またもや飲食店狙いの感染対策への疑問
まえがき
昨日(7月8日)、菅義偉首相は、東京都に4度目の緊急事態宣言を発出することを表明しました。東京はCOVID-19の第5波に見舞われつつありますが、前回の宣言解除から3週間も経たたないなかでの宣言になります。新聞報道によれば、東京五輪の開催を最優先した菅政権の対応に、不備はなかったのか、首相の政治責任が大きく問われるとしています [1]。
それはともかく、緊急事態宣言に伴って、まともや感染対策に飲食店がやり玉に挙げられ、酒類提供停止が要請されるようです。この政府の動きに対して、私は疑問を抱かざるを得ません。ここでは、その理由を挙げながら、感染拡大抑制策について考えてみたいと思います。
1. メディアの報道
今朝のテレビ朝日の「モーニングショー」では、早速、飲食店の酒類提供の一律停止について伝えていました(図1)。菅首相は、昨日の記者会見において、酒類停止は感染防止に大きな成果を上げてきたことから、緊急事態宣言下の地域ではもちろんのこと、まん延防止措置の地域でも酒類提供は原則禁止という判断をすると述べました(図1右)。
その根拠して挙げられているのが、3人以上の会食における感染リスクが、その回数とともに「酒あり」で大きく上がることです。たとえば、3人で2回以上酒ありで会食すると、3人で1回酒なしで会食した場合に比べて4.94倍感染リスクが上がることが報告されています(図1左)。
図1. 菅首相による飲食店の酒類提供に関する記者会見コメント(右)および3人以上の会食における感染リスク(後述のアドバイザリーボード資料に基づく)(2021.07.09. TV朝日「モーニングショー」より).
また、西村康稔経済再生担当大臣は、酒の卸売り業者に飲食店との取引停止を要請するとし、飲食店共々要請に応じない場合は、金融機関に情報提供すると述べたことを番組は伝えていました。
しかし、これは菅首相からも「承知していない」と言われ(この発言自体もトボケていて無責任ですが)、与野党から批判を浴び [2]、今日夕方の加藤官房長官の記者会見で「金融機関からの働きかけに」については撤回するとされました。しかし、内閣官房と国税庁はすでに連名で、酒店宛に、注文に応じないことを要請する文書を送っています。こちらは撤回されていません。
2. アドバイザリーボードの見解ー会食・酒がリスク因子
これまでも感染リスクが高いとして飲食店が散々やり玉に挙げられてきましたが、菅首相の頭にはそれが完全にインプットされているようです。その情報源は政府アドバイザーボードの見解にあると思われます。
7月7日に開催された第42回新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボードでは、「新型コロナウイルス感染症の社会行動リスク解析:パイロット調査の暫定報告」という資料が提出されています [3]。これは、国立感染症研究所感染症疫学センターが行なった調査で、東京都内の2医療機関における発熱外来受診者と検査を受けた407名のうち、未成年者、年齢記載なしの人、発症から15日以降の受診者を除いたものについて、過去2週間における行動歴と感染リスクの関係を解析したものです。
検査は、症状ありかつ/または濃厚接触者に実施されており、陽性者と陰性者の行動歴が分析されています。そして陰性者をコントロールとした陽性者のオッズ(odds)比で、その事象の起こりやすさが求められています。ちなみに、ある事象が起こる確率を P とすると、その事象が起こらない確率は 1-P になります。その事象のオッズ比はこの2つの値の比 P/(1-P) になります。
その結果、図2にあるように、「会食2回以上」、「お酒のある会食2回以上」で高いオッズ比が出ています。
図2. 新型コロナウイルス感染症の社会行動リスク解析における行動歴データ([3]より転載).
また、いわゆる「3密」や「5つの場面」に関連するリスク因子として、特に高いオッズ比が出ているのが「大人数や長時間におよび飲食」です(図3)。そのほか、「換気の悪い場所にいた」、「手の届く範囲で会話をする機会」でも、比較的高いオッズ比が見られます。
図3. 新型コロナウイルス感染症の社会行動リスク解析における3密と5つの場面に関するリスク因子([3]より転載).
図2や図3の結果をふまえて、この調査では図4に示す考察がなされています。強調されていることは、リスク因子としての会食です。特に、複数で回数を重ねるお酒付きの会食が感染リスクを高めることが述べられており、米国やフランスにおける「レストランの利用がリスク因子」とする調査結果と一致するとしています。
図4. 新型コロナウイルス感染症の社会行動リスク解析における考察([3]より転載).
それでは図4で引用されている、Gaimicheらの調査研究 [4] を例に見てみましょう。この研究では、フランスにおける3,426人の症例と1,713人の対照者を対象にした調査の多変量解析を行ない、リスクの高い場所や場所を考察しました。その結果、世帯内に保育園、幼稚園、中学校、高校に通う子どもがいると、感染リスクが高まることがわかりました。また、感染リスクの上昇と個人的な集まりへの参加、バーやレストランへの出入り、屋内でのスポーツ活動との関連性が認められました。
一方で、ショッピング、文化的・宗教的な集会に参加すること、相乗りを除く交通機関を利用については感染リスクの増加は認められれず、テレワークは、感染リスクの低下と関連していました。
すでに多くの論文で指摘されていますが [5]、マスクを外し、口を開き、近接対面で会話も行なうような会食で感染リスクが高まることは、誰でも容易に想像できます。酒が入ればさらにリスクは高まるでしょう。
5. 感染経路での会食の割合は低い
では、いま都市圏を中心に感染が拡大しているわけですが、陽性者の感染経路として会食が中心になっているかと言えば、実状はまったく違います。最近のメディア報道 [6] に基づいて、東京都についてのさまざまな感染経路の割合を示したのが図5左です。感染経路としては家庭内がトップで50%、次が職場内が17%、施設内が11%で、会食となると9%です。
家庭内というのは外から誰かがウイルスを持ってきて、家族に感染が広がるというイメージですが、外での感染経路としては会食は決して上位にはなっていないのです。
図5. 東京都におけるさまざまな感染経路の割合(左は感染経路がわかっているものだけの割合、左は感染経路不明者を加えた割合、[6]に基づいてグラフ化).
実は図5左は感染経路が分かっている人についての感染経路の割合であり、感染経路不明者を加えると圧倒的にこれがトップになります。それが図5右であり、東京では常に感染経路不明者が6割以上いるので、仮に経路不明者を60%として加え、再グラフ化してあります。そうすると、会食はわずか3%にしかすぎないことが分かります。
つまり、現在リスク因子としてあげられている環境や機会に心当たりのない人達が市中感染していて、それを家庭に持ち込むことにより感染を広げているということが推察されます。また上記の例にあるように、幼稚園や中学校、高校が感染源になり、家庭内感染を広げていることも考えられます。
上述したように、会食やお酒がリスク因子として高いことは事実ですが、現在の感染状況でそれが主要な感染経路になっているかと言えば、はなはだ疑問なのです。今回の国立感染のリスク行動分析はきわめて限られた範囲の限られた人数を対象としたものであり、分析をするならば、図5右にある感染経路不明者を含めてやるべきなのです。それとも図2、3のデータは、感染経路不明者も含めた解析から導き出されたものでしょうか。
感染経路不明者ということは、3密とか会食とか感染リスクの高い経験に心当たりのない陽性者ということでしょうから、おそらくは図2、3には含まれていないと想像されます。
今回の緊急事態宣言も含めて、主要感染経路ではない、非常に低い割合の会食をやり玉に挙げながら、感染対策を講じているのが現在の政府です。そしてこの会食制限と禁酒令が唯一の策とも言ってもいいくらいの、中途半端な対策が問題だと言えます。これが今の政府の感染対策へ抱く私の疑問の理由であり、アドバイザリーボードの分析と提言についても疑問を抱かざるを得ません。
この背景にある一つの大きな問題は、厚生労働省がSARS-CoV-2の空気感染(エアロゾル感染)を(言葉上)認めていないことです(→あらためて空気感染を考える)。感染力を増した変異ウイルスの場合は、特に空気感染が考慮しなければなりません。言葉上だけならいいですが、古典的医学ドグマに拘泥して、空気感染をきわめて限定してリスク因子分析をしているとするなら、明らかに手落ちです。
おわりに
先のブログで感染拡大抑制に向けた政府がとるべき対策について提言しました(→下げ止まりの時こそ行なうべき強化策)。基本は濃厚接触者の範囲を取払い、ウイルス排出量の高い感染者周辺の面的な検査拡大を行なうことです。英国や豪州のように、下水検査を駆使した地域の網羅的検査も有効です。感染リスク因子については、空気感染を想定して、感染経路不明者を対象としたより幅広い環境と行動歴の分析が必要だと思われます。
しかし、面的な検査拡大の戦略はこれ以上感染者が増えると困難になりますし、政府はもとより検査拡大を行なうつもりもないようです。リスク因子分析も然りで、有症状者と狭い範囲の濃厚接触者に限定して行なう方針は変わらないようです。
飲食店対策の一つとしては、換気と席数制限とともに、飲食店利用者に事前に簡易抗原検査やPCR検査を受けてもらい、陰性者のみ店を利用できるような仕組みを導入できないものでしょうか。そして飲食店への営業制限を要請するなら、その分協力金による補償を急ぐべきでしょう。
菅首相の頭の中にはワクチンと前述のような飲食店対策しかありません。思いつきと思い込みで途中で修正が効かないことが今の政府の最大の欠点です。これが彼が首相に就任してから14,000人近い死者数と東アジア・西太平洋地域で2番目の被害を出している理由の一つです。おそらくこの被害の重みの自覚はないと思いますが。
引用文献・記事
[1] 西村圭史ら: 五輪を最優先、崩れた方程式 楽観論に流された菅首相. 朝日新聞デジタル 2021.07.09. https://www.asahi.com/articles/ASP787H28P78UTFK007.html?oai=ASP786TD7P78ULBJ01J&ref=yahoo
[2] JIJI.COM: 西村担当相、要請拒否の店舗情報を金融機関に 菅首相「承知せず」、野党反発. Yahoo ニュース 2021.07.09.
https://news.yahoo.co.jp/articles/e1d67c29c9fa71c0b88d3b852466745d61c6982a
[3] 厚生労働省: 第42回新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボード(令和3年7月7日)資料. https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000803143.pdf
[4] Galmiche, S. et al.: Exposures associated with SARS-CoV-2 infection in France: A nationwide online case-control study. Lancet Reg. Health 7, 100148 (2021) https://doi.org/10.1016/j.lanepe.2021.100148
[5] Chang, S. et al.: Mobility network models of COVID-19 explain inequities and inform reopening. Nature 589, 82–87 (2021). https://www.nature.com/articles/s41586-020-2923-3
[6] FNNプライムオンライン: 感染再拡大の予兆みられる」 宣言解除後に人出が増加…東京で“感染者急増”に現実味. Yahoo Japanニュース 2021.06.24. https://news.yahoo.co.jp/articles/57181dc6535c027f837ea98c6e013b00bbf56360
引用した拙著ブログ記事
2021年 7月5日 あらためて空気感染を考える
2021年 6月14日 下げ止まりの時こそ行なうべき強化策
カテゴリー: 感染症とCOVID-19