Dr. Tairaのブログ

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感染流行減衰の要因:雨とエアロゾル消長

カテゴリー:感染症とCOVID-19

はじめに

私は、8月16日のブログ記事で、第5波感染流行が首都圏で頭打ちになったのではないか、そして、これ以降減衰するのではないかと予測しました(→デルタ変異体の感染力の脅威)。さまざまな減衰要因が考えられますが、主因の一つとして推察したのが、7月12日の緊急事態宣言発出以降の人流の減少と、東京五輪大会終了前後からの雨天続きと室内外環境における相対湿度上昇に伴うエアロゾルの減少です。

予想どおり、8月中旬から首都圏では新規陽性者数が減少し始め、それを追うように全国的にも感染者数が急激に減っていきました。そこで、9月7日のブログ記事であらためて、第5波流行の減衰要因を考察しました(→第5波感染流行が首都圏で減衰した理由)。緊急宣言発出に伴う人流減少雨続きによるエアロゾルの減少とさらに外出控え、五輪というお祭り気分の終焉と感染者急増による警戒感の覚醒と人々のリスク回避行動などの偶然の重なりによって、急激に陽性者数が減っていったと考察しました。

9月初旬からはまた雨続きだったので、この後急激に減るだろうと思っていたら、予測どおり急減しました。やはり、雨が大きな要因の一つだったと個人的に思います。同時に、ワクチン接種が進んだことも減少要因になったと考えられるでしょう。

1. 政府の報告とテレビの報道を受けて

西村経済再生相は尾見茂分科会長ら専門家との分析に基づき、「なぜ感染者数が急減したか」の最新見解を発表しました。それを今日テレビの情報番組が報じていました(図1)。感染者減少の要因として、10個の項目が挙げられています。

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図1. テレビが伝える感染者急減の要因(2021.09.28. TBSテレビ「ゴゴスマ」より).

この中には、要因としての長雨の影響は10番目に出てきますが、その中身は活動、消費の低下となっています。残念ながら、降雨や相対湿度上昇によるエアロゾルの減少は考えられていません。というか、これまでウェブ情報やSNS情報を見渡してみても、エアロゾルの減少に言及しているものは見つけることができません。

空中や固体表面のウイルスの残存性は、相対湿度の上昇によって低くなることは知られていますし、高い相対湿度がエアロゾルのサイズが大きくし、沈着させやすくなることも報告されています [1](→第5波感染流行が首都圏で減衰した理由)。長雨が続けば、室内環境の相対湿度を高めるだけでなく、外環境のエアロゾルや浮遊微粒子の洗浄・除去効果も出てくると推察されます。

今日、テレビを観ていたら、専門家のコメンテータが、「確かに首都圏では雨が続いていたが、感染者急減は全国的な現象なので...」と、あたかも雨の影響を否定するようなコメントをしていました。私はこれを視聴していて「8月の長雨は全国的な傾向だったはずだが?」と思い、全国の天気を振り返ってみました。そうしたら、やはり8月から9月にかけて全国的に雨が多かったことを確認できました。

そこで、代表として、宮城県、東京都、大阪府、および福岡県の4地域を選択して、この夏における新規陽性者数の推移と雨天の日をグラフ化してみました(図2)。図2は、7月末から現在までにおける4都府県における新規陽性者数の推移の棒グラフに、雨天の日を影をつけて記してあります。

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図2. 宮城県、東京都、大阪府、および福岡県における7月末からの新規陽性者数の推移と雨天日(薄青の影部分、雨天は中心都市の記録). Yahoo新型コロナウイルス感染症まとめからの転載図にgoo天気からのデータを追記.

から明らかなように、8月は雨が多く、とくに東京五輪大会が終わる前後からお盆にかけて4都府県すべてにおいて、雨続きであったことがわかります。そして、多少のズレはありますが、いずれも8月中旬をピークとして(推定される感染日はピークよりも約1週間前であることに注意)後半から急激に新規陽性者数が減り続けていることがわかります。

SARS-CoV-2の主要感染様式は空気感染エアロゾル感染)です [2](→あらためて空気感染を考える新型コロナの主要感染様式は空気感染である)。そしてウイルスは宿主(ヒト)の中でしか増殖できません。したがって、室内外のエアロゾルの消長と人流(人出)は、流行の増減を考察する上での大きな要素になるはずです。

全国における8月中旬の長雨は、物理的に外環境のエアロゾル・微粒子を洗い流し、室内の相対湿度を高めてエアロゾルの沈着を促進したと推察されます。同時に、長雨は人々の外出控えを促し、エアロゾル・微粒子減少との相乗効果で、ウイルスの空気感染の機会を減らしたのではないかと、個人的に推察しています。ワクチン未接種のリザーバーの縮小も激減の要因となるでしょう。これが、私が考える第5波流行の急激な減衰の主な要因です。

室外にいても、雨の日は花粉が洗い流され、花粉症が楽になることを考えれば想像しやすいかと思います。また、同様な花粉防止効果は、保護メガネとマスクを併用することで得られますが、エアロゾル感染を想像できるいい例だと思います。

2. 空気中のウイルスをミツバチが運ぶ

空気中のエアロゾルや微粒子に付着したSARS-CoV-2の分布についてはあまり報告が多くありませんが、気流が感染の拡大を支えており、密集した都市部では空気中の粒子状物質がウイルス感染を悪化させていると考えられています [3, 4, 5, 6]

イタリアの研究チームはこの作業仮説に基づいて、セイヨウミツバチの体に付着した微粒子(PM)を解析することで、SARS-CoV-2の空気中の分布について考察しました [7]。この研究は、ミツバチのモニタリングを空気中のウイルスによるヒトの感染症の検出にまで拡大した初めての試みです。

研究チームは、イタリアのパンデミックの第3波がピークに達したボローニャ市内において、空気中のPM濃度が高い環境条件にある1日を選んで調査・分析しました。巣箱の入り口に滅菌した綿棒を並べ、帰巣したミツバチの体に付着しているPMを含む"埃"を綿棒にトラップさせて採取しました。そして、この綿棒ごとの集塵物を検体として、SARS-CoV-2のN1、N2遺伝子を標的とするプローブRT-PCRを行ないました。RNA抽出にはGeneJET RNA Purification Kit、PCRにはCDC RUO Primers and Probes kitとTaqPath™ 1-Step RT-qPCR kitを用いました。

その結果、すべての検体でSARS-CoV-2が検出されました。同時に、巣の中のミツバチの「生産物」も採取してPCRを行ないましたが、標的配列の増幅は見られませんでした。したがって、ミツバチが巣の入り口に残したSARS-CoV-2が空気中のPMと関係していると仮定すれば、空気中に浮遊するヒトの病原体を環境中で検出するという目的に、ミツバチのコロニーの採餌行動を利用できる可能性を示していると述べています。

少なくとも都市化が進んだ地域において、空気中のヒト由来の病原体を環境中で検出するためにミツバチの行動とコロニーが利用できるものであり、この示唆を確かめるために、今後自動空気採取装置のデータと照らし合わせることが必要であると述べています。

ハチを使ったモニタリング・ネットワークは、人が住居地域で、簡単に適用でき、取り扱いも容易です。そのため、この革新的なアプローチを他の植物、動物、人間の空気中の病原体にも適用し、季節性インフルエンザのような繰り返し発生する病原体の予測に利用することも考えられると述べています。

私はこの研究論文について、空気中のエアロゾルや微粒子に付着したSARS-CoV-2が雨で洗い流される可能性を考え、以下のようにツイートしました。

おわりに

都市化が進んだ地域では当然感染者数が多く、その分、空気中のエアロゾルや微粒子に付着したSARS-CoV-2濃度も高くなっていると推察されます。この濃度は感染を成立させるほど高いとは到底考えられませんが、気流によって局所的には濃縮される可能性があり、施設内、店内、室内に入り込み、滞留することも考えられます。また、マスクをしていなければ、ウイルス汚染された空気を吸い込み続けることも考えられます。

ちなみに、今回の論文でRT-PCRのCt値は記載されておらず、どのくらいのRNAコピー数が検出されているかわかりません。しかし、用いられたRNA抽出キットでは200 μLの抽出量が得られること、そこから2 μLを採取してPCRを行なっていること、そして、このプロトコール(TaqPathキットによるN1、N2遺伝子の検出)でのRNA検出限界は3コピーと推定されることから [8]、少なくとも元の検体に300コピー以上は存在している計算になります。つまり、ミツバチが空中からこれだけのウイルスを運んできたということになります。

一方、降雨はこれらを洗い流し、さらに室内外の湿度を上昇させて、ウイルスの残存率を低下させると考えられます。実際のウイルスの伝播、感染ということを考えれば、室内の湿度上昇がきわめて大きな要因として働くのではないかと思われます。この意味で、この夏の長雨は、日本全体で相対湿度を上昇させ、空気感染の機会を減らしたのではないかと推察します。その結果、実効再生産数が1.0を割り込む状況を生み、その後坂を下るように減少したのではないでしょうか。

空気中のエアロゾルや微粒子の消長は、流行期における都市内のSARS-CoV-2の感染制御や、ウイルスを少しずつ吸い込むことによる免疫感作にも影響する可能性を考えると、非常に重要な要素だと思います。一方で、政府や分科会の専門家はそもそも空気感染を認めていませんので、空気中エアロゾルの消長なんてハナから念頭にないのでしょうね。

イタリアの研究チームの報告 [7] は非常に興味深いです。下水監視とともに、ミツバチのモニタリング・ネットワークが呼吸系感染症の流行予測に使える可能性があります。

引用文献

[1] Feng, Y.et al.: Influence of wind and relative humidity on the social distancing effectiveness to prevent COVID-19 airborne transmission: A numerical study. J. Aerosol Sci. 147, 105585 (2020). https://doi.org/10.1016/j.jaerosci.2020.105585

[2] Wang, D. C. et al: Airborne transmission of respiratory viruses. Science  373, eabd9149 (2021). https://science.sciencemag.org/content/373/6558/eabd9149

[3] Fattorini, D. & Regoli, F:  Role of the chronic air pollution levels in the Covid-19 outbreak risk in Italy. Pollut, Environ. 264, 114732 (2020). https://doi.org/10.1016/j.envpol.2020.114732

[4] Borro, M. et al.: Evidence-based considerations exploring relations between SARS-CoV-2 pandemic and air pollution: involvement of PM2.5-mediated up-regulation of the viral receptor ACE-2. Int. J. Environ. Res. Public Health 17, 5573 (2020). https://doi.org/10.3390/ijerph17155573

[5] Belosi, F. et al.: On the concentration of SARS-CoV-2 in outdoor air and the interaction with pre-existing atmospheric particles
Environ. Res. 193, 110603 (2021). https://doi.org/10.1016/j.envres.2020.110603

[6] Chirizzi, D. et al.: SARS-CoV-2 concentrations and virus-laden aerosol size distributions in outdoor air in north and south of Italy
Environ. Int. 146, 106255 (2021). https://doi.org/10.1016/j.envint.2020.106255

[7] Cilia, G. et al.: Honey bee (Apis mellifera L.) colonies as bioindicators of environmental SARS-CoV-2 occurrence. Sci. Total Environ. 805, 20 January 2022, 150327. https://doi.org/10.1016/j.scitotenv.2021.150327

[8] Matsumura, Y. et al.: Comparison of 12 molecular detection assays for severe acute respiratory syndrome coronavirus 2 (SARS-CoV-2). J. Mol. Diagn. 23, 164–170 (2021). https://doi.org/10.1016/j.jmoldx.2020.11.007

引用したブログ記事

2021年9月7日 第5波感染流行が首都圏で減衰した理由

2021年8月27日 新型コロナの主要感染様式は空気感染である

2021年8月16日 デルタ変異体の感染力の脅威

2021年7月5日 あらためて空気感染を考える

                

カテゴリー:感染症とCOVID-19