Dr. Tairaのブログ

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日本における死亡率上昇は高齢化の影響?

はじめに

最初の中国武漢の発生に端を発した新型コロナウイルスによるCOVID-19流行は、約半年を過ぎていろいろなことがわかってきました。その中の一つが、西洋諸国とアジアの国々の間で感染者数や死者数を比較した場合、前者の方が約100倍ほど高いということです。この事実は、BCG接種の効果とするいわゆるBCG説で説明されてきましたが、さまざまな要因を加えて最初に報告したのは、私の知る限り、千葉大学の研究グループによるプレプリント論文だと思います [1]

この論文では、地域差の要因として、国の政策、高齢化の程度、BCG ワクチン接種の影響、医療環境、国民性(文化や習慣)、民族の遺伝的要因、ウイルスの変異(細胞への侵入に関わる特性)などが示唆されています。この健康被害の大きな地域差を生じた未知の要因の可能性については、世界中の研究者が注目しており、現在さまざまな角度から研究されています。テレビなどのメディアでもやっと語られ始めました。

この未知の要因があったとすると、アジア諸国は同様な恩恵を受けたと推察されますが、この地域内で比べると日本の死者数は決して小さいとは言えません。とくに100万人あたりの死亡者数(D/M値)致死率では、上位にきてしまいます。このブログでは、日本に死亡率の高さの要因を考察してみたいと思います。とくに、高齢化率という観点から考えてみます。

1. 感染者の高齢化率と死亡率

まず、確定陽性者の年齢構成を日本と韓国で比較してみます。65際以上の老年人口では日本の方がその割合(高齢化率)が10%以上高いですが(表1参照)、陽性者の年齢構成は両国で比較的よく似ています(図1A)。韓国の特徴といえば20代の陽性者が多いことと、70代以上の高齢者の割合が小さくなっていることです。

ただこれは、韓国の接触追跡システムの中で、若者が積極的にPCR検査を受けている(捕捉されている)と言われていますので、その結果ともいえます。日本では、積極的疫学調査の方針により、無症状の濃厚接触者や発症1日前より古い濃厚接触者は、原則検査されていません。日本と韓国の、「クラスター戦略」と「検査と隔離」の方針の違いが、感染者の年齢構成に影響を与えているかもしれません。言い換えれば、感染者の主体は20代を中心とする若者である可能性がありながら、日本ではそれが見逃されているということになります。

死者数の割合はやはり高齢者ほど高い傾向にありますが、日本と韓国とで年代別の致死率はほとんど差がありません(図1B)。しかし、日本は高齢者の陽性患者が相対的に多いので(図1A)、全体の致死率としては日本の方が高くなっています(表1参照)。したがって、東アジアにおける日本の死者数の多さや致死率の高さは、老年人口が多いことも影響していると考えられます。

f:id:rplroseus:20200530235829j:plain図1. 日本と韓国における確定陽性者の年齢構成(A)および死者の年代別割合(B).

逆に言うと、韓国は積極的に検査を実施して、とくに致死率が低い若者の感染者があぶり出されています。検査をしたおかげで相対的に若者の比率が高くなり、致死率を下げているとも言えます。日本は検査控えで、若者の感染者が十分にカウントされておらず、その分致死率を高めている可能性があります。今後流行が再燃した際、大幅に検査が増えるようになれば、「見かけ上の高齢層の割合の高さ(図1)は検査不足が原因であった」であったことが明らかになるでしょう。

独立行政法人労働政策研究・研修機構のデータブック [2] には、世界の各地域の代表国における高齢化率が記載されています。そこで、高齢化率が記載されている国について、COVID-19の感染者(確定陽性者)や死者数などについて一覧表を作ってみました。

表1では、アジア、オセアニア、ヨーロッパ、北米、南米のそれぞれの各国について、高齢化率の高い順に並べてあります。アジアでは日本が最も高齢化率が高く、世界でもトップの位置を占めています。各地域の国をみた場合、高齢化率と死者数、D/M値(100万人当たりの死者数)、致死率の関係については、何らかの傾向を見いだすことはむずかしいです。むしろ高齢化率は関係ないように思えます。ヨーロッパにおけるドイツのD/M値や致死率の低さは、明らかに対策(検査や医療)の効果と考えることができます。

ただ、東アジアの中においては、日本のD/M値や致死率の高さは、上記したように、高齢化率(検査バイアスも含めた高齢層の割合の高さ)の影響もあるということができるかもしれません。

表1. 地域別・国別における高齢化率(65歳以上の割合)およびCOVID-19に関する感染者数と死者数.

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2. 世界各国における死者数の増加パターン

これまで何回がブログ記事で示してきたように、起点を揃えた累積死者数の指数的増加のパターンを見ることで、各国の感染の状況を判断することができます。現在COVID-19の流行の中心はブラジル、ロシア、インドなどに移っています。そこで、まずはこれらを除いた国々の増加パターンを見ることにしました。

Our World in Dataのサイトから、表1にある国々を選択し、日本およびブラジル、ロシア、インド、そして今なお増加傾向にあるインドネシアを除いて、累積死者数の指数的増加を描いてみました。そうすると図2にように、増加スピードや到達点(Y軸の死者数やX軸の日数)は異なるものの、同様に直線的に増加した後に上昇が緩やかになり、やがてプラトーに達する一次曲線を描きます。曲線が緩やかになる屈曲点は、いずれも起点から20–45日の範囲にあり(図中ピンクの範囲)、平均で30日程度になりました。

つまり、感染者数や死者数の程度にかかわらず、各国は死者数の変化という観点からは、同様な流行パターンを示していることがわかります。この流行パターンには、西洋とアジアという地域差も、高齢化率も、関係ないということになります。

f:id:rplroseus:20200528200856j:plain図2. 流行の中心域と日本を除いた国々における死者数の指数的増加パターン.

図2に日本の増加パターンを加えたのが図3です。そうすると先のプログ記事「日本の新型コロナの死亡率は低い?」、「世界が評価する?日本モデルの力?」でも示したように、日本の異常というか謎の増加パターンを見ることができます。すなわち、他国が起点から30日くらいで緩やかになる曲線を描くのに対し、日本はより直線的に増加し続けるパターンを示します。

先のブログ記事では、この理由の一つとして、本来は開始から1ヶ月前後くらいまでに、本来はカウントされるべき隠れ新型コロナの死亡事例が相当数あるのではないか、それが上積みされると、他国のような曲線を描くのではないかと推察しました。あるいは、クラスター戦略の中で(もしかして東京五輪関係の政治的理由で?)検査が控えられて陽性患者数が低く抑えられた結果、初期において死亡者数が抑えられたのかもしれません。全体としては、患者が入院するタイミングが全体的に遅れ、その時点で重症化する割合が増え、結果として死亡の事例が続いているのではないかと考えました。

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図3. 流行の中心域を除いた国々と日本との死者数の指数的増加パターンの比較.

ところが、死亡者数の増加が重症化と単純に結びつけられないような事実もあります。ECMOnet「COVID-19重症患者状況の集計」[3] によると、5月25日の時点でECMOの処置を受けた患者の死亡数は44人、人工呼吸器の処置を受けた患者の死亡数は117人となっています。つまり、重症化した患者からの死亡は161人になるわけですが、厚生労働省によるとこの時点におけるCOVID-19の死者数は846人であり、前者の死亡数は19%にしかならないのです。

この事実は、COVID-19で死亡者の多くは、実際のところ軽症・中等症の段階で急変して亡くなっている、あるいは重症者としての高度医療(人工呼吸器やECMO)を受けることなく亡くなっているということになります。

日本は高齢化率で世界でトップですが、日本一国だけが図3のような謎の増加パターンを示していることを考えると、高齢者が多いことだけがその原因とはちょっと考えにくいです。高齢化率で日本に比較的近いイタリアは、医療崩壊まで起こしていますが、他国と同じような増加曲線を描いています。

患者の中に高齢者が多い場合は、その致死率から考えて、むしろ死亡する時期が早まり(Y軸方向に増加)、曲線が緩やかになるのが、その分早くなる(X軸方向が短縮する)のではないかとも考えられます。死亡者数が直線的増加が続くということならば、極めて医療水準が高いために致死に至るまでの時間が長くなるとも考えられますが、日本だけがそのような医療環境にあるとも思えません。

図4には、今流行の中心になっているブラジル、ロシア、インド、および東アジアの中でD/M値が高いフィリピンとインドネシアの増加パターンと日本のそれを比較してみました。コントロールとして中国のデータを入れてあります。これらの国々は、今流行の真っ盛りにありますので、最高点到達までの期間がまだ浅く、かつ曲線がまだそれほど穏やかになっていません(cf. 中国)。これらと比べても、やはり日本の増加パターンは異なります。

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図4. 流行の中心域の国々と日本との死者数の指数的増加パターンの比較.

どうやら、いまなお日本で死亡事例が続いている状況は、世界のどの国にも見られない、特異なパターンだと言えそうです。そして、この傾向が、日本の高齢化率の高さに関係すると言うこともむずかしいです。

おわりに

表1に各国のD/M値(100万人当たりの死者数)を示しましたが、日本は東アジアでトップクラスに位置しています。その理由の一つとしては、日本の高齢人口の割合が高いことがあるでしょう。しかし、累積死者数の指数的増加パターンは、高齢化率の高さだけでは説明できないように思えます。

5月21–27日の1週間における死者数は、15, 15, 11, 13, 13, 11, 7人で、今だに平均で10人/日を超えて、増え続けています。このままD/M値と致死率を更新していくと思われますが、医療水準が高いために死亡に至るまでの時間が長くなる(患者が持ちこたえる)とも考えられますが、なぜこのような状況になっているのか、より詳しい検証が必要と思われます。

そして、政府専門家会議は、日本のこの特異な現象について説明する責任があると思います。

引用文献・記事

[1] Hisaka ,A. et al.: Global Comparison of Changes in the Number of Test-Positive Cases and Deaths by Coronavirus Infection (COVID-19) in the World. Preprints Online: 21 April 2020 (05:42:47 CEST).  https://www.preprints.org/manuscript/202004.0374/v1

[2] 独立行政法人 労働政策研究・研修機構: データブック国際労働比較. 2017年. https://www.jil.go.jp/kokunai/statistics/databook/2017/documents/Databook2017.pdf 

[3] 日本COVID-19対策 ECMOnet. https://www.ecmonet.jp/

引用拙著ブログ記事

2020年5月26日 世界が評価する?日本モデルの力?

2020年5月13日 日本の新型コロナの死亡率は低い?

                 

カテゴリー:感染症とCOVID-19

カテゴリー:社会・時事問題