Dr. Tairaのブログ

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米NIHが武漢の危険ウイルス研究への資金提供を認めた

はじめに

米国国立衛生研究所(NIH)が、中国の武漢ウイルス研究所でのウイルスの機能獲得実験に資金提供していたという事実が明らかになってきました。ウェブ記事やSNS上でこの事実が取り上げられていますが、これはSARS-CoV-2の起源に関わることとしてきわめて重要です。

先のブログ記事(→新型コロナの起源に関して改めて論文を読み、戦慄に震える)で紹介したように、SARS-CoV-2はゲノム上に自然界のコロナウイルスではあり得ないようなきわめて特徴的なセグメントを有します。そこから、このウイルスがコウモリ由来のSARS類似ウイルスをもとに作られた人為的改変ウイルスではないか、それが武漢ウイルス研究所から漏出し、パンデミックを引き起こしたのではないか、と疑いをかけられているわけです。

米国のヴァニティ・フェアも(Vanity Fair)は、NIHが資金提供を認めた書簡を提出したことを10月22日の記事で詳細に伝えました [1]。本誌は米国のコンデナスト・パブリケーションズが発行している月刊誌です。主に大衆文化、ファッション、時事問題を扱っていますが、COVID-19関連の記事も適宜載せています。

ここではヴァニティ・フェアが掲載した記事を翻訳しながら、本件が与える影響について述べたいと思います。

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1. ファウチ博士の憤慨

SARS-CoV-2の起源については米国内で様々なデマが飛び交っていました。COVID-19は実験室で作られた生物兵器であるという主張を含む、主に右派からの外国人嫌いの指弾や明らかな偽情報には、民主党員でなくてもうんざりしていました。

アンソニー・ファウチ博士は、7月20日に行われた上院の公聴会で、何百万人もの米国人の不満を代弁するかのように、ツイッター用に用意された罵詈雑言を浴びせました。ファウチ博士の怒りの矛先は、ランド・ポール上院議員に向けられました。ポール議員は、NIHが武漢ウイルス研究所での危険なウイルス研究に資金を提供したことがあるかどうか、国のトップに君臨する博士に発言を迫ったのです。NIHが公開した新しい情報に、ポール氏は何かを掴んだのかもしれません。

ファウチ博士のスポークスマンは、彼は「完全に真実を語っている」と述べました。しかし、NIHがウイルス増強研究を支援していたことを遅ればせながら認めた新しい書簡は、武漢研究所からのウイルス漏洩がパンデミックを引き起こした可能性があるかどうかについて進行中の論争をさらにヒートアップさせることでしょう。

2. NIHが認めた事実

水曜日(10月20日)、NIHは下院のエネルギー・商業委員会のメンバーに書簡を送り、二つの事実を認めました。

一つ目は、ニューヨークに拠点を置く非営利団体エコヘルス・アライアンス(EcoHealth Alliance)が、武漢研究所と提携して新興感染症の予防研究を行ない、実際にコウモリのコロナウイルスを強化して人間への感染力を高めたという事実です。NIHの書簡では、この研究は、武漢研究所との共同研究に資金を提供したことによる「予期せぬ結果」と説明されています。

二つ目は、資金の助成条件では、研究でウイルス病原体の増殖が10倍になった場合は報告しなければならないとなっているにもかかわらず、エコヘルス・アライアンスが、これに違反していたことです。

NIHは、エコヘルス・アライアンスが約2年後の8月にNIHに送った研究経過報告書をもとに、これらの情報を開示しました。NIHの広報担当者は、ヴァニティ.フェアに対し、ファウチ博士の議会での発言は完全に真実であり、7月20日の証言時には問題となっている研究の詳細を記した進捗報告書を持っていなかったと述べました。

しかし、エコヘルス.アライアンスはその主張を否定するかのように、声明の中で次のように述べています。「これらのデータは、私たちが気付いた時点で、2018年4月の第4年度報告書で報告されている」。

NIHからの書簡とそれに添付された分析結果によると、エコヘルス・アライアンスが研究していたウイルスは、SARS-CoV-2との間に大きな遺伝子の違いがあることから、今回のSARS-CoV-2パンデミックを引き起こした可能性はないとしていています。NIH所長のフランシス・コリンズ(Francis Collins)博士は水曜日に発表した声明の中で、エコヘルス・アライアンスの研究について「記録を整理したい」と述べましたが、パンデミックを引き起こした可能性があるという主張は「明らかに間違っている」と付け加えました。

2. 情報隠蔽の臭い

エコヘルス・アライアンスは声明の中で、自分たちの研究がパンデミックを引き起こす可能性がないことを科学的に明確に証明しているとし、「助成金の報告要件と当社の研究データが示す内容について誤解があると考えられるため、NIHと協力して速やかに対処している」と述べています。

しかし、米国議会が何ヶ月にもわたって情報提供を求めてきた後にNIHから書簡が出てきたということは、NIHの意図がうかがわれます。つまり、米国最高の科学機関が、自ら資金提供したにもかかわらず、危険な研究について適切な監視を怠ってきたということは、研究サポートには積極的ではなかったと強調しているようにも見えます。パンデミックが19ヶ月目に入った今、様々な疑問の声が高まる中、NIHはCOVID-19の起源を探る手助けをするどころか、自らの助成金制度や科学的判断を守るために立ち回ってきました。

スタンフォード大学微生物学者であるデヴィッド・レルマン(David Relman)博士は、「これは、不適切な監視、リスクの軽視、透明性の重要性に対する鈍感さという、悲しい物語の新たな1章に過ぎない」と語っています。「この研究が非常に注目されているにもかかわらず、NIHとエコヘルスが、この助成金に関する報告書の数々の不正をいまだに説明していないのは理解しがたい」と述べています。

ヴァニティ・フェアは、この問題のあるウイルス研究に米国政府が資金を提供したことによる利益相反が、COVID-19の起源に関する米国の調査を妨げていることを初めて明らかにしました。それ以来、この4カ月間に公開された情報は、ますます不穏な様相を呈しています。

先月初め、インターセプト(The Intercept)は、NIHに対する情報公開法に基づく手続きでを経て、エコヘルス・アライアンスの助成金研究に関する900ページ以上の文書を入手し、それを公開しました。ところが、その文書には、エコヘルス・アライアンスが2019年の助成期間終了時に提出を義務付けられていた5回目の最終進捗報告書が1枚だけ欠けていました。

NIHは、2021年8月に発行された漏れていた進捗報告書を、水曜日の書簡で掲載しました。その報告書には、改変されたウイルスに感染した実験用マウスが、自然界に存在するウイルスに感染したマウスよりも「病気になった"became sicker"」という「限定的な実験」が記載されていた、としています。

この書簡では、COVID-19の起源をめぐる論争の中心となっている「機能獲得研究」という言葉は出てきていません。この種の研究は、ヒトへのリスクを測る目的で感染力を高めるように病原体を遺伝子操作するものであって、常に物議をかもし、ウイルス学界を二分しています。2017年に制定された審査制度では、ヒトへの感染力を高めるような病原体の研究提案は、連邦機関が特に厳しく審査することになっています。

ファウチ博士の広報担当者はヴァニティ・フェアに対し、エコヘルス・アライアンスの研究はその枠組みに該当しないと述べています。理由としては、資金提供を受けている実験は「人間への伝染性や病原性を高めることは予想できないからだ」としています。

しかし、"The Search for the Origin of COVID-19"という本の共著者でボストン在住の科学者であるアリナ・チャン(Alina Chan)氏は、NIHは「非常に挑戦的な立場にある」と述べています。NIHは国際的な研究に資金を提供し、新しい病原体の研究や予防に役立てています。しかし、どのようなウイルスが採取され、どのような実験が行われ、どのような事故が起きたのかを知るすべがなかったということであり、難しい立場であると言えます。

3. DRASTICからの情報

科学者たちがCOVID-19ウイルスの起源をめぐって膠着状態に陥っている中、先月、エコヘルス・アライアンスが武漢研究所と提携して、パンデミックにつながった可能性のある研究を目指していたことが、別の情報公開によって明らかになりました。9月20日、DRASTIC(Decentralized Radical Autonomous Search Team Investigating COVID-19の略)と名乗るインターネット調査グループが、リーク情報を公開したのです。それは、2018年にエコヘルス・アライアンスが国防高等研究計画局(DARPA)に提出していた1,400万ドルの助成金申請書に関するものです。

この申請書は、武漢ウイルス研究所と提携し、SARSに関連するコウモリのコロナウイルスを使って、そこに「ヒト特有の切断部位」を挿入することで、病原体の「増殖可能性」を評価するというものでした。当然のことながら、DARPAは機能獲得型研究のリスクを十分に考慮していないと判断し、この申請を却下しました。

この助成金申請書は、ある理由から多くの科学者や研究者に重要なインパクトを与えました。SARS-CoV-2の遺伝コードの特徴的なセグメントの1つに、ウイルスがヒトの細胞に効率的に侵入できるようにすることで感染力を高めるフーリン切断部位があります。それはまさに、エコヘルス・アライアンスと武漢ウイルス学研究所が2018年の助成金申請で遺伝子改変を提案していた機能そのものでした。

世界保健機関のヒトゲノム編集に関する諮問委員会のメンバーであり、COVID-19の起源について透明性のある調査を求めているアジア・ソサエティの元執行副会長、ジェイミー・メッツル(Jamie Metzl)氏は、「もし私がセントラルパークを紫色に塗るための資金を申請して却下され、1年後に目が覚めたらセントラルパークが紫色に塗られていたとしたら、私は第一容疑者になるだろう」と語っています。

2020年4月にドナルド・トランプ大統領(当時)が根拠なく主張していたウイルス漏出説は、米国の諜報機関でも判断できそうにないものですが、今度は"正統派"による長期的な真相究明の課題となっています。この夏、ジョー・バイデン大統領が命じた諜報活動のレビューでは、決定的な結論は出なかったものの、ウイルスが武漢の研究所から流出した可能性は残されました。

NIHが議会に提出した書簡には、エコヘルスが資金提供した実験の未発表データを提出するために、5日間の猶予を与えると書かれていました。6月にデータの提出をNIHに求めた下院エネルギー商業委員会の共和党リーダーは、水曜日に発表した声明の中で、「NIHがエコヘルス社に対して、助成金の条件で要求されていた危険な研究に関する未発表データの提出を遅らせたことは受け入れられない」と述べています。

一方、「DRASTIC」のメンバーは調査を続けています。メンバーの一人であるニュージーランドのデータサイエンティスト、ジル・デマネフ(Gilles Demaneuf)氏は、ヴァニティ・フェア誌に次のように語っています。「ウイルスが研究関連の事故やサンプリングの際の感染に由来するとは断言できない。しかし、大規模な隠蔽工作があったことは100%間違いない」。

おわりに

前のブログ記事では、遺伝子改変した痕跡を残さずに改変ウイルスを作製できるノーシーアム(シームレス)技術を紹介しました(→新型コロナの起源に関して改めて論文を読み、戦慄に震える)。もし、SARS-CoV-2が人為的改変体だとしても、ノーシーアムが使われていれば分かりようがないということになります。人為的改変ウイルスだとしても研究所から漏出したとしても多分それは永遠に分からないかもしれません。

それとは別に、SARS-CoV-2には怪しい特徴がいくつかあり(上記のフーリン切断部位など)、何よりも自然界から分離されたことがないという事実があります。これらを踏まえて、パンデミックの原因ウイルスの起源に関する調査・研究は必須なわけですが、今回の記事を読むと、実は米国のNIHや科学者がそれを邪魔しているという構図がやはり見えてきました。

中国のウイルスの機能獲得実験に資金供与をしていた、共同研究をしていたという事実や、資金供与のプロセスに不正があったかもしれないということを隠したい気持ちは当然出てくるでしょうが、それにしてもNIHの態度は怪しさ満点です。まさか、ウイルスの起源に迫る情報を中国とともに持っているとでも言うのでしょうか。

引用記事

[1] Eban, K.: In major shift, NIH admits funding risky virus research in Wuhan. Vanity Fair Oct. 22, 2021. https://www.vanityfair.com/news/2021/10/nih-admits-funding-risky-virus-research-in-wuhan

引用したブログ記事

2021年8月5日 新型コロナの起源に関して改めて論文を読み、戦慄に震える

                

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カテゴリー:ウイルスの話