Dr. Tairaのブログ

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デルタ変異体の感染力の脅威

はじめに

東京では、東京オリンピック開始直前からSARS-CoV-2デルタ変異体(Delta variant)による第5波感染流行が本格化しました。新規陽性者数が急増し、8月13日には全国で初めて新規陽性者数が2万人を超えました。とはいえ、東京でのこの1週間の感染の動きを見ると、どうやら頭を打ったように思えます(図1)。ただし、追跡調査が縮小され、検査不足で感染者数が過小評価されている可能性については注意が必要です。

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図1. 東京都におけるCOVID-19新規陽性者数の直近1ヶ月間の推移(NHK特設サイト「新型コロナウイルス」から転載).

東京では、東京大会終了前後から雨天が多くなり、直近5日間はずうっと雨続きです。私はこの雨が感染流行を減衰させる要因になると考えています。なぜなら、降雨と室内外の湿度上昇によって空中のエアロゾルが減少(沈着)し [1]空気感染の機会を減らすと思われるからです。

雨天は同時に外出控えにもなり、7月12日の東京への緊急事態宣言、8月2日の6都府県への緊急事態宣言拡大の効果と相まって人出を徐々に減らしています。東京オリンピックが終わったことと感染急拡大によって、お祭り気分から人々が我に返り、リスク行動回避に目が向いた?ことも減衰要因になります。検査・隔離が進み、ワクチン接種率の上昇によって未接種者のリザーバーが縮小すればさらに見かけ上の減衰効果が生まれます。

この雨と外出控えによる相乗効果(そしてワクチン未接種者の縮小)によるピーク越えの予測が正しいかどうか、この後の新規陽性者数の出方で判断できるでしょう。その際にまた考察したいと思います。

デルタ変異体の感染力の強さと重症化リスクの高さはすでに知られています。日本でも第5波流行でまさにそれを経験しているわけですが、重症者と死者の数はこれから増えていくでしょう。東京をはじめ首都圏では医療崩壊しています。いま死者数は30人以下/日ですが、これから9月にかけて増加し、残念ながら自宅療養での死亡も増えると思います。

デルタ変異体の感染流行については、中国の研究チーム、Kangらによる興味深い報告 [2] が出ました。まだ査読前のプレプリントですが、デルタ変異体の感染力を裏付けるデータとそれに対する対策が示されています。

1. デルタ変異体とは

まずは、このKangら論文のイントロの記述を参照しながら、デルタ変異体とは何か、簡単に復習したいと思います。デルタ型ウイルスについては、以前のブログ記事でも少し触れています(→感染五輪の様相を呈してきた)。

デルタ変異体は、新型コロナウイルスSARS-CoV-2のパンゴ(Pango)系統B.1.617.2とよばれる変異ウイルスです。2020年9月7日にインドで初めて検出された変異型であり、当初はインド株とよばれていました。その感染力の強さから、2021年5月11日に、世界保健機関(WHO)は「懸念すべき変異体」(variant of concern, VOC)に分類しました。

デルタ変異体はSARS-CoV-2の他の変異型をまたたく間に凌駕し、世界各地で優勢になっています。2021年8月3日時点で、合計135カ国からデルタ型の感染者が報告されており、6月中旬以降、世界の新規感染者の80%以上がデルタ型によるものと推察されています [3, 4]

最初の野生型(いわゆる武漢ウイルスと比較して、デルタ変異体には、T19R、G142D、156del、157del、R158G、L452R、T478K、D614G、P681R、D950Nといった9–10個の特徴的な変異があり、他の変異体との競合において優位性をもつ原因となっている可能性があります [5]

受容体結合領域に位置する452番目のアミノ酸残基のスパイク(S)変異は、免疫回避能力や抗体中和に対する耐性を高める可能性があります。また、日本人の6割が持つ白血球の型であるHLA–A24による細胞免疫から逃れるとの報告もあります [6]。

S遺伝子のS1/S2領域にあるP681Rは、タンパク質分解過程に影響を及ぼす可能性があります[5]。これらの変異は、受容体であるアンジオテンシン変換酵素2ACE2)の親和性を高めるだけでなく、中和抗体に対する抵抗性を強め、伝播性の増加につながると考えられています [7]

デルタ型ウイルスの基本再生産数(R0)は、他の型に比べて55%–97%高いことが示唆されています。米国疾病予防管理センターCDCの内部文書では、デルタ変異体のR0は5.5–9であり、その感染力は水疱瘡並みと記述されています。つまり、SARS-CoV-2の主要感染様式は、(少なくともデルタ変異体については)空気感染であることが世界的な常識になっています(→あらためて空気感染を考える)。

2. 研究対象となった中国での事例

Kangら論文 [2] の調査研究の対象となったのが、中国広東省でのデルタ変異体の流行です。2021年5月21日、広東省で中国本土初のデルタ型患者が確認されました。その後、数日から数週間の間に局所的な大流行が発生し、遺伝子配列の解析により、この大流行で確認されたすべての症例がデルタ変異体によるものであり、この指標となる症例まで遡ることができたと述べられています。

ではこの中国での流行事例がどのくらいの規模であったのか、日本の流行と比べてみたのが図2です。図のように、中国の流行はまったく見ることができないほど小さなものだということが分かります。

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図2. 日本と中国における新規陽性者数の推移(6月3日−8月15日、Our World in Dataからの転載図).

それでは中国だけの流行を抜き出してみたらどうなるでしょうか。それが図3です。図2と比べると縦軸が1/1,000–1/10,000のスケールになっていることに注意してください。すなわち、中国では流行といっても日本のそれと比べるときわめて小さく、人口規模が10倍以上あるとしても日ごとの新規感染者の絶対数で言えば、日本の1/100程度にしかなりません。

そして、新規陽性者数の発生がスパイク状になっていることがわかります。つまり、陽性者が発生すると、その度に、まだ感染が大規模にならない前に迅速に介入し、網羅的な検査・隔離を行なって封じ込め、収束させているということがわかります。

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図3. 中国における新規陽性者数の推移(6月3日−8月15日、Our World in Dataからの転載図).

この広東省での感染流行では、積極的かつ厳密な症例発見戦略が実施され、すべての感染者を特定し、感染拡大を迅速に抑制・制御することができました。実施された戦略・アプローチとしては、リスクの高い地域での複数の包括的な大規模PCR検査、指定された場所に隔離された密接な接触者に対する定期的な検査、臨床機関における入院患者および外来患者の核酸スクリーニングなどです。結果として、デルタ型感染に関するユニークで豊富な疫学的データを提供することになりました。

3. 研究結果とデルタ変異体の感染力

Kangらの研究 [2] は、広東省で発生したデルタ変異体の感染動態と疫学的特徴を明らかにすることを目的として行なわれました。2021年6月18日までに広東省で発生しているデルタ症例は167例が確認されました。このうち41.3%が男性であり。年齢中央値は47.0でした。症例は無症状、軽症、重症・重篤までありますが、死亡の報告はありませんでした。また、16例(9.6%)が不活化COVID-19ワクチンを2回接種し、30例(18.0%)が1回接種していました。

これらのなかで、発症とウイルス排出開始の時間変化を推定するのに十分な情報を持つ101例について調べたところ、平均潜伏期間は4.0日と推定されました。また、有症者95名から推定された平均潜伏期間は5.8日でした。

発症日が報告されているデルタ型症例の94組のペアごとについて感染性プロファイルを推定したところ、発症4日前から感染力を持ち始め、感染力は発症2.1日前にピークを迎え、それ以降ピークに徐々に低下し、発症前に73.9%、発症後4日以内に97.1%の感染が起こりました。推定された基本再生産数R0は6.4となりました。

発症の4日前から34日後までに採取した1314本の咽頭ぬぐい液を検査したところ、159人のデルタ型陽性がわかり、発症前4日目から発症後7日目までは高いウイルス量(低いCt値)が維持されていました。その後、20日目頃までにわたって検出可能なレベルまで徐々に減少しました(図4A)。

重症・重篤な症例とワクチン(不活化ワクチン)接種を受けた症例を除いた結果では、ウイルス量が多い時期(発症後0~7日目)には、デルタ変異体のN遺伝子のCt値の中央値は23.0で、従来型のN遺伝子の値よりも有意に低いことがわかりました(図4B)。つまり、従来型よりウイルス排出量が多いということです。

発症日数、年齢、重症度を調整した解析を行なうと、ワクチンを1回または2回接種したデルタ型症例のCt値は、ワクチン非接種の症例に比べて平均で0.97高いということがわかりました(図4C)。すなわち、ワクチン接種者のウイルス排出量は未接種者よりも約1サイクル分低いということです。

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図4. デルタ変異体と野生型(従来型)SARS-CoV-2のウイルス排出の時間的パターン(文献 [2] からの転載図). (A) 発症日を基準(day 0)とする全デルタ型感染症例のN遺伝子の閾値サイクル数(Ct値)の変化 (薄赤色の曲線と薄ピンク色の陰影部分は、一般化加法モデル [GAM] から推定されたフィットCt値と95%CIを表示). (B) デルタ型(赤)および従来型(青)のN遺伝子のCt値の発症日からのサンプル採取時間に対する変化. (デルタ型のデータには、重症、重篤、ワクチン接種を受けた症例は含まず). (C) ワクチン未接種例(赤)とワクチン接種例(青、1回または2回接種)の多変量GAMから予測されるCt値の変化.

4. Kangらの研究の意義

デルタ変異体は、従来型SARS-CoV-2と比較して、基本再生産数が高いこと、潜伏期間や潜伏期間が短いこと、連続感染の間隔が短いこと、ウイルス排出量が多い(従来株に比べて1000倍 [8])ことなどから、強い感染力があることが指摘されていますが、これらは今回の研究 [2] でも支持されています。論文では、デルタ型に感染した症例ではウイルス量が多く、より迅速で強力な感染に寄与している可能性があると指摘しています。

Kangら論文の重要な知見の一つとして、デルタ型二次感染は約74%が症状が出る前に発生していると推定され、他の変異型に比べて高い値であることです。このことは、デルタ型感染者が検査で発見される前にすでに他者への感染伝播起こっている可能性が高いことを示唆しています。この可能性は、本研究で示された発症の少なくとも4日前の高いウイルス量(基本的に発症時と変わらない)によって裏付けられています。

デルタ型感染者でウイルス量が多いということは、デルタ型では接触者あたりの感染率が高くなる可能性を示しています。さらに従来型と比較して、PCR検査の検出限界値に達するまでのウイルス量の減少が緩やかであるので、感染期間が長くなっている可能性があると論文では指摘しています。

デルタ型では発症前の感染リスクが高いことは、デルタ型流行を抑制するためには、接触者の追跡範囲をより拡大し、より長い時間軸で追跡する必要があると論文は主張しています。しかし、流行率が高い地域では、接触者数が常に感染者数の数倍存在するため、完全な接触者の追跡や家庭外での検疫は不可能であるとも述べています。むしろ、家庭環境での感染リスクは高くなるけれども、自己隔離や家庭内検疫などの物理的な距離の取り方が適しているとしています。

いずれにしろ、強力な感染力をもつデルタ変異体のようなウイルスの感染流行では、従来よりも厳格な複数の対策・早期介入が重要だということが強調されています。このような早期介入の結果が、今回の広東の感染流行において1週間以内の実効再生産数(Rt)の急速低下をもたらし、介入の有効性が示されたと述べられています。

具体的には、今回のデルタ型感染流行では,複数のPCR検査を用いた積極的な症例発見戦略が実施され,無症候性の症例を含むほとんどの感染者を特定することができたとされています。さらに、地方政府は、患者の隔離、接触者の追跡、検疫などの個人ベースの介入に加えて、ロックダウンなどの集団レベルの物理的な距離の取り方を実施したことが述べられています。

さらに重要なこととして、コミュニティ全体で実施されるPCR検査や、隔離された身近な人を対象とした定期的な検査プログラムが、接触者の追跡やロックダウンなどの対策と連携したことで、早期の症例の特定化と隔離に繋がり、感染の連鎖を断ち切ることを可能にしたということです。

Kangら論文ではまた、中国では2021年3月以降、不活化COVID-19ワクチンの接種率が大幅に上昇しているため、ワクチン接種とウイルスの排出および感染との関連を調べることができたとも述べています。ワクチンを1回または2回接種したデルタ型症例のCt値は、ワクチン未接種の症例に比べて平均0.97高く、ウイルスRNAコピー量が約3倍減少していることを確認しています。したがって、ワクチン接種を受けたことによりウイルス量が減少したことで感染の可能性が減少したと考えられ、デルタ型感染に対する不活化ワクチンの有効性を述べています。

一方で、米国 [9] シンガポール [10] のデルタ型感染事例ではワクチン接種者と未接種者の患者においてはウイルス量は変わらないと報告されています。核酸ワクチンかあるいは不活化ワクチンかという違いはありますが、Kangら論文のCt値の0.97という差を考えると、ブレイクスルー感染が起きた時は、感染者の抗体値と関係があるのかもしれません。つまり接種が、比較的フレッシュな(抗体価が維持されている)間は、未接種者と差がつくようなウイルス排出量でも、接種から時間が経てば同じウイルス量を排出すると思った方がいいかもしれません。

いずれにしろ、Kangらの論文からは、検査・隔離、ロックダウン、ワクチンという防疫・感染症対策のセットの早期介入がきわめて重要であるということをあらためて学ぶことができます。

おわりに

今回のKangら論文では、デルタ型感染患者のウイルス排出量が多いことは先行研究と同様な結果ですが、発症4日前から高い排出量で発症時とほぼ同じであること、およびウイルス排出量の時間的減少が緩やかであることを示したことは特筆すべきことです。このようなデータは対策や介入戦略を立てる場合に重要な基礎情報となります。事実、中国では常にウイルス感染が蔓延する前に早期介入し、流行を沈静化させていることがうかがわれます。

驚くべきことは、研究者がこのような流行事例を詳しく追跡し、2-3ヶ月という短期間でプレプリントサーバーへの投稿までこぎつけ、情報公開していることです。

翻って日本の場合はどうでしょうか。このようなウイルス変異体の感染症例を追跡した研究はきわめて少ないですし、政府の対策となるとお粗末としか言いようがありません。ワクチン至上主義に走り、上述したようなロックダウン、コミュニティのPCR検査、徹底した追跡・隔離など、実施された試しがありません。蔓延しすぎて手に負えず、積極的疫学調査が縮小される始末です。

今回のデルタ型による第5波流行も、緊急事態宣言を発出した以外には、運を天に任せると言った方が相応しく、検査・隔離の進行と二次伝播機会の減少、人々の自粛行動・外出控えと雨天という偶然の重なりで収束に向かうのではと予測されるところです。そして、ワクチン接種の効果がこれに拍車をかけるのではないかと思われます。

引用文献・記事

[1] Feng, Y.et al.: Influence of wind and relative humidity on the social distancing effectiveness to prevent COVID-19 airborne transmission: A numerical study. J. Aerosol Sci. 147, 105585 (2020). https://doi.org/10.1016/j.jaerosci.2020.105585

[2] Kang, M. et al.: Transmission dynamics and epidemiological characteristics of Delta variant infections in China. medRxiv Posted Aug. 13, 2021.
https://www.medrxiv.org/content/10.1101/2021.08.12.21261991v1

[3] B.1.617.2 Lineage Report. Alaa Abdel Latif, Julia L. Mullen, Manar Alkuzweny, Ginger Tsueng, Marco Cano, Emily Haag, Jerry Zhou, Mark Zeller, Emory Hufbauer, Nate Matteson, Chunlei Wu, Kristian G. Andersen, Andrew I. Su, Karthik Gangavarapu, Laura D. Hughes, and the Center for Viral Systems Biology. outbreak.info, (available at https://outbreak.info/situation-reports?pango=B.1.617.2). Accessed 10 July 2021.

[4] World Health Organization. Weekly epidemiological update on COVID-19 - 3 August 2021. Coronavirus disease (COVID-19) Weekly Epidemiological Update and Weekly Operational Update, (available at https://www.who.int/publications/m/item/weekly-epidemiological-update-on-covid-19---3-august-2021). Accessed 5 August 2021.

[5] Zhencui, L., et al. Genome characterization of the first outbreak of COVID-19 Delta variant B.1.617.2 — Guangzhou City, Guangdong Province, China, May 2021. China CDC Weekly 3, 587–589 (2021). http://weekly.chinacdc.cn/en/article/doi/10.46234/ccdcw2021.151

[6] Motozono, C. et al.: SARS-CoV-2 spike L452R variant evades cellular immunity and increases infectivity. Cell Host Microbe Published online June 14, 2021. https://doi.org/10.1016/j.chom.2021.06.006

[7] Tada, T. et al.: The spike proteins of SARS-CoV-2 B.1.617 and B.1.618 variants identified in India provide partial resistance to vaccine-elicited and therapeutic monoclonal antibodies. bioRxiv. 2021:2021.05.14.444076. https://doi.org/10.1101/2021.05.14.444076

[8] Li, B. et al.: Viral infection and transmission in a large, well-traced outbreak caused by the SARS-CoV-2 Delta variant. medRxiv Posted July 23, 2021. 

[9] Riemersma, K. K. et al.: Vaccinated and unvaccinated individuals have similar viral loads in communities with a high prevalence of the SARS-CoV-2 delta variant. medRxiv Posted July 31, 2021. https://www.medrxiv.org/content/10.1101/2021.07.31.21261387v1

[10] Chia, P. Y. et al.: Virological and serological kinetics of SARS-CoV-2 Delta variant vaccine-1 breakthrough infections: a multi-center cohort study. medRxiv Posted July 31, 2021. https://www.medrxiv.org/content/10.1101/2021.07.28.21261295v1

引用したブログ記事

2021年7月5日 あらためて空気感染を考える

2021年6月13日 感染五輪の様相を呈してきた

                

カテゴリー:感染症とCOVID-19