新型コロナ死亡の情報を不明確にする行政
はじめに
先のブログ記事「超過死亡に見る日本の新型コロナ対策と医療事情」で、日本のこの春における超過死亡と新型コロナウイルス感染症(COVID-19)対策との関係について記しました。例年と比べて都府県によっては10%以上も高い超過死亡が出ていることは、明らかにCOVID-19に関わる死亡が多いことを推測させるものです。
しかし、公表されているCOVID-19の死者数は、今日(6月15日)時点で929人であり、超過死亡全体数と比べると圧倒的に少ない数です。おそらくこの中には、カウントされていない隠れコロナ死者が相当含まれているのではないかと推測させるものです。
一方で、感染者が死亡として確認されている中でも、コロナ死者から除外されることも起きています。このような隠れコロナ死者やコロナ死者の定義に関係する報道が、新聞やテレビニュースで流れていましたので、これらをまとめてここに記したいと思います。
1. 20代の死亡
まずは、厚生労働省のホームページに掲載されている、COVID-19の感染者と死亡者の年齢別割合を図1に示します。感染者は20代をトップとして20–50代の若年層に多いことがわかります(図1左)。一方、死亡者は年齢が高くなるにつれて多くなり、ほとんどが60代以上に集中していることがわかります(図1右)。
図1. COVID-19の国内発生動向(厚生労働省ホームページ [2020年6月15日]からの転載図).
ここで死亡者の図で注視しなければならないことは、20代以下の年齢層で死亡者がゼロになっていることです。これは以下に記すように、事実を正確に伝えていません。
日本相撲協会は、5月13日、大相撲の高田川部屋に所属する三段目の勝武士(本名・末武清孝さん)が新型コロナウイルス性肺炎による多臓器不全のため東京都内の病院で亡くなったことを発表しました [1]。28歳でした。大相撲でCOVID-19で力士が亡くなったのは初めてであり、また20代の死亡も日本で初めてです。
相撲協会によると、末武さんは4月4日ごろから発熱症状、けん怠感のほか、息苦しさなどの症状を訴えていましたが、受け入れ先の医療機関が見つからなかったそうです。4月8日にやっと都内の病院に入院しましたが症状が悪化し、4月10日になってPCR検査で陽性が確認されました。そして4月19日から集中治療室で治療を続けていました。しかし、1ヶ月近くの闘病もむなしく死亡に至りました。
この国内初の20代のCOVID-19患者の死はテレビや新聞で大きく報道されましたが、保健所に電話がつながらず、診療機関をたらい回しされるなどの例が多発している発症者の受け入れ問題も、あらためて浮き彫りになりました。
厚生労働省が把握しているかぎり、20代以下の人が死亡したのは初めてだということです。ところが、末武さんの死からすでに1ヶ月が経過しているにも関わらず、上述したように、ホームページ上では20代の死亡がゼロになっているのです。
日刊ゲンダイは、この件について厚労省に問い合わせしたことを記事にしています [2]。それによると、「厚労省では自治体からの情報を集計しているが、20代の死亡は自治体から上がってきていない」(対策本部広報班)となっています。
ところが、同日の同紙の取材に、東京都の感染症対策課は「20代の死者は、厚労省に報告している」と回答しています。私も見てみましたが、確かに、「新型コロナウイルスに関連した患者の死亡について(第344報)」に「番号/9、年代/20代、性別/男性、居住地/都内、診断日/4月10日、死亡日/5月13日」との記載があります [3]。
ここからの厚労省の対応はテレビでも報道していました。メディアの問い合わせに対して厚労省は「東京都が20代の死者を発表していることは承知しているが、正式なルートで詳細を記した個別の具体的な報告が上がってきていない」と答えています。一方で東京都は、「第344報のように日々の報告をしているだけであり、従来から厚労省に詳細な報告はしてもいないし、厚労省から詳細な個別的な報告も求められていない」(前出の感染症対策課)と答えています。
東京都の第344報には上記のNo.9も含めて2名の死亡者の記録がありますが、厚労省はこの2名とも統計データに入れていないと言うのでしょうか。厚労省の言い分だとそういうことになります。それとも意図的に20代の死亡だけ外しているのでしょうか。
「一体どちらが悪いのか」という問いは別にして、厚労省は国として正確な疫学的情報に基づく統計データを作成する義務があります。各メディアが相撲界から20代の死亡者が出たことを大々的に取り上げていたので、当初から厚労省の担当者が知らないわけがありませんし、メディアからの取材もきているわけですから、同省は適切に対応すべきでしょう。
現状では厚労省は、20代のコロナ死亡者を認識しながらその記載を放置し、1カ月近くも国民を欺き、そしてWHOを含めた世界の統計機関に“誤報”を発信し続けているということになります。彼の死を公表記録上なかったことにすることはできません。
このような情報の隠蔽や改ざんと思われるようなことは、厚労省管轄の国立感染症研究所のインフルエンザ・肺炎の超過死亡のグラフにも見られます(→超過死亡に見る日本の新型コロナ対策と医療事情)。
さらに、自身のツイッターをTL上から消したり、政府専門家会議の議事録を作らなかったりする厚労省の情報隠蔽体質は枚挙にいとまがありません(→感染症学会のシンポジウムを視聴して思ったこと)。
2. 自治体によるコロナ死亡の記載除外
新聞やテレビでは、自治体によってCOVID-19の死亡の捉え方が異なることも報道しています [4, 5]。つまり、COVID-19の患者が死亡した場合でも、それをコロナ感染による死亡としないという奇妙な統計的取り扱いの事実です。
まず埼玉県ですが、COVID-19患者として公表した人のうち、13人の死亡が確認されていたにも関わらず、これをコロナ感染による「死者」として発表していなかったことがわかりました(図2)。この理由として、県は「死因は別にある」と判断し、COVID-19による死者から除外したとしています。
図2. 埼玉県がCOVID-19死亡者13人を「コロナ」死者から除外したことを伝えるTVニュース(TBSテレビ「NEWS23」2020.06.15)
埼玉県は、上記の13人について「死亡後の退院」として「退院者」の統計に含めており、「コロナによる死亡かそうでないのか、区別するのは当然だ」と話しているようです [4]。
埼玉県は、保健所を通して主治医に死因を聞き取り、死因を記録しているようですが、医師による死亡診断書の原因欄に「ウイルス性肺炎」と記載されているにもかかわらず、コロナ死亡から除外されている例もあるとされます [4]。県が「コロナによる死者を少なくしようといった意図はない」といくら主張したとしても、恣意的に統計データをとっている疑いは拭えません。
このようなCOVID-19患者の死亡について死因が別にあるとした例は、後述するように横浜市や福岡県でも発生しています。
COVID-19の重症者では呼吸器系症状のみならず、全身症状になることはすでに知られています。コロナに感染すると血栓症になりやすく、脳梗塞、心筋梗塞を起こしやすいほか、多臓器不全などで死亡することもあります(→COVID-19を巡るアジアと欧米を分ける謎の要因と日本の対策の評価)。その場合、死亡した原因がコロナではないと、どのように見分けるのでしょうか。
新聞やテレビはまた、COVID-19の「死者」の定義が、自治体ごとに異なることを報道しています。感染者が亡くなった場合、多くの自治体がそのまま「コロナ死者」として集計していますが、上記の埼玉県の例があるように、一部では死因が別にあるとして、コロナ死者から除外しています。この原因として、国が「コロナ死者」について明確な定義を示しておらず、各自治体がバラバラに独自に判断していることが挙げられます。
読売新聞は47都道府県と、66市の計113自治体に対し、コロナ死者についての集計方法などを取材しています[5]。それによると、これまで感染者の死亡を発表した62自治体のうち44自治体は、死因に関係なくすべてコロナ死者として集計していました。その理由として、「高齢者は基礎疾患のある人が多く、ウイルスが直接の死因になったのかどうか行政として判断するのは難しい」、「全員の死因を精査できるとは限らない」などが挙がっています。
一方、13自治体は、「医師らが新型コロナ以外の原因で亡くなったと判断すれば、感染者であっても死者には含めない」という考え方を示しています [5]。このような除外事例は、すでに埼玉県、横浜市、福岡県で起こっています。
福岡県では、県と北九州市でコロナ死者の定義が異なるという事態となっています。北九州市では、COVID-19患者が亡くなればすべて「コロナ死者」として計上していますが、福岡県は、医師の資格を持つ県職員らが、主治医らへの聞き取り内容を精査して「コロナか否か」を判断しています(図3)。
この結果、これまでに4人の感染者について、北九州市は「コロナ死者」として計上し、県は除外するというズレが生じているのです。
図3. 福岡県と北九州市で「コロナ」死者の判断が異なることを伝えるTVニュース(TBSテレビ「NEWS23」2020.06.15)
厚労省では、都道府県のホームページ上の公表数を積み上げてコロナ死者数を算出し、この死者数をWHOに報告しているとメディアの取材に答えています。そうなると、上述した20代の死者が除外されていることとは矛盾しますが、それはともかく、より正確な疫学的統計情報を得るためにも、「コロナ死者」についての定義を自治体に知らせる義務があるでしょう。
新聞記事 [5] は、新谷歩氏(大阪市立大学教授、医療統計)による「死者数は世界的な関心事項で、『自治体によって異なる』では、他国に説明がつかない。国際間や都道府県間での感染状況を比較するためにも、死者の定義を国が統一し、明示すべきだ」という指摘を載せています。
さらに記事では、大曲貴夫氏(国立国際医療研究センター・国際感染症センター長)による「第2波に備える意味でも、ぜひ定義を統一してほしい」というコメントと、「迅速性が重要なので、人の判断を挟まない方法がよいのではないか」という提案も載せています [5]。
上述したように、全身症状に及ぶとされるCOVID-19について、その死因について断定することはきわめてむずかしいと思われることは、素人でもわかります。すでに多くの自治体でも採用しているように、感染が確定してからの入院中の死亡については、すべて確定コロナ死者として記録するというのが最も合理的だと思われます。
おわりに
日本は今回のCOVID-19流行で、超過死亡の統計情報のみならず、現行のコロナ患者の死者の統計についても、誠にお粗末であること、情報後進国であることを露呈してしまいました。厚労省も含めて、日本の行政は一体どうなっているのでしょうか。本来は政治の力でこのような問題を是正していくのでしょうが、肝心の現政権が隠蔽体質であることも考えると、まったく政治力が働いていないとも言えます。
厚生労働省国際課によると、世界保健機関WHOから死者の定義は示されていないとうことらしいですが、同省が定義を示さなくてもよいという理由にはなりません。何よりも正確な定義に基づく統計情報は、国民の生命と健康を考える上においても、そして第2波の対策を立てる上においてもきわめて重要になります。「国が統一的な定義を示してほしい」という声は、自治体からも専門家からも上がっていますが、当然でしょう。
同省は、「人口動態統計」を毎年公表していますが、現在のコロナ死者の数字は自治体の発表に基づく速報値・目安であるとの見解を示していますので、この人口動態統計でコロナ死者数が見直され、同省の意図も加担して、少なくなる可能性もあります。
引用文献・記事
[1] NHK WEB大相撲 新型コロナ感染の力士が死亡 28歳 20代以下は初めて. https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200513/k10012428091000.html
[2] 日刊ゲンダイ: 勝武士のコロナ死数えず「20代ゼロ」の“誤報”続ける厚労省. 2020.06.10. https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/life/274391
[3] 東京都防災ホームページ: 東京都新型コロナウイルス 感染症対策本部報/(第344報)新型コロナウイルスに関連した患者の死亡について. 2020年5月14日 19時15分. https://www.bousai.metro.tokyo.lg.jp/taisaku/saigai/1007261/1007892.html
[4] 読売新聞: 感染13人「コロナ死」除外、「退院者」に含める…県「死者数少なくする意図ない」. 2020.06.14. https://www.yomiuri.co.jp/national/20200614-OYT1T50106/
[5] 安田龍郎、田野口遼:「コロナ死」定義、自治体に差…感染者でも別の死因判断で除外も. 読売新聞 2020.06.14. https://www.yomiuri.co.jp/national/20200614-OYT1T50084/
引用拙著ブログ記事
2020年6月13日 超過死亡に見る日本の新型コロナ対策と医療事情
2020年5月18日 COVID-19を巡るアジアと欧米を分ける謎の要因と日本の対策の評価
2020年4月18日 感染症学会のシンポジウムを視聴して思ったこと
カテゴリー:感染症とCOVID-19
カテゴリー:社会・時事問題