Dr. Tairaのブログ

生命と環境、微生物、科学と教育、生活科学、時事ネタなどに関する記事紹介

SARS-CoV-2の消化器感染とLong COVID

はじめに

今日(4月18日)、米カリフォルニア州スタンフォード大学の医学ニュースを見ていたら、「軽症のCOVID-19患者は、ふん便中に長期間ウイルスRNAを排出する」という記事 [1] が目にとまりました。どうやら、この長期間のウイルス保持が long COVID長期コロナ症)(→"Long COVID"という病気)の症状にも関係するという内容の記事です。

このニュースの元になっている研究は、同大学の医学・遺伝学のアミ・バット(Ami Bhatt)准教授の研究グループによるもので、その論文が最近、電子ジャーナルMedに掲載されました [2]。この研究成果は、すぐにBloombergを含め、いつくかのメディアにも取り上げられています [3]。このブログではこの研究内容を簡単に紹介したいと思います。

1. Med論文のアブストラク

まずは、バット氏らの当該論文 [2] アブストラクトを以下に示します。

●背景
COVID-19は、呼吸器症状、全身症状、消化器症状を呈する。SARS-CoV-2 RNAは呼吸器系およびふん便試料から検出されるが、最近では、肺と腸の両方の組織でウイルスの複製が起こっていることが証明されている。感染初期のふん便RNA排出については多く知られているものの、長期間の排出、特に軽症のCOVID-19患者についてはほとんどわかっていない。さらに、ふん便中RNA排出に関するほとんどの報告では、これらの所見と消化器症状との関連は認められていない。
●研究方法
我々は、軽症から中等症の113人の患者についてCOVID-19診断後10ヶ月までのふん便中RNA排出動態を解析した。また、ふん便RNA排出量と疾患症状との相関を調べた。
●研究結果
ふん便中のSARS-CoV-2 RNAは、診断後1週間以内に49.2% [95% CI = 38.2%-60.3%]の被験者で検出された。4ヶ月後の被験者の口腔咽頭SARS-CoV-2 RNAの継続的な排出はなかった。しかし、診断後4ヶ月で被験者の12.7% [8.5%-18.4%]、7ヶ月で3.8% [2.0%-7.3%] において、SARS-CoV-2が継続して排泄されていることがわかった。また、消化器症状(腹痛、吐き気、嘔吐)は、SARS-CoV-2 RNAのふん便中への排出と関連していることがわかった。
●結論
ウイルスRNAが、呼吸器内ではなく、ふん便中に長期間存在し、消化器症状を伴って排出されることは、SARS-CoV-2が消化管に感染することを示し、その感染が長期化する可能性が示唆される。

Graphical Abstract

2. Bloombergの記事から

上記論文は、バット氏のインタビューも含めて、Bloombergが記事 [3] にして簡潔にまとめていますので、以下、この記事を翻訳・要約しながら紹介したいと思います。

記事の冒頭で、「軽症から中等症のCOVID-19感染者は、初感染から数ヵ月後にふん便中にウイルスRNAを排出することがスタンフォード大学の研究者によって明らかにされた。このような人はしばしば吐き気、嘔吐、腹痛を伴う」と紹介されています。そして、感染後数ヶ月間、このウイルスを保持することが免疫システムを悪化させ、long Covid症状を引き起こす可能性があるとの懸念が高まっているとしています。

バット氏らの研究は、ふん便中のSARS-CoV-2 RNAとCOVID症状の両方を追跡したこれまでにない最大規模のもので、感染者の約半数が感染後1週間でウイルス排出が痕跡程度になるものの、約4%の患者が7ヵ月後もウイルスを含む排泄物を出していることを明らかにしました。また、ふん便中のウイルスRNAは胃の不調と関連しており、SARS-CoV-2は胃腸管に直接感染し、そこに潜伏している可能性が高いと結論づけました。

バット氏は「それは、体の隠れた部分での継続的な感染が long Covidに重要であるかもしれないという疑問を提起する」、「長引く感染によってウイルスが直接細胞に侵入し、組織を損傷したり、免疫システムを刺激するタンパク質を生成しているかもしれない」と、インタビューで応えています。

SARS-CoV-2感染後、5%から80%の人が悩まされるコロナの後遺症(long COVID)の原因は、まだ誰も知りません。イェール大学の岩崎明子教授(免疫生物学、分子・細胞・発生生物学)は、「少なくとも4つの異なる生物学的メカニズムが、long COVID の異なる状態あるいはサブタイプにつながる可能性がある」と話しています。

岩崎氏は先週、コネチカット州ニューヘブンの研究室でインタビューに答え、「long COVID は複数の異なる病気である可能性が高い」と語っています。これらの病気の一つでは、SARS-CoV-2の持続的な感染が有害な免疫反応を引き起こし、ウイルスを標的とする薬物で鎮めることができるかもしれない、と彼女は述べています。

岩崎氏は、また、「抗ウイルス剤やもモノクローナル抗体剤の投与後、long Covidから回復した人々の話を聞いたことがある」と語り、可能性のある治療法の臨床研究に協力することを考えているようです。つまり、long COVIDに対する直接の抗ウイルス剤やモノクローナル抗体投与の効き目の可能性について試みるようです。

ファイザー社のパックスロビッドは、12月に米食品医薬品局(FDA)から緊急使用許可を取得し、錠剤で服用する初のCOVID治療薬となりました。当社は、long COVID の研究は行っていませんが、その可能性を評価していると、電子メールで述べています。

米国立アレルギー感染症研究所のエイズ部門のディレクターであるカール・ディフェンバック(Carl Dieffenbach)氏は、「抗ウイルス剤が現在のような形ではなく、完全に認可されれば、研究者はより自由に組み合わせて研究できるようになるだろう」と述べています。ディフェンバック氏は、パンデミックの脅威に対抗するための抗ウイルスプログラムの共同責任者でもあります。

科学者の中には、オミクロンとその亜系統変異体は、COVID感染が長引いた1人の患者の中で進化したと考えている人もいます。このような感染症の除去を早める薬剤があれば、免疫力を低下させる新しい変異体が出現するリスクを減らすことができるかもしれません。

 SARS-CoV-2の感染経路は、感染者の気道から放出される呼吸系粒子によるものがほとんどです。しかし、ふん便に感染性粒子が含まれていることを示すのは困難を伴います。この作業には、危険な病原体を扱うための特別な設備を備えた研究室が必要であり、多種多様の微生物が存在する便から"生きた"ウイルスを分離、精製、検査する必要があるからです。

消化管は、SARS-CoV-2が持続し、定期的にウイルスが排出される呼吸器系以外の主要な部位であることが、2020年に中国の研究者らによって明らかにされています。COVIDが出現してからわずか数週間以内にふん便中にウイルスが存在するが確認されたため、パンデミックの広がりを把握するために下水監視システムが使用されるようになりました。

多くの研究者は、SARS-CoV-2がリンパ組織、脳、その他の臓器に残存している証拠を報告していますが、これは主にCOVIDを発症し、急性死亡した人の解剖所見から得られたものです。岩崎氏は「腸は、抗原やRNAが残存していることが報告されている場所」と述べながら、「long COVID 患者で実際にどの程度起こっていることなのかは不明」と語っています

軽症から中等症のCOVID患者の便に、SARS-CoV-2が含まれる頻度と期間に関するデータはほとんどないと、スタンフォード大学バット氏は述べています。2020年5月、別の研究の一環として、彼女と研究仲間は、long COVID 症状と、人々のウイルス排出の程度と場所のモニタリングを開始しました。

上述したように、感染後の113人の被験者のふん便試料を分析したところ、約13%が、気道からウイルスが除去された4カ月後も、ウイルスRNAを排出していました。また、2人の参加者の便には、感染後210日目になってもウイルスの痕跡が残っていました(上図 [Graphical Abstract] 参照)。

研究者らは、被験者がどの変異型に感染したかを判断するのに十分なウイルスRNAを分離することができず、また、任意の個人から初期および後期の時点で分離された試料が同じ変異体であることを決定的に示すことができなせんでした。それでも、検体はパンデミックの最初の年に採取されたものであり、研究期間中に2つ目の変異体に再感染する可能性は低かったと思われます。

がん専門医としての訓練を受け、腸内細菌と患者の転帰の相互作用を研究しているバット氏は、今回の新知見により、SARS-CoV-2の地域伝播に関する下水から得られる手がかりの理解が深まると述べています。「下水に基づく疫学を見て、それを解釈しようとするとき、人々がどれくらいの期間、どれくらいの量を排出しているかを理解することが非常に重要です」と彼女は述べています。

おわりに

今回のバット准教授らの論文 [2] は非常に興味深いものです。なぜなら、一般にSARS-CoV-2の検査は鼻咽頭スワブや唾液を検体として行なわれていますが、一旦検査で陽性となった感染者がその後陰性になったとしても、実はウイルスはまだ体内にいる可能性があるということを示しているからです(上図)。

ウイルスが持続する場所は消化管であり、そしてこれが長期コロナ症を起こす原因の一つになっているかもしれません。その意味で、ふん便を検体とするSARS-CoV-2検査が重要になってくるのではないでしょうか。

このように考えると、最初コロナ感染で無症状、軽症であっても、その後長期コロナ症に悩まされるということも理解できるような気がします。つまり、感染しても呼吸器などではほとんどウイルスの複製が起こらず、その後消化管でウイルスが増殖するということが考えられるからです。そして、呼吸器系の症状と検査だけでは、本当のCOVID-19流行を捉えられないということも考えられます。

引用文献・記事

[1] Conger, K.: Feces of people with mild COVID can harbor viral genetic material months after infection. Stanford Medicine April 13, 2022. https://med.stanford.edu/news/all-news/2022/04/feces-covid-19.html

[2] Natarajan, A. et al.: Gastrointestinal symptoms and fecal shedding of SARS-CoV-2 RNA suggest prolonged gastrointestinal infection. Med Published April 12, 2022. https://doi.org/10.1016/j.medj.2022.04.001

[3] Gale, J.: Coronavirus Persisting in Feces Offers Clues to Long Covid Cause. Bloomberg April 15, 2022. https://www.bloomberg.com/news/articles/2022-04-15/coronavirus-persisting-in-feces-offers-clues-to-long-covid-cause

引用したブログ記事

2020年10月12日 "Long COVID"という病気

                     

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2022年)