Dr. Tairaのブログ

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流行減衰の再考と第6波に備えて

はじめにー異常な流行減衰

大きな被害を出したCOVID-19第5波流行ですが、現在、感染者数が急減して昨年の10月レベルほどになっています。今日(10月22日)の新規陽性者数は全国で325人、東京で26人であり、東京は全国の8%を占めるにすぎません(図1)。この好転した状況は、社会・経済活動に向けての動きを加速化しているようです。

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図1. 2021年10月22日における全国のSARS-CoV-2新規陽性者数(NHK特設サイト「新型コロナウイルス」より).

テレビの情報・ニュース番組でも感染者数の急減を毎日のように伝えています。TBSテレビの「Nスタ」では、ニュースキャスターが「新規陽性者数に一喜一憂すべきでない」と普段よく言っていましたが、いざ急減すると「ここまで減りました」「今年で最も少ない」風の強調コメントを毎日のように繰り出しています。

それとともに強調されるようになったのが、「感染者ゼロの県がいくつになった」という報道です。普段から「ゼロコロナは不可能」、「ウィズコロナをいかに進めていくか」などと宣っている各局のキャスターが、「新規陽性者数ゼロが◯◯県になった」とはしゃぎながら伝えているのは何とも皮肉なことです。

しかし、このような伝え方は実状を正確に捉えているとは言えないかもしれません。私はこのブログやツイッターでも何度も指摘していますが、現在のゼロコロナの県の増え方が以前と比べて異常なのです。すなわち、これまでだと新規陽性者数が千人を切るようになると、地方から急速にゼロコロナ県が増えていきましたが、今はその増え方がきわめて緩やかであり、かつ首都圏での感染者数の減り方が急なのです。

たとえば、今日の全国の新規陽性者数は325人ですが、同じレベルの陽性者数を昨年の第2波が減衰した同時期で探してみると、10月19日の318人というのがあります。この日の東京の新規陽性者数は132人で、全体の42%を占めており、今とはまったく異なることがわかります。というか、このように首都圏の陽性者数の割合が高いというのが従来の一般的傾向でした。

そして、新規陽性者数ゼロを数えてみると、昨年の10月19日は24県になります。一方で今日のゼロコロナは13県です(図1)。このように従来は新規陽性者数が数百人のレベルになると全国の半数以上の県がゼロコロナであったのに対し、いまは一桁か、二桁でも20以下という状態なのです。

このような全国の異常な感染者数の消長は何を意味しているのでしょうか。従来と今までと異なる大きな点と言えば、一つはデルタ変異体の流行であったということ、もう一つはワクチン接種が進んだということです。

1. 流行減衰をもたらした要因の再考

1-1. 第5波の特徴

ここで再度、第5波流行の減衰要因を考えてみましょう。第5波はこれまでのSARS-CoV-2の中で最も感染力が強いデルタ変異体(B.1.617.2)の亜系統(AY.29 [B.1.617.2.29])によってもたらされたように、感染者数が最多になりました(図2上)。それにもかかわらず、死者数は3、4波と比べて低く抑えられています(図2下)。これは何を意味するのでしょうか。

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図2. 新規陽性者数(上)および死者数(下)の推移(Our World in Dataからの転載図). 上図では、5回の流行の主要な原因ウイルスと感染ピークに合わせた2ヶ月間の幅を色つき影として明示.

第5波では医療崩壊を起こし、自宅療養(自宅放置)が圧倒的に増え、自宅で死亡する人も増えました。にもかかわらず死亡率が低くなっているということは、やはりワクチン接種の広がりによって、重症化・死亡リスクの高い高齢者層の感染・発症が抑えられ、ワクチン未接種の若年層で感染者が増えたことは明らかです。

1-2. ワクチン・ブレイクスルー感染

ワクチン接種の拡大によって未接種者のリザーバーが縮小していけば、当然、感染・発が可能な人口密度が低くなり、流行は減衰していきます。ただし、これは見かけ上の話であり、ワクチン・ブレイクスルー感染は当初から起こっていたと推察されます。ワクチン未接種者よりも接種者の割合が高くなってくると、ウイルス伝播の対象集団はワクチン接種者に移ると考えられます。

英国での最近のレポートでは、30代以上の世代では、ワクチン接種者の方が未接種者よりも感染の割合が高いです [1](図3)。30代以上では70-90%がワクチン完全接種を受けており、もはやここがウイルスの感染・伝播の主要な集団になっていることがわかります。これはワクチン接種者の集団の方が人口密度が高くなっており、伝播しやすいためです。

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図3. ワクチン感全接種者と未接種者における100万人当たりの年代別感染者数(文献 [1] からの転載).

しかし、ブレイクスルー感染者では無症状や(発症しても)軽症が多く、検査しない限りので気づかれない(疑いも起きない)ということになるでしょう。ワクチン接種率84%のシンガポール迅速抗原検査を拡大実施したら、98%は無症状・軽症だったという結果が出ていますが [2]、まさしくブレイクスルー感染の気づきにくさを現していると思われます。

日本の場合、新規陽性者数は確実に減っているとは言え、元々が検査が抑制的ですから、多くのサイレント・ブレイクスルー感染者がいると考えた方が妥当です。図1に示したように、従来の減衰の場合とは異なり、ゼロコロナの県が一気に増えないという現象は、発症したブレイクスルー感染者がポツポツと検出されていることが原因だと考えることができます。

1-3. 長雨と人流低下がトリガーになった

先のブログでは、夏の雨天続きと相対湿度上昇によるエアロゾルの減少、雨天による外出控え、緊急事態宣言に伴う人流低下の偶然の重なりによって実効再生産数が1を切るような状況が生まれ、そこにワクチン接種率の上昇によって、感染可能な未接種者のリザーバーの縮小が加わり、一気に感染の機会を減らすような状況になったと考察しました(→第5波感染流行が首都圏で減衰した理由感染流行減衰の要因:雨とエアロゾル消長)。つまり、まずは、気象・環境条件や人流低下というものがトリガーになって減衰が始まったと個人的に推察しています。

夏の長雨は全国的な傾向でしたが、特に関東圏でそれが著しく、昨年夏と比べれば、東京五輪閉会の前後から8月中旬すぎまで、9月上旬の相対湿度の高さ(80–100%)が顕著でした。首都圏から先行して減衰が始まったことを考えれば、この長雨と人流低下が減衰のきっかけを作ったと考えていいのではないでしょうか。

ちなみに、8月10日におけるワクチン完全接種率は65歳以上では7割を達成していましたが、全体ではたかだか36%です。接種後の抗体価の上昇までの期間をも考慮すると、新規陽性者数の減少に及ぼすワクチン接種の影響は、この時期はまだ小さかったと思われます。9月10日前後にやっと完全接種率が50%を超えていますので、この頃からワクチン接種の好影響が本格的に出てきたのではないかと推察します。

2. 減衰過程のウイルス伝播のメカニズム

感染が減少していく主因は、空気感染の機会(ウイルス量)の減少と宿主リザーバーの減少(人口密度)の低下です。その観点から、第5波流行の減衰過程におけるウイルス伝播の過程を考えてみます。

中国の研究チームは、デルタ変異体のブレイクスルー感染者は、未接種感染者に比べてウイルス排出量はPCRCt値が約1サイクル分高く、排出期間が短いと報告しています [3](→デルタ変異体の感染力の脅威)。そうだとするなら、無症状や軽症のブレイクスルー感染者が排出するウイルス量と排出時間は、いわゆるスーパースプレッダーと比べて全般的に小さいのではないかと考えられます。

この夏から秋にかけてワクチン接種率が高まるにつれて感染・伝播の主体は、ワクチン接種集団に移行したと考えられます。しかし、無症状・軽症のブレイクスルー感染者はウイルス排出量が低く、排出期間が短いとするなら、ウイルスがワクチン接種者への感染を繰り返すほど、社会全体のウイルス量が少なくなっていったのではないでしょうか。あるいは宿主側の抗ウイルス活性(RNA編集機能)によって増殖量が抑えられたかもしれません。もしこれが事実なら、8月から現在までの新規陽性者のPCR検査のCt値は、全国的にどんどん高くなっているはずです。

つまり、ワクチン接種者の人口密度の増大と未接種のリザーバーの縮小、あるいは感染者内でのウイルス増殖量の低下でスーパースプレッダーの発生率がきわめて小さくなり(クラスタ発生が起こりにくくなり)、ウイルスが末端の感染者で自然消滅しているのではないかと思われます。これは、見かけ上、集団免疫が働いているということになります。

この自然消滅というのは、昨今やたらと言われてきた「ウイルスの自壊」とはまったく異なります。ウイルスの自壊は変異を起こし過ぎて宿主に適応できずに排除されていくという考え方ですが、生物進化の理論ではこのような個体は駆逐されていくだけで、集団内で広がったり固定化されることはありません。つまり、変異は中立的であり、有害な変異は起こる度により適応した個体との競争に負けて淘汰されていく、逆に適応したものだけが残存・拡大していくというのが進化のメカニズムです。

ただ、上述したように、コロナウイルスの変異の頻度の高さは、宿主によるウイルスRNAの編集によってもたらされている可能性が高く、何か未知のウイルス排除メカニズムが働いているのかもしれません。宿主によるウイルスの修飾が起こるとウイルスの増殖・伝播性が弱まり、次の変異ウイルスが出てくるまで流行が収束すると考えられなくもありません。

3. ブレイクスルー感染を起点とするアウトブレイクの懸念

上記のように、首都圏や全国の新規陽性者数の急減は、見かけ上ワクチン接種による集団免疫効果が起こっていると考えることもできますが、実際は市中でブレイクスルー感染者だらけということが想像できます。ワクチン接種は、接種後まだ日が浅い間は全体的に社会のウイルス量を減らす方向に働いていると思いますが、ワクチン完全接種者が起点となるスーパースプレッダー現象の火種は常にあちこちにあると考えた方がよいです。

米国の研究グループはプレプリント段階ですが、完全にワクチン接種した人からデルタ変異体が伝播した、マサチューセッツ州内の複数の集団感染を報告しています [4]。しかし、その規模の大きさにもかかわらず、州内および米国での感染の影響は限定的であり、ワクチン接種率の高さと公衆衛生上の対応がしっかりしていたためと考えられるとしています。ブレイクスルー感染者が起こした集団感染はベトナムでも報告されています(→COVID-19ワクチン接種者はスーパースプレッダーになり得る?)。

先のブログ記事(高齢者で高まるブレイクスルー感染のリスク)でも述べたように、先行してワクチン接種した高齢者や医療従事者から順に抗体価が下がってくると予測されます。そうなると、特に高齢者層でワクチン接種者同士の感染リスクが高くなり、ブレイクスルー感染者自身がスーパースプレッダーとなって集団感染が広がる可能性は十分にあります。

おわりに

今、日本ではワクチン・検査パッケージといっしょの実証実験とやらが行なわれています。しかし、実験とは名ばかりで、オペレーションの確認のため以上のものではなく、目的が不明瞭です。事後の感染状況を検査で把握するという設計が一切なされておらず、社会経済活動再開のために実証実験とエクスキューズしているととられても仕方ないでしょう。

このままでは、実証実験やGoToキャペーンのような事業が、ブレイクスルー感染を促進しかねず、次の大きな流行の波(第6波)を作るエンジンとなる可能性があります。これを防止するためには、具体的な検査システムの構築(例:即日簡易検査の導入、Ct値にもとづくクラスター追跡など)や非医薬的介入の対策強化が必要です。

ワクチン接種率の上昇で死者数は抑えられるとしばしば言われますが、このような矮小化した意見は危険です。入院患者が増えてくればまた医療ひっ迫という状態になります。医療ひっ迫に死者数は直接関係ありません。

図2上に示したように、各流行の波は異なる変異ウイルスとともに訪れています。そして世界的にはデルタ変異体で行き着いた感じで、そこからの進化が始まっています。その意味で、今最も警戒すべき次の流行のウイルスは、AY.29以外の特定のデルタ型亜系統変異ウイルス [5] ではないかと予測できます。お隣の韓国ではAY.69による流行が進行中で要注意です。

引用文献・記事

[1] UK Health Security Agency: COVID-19 vaccine surveillance reportWeek 41. October 14, 2021. https://assets.publishing.service.gov.uk/government/uploads/system/uploads/attachment_data/file/1025358/Vaccine-surveillance-report-week-41.pdf

[2] NHK特設サイト「新型コロナウイルス」: シンガポール ブレイクスルー感染拡大もロックダウンは行わず. 2021.10.09. https://www3.nhk.or.jp/news/special/coronavirus/world-situation/detail/singapore_01.html

[3] Kang, M. et al.: Transmission dynamics and epidemiological characteristics of Delta variant infections in China. medRxiv Posted Aug. 13, 2021.
https://www.medrxiv.org/content/10.1101/2021.08.12.21261991v1

[4] Siddle, K. J. et al.: Evidence of transmission from fully vaccinated individuals in a large outbreak of the SARS-CoV-2 Delta variant in Provincetown, Massachusetts. medRxiv Posted Oct. 20, 2021. https://www.medrxiv.org/content/10.1101/2021.10.20.21265137v1.full-text

[5] Bai, W. et al.: Epidemiology features and effectiveness of vaccination and non-pharmaceutical interventions of Delta and Lambda SARS-CoV-2 variants. China CDC weekly 3, 863-868 (2021). http://weekly.chinacdc.cn/fileCCDCW/journal/article/ccdcw/newcreate/CCDCW210195.pdf

引用したブログ記事

2021年10月11日 高齢者で高まるブレイクスルー感染のリスク 

2021年9月28日 感染流行減衰の要因:雨とエアロゾル消長

2021年9月7日 第5波感染流行が首都圏で減衰した理由

2021年8月26日 COVID-19ワクチン接種者はスーパースプレッダーになり得る?

2021年8月16日 デルタ変異体の感染力の脅威

                

カテゴリー:感染症とCOVID-19