Dr. Tairaのブログ

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新型コロナは接触感染する

はじめに

現在、SARS-CoV-2の主要感染様式は空気感染(エアロゾル感染)であるというのは科学的常識になっています。従来言われていた、接触感染飛沫感染少ないか稀であるということも認識されています。大きな飛沫はすぐに落下するし、感染力をもつ「生きた」ウイルスが固体表面から検出されることもほとんどないと言われています。

ところが今回、ランセット系雑誌"The Lancet Microbe"に掲載された論文において、人の手やよく触る家庭の個体表面からSARS-CoV-2が検出されるような場合、COVID-19感染者の発生に関連することが示されました [1]。つまり、この研究結果は、SARS-CoV-2が空気感染するのみならず、汚染された手や個体表面を介して接触感染するという当初の考え方をあらためて補強するものです。

この研究成果は、米国発行の経済誌フォーブス(Forbes)も早速取り上げています [2]。そこでこの記事と論文に沿いながら、本ブログで紹介したいと思います。

1. 研究の概要

本研究は英国インペリアル・カレッジ・ロンドンの研究チームによるもので、2020年9月から2021年3月までにCOVID-19と診断された英国ロンドン在住の人を募って行なわれました。これは、COVID-19パンデミックのアルファ変異体の前(2020年9月から11月末まで)とアルファ変異体(B.1.1.7、2020年12月から2021年3月末まで)の流行をカバーしています。

研究チームは、これらの初期対象者を「一次感染者」と名付け、これらの一次感染者の手のスワブ(ぬぐい液)と、これらの一次感染者と同じ世帯の人の手のスワブを対象にSARS-CoV-2のRT-PCR検査を繰り返しました。また同時に、これらの家庭の共同スペースで、よく触れる個体表面のスワブについて繰り返し検査しました。一次症例と接触した25組について上気道(URT)スワブからSARS-CoV-2を分離し、全ゲノム配列を決定しました。

研究チームは620人の一次感染者を特定し、その後、一次感染者と共有する279世帯の414人の検査を継続しました。その結果、アルファ前波には28.4%、アルファ期には51.8%の世帯員が感染しました。COVIDの伝播・感染は、一次感染者の上気道内のウイルス量とは相関せず、一次感染者の手からのSARS-CoV-2 検出とは相関がありました。

実際、一次感染者の手からSARS-CoV-2が検出された場合、同居人がSARS-CoV-2に感染する相対リスクは1.7倍になりました。また、世帯内の共同スペースで接触頻度の高い固体表面からSARS-CoV-2を検出した場合は、COVIDのリスクは1.66倍になり、世帯員の手指からウイルスが検出された場合、そのリスクは2倍以上となりました。

さらに、同居人がSARS-CoV-2に感染してしまった6つのケースでは、最初彼らの上気道スワブPCR陰性である一方で、彼らの手や接触頻度の高い表面のスワブ検体はPCR陽性でした。これらのことから、この家庭で発生した感染の少なくとも一部には、共有の汚染表面が関与していることが強く示唆されました。そして、一次感染者から同居人に二次感染が起こったことは、ウイルスのゲノム解析によって確認されました。

つまり、これらの結果は、一次感染者がどのくらいのウイルス量を空中に排出しているかということよりも、結果として排出されたウイルスによって「家庭内の表面がどの程度汚染されたか」、そして「表面に触ることで手にどの程度ウイルスが付着したか」で二次感染が成立したということを示しています。

2. 接触感染への薄れと表面消毒は無意味とする見解

COVID-19パンデミックの初期(2020年当初)には、世界中で専門家たちは、手洗いと表面の消毒を励行するようにと繰り返し呼びかけていました。それは、当時SARS-CoV-2が表面に何時間も感染力を維持したまま留まることが、すでに研究で明らかになっていたからです。

しかし、フォーブス記事は直ぐに転機が訪れたと指摘しています。それは、2020年5月に同誌が報じたように [3]SARS-CoV-2は、インフルエンザのような他の呼吸器系ウイルスと全く同じ方法で伝播しているわけではないという事実が、研究によって明らかになってきたことです。つまり、空気感染の事実です。

この新しいウイルスは、飛沫だけでなく、それがエアロゾル化したものによって空中に長時間漂い、拡散する可能性が指摘されてきたわけです。このため、専門家たちは、ウイルスの拡散を食い止めるための重要な介入策として、マスクの使用と換気、空気の浄化を推奨してきました。

そうなると、面白いもので、人間は一度に一つのことにしか集中しない傾向になると記事は指摘しています。COVID-19は、汚染された表面への接触ではなく、エアロゾル感染によるものが圧倒的に多いという考えから、表面の消毒よりもマスク着用について重要視されることが多くなりました。そして、世界的な論調として、物や表面を清潔に保ち、消毒するということはむしろ無意味であるという声が大きくなり [4]、いつの間にか接触感染への関心は影を潜めてしまいました。

このような傾向について、フォーブス記事は次のようなたとえで述べています。「下着とシャツを同時に着るなど、一度に何役もこなすことができるのに、これは少し残念なことだった」。

主要感染が空気感染ということになると、日本でも途端に「手指消毒や表面のアルコール消毒は必要なし、無意味」とする主張が専門家の間でも出てきました。そのなかの一人が花木秀昭氏(北里大学教授、大村智記念研究所感染制御研究センター長)です。彼は以下のようにツイートしていました(下図)。

花木氏のツイッター上でのプロフィールは「感染症専門の基礎科学者」となっていますが、私は、パンデミック下において彼が「消毒不要」とSNS上で発言することは問題があるとして、以下のように批判しました。

もう一つ例を挙げるならば、西村秀一氏(国立病院機構仙台医療センターウイルスセンター長)の見解です [5, 6]。彼も表面のアルコール消毒は必要ないと発言しています。

3. リスク管理の原則

今回の英国研究チームの報告は、一般に物の表面から感染力のあるウイルスはほとんど検出されないけれども、実際に世帯内で感染したケースをみると、感染する前に手や物の表面がウイルスで汚染されていたということを示しています。つまり、接触感染への対応を排除する理由にはならないのです。

リスク管理の原則としてスイスチーズモデルの考え方があります。これは、クイーンズランド大学の非常勤准教授であるイアン・M・マッケイ博士が2020年に発表したモデルです。それぞれの政策や介入には穴があるので、これらの穴をカバーするためには異なる政策の介入を組み合わせたり重ねたりすることが重要であるという考え方です。

パンデミックへの取り組みには、一つの方法では不十分です。スイスチーチモデルを応用すれば、検査、監視、ワクチン接種、マスクの使用、換気、空気浄化、洗浄・消毒、治療といったものをうまく調整しながら組み合わせることで、感染・病気の防止の確率を上げるということになります。感染症分野では、これはハードル理論、バランス(シーソー)理論として古くから知られています(→感染制御のためのバランス理論)。

したがって、1かゼロかで、一方だけを取り上げ、他方を排除する理由はありません。SARS-CoV-2は空気感染するので換気が重要であり、消毒は無意味と断言することは、リスク管理の原則からは外れるわけです。フォーブス記事は、手洗いや消毒は、感染防止にとって一般的に良いことであり、COVID-19の流行が緩和されたからと言って、手洗いや消毒をやめるライセンスとして見てはいけないと書いています。

とはいえ、触れる可能性のあるものすべてを積極的に消毒する必要はないのです。定期的に触れる、多数の人が触れる物や表面を清潔に保つことに意味があるということです。これは、汚染物からの再エアロゾル化を防ぐだけでなく、COVID-19、インフルエンザ、その他多くのウイルスや細菌の感染症防止に役立つはずです。パンデミック下で医療ひっ迫状態にあるときは、あらゆる感染症を防ぎ、患者を増やさないことは意味あることです。

もちろん、定期的な清掃や消毒、手洗い用の消毒液や洗面台、石鹸の提供にはコストの問題があり、そこにはお金はかけられないということも出てくるでしょう。しかし、長い目で見れば、従業員や顧客や人々が病気になることはビジネスや社会活動にとって良いことではありません。それを防ぐための投資は価値があるでしょう。フォーブス記事は、「感染症の蔓延を防ぐためのより良い方法を見つけることは、それほど気難しいテーマではないはずだ」と述べています。

おわりに

これまで、物の表面から「生きたウイルス」を検出することはほとんどないとされてきました。そこから、表面消毒は意味がないという言説が生まれました。ところが、実際に家庭内感染した事例を見てみると、一感染者のウイルス量と二次感染は相関がなく、二次感染前に手や表面がウイルスで汚染されていたということがわかり、接触感染は無視できないということになりました。

キーボードやマウス、テーブルの上、ドアノブなど、よく触れる表面を定期的に消毒し続けることも意味があることを示すものです。とはいえ、同居世帯での家庭内感染は実際に防ぐことは容易でないでしょう。むしろ、不特定多数が集まるお店や施設内での手指消毒や表面消毒が、意味あるものとして、再認識されるべきだと思われます。

引用文献・記事

[1] Derqui, N. et al.: Risk factors and vectors for SARS-CoV-2 household transmission: a prospective, longitudinal cohort study. Lancet Microbe April 6, 2023. https://doi.org/10.1016/S2666-5247(23)00069-1

[2] Lee, B. Y.: You can get Covid-19 from coronavirus-contaminated surfaces, new study cnfirms. Forbes April 8, 2023. https://www.forbes.com/sites/brucelee/2023/04/08/you-can-get-covid-19-from-coronavirus-contaminated-surfaces-new-study-confirms/?sh=495d95f368fd

[3] Lee, B. Y.: Where coronavirus is more likely to be airborne, 5 places to avoid. Forbes May 30, 2020. https://www.forbes.com/sites/brucelee/2020/05/30/where-coronavirus-is-more-likely-to-be-airborne-5-places-to-avoid/?sh=7f7b525239ab

[4] Lewis, D.: COVID-19 rarely spreads through surfaces. So why are we still deep cleaning? Nature 590, 26-28 (2021). https://www.nature.com/articles/d41586-021-00251-4

[5] J-CASTニュース: 新型コロナウイルスは空気感染する 間違った対策は無意味だ!【新型コロナウイルスを知る一冊】. 2021.08.15. https://www.j-cast.com/kaisha/2021/08/15418147.html?p=all

[6] 山口博弥: コロナの接触感染は気にしなくていい? 読売新聞オンライン 2022.06.07. https://www.yomiuri.co.jp/column/naruhodo/20220603-OYT8T50040/

引用したブログ記事

2023年1月28日 感染制御のためのバランス理論

                    

カテゴリー:感染症とCOVID-19(2023年)