Dr. Tairaのブログ

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COVID-19感染の検査体制を補う大学の力

はじめに

COVID-19の流行の中、日本ではPCR検査不足がずうっと批判的に報道され続けています。PCR検査が広がらない要因としてはいろいろと言われていますが、私は3月4日のブログ記事「国内感染者1,000人を突破」で、国の方針であるクラスター戦略に伴う行政検査という性質を批判しました。

そして、4月6日の記事「あらためて日本のPCR検査方針への疑問)で、PCR検査が広がらない主因は厚生労働省の「クラスター戦略に基づく積極的疫学調査」にあることを指摘しました。すなわち、クラスター作業仮説に基づく疫学調査の枠内で患者確定用として行われる行政検査の位置づけが、PCR検査拡充の阻害要因であることを述べました。

この記事では、依然として増えないPCR検査の現状と、それに関して大学ができることについて述べたいと思います。

1. 大学関係者からの批判的提言

PCR検査不足という声の中、大学関係者で、その状況を招いている国の方針を当初から批判している人がいます。山梨大学の島田眞路学長です。医療関係向けの「医療維新」というサイトで「山梨大学における新型コロナウイルス感染症(COVID-19)との闘い」という題目の記事 [1] をシリーズで発信しています。

私がこの記事を最初に知ったのが、山梨県内で起こった8ヶ月の乳児の感染例のニュースが流れていた頃で、ちょうど当該記事の第2報(4月3日付)が出された直後でした。3月12日付の最初の記事に目を通すと最後に次のようなことが書かれていました。

人的資源の確保および損失補填、現場での不足が深刻なマスク、PPE などの供給について、政府の力に期待したい。また、医療資源の適切な配分のためにも、各医療機関にどの程度の病状の患者が何人収容されているかなど、情報公開が全国で行われることが不可欠である。今のような情報統制は本末転倒である。改善に向けて政府のリーダーシップを期待したい。最後に、PCR検査の不十分な体制は日本の恥である。国際的信用を失った要因の一つであり、早急な立て直しが必要である。

このように、PCR検査不足は国の恥だとして、強い口調で国の方針・対策を批判しています。そしてきわめつけは4月22日に出された第5報です。「PCR 検査体制強化に今こそ大学が蜂起を!」というサブタイトルがついたこの記事では、 土日ごとに激減する検査数の行政独占の検査実態を批判しながら、今こそ質の高い検査を提供できる大学病院が英知を結集すべきときであると提言しています。そして最後に、「未曽有の事態の今だからこそ、権威にひるまず、権力に盲従しない、眞実一路の姿勢が全ての医療者に求められている」と結んでいます。

「蜂起」という言葉は、1970年代の学生運動以来と思わせるほど久しぶりに聞いたような気がしましたが、まさしくそれにふさわしい提言が示されています。島田氏は私より若くて学生運動を経験していない?はずですが、学長という管理者の立場であえてそういう言葉を使った裏には、よほどの覚悟があったのではないかと推察します。

私は今朝、本ブログ記事を書き始めたのですが、途中で、やはり大学関係者(水島宏明上智大学教授)が上記の島田眞路学長の記事を取り上げて、ウェブ上紹介していることに気づきました [2]。その記事のタイトルは「「100人切った」で喜ぶな!感染者数が日曜に下がるのは「途上国並み」「日本の恥」と大学長が問題提起」というもので、このタイトルにすべてが内容が凝縮されています。そして、「蜂起」という言葉を紹介して、私が思ったこととほぼ同じことが記事の最後に書かれていたことを見て、思わずニヤッとしてしまいました。

2. PCR検査数の現状

ここでは、上記の記事とはまた少し角度を変えてあるいは補足しながら、PCR検査の現状ついて考えてみたいと思います。

まずは、あらためて今日までのPCR検査数について見てみましょう。図1には、厚生労働省が公表しているPCR検査件数の推移(2月18日-4月26日)を、検査機関ごとに示します。上記の島田氏の記事にも指摘してありますが、各週の土日において検査件数の著しい落ち込みがあることがわかります。この落ち込みが、毎日公表される陽性患者数の推移に大きな影響を与えており、陽性患者数の推移の解釈をむずかしくしています。

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図1. 厚生労働省発表によるPCR件数の推移.

例を挙げてみましょう。図1を見ると、4月に入って1日8,000件を超える検査数が見られますが、厚労省のデータを見る限り、9,000件/日を超えたことはありません。にもかかわらず、4月14日時点における1日の検査人数は、信じられないことに国内事例で9,669人、検疫で1,180人となっており、合計で軽く1万人を超えているのです。

一方で、4月26日時点で公表された全国の検査人数を見るとわずかに933人しかありません(図2)。東京都の検査人数は平均で8%に相当しますので、933人への割り当てで考えると、わずかに75人にしかなりません。半分が東京都の分だとしても460人あまりにしかなりません。

しかも、検査結果は前日の結果が数日に亘って発表されていくので、その累積数の解釈がまたむずかしくなるわけです。

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図2. 厚生労働省発表による4月26日時点におけるPCR検査人数.

PCR検査の問題は、このような週ごとに繰り返される検査数の落ち込みの他に、検査の中身にもあります。すなわち、検査件数の中には、患者の退院の要件に使われている陰性確定のための検体が多数含まれていることです。日本では、患者一人当たり最低2回PCR検査されますので、少なくとも「退院患者数×2」に相当する検査が、この件数に含まれていることになり、新規検査人数の増減を見えにくくしています。

図1を見ると、4月に入ってから民間会社での件数が増えていることがわかりますが、これは保健適用分が大部分です。東京都は、検査件数と同時に検査人数も公表していますが、この検査人数の中に民間検査分を含めていません。民間検査分は、国の積極的疫学調査の対象外となることから、この理由で東京都は含めていないのでしょうか。

いずれにせよ、検査件数だけでは陽性患者数の推移について解釈を入れることはむずかしいので、国やすべての自治体は、検査件数だけではなく、総(新規)検査人数の日毎のデータを公表すべきです。現状では厚労省は検査人数の累積値しか公表していません。検査人数に関する日毎のデータは上書きされているので、毎日それを記録していかない限り、検査人数の推移を見ることができません。

しかも、厚労省が公表するPCR件数は、これも信じられないのですが、毎日のように過去に遡って更新されています。一旦公表された過去の数値は、原則そのままと考えるのが普通なのですが、毎日のように増えたり、場合によっては減ったりしているのです。

なぜこういうことが起こるのか? おそらくは、厚労省が用意した「発生届」の書式に、検査を担う地方自治体や医療組織が手書き?で記入し、それを適宜ファックスで送り、それをまた厚労省担当者でエクセル表に入力している状況が考えられます。そして、その際のタイムラグや煩雑な手作業による入力ミス等によって、また頻繁に修正が繰り返されているのではと推察します。

おそらく、厚労省は感染者情報を一元管理するシステムをもっていないのでしょう。せめてウェブ入力方式にして、それを自動的に積算するようなシステムにすれば、このような間違えやすい煩雑な作業からは、少しは解放されると思うのですが。国難時において、こんなところに貴重な時間が使われているとすると、何と非効率なことでしょうか。日本の官僚組織の前例踏襲主義が、こういう非常時には足かせになるということでしょうね。例の「アベノマスク」の不良品点検に、保健所の労力が奪われているということを思い浮かべました。

おかげで、私が図1の様式のグラフを描く際にも、その度にエクセルの数値データを修正しなければならない羽目に陥っています。

少なくとも国やすべての自治体は、このような検査件数、検査人数、陽性患者数に関しても、明確な情報公開に努めるべきです。

3. 大学が協力できることと現状

PCR検査について司令塔的役割を担っている国立感染症研究所は、2月17日付けで新型コロナウイルス SARS-CoV-2PCR検出マニュアルを公表しています。このマニュアルには電気泳動検出による標準逆転写PCR(nested RT-PCR)のほかに、リアルタイム逆転写PCR(rRT-PCR)とTaqMan rRT-PCR(プローブを使うリアルタイム逆転写PCR)という3つの方法が示されています(→ブログ記事: PCR検査をめぐる混乱)。

実際にいま地方衛生研究所などで検査として用いられているのは、rRT-PCRやTaqMan rRT-PCRのようです。PCRそのものは簡単な分子技法なので、このマニュアルを参照すれば大学院生レベルでもできる方法でしょう。大学や国立研究機関の研究者でも、「簡単にできるよ」と思った人が多いのではないでしょうか。

しかし問題は、バイオセーフティレベルBSL2+の条件で、検体からウイルスRNAを抽出する操作手順が含まれることであり、しかも実験ではなく検査として成立させなければならないことです。これらを考えると、実際にはそれ相当のトレーニングを積んだ技術者が必要であり、大学が協力するにしても、BSL施設が整った医学系大学院・附属病院を有する組織で行うことになるでしょう。とはいえ、PCR実験を経験した学生なら検査用のトレーニングを積めば、そのシステムに組み込むことができる程度の技術です。

現在、大学で実施された検査の数も徐々に伸びており(4月22日時点で13,089件)、累計で全検査数の5.8%を占めるに至っています。図3図1から大学の実施分を抜き出して示したものです。島田氏による「大学は質の高い検査を」という提言はもっともであり、何とか大学においても今以上の検査拡充体制が整えられることが望まれます。

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図3. 大学で実施されたPCR検査数の推移(厚生労働省公表データに基づいて作図).

いくつかの大学病院には、スイスの製薬メーカーであるロシュ社の全自動PCR検査システムが導入されています。このPCR検査ロボットは、最大8時間で1,000検体近くの処理能力がありますので、試薬キットの制限やオペレータ人員の問題もありますが、このシステムの有効活用も考えられます。

日本のメーカーも全自動PCR検査機を作っているようですが [3]、なぜか海外ブランドで売られているようです。おそらく厚生労働省の認可手続きが煩雑なのでしょうね。

大学のCOVID-19に関する検査については、長崎大学熱帯医学研究所などの学術的な面からの取り組みがあります [4]。特筆すべきは、熱帯医研はキヤノンメディカルシステムズ株式会社と協力し、SARS-CoV-2の遺伝子を標的とする蛍光LAMP (Loop-Mediated Isothermal Amplification)法を臨床検査用に開発し [5]、それを実際に感染者検出に応用していることです。

LAMP法は栄研化学が開発した遺伝子増幅技術で、PCR法と比較して、1本鎖から2本鎖への変性反応が必要ない、等温反応で遺伝子が短時間で増幅される、サーマルサイクラーのような機器を必要としないという特徴があります [6]長崎大学は、感染者から採取された臨床検体を用いて、15コピー以上のウイルス遺伝子を約10分で検出できることを確認しています。

LAMP法の最大の利点は所要時間です。現行のPCR検査が数時間を要するのに対し、LAMP法では40分程度であり、検査時間の大幅な短縮に貢献できると思われます。

長崎市に停泊中のイタリア船籍クルーズ船「コスタ・アトランチカ」の感染事例では、乗員623人全員に対して検査が終了し、同船の感染者は計148人となっていますが、この検査にPCR法とともにLAMP法が使われています [7]

このLAMP法は、長崎県の主要な医療機関で導入されており、行政検査としても取り入れられています。国よりも先に地方自治体が積極的に動いている顕著な例です。

4. 法医学の現場から

今日のNHKのニュースでは、大学の法医学教室が協力できる可能性についても、報道していました。現在、病院や警察から依頼を受けて大学が死因究明を行う解剖件数は、年間2万件に及ぶとされています(図4)1日当たりにすると約50件に相当します。これらの中には、肺炎と疑われる死亡者やSARS-CoV-2感染者も含まれる可能性があります。

遺体のSARS-CoV-2感染のPCR検査は、保健所だけでは十分に対応できないという状況の中、大学の法医学教室で独自にPCR検査を始めるところも出ています。たとえば、この例として、千葉大学法医学教室や和歌山県立医科大学が挙げられます。しかし、多くの大学では人員や機材が不足していて、検査体制が十分でないというのが現状のようです。

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 図4. 大学の法医学教室が実施する遺体のPCR検査についての報道(NHKニュース、2020.04.27).

番組中で、千葉大学法医学教室の岩瀬博太郎教授は「死後に陽性が判明するケースは氷山の一角である」、「正確な感染者の把握はもとより遺族などへの感染防止の点からも、遺体についても検査を徹底すべきだ」と語り、さらに国の措置が必要であることを述べていました。

日本法医学病理学会では、法医機関に対して遺体の検査に関してアンケートを行なった結果を発表しています。その結果によれば、法医機関から保健所にPCR検査を依頼しても、拒否される場合が多いという現状(受理9件、拒否12件)が現れています [8]これらの遺体は感染者であったとしても、COVID-19の死亡者数にはカウントされていないのでしょうね。

ここにも、クラスター探索や院内感染などの積極的疫学的調査を最優先するがために、一般の有症状相談者や遺体の検査が後回し、あるいは拒否されてしまうという、国の行政検査の歪みが出ています

上記のアンケートで、法医機関からの依頼で検査を行なった大学病院は2件のみです。なおさら、大学に検査のバックアップできる体制があればという感じがします。

NHKやTV朝日などのテレビの番組で、葬儀屋が扱う遺体の中で、肺炎で亡くなった人が増えていると伝えていた記憶があったのですが、ネット上の記事でこれらの報道をまとめたものがありました [9]。感染被害を拡大しない観点からも、国は大学の協力の下、これらの遺体の検査の体制作りを至急行うべきでしょう。

おわりに

冒頭で紹介した島田氏の「情報公開を!」という弁は、いま厚労省や各自治体から公表されているPCR検査数や陽性患者数のデータにも、強く言えることです。正確な検査人数が伏せられたままの日本の状況は、COVID-19流行の実態を非常に見えにくくしています厚労省は、検査件数の経時的推移は公表しているのに、なぜ検査人数についてのそれについては公開しないのでしょうか? 日毎の検査人数を、なぜ上書きして消していくのでしょうか? 

したがって、日本で感染の実態や接触削減の影響などについて科学的に語ることのできる人は、今の状況では誰一人もいないと思います。クラスター班の西浦博北海道大学教授や東京都の担当者が「東京都の感染者数増加は鈍化している」とか、「接触削減の効果が部分的出ている」とか言っていましたが、もしそうであるなら、どのような数字と数理モデルに基づいてそういうことが言えるか、きちんと公開すべきでしょう。

繰り返しますが、国に対しては切に正確な情報公開を望むものです。そして、厚労省の動きは相変わらず鈍いですが、検査についても"現場任せではない"弾力的な改善、拡充を望みます。米国においては、Abott社の5分間検査システムでも検体としての唾液採取でも、いいと思われるものはどんどん許可され、実際に実施されています。

山梨大学の島田学長の弁は重いです。それ相当のBSL施設と医科系大学院をもつ大学には、感染者の増大に伴う感染確定に協力できる体制をできる限りとっていただきたいと思います。それによって、激務に追われる保健所の仕事が少しでも軽減されると同時に、症状を訴える多数の相談者がスムーズに検査を受けられる体制が作られることを望むものです。

国には司令塔としてもっと積極的な行動をお願いしたいものです。そして、大学が協力できるようにするためには、何よりも国による予算的措置などのバックアップが必須です。

引用文献・記事

[1] 山梨大学: 新型コロナウイルス感染症関連ニュース・医療関係者向けサイト「医療維新」寄稿内容について. https://www.yamanashi.ac.jp/about/25210

[2] 水島宏明:「100人切った」で喜ぶな!感染者数が日曜に下がるのは「途上国並み」「日本の恥」と大学長が問題提起. YAHOOニュース 2020.04.27. https://news.yahoo.co.jp/byline/mizushimahiroaki/20200427-00175363/

[3] 日経バイオテク: プレシジョン・システム・サイエンス、「新型コロナウィルス『COVID-19』迅速診断に関する共同研究成果について」. 2020.03.11.
https://bio.nikkeibp.co.jp/atcl/release/20/03/11/08792/

[4] 長崎熱帯医学研究所: 新型コロナウイルス 感染症(COVID-19)に関する本研究所の活動. http://www.tm.nagasaki-u.ac.jp/nekken/covid-19/index.html

[5] 長崎大学新型コロナウイルスを約10分で検出できるウイルス遺伝子検査システムの確立と長崎県内での臨床研究の開始について. 2020.03.19. http://www.nagasaki-u.ac.jp/ja/about/info/news/news3074.html

[6] 牛久保宏: LAMP法の原理ー遺伝子の簡易・迅速な増幅法. ウイルス 54, 107-112 (2004). http://jsv.umin.jp/journal/v54-1pdf/virus54-1_107-112.pdf

[7] JIJI.COM: クルーズ船、計148人感染 新たに57人、乗員全員の検査終了―長崎. 2020.04.25. https://www.jiji.com/jc/article?k=2020042500371&g=soc

[8] 日本法医病理学会: 法医解剖、検案からの検体に対する新型コロナウイルス検査状況. 2020.04.26. http://houibyouri.kenkyuukai.jp/information/information_detail.asp?id=103002

[9] LITERA: 変死者のコロナ感染判明、NHKで葬儀業者が「PCR検査を受けていない遺体」の存在を証言…安倍首相の「死者数は正確」はやはり嘘. 2020.04.22. https://lite-ra.com/2020/04/post-5385.html

引用した拙著ブログ記事

4月6日 あらためて日本のPCR検査方針への疑問

3月24日  PCR検査をめぐる混乱

3月4日 国内感染者1,000人を突破

                

カテゴリー:感染症とCOVID-19

カテゴリー:社会・時事問題