Dr. Tairaのブログ

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経済推進と重症者数重視の影に隠れる死亡者の実態

はじめに

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、第1波に比べて第2波以降は患者が早く見つかるようになり、医療的な対処法も改善されて重症化をより防ぐことができるようになったと言われています。そして、軽症のうちに対応できることによって、致死率も低くなったと言われています [1]

確かにその面はありますが、私は少し違和感を持ちながら、これらの報道を見てきました。なぜなら、後述する厚生労働省の死者数の統計データを見ると、2月5日から1,000人の死者を出すまでの期間よりも、1,000人から2,000人の死者を出す期間の方が短くなっているからであり、相変わらず新型コロナで亡くなる人が続いていて、8月初旬以降死亡者ゼロの日はなかったからです。しかもこのところ急増しています。

この感染症の究極の被害は亡くなることですが、一方で、連日の報道で強調されるのは新規陽性者数とともに重症者数であり、死者数は割とさらっと流されることが多いように思います。私はこれらのモヤモヤしたものがあったので、11月25日には以下のようにツイートしました。

連日強調されている重症者の数の重要性は、それがICUの病床を占めるため、他の重篤な病気の治療との関連で医療を圧迫してしまうことにあります。そしてオーバーフローしてしまえば、医療崩壊に至ります。敢えて誤解を承知で言ってしまえば、コロナ患者が時間をかけずに次々と亡くなっていけば、病床を圧迫せず、医療崩壊も起きません。だからというわけでもないでしょうが、政府もメディアも、重症者数を圧倒的に取りあげる機会が多いようです。

政府が常々強調するのは経済の推進であり、感染症対策の指標としての重症者数と病床占有率の重要性です。しかし、この影に隠れて、究極の被害である亡くなる人々の実態についてはほとんどわかっていないように思います。少々勘ぐれば、政府はある程度の犠牲者が出ても、経済活動が推進されればそれでよいと考えているのでは?とさえ思ってしまいます。ここで新型コロナ死亡の意味と実態を再考してみたいと思います。

1. 経済を救うなら、まず人を救え

今朝(12月2日)のTV朝日モーニングショーで、コメンテータの玉川徹氏がINET(Institute of New Economy Thinking)の報告らしきものを引用しながら、感染症対策と経済活動は両立せず、感染抑制と経済の二兎を追うものは一兎も得ないとコメントしていました。そして、根絶を目指すか、死者を増やして経済をとるかの選択という主旨の発言をしていました。

INETは、11月20日、"To Save the Economy, Save People First"という題目の論文を発表しました [2]。この論文では、世界のCOVID-19対策において、ウイルスを封じ込めて経済活動を再開している国々と、ある程度の犠牲には目をつむりながら経済活動を優先してきた国々があるとし、結局、経済再開に成功と言えるのは前者の国々であることを指摘しています。そして、政府が優先して費用をかけるべきことは、感染拡大を抑えて命を救うことだと、結論づけています。

論文中で、素早くウイルスを封じ込め、経済活動再開に成功している国々として挙げられているのが、中国、台湾、オーストラリア、ニュージーランドアイスランドシンガポール、ヴェトナム、そしてタイです。

日本経済新聞は、経済コメンテータであるマーティン・ウルフ氏の記事を載せていますが、そこでもINETの論文が以下のような文章で引用されています [3]

                

各国の新型コロナ対策は2つに分かれたことを示している。ウイルスを抑制するか、あるいは経済のために一定の死者数を許すかだ。大まかに、前者の方が経済、死者のいずれにおいても被害が少なかった。一方、人命を犠牲にした国は大抵、多くの死者と大きな経済的被害を出している。

                

上記のINET論文も日経新聞の論説も、「第一に感染を抑制し、命を救うことが、経済を救うことである」というのが結論です。もはや経済の専門家でさえ、まずは感染拡大を防ぐことにお金をかけるべきであり、それが経済回復への道だと言っているわけです。

然るに日本では、感染症対策と経済活動の両立を名目に、実質は前者の方策など何もなく、GoToトラベル事業に代表される経済対策のみをやってきたと言っても過言ではありません。その結果が、感染拡大と減らない死者数です。最近では重症者とともに死者数も急増しています。昨日は重症者が493人、死者数が41人/日と過去最高になりました(後述図2)。

2. 重症数と死者数の推移

ここで重症者と死亡者の推移を見てみましょう。まずは、厚生労働省のボームページにある重症者数と死者数の最新データを見てみたいと思います。重症者数は493人、累積死亡者数は2,138人となっていますが(図1)、本ブログ執筆時点では、後者は2,193人です。

不思議なのは、厚労省が示すほとんどのパラメータについては、日ごとの数字の推移のデータがあるのですが、死者数については累計しかありません。恣意的に、死亡については目立たなくしているのでしょうか。

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図1. 日本における重症者数と死者数の推移(2020.12.01 0:00現在、厚生労働省HPより)

一方、今朝のモーニングショーでは、毎日の重症者と死者数の推移を並べて紹介していて、現況がよく理解できるようになっていました(図2)。昨日の時点で重症者数、死者数ともに過去最高になっており、現在の流行が、いわゆる第1波を超える被害を出していることがよくわかります。

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図2. 日本における重症者数と死者数の推移(2020.12.02. TV朝日「モーニングショー」より).

INETの論文 [1] では、上述したように、感染症対策が成功し、ウイルスを封じ込めている国として中国、台湾、オーストラリア、ニュージーランドアイスランドシンガポール、ヴェトナム、タイの国名を挙げています。そこで、これらの国々と日本の感染状況を比較してみました(表1)。そうすると、確かに日本の状況は悪く、陽性者数で1位、死者数で2位、百万人当たりの死者数で3位になっています。

ヨーロッパとファクターXの恩恵があると思われる東アジアの国々とは、死者数/百万人で10–100倍の差があるというのが一般認識ですが、日本のそれはヨーロッパと比較しても、数倍の開きに縮まっています(cf. アイスランド)。

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より最近の状況を理解するために、日ごとの新規陽性者数と新規死者数の推移を表したのが、それぞれ図3および図4です。図では上記9カ国に加えて、日本と地理的に近い韓国を加えてあります。図から分かるように、これらの国の中で日本が断トツに悪いことがよくわかります。

そして図1とも合わせてみれば、当たり前のことですが、日本では感染者が増えると重症者数と死者数も増えており、さらに重要なことは、これらが、GoToトラベル事業をも含む経済活動推進の中で起こっていることです。

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図3. 感染拡大抑制に成功した国々と日本におけるCOVID-19新規陽性者数の推移(7月15日−12月1日、出典: Our World in Data).

f:id:rplroseus:20201202215204j:plain図4. 感染拡大抑制に成功した国々と日本におけるCOVID-19死者数の推移(7月15日−12月1日、出典: Our World in Data).

多くの国々ではいわゆる第2波を多かれ少なかれ経験していますが、重要なのはその知見と経験を対策に生かして、感染拡大を抑え込んでいることであり、経済活動再開に至っていることです。

3. COVID-19重症者患者の治療と死亡率

上で重症者も増えれば死亡者も増えると言いましたが、一般人は、死亡者のほとんどは重症者の中から出てくると考えるでしょう。ところが、ツイッター上でも指摘されていますが、実際は事情がちょっと異なるようです。

日本COVID-19対策ECMOnet」では、ECMO治療と人工呼吸器治療の重症患者の成績の累計データを公表しています。それを見ると、ECMO治療で死亡に至ったのが86例(図5)、人工呼吸器治療で亡くなったのが274例(図6)あります。すなわち、重症患者が死亡した事例は360人しかなく、全死者数2,193人の17%にしかならないということになります。

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図5. ECMO治療の成績の累計(日本COVID-19対策ECMOnetより).

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図6. 人工呼吸治療の成績の累計(日本COVID-19対策ECMOnetより).

では、多くの死亡例は重症患者以外、すなわち中等症や軽症患者から出ているのか?という疑問が出てきます。これに関連することとして、11月27日のモーニングショーでは、大阪府の死亡例と患者の症状との関係を取りあげていました(図7)。それによると、重症からの死亡が6人、軽・中等症からの死亡が45人となっており、前者は全死亡数の12%にしかならないことを伝えていました。

どうやら、単純に記録上の重症者から死亡者が出ていると考えるのは早計のようです。

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図7. 大阪府におけるCOVID-19患者の症状の重篤度と死亡との関係(10月10日−11月23日、2020.11.17 TV朝日「モーニングショー」より).

番組では、大阪府保険医療室感染対策課の説明として、軽症・中等症からの死亡例に2つのパターンがあることを紹介していました。一つは容態が急変して死亡する事例、もう一つは気管挿管を望まない事例です。大阪府の医師のコメントもありましたが、患者本人の意思だけではなく、寿命に近い高齢という場合は、家族が気管挿管を望まなかったりする例もあるようです。

気管挿管が必要なほどに症状が悪化しているのに、それをしないということになると、一体公表されている重症者の数というのは何なのかということになりますね。そして今、医療現場で、ギリギリの命の選択が行なわれている現実もあるということでしょう。

とはいえ、敢えて人工呼吸処置などの高度治療を望まない例があったとしても、重症者以外からの死亡が約80%というのは異常に高いように思います。そこで年齢別の死亡者の割合を見てみると、平均寿命に近い80代以上が6割弱になります(図8)。少々乱暴な仮定ですが、これらすべてが記録上中等症・軽症患者扱いであり、気管挿管を望まないで死亡したとしても、最大60%にしかならないのです。実際は重症者が多いので、高度治療を望まない例など、割合は低いでしょう。

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図8. COVID-19死亡者の年齢別の割合.

死亡の4割は70代から下の年齢ということになり、この部分については、とても寿命だから気管挿管をしないというものでもないように思えます。つまり、重症者以外からの死亡は、かなりの部分が軽症・中等症からの急変によって起こったものとも推察されますが、詳細については報告されていないようです。

おわりに

第1波を経験して、検査も治療も改善されて死者数が少なくなったと、一時テレビなどで報道されてきたましたが、最近の新規陽性者数と死者数の急増で、それもやや影を潜めるようになりました。とはいえ、日頃の重症者数と病床占有率の重要性の報道に押されて、死亡という被害の大きさと実態については相変わらず不透明なままです。そして公表される重症者の数というのも何だか怪しい限りです。

政府の経済優先の方針で感染拡大と死者数を増やしている状況は、INETの論文の主旨「経済を救うなら命を救え」から考えれば、まったく不合理な反対の道を進んでいる結果ということになるでしょう。コロナ死者と自殺者を対比させて、自殺者を無くすためには経済活動を優先すべきだという見方もありますが、まったくの筋違いです。コロナ死亡はもちろんのこと、自殺者も感染症対策の失敗による感染拡大に帰因するものです。

菅政権の方針は、感染症に対してある程度の犠牲はかまわないから、あるいは大したことにはなりそうにないと高をくくって、それともそもそも関心がないから、医療崩壊にならない程度までは経済活動を推進するというものでしょうか。自分の頭の中の政策だけを強引にやり通そうとする姿勢は、まるで共産主義国家(誤解のないように言えば共産主義に名を借りた非共産的強権国家)の指導者のようです。

そもそもマスコミは、いま日本が東アジア・西太平洋諸国の中で最悪の状況にあることを報道しません。GoToトラベル事業に代表される経済活動の推進とその対策の修正、重症者数の重要性のかけ声に押されて、「東アジアで突出する日本の被害の大きさと実態」が、余計わかりにくくなっているような気がします。今日(12月1日)時点での死者数は2,193人ですが、この冬が明ける頃には残念ながら、おそらくこの数倍の死者数を記録しているのではないでしょうか。

引用文献・記事

[1] 忽那賢志: 新型コロナ 海外でも第2波は第1波より致死率が低いのはなぜか? YAHOO JAPAN ニュース. 2020.09.12. https://news.yahoo.co.jp/byline/kutsunasatoshi/20200912-00197712/

[2] Alvelda, P. et al.: To Save the Economy, Save People First. INET Nov.18, 2020. https://www.ineteconomics.org/perspectives/blog/to-save-the-economy-save-people-first

[3] 日本経済新聞: 人命重視が経済も救う チーフ・エコノミクス・コメンテーター マーティン・ウルフ. 2020.12.02. https://www.nikkei.com/article/DGKKZO66876460R01C20A2TCR000

               

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