%です。

要するに、今の流行レベルであれば、陽性率が一桁になるくらいに有症状者や濃厚接触者の対象を広げて検査しないと(母数を大きくしないと)、単に患者を確定しているだけの検査になってしまい、感染者を探し出すことにはならないのです。いや、厚労省や専門家会議の方針がその通りなので、当たり前の結果と言えば当たり前ですが。

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図2. BuzzFeedによる保健所に対するインタヴュー内容−2([1]からの抜粋)

図3-注1)は、まさしく感染指定に伴う法律の弾力的運用ができていない日本の状況が露呈しています。中国や韓国の前例を見れば、確定陽性者をすべてそのまま患者として入院させていたら、病院がパンクすることは容易に想定されることです。それゆえ、韓国では3月2日から生活治療センターを設けて、そこに軽症者を別途隔離収容してきました。そのような前例があるのに、法律の縛られた厚生労働省は何も対策が立てられず、そのしわ寄せが保健所や病院に行っていることが現れています。

そして、図3-注2)に、積極的疫学調査が保健所の大きな仕事になっていることが示されています。図3-注3)には、BuzzFeed記者の「積極的疫学調査が感染を広げない鍵」と説くところが示されています。確かに本来はそうですが、皮肉にも、この調査の方針が日本の感染拡大を招いている主因であることは、先のブログ記事「あらためて日本のPCR検査方針への疑問」で述べた通りです。

すなわち、積極的疫学調査は記者が示すように感染拡大阻止のためにあるわけですが、厚労省の方針では、無症状の感染者がいたとしてもそれは検査しなくてもよいことになっており、かつクラスターに追跡を集中している状態も、検査の網を小さくしているわけです。そのために、その網から漏れたサイレント・キャリアーの拡大(市中感染)を許すことになっていると言えます。保健所と医師が総力をあげて調査を行っているわけですが、検査の網を小さくしているので感染拡大抑制には必ずしもつながっておらず、その苦労が報われない状況になっていることが言えます。

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図3.  BuzzFeedによる保健所に対するインタヴュー内容−3([1]からの抜粋)

図4には、「今後、検査を拡大すべきか」という点についての見解が述べられています。まず、BuzzFeedの記者による「感染者がこれだけ広がったのは検査を抑制していたからだといういう人が今もいる」という言い方は、完全にミスリードであり、今になっては害にしかならないです。世界の流れは、「検査をできる限り増やして感染者を早期に見つけ出す」というのが基本方針です。だからこそ、日本の検査数の少なさ(検査の遅れ)が諸外国から批判されているわけです。

それに対する保健所は「全員入院という括りがなければ、検査数を増やすべき」というニュアンスで答えています。やはり、感染経路を追うためには、検査の充実が大事であることを、保健所自身が認めている格好です。

その後で、「検査数を広げれば入院患者が増え、ベッド数の確保がむずかしい」と続けています(図4-注2)。まさしく本末転倒の言い方になっています。検査を患者認定だけに使っている限り、病院の外の感染者は隔離しようがなく、どんどん増え続けるのです。そして患者数をますます増やして行く、悪循環に入ります。この保健所の方の言っていることは、まさに厚生労働省が、検査を広げないことを正当化するために使ってきた論理と同じです。

同じく図4-注2にある「どれほどコロナを疑う人を検査しても陰性ばかりだったので、検査を広げる意味はなかった」、「うつしている人は軽症なので検査を受けようと考えていたかどうかもわからない」というところは完全に矛盾しています。つまり、厚労省の方針では、「無症状の濃厚接触者は検査対象外」、「患者の発症2日前より以前の濃厚接触者は調べなくてよい」としているわけですから、相手の検査意思には関係なく、最初から調べていないわけです。

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図4. BuzzFeedによる保健所に対するインタヴュー内容−4([1]からの抜粋)

東京都に限らず、相談者にとって検査を受けるための発症の条件が非常に厳しいので、おそらく、相当数の潜在的感染者が、相談窓口において検査を却下されていることと想像されます。東京都の場合、相談件数に対する検査受理の割合はわずかに5%です。

図5にある「精度の高くないPCR検査」というBuzzFeed記者の誘導質問は、ほとんどウソですね。この記者は以前の記事でも、臨床検査の指標を持ち出してPCR法の精度が低いとした医療専門家の発言を紹介しています(→ブログ記事:PCR検査をめぐる混乱)。PCRは精度の高い分子技法であり、だからこそ今世界中SARS-CoV-2の検出に使われているわけです。

図5-注2)偽陽性とか偽陰性という言葉が出てきますが、検体中にウイルスが現出限界以下しかいなければ、もちろん偽陰性になることはあります。しかし、偽陽性とはどういうことでしょうか。PCRシグナルがあったということはウイルスの遺伝子があったということですから、今使われているリアルタイムRT-PCR偽陽性となる確率はきわめて低いです。もしそのケースがあったのなら、どのくらいの頻度で起こったのか説明してもらいたいくらいです。

図5-注3)には、「保険診療ができる医療機関を増やして検査につなげる」という保健所の本音が出ています。

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図5. BuzzFeedによる保健所に対するインタヴュー内容−5([1]からの抜粋)

このように、保健所の現状を見てみると、とにかく厚労省と専門家会議の積極的疫学調査に伴う検査の方針が、現場に大きな負担をかけていることがわかります。そして、その方針における検査の網が狭いために、そこに捕捉できない多数の潜在的感染者を生み、結果として患者を増やし、医療現場を圧迫している現状が伺われます。

相談窓口の対応から、検査検体と患者の病院への患者の搬送、積極的疫学調査に至るまですべてに保健所が関わっている現状は異常です。当然激務になるはずです。誰が考えても疲弊状態になることはわかります。民間の会社や病院に検査やトレーシングを委託すれば、保健所の負担はかなり軽くなり、その分感染者の把握もしやすくなると思われます。

現行方針の下での歪みと過重な仕事の偏りが理解できないのか、いまだに厚労省は方針の変更や対策の改善をしません。政府専門家会議メンバーからも、退職者への応援依頼の話は出ても、検査やトレーシングの民間会社等への拡大について一切言及がありません。

引用記事

[1] 岩永直子: 新型コロナ対策の隠れた最前線 保健所の悲鳴を聞いて.BuzzFeed News 2020.04.08. https://www.buzzfeed.com/jp/naokoiwanaga/covid-19-hokenjo

引用したブログ記事

2020年4月7日 無症状の濃厚接触者はPCR検査を受けられない

2020年4月6日 あらためて日本のPCR検査方針への疑問

2020年3月24日 PCR検査をめぐる混乱

                    

カテゴリー:感染症とCOVID-19

カテゴリー:社会・時事問題