Dr. Tairaのブログ

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緊急事態宣言解除後の感染急拡大への懸念

今年1月に発出されていた緊急事態宣言は、2月末に大阪府京都府兵庫県・愛知県・岐阜県・福岡県の6府県で先行解除され、そして3月21日に都道府県で解除されました。これと同じくして政府は緊急事態宣言解除後の対応を国民向けに示しました(図1)。しかし、今回の解除には、今後の感染急拡大を誘発せる懸念材料がたくさんあります。ここでそれを述べてみたいと思います。

f:id:rplroseus:20210401122732j:plain図1. 内閣官房HPに掲載された緊急事態宣言解除後の対応.

まずは、昨日(3月22日)時点での全国、東京、および大阪の感染状況をみてみましょう(図2)。新規陽性者数の1週間の移動平均で見ると、全国で約1,400人、東京で約300人、大阪で約130人となっています。東京では下げ止まりでほぼ横ばい状態ですが、大阪は完全に再燃が始まっています。陽性者は指数関数的に増えていくので、今は増加が緩やかなように見えても、この先急激に増加することが予測されます。

とくに今は感染力が強いB.1.1.7系統ウイルス(N501Y変異)が拡大しているので、今月中には検査が追いつかないくらいの蔓延流行状態になるでしょう。特に、感染拡大が先行している大阪は医療崩壊が心配です。

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図2. 全国、東京、および大阪における新規陽性者の推移( NHK特設サイト「新型コロナウイルス」より転載」

大阪の場合は、先行して吉村知事が政府に緊急事態宣言解除を要請した結果、他5府県とともに3月1日に解除されていました。この先行解除は完全に判断ミスであることは先月のブログで指摘したとおりです(→大阪府の勘違い−緊急事態宣言解除要請 )。すなわち、N501Y変異ウイルスを前にして、何ら強力な防疫対策を打つこともなく緊急事態宣言を解除することは、人流増加を誘発し、確実に感染流行の再燃に繋がると指摘しました。図2にはすでにその兆候が現れています。

おそらく吉村知事は、まもなく政府に蔓延防止等重点措置を要請することになるでしょう。たとえ緊急事態宣言相当の急速な感染拡大になっても(その可能性大ですが)、まん延防止要請になることは確実です。この理由は二つあります。

一つは、緊急事態宣言を解除してまだ間もないのに感染拡大を招き、また緊急事態宣言要請では、逆戻りの印象を府民や社会に与えるからです。その印象を避けるという大阪府や国の政治的判断で、まん延防止要請とその決定ということになるでしょう。

二つ目は、日本の感染症に対する危機管理の根本的欠陥なのですが、「速く」、「強く」という対策がとれないことです。できる限り引き延ばした後に手始めに軽い手をうち、様子を見た上で、あわてて次の強い手を打つ、そして効果が見えてきたら一気に解除するというのが日本のパターンです。世界の常識は、始めに強い手を打ち、効果が出て来たら段階的に緩めるというものですが、日本はまったく逆のことをやるクセがあります。そして世界標準は、外出禁止、休業と休業補償であり、自粛要請なんていう日本的やり方は感染拡大抑制策として成立しません。

東京は3週間遅れで緊急事態宣言解除となりましたが、単に解除を先延ばしただけのことなので、このまま強力な対策がなければ、大阪に引き続き2–3週間遅れで感染拡大となることが予測されます。大阪の二の舞になることは、これも確実です。

本質的なことを言えば、まん延防止措置だろうが緊急事態宣言だろうが、政治判断によるものなのでそれ自体はどうでもよくて、問題は実効性のある合理的対策が打てるかどうかということです。大阪府はこの時点でまん延防止措置をしたとしても手遅れです。もっと強力な手を打たなければ変異ウイルスの急拡大は防ぐことはできません。

ちょっとお粗末なのは、緊急事態宣言解除後の国の感染症対策と国民に対するメッセージです。そもそも国の感染症対策については、たとえばステージ3/4の目安に見られるように、タイムラグがある防疫対策(前線の対策:例、検査陽性率)と陽性患者対策(その後の対策、病床占有率)が同じ時系列で考慮されていて、感染拡大抑制策になっていません(→政府分科会が示した感染症対策の指標と目安への疑問)。しかも検査陽性率10%という目安は、完全に監視体制が突破された後の蔓延状態の数字です。

政府の国民に対するメッセージは図3にあるとおりです。外出や移動について相変わらずの3密回避、対人距離、マスクの着用、手洗いなどの手指衛生という行動変容に関わることが並んでいて具体性に欠けます。これで本当に変異ウイルスによる感染急拡大に対応できるのか、懸念材料満載です。

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図3. 新型コロナウイルス感染症対策に関する国民へのメッセージ(内閣府官房HPより転載).

そして、おそらく3密回避とマスク着用は、国民へ対して誤ったメッセージになっている可能性があります。すなわち「3密が重なるところを避ければ大丈夫」、「マスクをしていれば大丈夫」という誤解です。政府は「1密」でも感染リスクがあること、そしてマスク着用については、材質と着用の仕方を具体的に示すなどの対応が必要でしょう。

「マスクは正しくつけることが重要」とことさら言われますが、不織布マスクを密着させてつけることはほぼ不可能です。横からの漏れは必ず出ます。米国CDCはこの漏れを改善するために2重マスクを勧めていますが [1]、日本では具体的な指示がなく、「正しく着用」と言うだけです。おまけに「不織布マスク1枚を正しくつけていれば、2重マスクは必要ない」とも言い出す始末です。

そして極めつけはよく為政者が言うマスク会食です。複数の飲食で近接かつ唾液のでやすい条件のもとで、頻繁にマスクを着脱着する行為は極めて感染リスクを高めます。飲食しながら正しくマスクをつけることなど到底できないでしょうし、そもそもマスク会食に対するお店のチェックもセルフチェックの徹底もほぼ不可能だと言えます。海外ではマスク会食など聞いたこともありません。マスク会食の実効性に関する論文はなく、科学的な検証もされていません。

知事、感染症対策当事者、医療専門家らがマスク会食を勧めることは、4人以下のマスク会食ならよい(安全だ)という誤ったメッセージになってしまいます。マスク会食が感染を広げる行為になりかねないのです。

豊橋技術科学大学の研究チームは、飲食時の会話の飛沫量は通常のスピーチよりも3、4割増えることを報告していますが  [2]、このような行為をマスク会食で制御することも困難と予想されます。マスク会食は近接対面という条件で、飲食時にマスクを頻繁に外すことが問題なのです。食べ物やマスクへのコンタミネーションの危険もあり、証明はされていませんが食べることによる感染、汚染マスクに触ることによる感染の可能性も十分に考えられます。一方、国の指針は、「大人数の会食を控えてください」とあるだけです(図3)。

そして問題は空気感染(エアロゾル、飛沫核感染)です。マスク着用は飛沫防止の効果がありますが、空気感染については、ある程度軽減することはできても防御はできません。しかもこれは不織布マスクを理想的につけた場合であって、普通につけた場合では横がスカスカであり、さらにウレタンマスクや布マスクの場合は、対人距離をとらない条件では、格段に感染リスクが高まります。

したがって、とくにN501Y変異ウイルスの感染防止策としては、"正しい"マスク着用(不織布着用や2重マスクなど)、対人距離(例: 2m以上)の確保、長時間(30分以上)の対面回避、換気がセットになる必要があります。

先日も今日もテレビで医療系専門家が言っていましたが、変異ウイルス拡大を受けて何か対策を変えるべきところはあるかという問いに対して「基本的に変わることはない、今までの感染症対策をしっかりやっていけばよい」という答えが聞かれました。何と呑気なことでしょう。

極めつけは厚生労働省の一般向けのQ&Aにある新型コロナウイルス感染症の感染様式の説明です(図4)。飛沫感染接触感染が述べられているだけで、空気感染については触れられていません。どうりでマスク会食が勧められるわけです。WHOも米国CDCのページにもしっかりと空気感染の説明があるように、空気感染は今や世界の常識です。

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図4. 厚労省のホームページにある新型コロナウイルス感染症の感染様式(転載図に加筆).

常に後手後手になる日本の感染症対策と上記のような懸念材料を踏まえて、私は国や自治体が進めるべき以下の緊急対策をあげたいと思います。緊急事態宣言を解除した今だからこそ、まだ新規陽性者数が急増していない状況だからこそ、徹底的に行なうべきものです。急拡大してからでは手遅れです。

もし、市民の自粛と飲食店の時短営業に頼るような従来の感染対策の延長という手しかなければ、4月は関西圏を中心に変異ウイルスの拡大でとんでもない惨状になるでしょう。そして医療崩壊と死者数の増加です。遅れて関東圏にそれが及びます。

                               

1) 検査・隔離の徹底

・陽性率を常に5%以内(できれば3%以内)に抑えるPCR検査の拡大

・変異ウイルスの検査拡大(病院、地衛研、民間会社へのゲノム解析拠点の拡大

・無料PCR検査場の設置

・検査場としての大学の活用

・民間自主検査の結果の行政検査への効率的紐付け

・地域ごとの大規模接触削減・移動制限対策(いわゆるロックダウン)

2) 介護・高齢者施設、飲食施設等の頻回検査

・唾液PCR、鼻腔スワブ抗原検査キットによる頻回検査

3) 飲食店・商業施設の感染対策

・客席数を減らす対策(テーブル間の距離1.5 m以上)

・1人飲食

・複数の場合は家族・同居人に限定(非対面会食)

・入店人数制限

・換気(排気)量とCO2濃度基準(大気中濃度の2倍以下)の設定

4) サーベイランスの強化

・施設、区域ごとの下水検査によるモニタリング

・下水アンプリコンによる変異ウイルスの解析

               

ステージIIIの指標のうち、まったく機能しないPCR陽性率10%は別として、新規陽性者の基準は有効に生かすべきです。新規陽性者数の指標・基準である「10万人あたりの新規報告数15/週」、「直近1週間と先週の比較で1倍以上」、「感染経路不明者50%」に達したら即緊急事態宣言の発出をすべきではないでしょうか。なぜなら、今は感染力の強い変異ウイルスとの戦いになるわけですから。そして医療提供体制の負荷の指標については、基準の数値超えを待つべきではないと思います。

引用文献・資料

[1] Brooks, J. T. et al. Maximizing fit for cloth and medical procedure masks to Improve performance and reduce SARS-CoV-2 rransmission and exposure, 2021. MMER Feb 19, 2021; 70(7):254–257. https://www.cdc.gov/mmwr/volumes/70/wr/mm7007e1.htm

[2] 豊橋技術科学大学Press Release: 令和2(2020)年度第3回定例記者会見. 2020.10.15. https://www.tut.ac.jp/docs/201015kisyakaiken.pdf

引用した拙著ブログ記事

2021年2月25日 大阪府の勘違い−緊急事態宣言解除要請

2020年8月8日 政府分科会が示した感染症対策の指標と目安への疑問

               

カテゴリー:感染症とCOVID-19