感染五輪の様相を呈してきた
2021.06.15更新
はじめに
この2、3日、SARS-CoV-2の新規陽性者数は千人台になってきましたが、全国への面的広がりは相変わらずであり、感染再拡大の不安材料になっています。私は昨日以下のようにツイートして、感染再拡大を懸念しました。
新規陽性者は2千人を切っているがゼロ県が少なく面的広がりは依然として危険信号。東京、神奈川は完全に下げ止まりで緊急宣言解除と同時にリバウンドという前回の二の舞になることは必至。しかもバックグランドが今までで一番高い上にデルタ型の脅威と五輪突撃ムードの負の相乗効果で大延焼の予感。 pic.twitter.com/Up9Gedketa
— AKIRA HIRAISHI (@orientis312) 2021年6月12日
このブログ記事で、もう少し上記の不安要素(リバウンドの原因)を見ていきたいと思います。私は感染状況を考えると、無論五輪中止が妥当と考えていますが、ここでは五輪が行なわれると仮定して話を進めます。不安要素(原感染拡大の原因)は、1) 面的広がりと高いバックグランド、2) デルタ型変異ウイルスの脅威と検査体勢、3) 五輪のよる人流増加と気の緩み、そして4) 政府の念力主義と呪文です。
1. 面的広がりと高いバックグランド
まず東京都と大阪府の新規陽性者数の推移を図1に示します。
東京都における、3月23日の緊急事態宣言解除のときの日当たりの新規陽性者数(7日間移動平均)は約300人でした(図1上参照)。一方、大阪府における、2月28日の緊急事態宣言解除のときのそれは約80人でした(図1下参照)。今日までの新規陽性者数(7日間移動平均)は東京都約380人および大阪府約110人であり、緊急事態宣言解除時の陽性者数で割ると、東京約1.3倍、大阪約1.4倍になります。
図1. 東京都(上)および大阪府(下)における新規陽性者の推移(Yahoo Japan ニュース「新型コロナウイルス感染症まとめ」より転載).
政府は6月20日に緊急事態宣言解除を予定しているようです。しかし、そこまであと1週間しかなく、この間大幅に感染者数が減るとは思われません。図1のデータは常に1〜2週間前の感染状況を表していると考えられるので、状況としては現在下げ止まりと考えた方が妥当です。東京の20代ではすでにリバウンドしているとも言われています。つまり、先の緊急事態宣言解除の時に比べて、今回は1.3–1.4倍程度のバックグランドで解除しようとしているわけです。これはパンデミック開始以来最も高いバックグランドです。
全国への面的な広がりを比べてみましょう。前回、6府県解除となった2月28日における新規陽性者数は999人、陽性者ゼロは13県(青森、岩手、秋田、山形、富山、福井、山梨、長野、鳥取、島根、高知、宮崎、鹿児島)でした。そして、4都府県解除となった3月21日の新規陽性者数は1118人、陽性者ゼロは11県(秋田、福井、山梨、鳥取、島根、山口、香川、高知、大分、宮崎、鹿児島)でした。ちなみに両日ともゼロは8県(水色で表示)ありました。
一方、現在を見ると、先のツイートの添付図でも示されているように、千人台の陽性者数になってはいるものの、陽性者ゼロの自治体はこの1週間内で最大でも5県しかないのです。6月20日に緊急事態宣言が解除されるということは、全国の面的広がりにおいても、大都市圏における感染者のバックグランドとしても、これまでの解除の中では、最悪の条件ということになりそうです。つまり、最も高い発射台から感染力を増した変異ウイルスによるリバウンド(第5波)が起こるということです。
2. 変異ウイルスと検査体勢
リバウンドで懸念されるのがデルタ型ウイルス感染の拡大です。表1に示すようにデルタ型ウイルスは、スパイクタンパク質受容体結合領域(RBD、→前ブログ記事参照)のL452Rと呼ばれる遺伝子変異(ロイシン [L]→アルギニン[R])で特徴付けられます。感染力は従来株に比べて、約1.8倍と推定されており、すでに東京都や神奈川県では、空気感染と思われる集団感染も発生しています [1]。
表1. アルファ型およびデルタ型ウイルスの比較([1]より改変)
デルタ型はワクチンの効果を弱めるとされていますが、不明な部分が多く、重症化リスクが高い証拠も現段階では示されていませんが、重症化のスピードは速いと言われています。特に、感染力の強さとともに、50代以下の若年層での重症化の速さも報告されていますので、若い人たちへの感染の広がりが今までと比べて格段に多くなると予測されます。
L452R変異は、日本人の6割が持つ白血球の型であるHLA–A24による細胞免疫から逃れるとの報告があり [2]、もしこれが影響するなら、感染力増強とともに大きな懸念材料です。もしこれがファクターXだったとしたら、今回は効きません。デルタ変異体は、日本人および日本社会にとって、これまでの変異ウイルスよりもはるかに危険であることを認識すべきでしょう。すでに起こっているインドやヴェトナムでの感染拡大を見れば、最大限に警戒しなければならないことは自明です。
厚生労働省によると、6月7日時点で確認されたデルタ型ウイルスの陽性者は12都府県の87人であり(図2)、増加ペースが加速しています [1]。7月中旬には新規感染者の過半数を占めるとの試算もあります。
しかし、これは極めて限られた検査件数での報告であり、実態としては市中感染が急速に広がっていると考えてよいでしょう。検査陽性者の半数以上がゲノム解析に向けられている英国と比較すると、今さらながら日本での脆弱な変異ウイルス解析体勢には脱力感を抱かざるを得ません。
図2. デルタ変異型ウイルスの感染状況(2021.06.07時点、NHK特設サイト「新型コロナウイルス感染症」より転載).
日本への海外からの変異ウイルスの侵入に対する検疫と検査体勢については脆弱であり、これまで第1波の欧州型、第3波の英国型の例に見られるように悠々と侵入と拡大を許してきました。検疫でPCRではなくて感度が低い抗原検査を採用していることも謎ですが、何よりも変異ウイルスの追跡と検査のスピードが遅く、変異型の検査の割合もきわめて低いです。
東京都の検査数でみれば、5月のピーク時の1万5千件強から現在は7、8千件まで減っており、なぜこれだけ減らすのか意味がわかりません。その上陽性率は4%台と依然として高く、十分に感染者を追跡できているとは思えません。せめて3%を切る陽性率と、陽性者の半分程度の変異ウイルス検査を達成しなければならないと思いますが、まったく程遠いです。
変異ウイルスの猛威は、日本は第4波のアルファ型(英国型)で嫌という程経験しているはずです。にもかかわらず、東京都の検査体勢のお粗末ぶりは何なのでしょうか。変異ウイルスの検査・ゲノム解析の脆弱ぶりと合わせて、この先デルタ型変異体によるリバウンドの検知に遅れをとるのではないかと心配になります。
この状況は、厚生労働省医系技官と旧政府専門家会議を中心とするの感染症コミュニティ、その周辺医療クラスターによる当初の検査抑制論がいまだに尾を引いていると言わざるを得ません。このような検査抑制論を積極的に情宣してきた、BuzzFeed Newsをはじめとするウェブメディアや出版界も責任が重いと言えます。
3. 五輪による人流増加・気の緩みとシミュレーション
SARS-CoV-2はヒトを宿主として増えるので、人と人との接触や人流が増えればそれだけ感染が拡大するということは、科学的に自明です。東京五輪開催となれば海外から選手、関係者、マスコミ関係など数万人の来日があり、国内では選手、組織委員会関係者、ボランティア・アルバイト、宿泊、輸送などに関係する20万人近くの人流が増えると言われています。これに観客をいれるとすれば全国からの観客の動きが上乗せされます。
政府や組織委員会の専門家は、五輪を中止する場合と開催した場合の人流の違いに伴う感染者数の増加についてしっかりシミュレーションし、それを公開しておくべきだと思います。それは都合のよい前提条件ではなく [3]、最悪の場合を想定したシミュレーションであるべきです。しかしながら、このような試みはまだメディアには具体的には出ていないようです。
先月、東京大学仲田泰祐准教授によるシミュレーション結果がテレビ(報道特集)で紹介されましたが、それによれば五輪開催で人流が6%増えた場合は、五輪中止の場合に比べて感染者数が約2倍になると推測されていました。それについて、私は以下のようにツイートしました。
東大仲田准教授らによる東京オリパラ開催が都内感染者数に及ぼす影響のシミュレーション。開催人流6%増で大会中止の場合の約2倍の感染者数(10月ピーク)。インド変異ウイルスの影響があればもっとピークが高くなる可能性も。
— AKIRA HIRAISHI (@orientis312) 2021年5月29日
この五輪影響があったかどうかの判断の目安を覚えておこう。#報道特集 pic.twitter.com/rWb73sBB6s
なお、このシミュレーションでは、変異ウイルスの増加は考慮されておらず、最悪を想定した条件にはなっていません。デルタ型ウイルスの影響を考えれば、リバウンドの立ち上がりははるかに早くなり、五輪開会式の前にはもう顕著になっているでしょう。たとえば、従来株に比べたデルタ型の約2倍の感染力を考慮すると、シミュレーションの結果にある五輪開始直前の約600人の新規陽性者数は2倍になり、軽く千人を超えることは容易に予測できます。
仮に現在の新規陽性者数380人/日(前記)のレベルを、6月20日からの週からスタートさせて、毎週30%増しで増加していくと予測すると、東京の新規陽性者数は7月4日の週には642人、7月18日の週には1,085人、8月1日の週には1,830人となり、東京五輪が終わる前には、第3波の最高レベルである約2,500人に達することになります。これは大会に観客を入れるかどうかに関係なく、これまで最も高いバックグランドからデルタ型変異ウイルスの感染拡大が起こる場合という、単純な(しかし現実的な)考え方に基づくものです。
実際は、30%増しの定率ということはなく、デルタ変異体の拡大に応じて、2倍、3倍の増加率になることも予測されます。2倍になれば五輪大会終了の頃には5,000人に達することになります。
一方、東京オリパラ大会組織委員会が、三菱総研に依頼して実施した試算 [3] はまったく現実味がありません。五輪を開催した場合、都内の新規感染者は7月中旬の約300人を底に増加に転じ、五輪開幕後の8月以降に急増して同月下旬に約1,000人となるというのですが、どのようにしたらこんなシミュレーションになるのでしょうか。
おそらくメディアの報道もそうですが、五輪ムードの高まりは国内の人流増加と気の緩みを促し、きわめて感染リスクを高めることは間違いありません。大会直前になればメディアは五輪一色となり、世の中の自粛生活への"飽き"もあって、たとえ緊急事態宣言が発出されたとしても、無観客の五輪大会になったとしても、お祭り気分で人流抑制効果は限定的になるでしょう。このことが感染拡大を加速させると思われます。
4. 念力主義と呪文
今朝のテレビ「サンデーモーニング」ではコメンテータの二人が、それぞれ念力主義、呪文という形容で政府と大会組織委員会の姿勢を批判していました。それは何度となく繰り返される首相の「国民の命を守る」、大臣や大会幹部の「安全安心の大会」というフレーズです。
「安全」という言葉は、科学根拠が示され、それに基づいた客観的基準が示されて初めて成立するものです。一方「安心」は受け手の主観的感情であり、安全の科学的基準が示され、かつそれが信頼性に足りえると判断できる時に出てくる感情です(→食の安全と安心)。
安全の基準が示されなければ、それは逆に「危険かもしれない」となり、かつ安心感は得られずに「不安」となります。現に国民はそのような状況になっています。その安全と安心の関係とそれが発生するメカニズムを政府と組織委員会はまったく理解しておらず、念力と呪文で何とかなるという精神主義に陥っています。この根拠のない楽観論は、科学的な公衆衛生対策を立てる上で一番厄介なもので、被害を拡大させる大きな要素です。
おわりに
以上四つの要素と原因で、大方の専門家の意見と同様に、この夏はデルタ型ウイルスの拡大といっしょの感染五輪になると私は予測します。政府の思惑とは裏腹に、おそらく1ヶ月も経たないうちに4度目の緊急事態宣言発出になる可能性大です。
菅首相の頭の中はワクチン一辺倒ですが、ワクチン戦略が到底間に合うはずもありませんし、医療従事者から高齢者、基礎疾患のある人という優先順位をつけていたワクチン接種でさえここに来て崩壊気味です。このままだと、若年層への感染力を増したデルタ型ウイルスによるリバウンドに伴って、40–50代の年齢層(特に基礎疾患を抱えた人)が、最もリスクが高くなるということが考えられます。
願わくば私の予測が外れてほしいですが、状況はきわめて厳しく、予測どおりの結果に向かって事態は進行しています。
加えてメディアの報道の偏向ぶりが目に余るようになりました。必要な情報を伝えず、事実も正確に伝えていません。ワクチン推進と五輪関係の記事が増え、民衆の自粛疲れからくる気の緩みと開放感に拍車をかけています。今日もG7の日米首相協議で、バイデン大統領が「東京五輪支持」とメディアは伝えていますが [4]、ホワイトハウスの表明は微妙に違います。
ホワイトハウスのウェブページでは、「バイデン大統領は、アスリート、スタッフ、観客に対して必要なすべての公衆衛生対策がなされた上での東京五輪への支持を表明した」となっており、公衆衛生対策必須ということに釘をさしています(以下赤線部)。
その意味で、尾見茂分科会長をはじめ、有志の専門家の皆さんが、G7の前に五輪開催に関する提言を行なっていれば、海外のメディアにも取り上げられ、もう少し状況が違っていたのではないでしょうか。しかし、ステークホルダ間で危機を共有するというリスクコミュニケーションのなさは、この国の当初からの深刻な問題点です。
政府と組織委員会は東京オリパラ開催に向けて一直線であり、時すでに遅しの感があります。繰り返しますが、何も手を打たなければ、この夏は第3波流行をはるかに超える、デルタ型変異ウイルスの全国拡大といっしょの感染五輪、スーパ−スプレッダー五輪になり、大会終了後は災害級の流行になっていることは間違いないでしょう。
東京五輪大会が、物理的にも対策的にも、感染症対策に負の影響を与えることは確かです。つまり、五輪大会のバブル方式が機能するかどうかを問わず、それにかまけている間に、日本全国がデルタ変異体の感染流行になるということです。
6月15日更新:文献 [2] を加えました。
引用文献・記事
[1] JIJI.COM: インド変異株、拡大ペース加速 各地で感染、クラスターも 7月中旬に主流化か. Yahoo Japnニュース, 2021.06.13. https://news.yahoo.co.jp/articles/41b976fa96380558838f4bc0941966ba6c22cc73
[2] Motozono, C. et al.: SARS-CoV-2 spike L452R variant evades cellular immunity and increases infectivity. Cell Host Microbe Published online June 14, 2021. https://doi.org/10.1016/j.chom.2021.06.006
[3] 原田遼: 五輪開催で感染者が急増、東京1日1000人に…政府が試算 パラリンピック開幕を直撃. 東京新聞 2021.06.11. https://www.tokyo-np.co.jp/article/110157
[4] JIJI.COM: バイデン氏、東京五輪支持 日米首脳が協議 G7サミット, Yahoo Japan ニュース, 2021.0613. https://news.yahoo.co.jp/articles/0bb04e52ed1353282b44b715e0f343bfe24fa006?tokyo2020
カテゴリー:感染症とCOVID-19