Dr. Tairaのブログ

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東アジア・西太平洋地域の感染流行の比較から見えてくるもの

はじめに

日本のCOVID-19第5波流行は過去最大の感染者数を出し、7月12日の緊急事態宣言発出後から今日(10月3日)までの累計では、約88万人の陽性者数になりました。これは、これまでの全陽性者数の52%に相当します。ワクチン接種が進んでその分重症者数や死者数は減ったと言われていますが、それでもこれまでの全死者数の16%に相当する約2,800人の方が亡くなりました。

一方、8月中旬頃からの急速な感染者減少で、いま日本全体で収束気分になっています。緊急事態宣言も全面解除されました。なぜ、急速に流行は減衰したのか、専門家の間でもいろいろと分析がなされているようですが、はっきりとした要因がよく分かりません。私は人流の低下と夏の長雨という偶然の重なりで急速に流行が減衰したと推察しています(→第5波感染流行が首都圏で減衰した理由感染流行減衰の要因:雨とエアロゾル消長)。台風も2度やってきて減衰促進の要素として働いたかもしれません。

日本だけの感染流行だけを見ていると、対策の効果や感染者増減の要因についてよく分からないことでも、周辺の国や地域と比べてみれば見えてくることもあります。そこでこのブログでは、これまでの流行について、人種的あるいは地理的に近い東アジア・西太平洋の諸国・地域と比べてみることにしました。

1. 東アジア・西太平洋諸国・地域における流行

まずは、世界保健機構(WHO)がWestern Pacificとして分類している東アジア・西太平洋(EA/WP)諸国・地域におけるこれまでの感染流行を見てみましょう。このカテゴリーから、中国、韓国、日本、台湾、フィリピン、マレーシア、シンガポール、タイ、ヴェトナム、オーストラリア、ニュージーランドの11カ国・地域を選択し、新規陽性者数(絶対数)の推移を示したのが図1です。

これまでいくつかの流行の波がありましたが、一目瞭然なのがこの夏における突出した感染ピークです。これはデルタ型変異ウイルスによるもので、EA/WP地域においても、感染力が強いこの変異体がいかに猛威をふるったかがわかります。

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図1. 東アジア・西太平洋諸国・地域における新規陽性者数の推移(7日移動平均). Our World in Dataより転載.

しかし、よく見ると各国の流行パターンは大きく異なります。それらのパターンに基づいて、私はEA/WP諸国・地域を以下の4つに大別しました。

1) 対策が不十分で流行を繰り返した国(フィリピンや日本)

2) 対策は有効であったがデルタ変異体に突破された国(タイとヴェトナム)

3) 対策は有効であったが緩和策でリバウンドしている国(シンガポールなど)

4) 封じ込め策が機能している国(中国、ニュージーランドなど)

以下、この四つのカテゴリーごとに、Our World in Data や worldometer から得られる感染流行パターンのデータを示しながら、考察します。

2. 対策が不十分で流行を繰り返した国

このカテゴリーに入るのがフィリピン、マレーシア、そして日本です(図2)。感染者数と死者数に基づけばEA/WPの中でワースト3に入ります(表1)。世界的にみても、それぞれ、10位、20位、24位につけており、世界ワースト上位に分類されます。人口百万人当たりにすると、1、2位が逆転しますが、EA/WP内での日本の順位は変わりません。

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図2. フィリピン、マレーシア、および日本における新規陽性者数の推移(7日移動平均). Our World in Dataより転載.

表1. EA/WPにおける感染流行ワースト3の国(フィリピン、マレーシア、日本)のデータ(比較のために封じ込め対策をとっている台湾とニュージーランドのデータを併記)

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これらの3カ国は、この夏に過去最大のデルタ変異体による感染ピークを示しましたが、よく見ると日本のピークが他国のそれと比べて非常に鋭いことがわかります(図2緑色のライン)。つまり、日本の場合、日本特有の事情で波が一気に押し寄せ、そして急速に引いていったと考えた方がよさそうです。

他国にない感染急速拡大の要因の一つとして考えられるのが東京五輪大会です。この大会開催が決まり、無観客になったとは言え、人々のお祭り気分と高揚感、気の緩みを促したのは間違いないでしょう。7月12日に東京に緊急事態宣言が発出されましたが、人流低下は期待した程ではなく、発出が遅れたこともあり、デルタ変異体の急速な広がりを押さえつけるまでの効果はありませんでした。容易に突破され、過去最大の流行となりました(→東京オリパラと第5波感染流行)。

8月中旬から流行は急速に減衰していきましたが、少なくとも感染対策が功を奏してそうなったわけではないことは明白です。東京大会が終わると人々は我に返り?、リスク回避行動が覚醒され、7月半ばから続いていた人流低下はノロノロとは言え、お盆の頃になると、パンデミック前の3-6割にまでのレベルに達していました。これに偶然にも長雨が重なり、さらに外出控えとなると同時に、湿度上昇によるエアロゾルの減少で空気感染の機会を激減させたのではないかと、前のブログで考察しました(→第5波感染流行が首都圏で減衰した理由感染流行減衰の要因:雨とエアロゾル消長)。

ワクチン接種の効果を考える向きもありますが、ほぼ同じワクチン接種率であり、ロックダウン策をとっているマレーシアの流行減衰は日本と比べると緩やかです。ワクチンの効果は少なからずあるとしても、日本固有の事情を考えないとこの鋭い感染ピークは説明できません

3. 対策は有効であったがデルタ変異体に突破された国

タイとヴェトナムは感染対策が機能し、長期間(最初のほぼ1年間)ウイルスを封じ込めてきました国として知られてきました。対策の基本は徹底した追跡と隔離です。しかし、デルタ変異体には突破されてしまい、この夏大きな流行に見舞われました(図3)。今日までの累計の感染者数はタイで160万人、ヴェトナムで80万人を超えています。

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図3. タイおよびヴェトナムにおける新規陽性者数の推移(7日移動平均). Our World in Dataより転載.

4. 対策は有効であったが緩和策でリバウンドしている国

シンガポールとオーストラリアは初期の感染流行を経験し、その教訓から以降徹底した感染対策でほぼウイルスを封じ込めました。PCR検査も、それぞれ、国民1人当たり3.2件および1.5件実施しており、徹底的な検査・追跡を行なってきました。ちなみに日本のPCR検査数は国民1人当たり0.2件です(表1)。

しかし、シンガポールではワクチン接種率があがったことで、その後緩和策に転換し、それに伴ってデルタ変異体の亜系統AY.23による感染者数が急上昇しています [1]図4)(縦軸のスケールが図1の1/10になっていることに注意)。オーストラリアも英国と同じようなwithコロナ戦略に転換し、それと同時に感染者数が急上昇しました。

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図4. シンガポールおよびオーストラリアにおける新規陽性者数の推移(7日移動平均). Our World in Dataより転載.

このような傾向は、緩和策に転換している英国やイスラエルでも見られます(→withコロナ vs. zeroコロナ)。これらの国ではワクチンで死者数は比較的抑えられているとは言え、社会・経済活動再開のための緩和策がいかに難しいかを物語っています。

5. 封じ込め策が機能している国

封じ込めにほぼ成功している国が中国、台湾、およびニュージーランドです(図5)。(縦軸のスケールが図1の1/5になっていることに注意)。それぞれの国では単発的に小規模の感染の波が押し寄せていますが、その都度抑え込んでいます。ニュージーランドでは、いま二桁の新規陽性者数が続いていますが、死者数で言えば、COVID-19で亡くなるよりもワクチン接種後の死亡の数が多いくらいです(→withコロナ vs. zeroコロナ)。

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図5. 中国、台湾、韓国、およびニュージーランドにおける新規陽性者数の推移(7日移動平均). Our World in Dataより転載.

図5には韓国の感染流行の推移も入れていますが、この流行パターンを見た場合、どのカテゴリーに入れるかは難しいです。しかし、日本のような急速の感染ピークがなく、対策の介入の効果の跡が見られるとも言えます。基本的には韓国政府の対策は封じ込め路線です。

6. ワクチン接種状況

感染流行と対策の関係を考える上では、ワクチン接種率の推移も見ることも重要です。図6に示すように、ワクチン接種率で言えばシンガポールがトップで中国がこれに次ぎます。ただし、中国の場合はmRNAワクチンではなく、不活化ワクチンです。日本とマレーシアがほぼ同率でこれを追っています。ウイルス封じ込めがほぼ成功している台湾やニュージーランドは日本よりかなり下の位置にいます。

このようにしてみると、少なくともデルタ変異体の感染流行においては、これまでのところワクチン接種率の影響はむしろ小さく、政府が介入する感染対策や緩和策の影響が圧倒的に大きいと言えます(ただし、個別的にはワクチン接種が大きく影響)。

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図6. EA/WP諸国・地域におけるワクチン接種率(完全接種)の推移. Our World in Dataより転載.

おわりに

以上、日本の感染流行をEA/WP諸国・地域のそれと比較しながら述べてきました。EA/WP諸国の中で見た場合、日本のCOVID-19感染流行が、いかに何度となく繰り返され、被害が大きいものかわかります。そして、デルタ変異体による第5波流行が急拡大し、かつ急速に減衰したことは、日本の特別な事情にあるのではないかということが推察されます。

上述したように、私の個人的見解としては、その増減要因は東京五輪緊急事態宣言に伴う人流変化、そして8-9月の長雨です。9、10月には台風もやってきました。雨による相対湿度の低下、それに伴うエアロゾルの減少と空気感染の機会の減少は誰も指摘していませんが、その可能性は検討に値すると思います。

このような偶然と時間とともにワクチン接種の効果も加わって第5波流行が減衰したとするならば、そのことをしっかりと頭に入れた上で、この先の防疫対策と医療提供体勢の強化を図る必要があると思います。流行の収まりをいいことに、ただ漫然と制限緩和策と経済促進策に走るようでは、この先また失敗を繰り返すことになるでしょう。

引用記事

[1] Maruyama, M: Singapore hits highest daily number of Covid-19 cases since the start of the pandemic. CNN October 2, 2021. https://edition.cnn.com/2021/10/02/asia/singapore-highest-coronavirus-numbers-intl-hnk/

引用したブログ記事

2021年9月29日 感染流行減衰の要因:雨とエアロゾル消長

2021年9月24日 withコロナ vs. zeroコロナ

2021年9月7日 第5波感染流行が首都圏で減衰した理由

2021年9月6日 東京オリパラと第5波感染流行

                

カテゴリー:感染症とCOVID-19