Dr. Tairaのブログ

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下げ止まりの時こそ行なうべき強化策

前のブログ記事(→感染五輪の様相を呈してきた)で、このまま6月20日緊急事態宣言が解除されて東京五輪が開催されれば、デルタ型変異ウイルスによるリバウンド(感染拡大)につながる感染五輪になることを指摘しました。感染拡大を表面的に抑える効果的対策はワクチン接種ですが、接種が進むであろう高齢者の発症と重症化を防ぐ効果はあっても、それ以外にはとても間に合いそうもありませんし、ワクチン作戦に感染抑制効果としての過大な期待を寄せることも禁物です。

今は全国的に新規感染者に減少しつつありますが、東京では下げ止まりの傾向が見られ、20–30代に限ればすでにリバウンドが始まっているようです。こういう時だからこそ、今のうちに政府や東京都は強化策を打ち出し、五輪開催による人流増加に伴う感染被害を最小限に留める必要があるでしょう。

図1は東京都の新規陽性者数の推移を示します。これまで4回のピークを示す流行の波がありましたが、その谷間にある期間の週間移動平均最低値は昨年の5月で約20人、10月で約150人、今年3月で約300人であり、現在は約380人です。このように谷間のバックグランド値は流行を重ねるごとに高くなっており、かつ間隔が短くなっています

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図1. 東京都における新規陽性者数の推移(2021.06.14. テレビ朝日「モーニングショー」より、筆者加筆).

流行の谷間の値が高ければ高いほど次にくる流行ピークは高くなる傾向にありますが、第4波は第3波ほどの高さにはなりませんでした。これは、東京では緊急事態宣言の発出が早めに行なわれたことで人流がある程度抑制されたことと、N501Y変異ウイルス(アルファ変異体)の侵入が遅れたためと考えられます。

一方で、緊急事態発出が遅れた大阪や周囲の関西県では、最悪の感染拡大と医療崩壊を招きました。感染流行の下げ止まりのときに緊急宣言を解除したまま何も強化策を打たなければリバウンドを招くと、このブログでも警鐘を鳴らしましたが(大阪府の勘違い−緊急事態宣言解除要請緊急事態宣言解除後の感染急拡大への懸念)、残念ながらそのとおりになってしまいました。

ここに強い教訓があります。感染がまん延してしまえば積極的疫学調査による追跡・検査はお手上げ状態になります。感染者数が少なくなった時こそ、この調査を拡大する残されたチャンスと言えます。ではどのように行なうべきか、ここで考えてみたいと思います。防疫対策として追跡・検査をする場合の重要な点は以下の4点です。

一つ目は現行の濃厚接触の定義の縛りを外して、マスク着用に関わらず一次感染者と15分以上の接触していた人にまで検査を広げるべきです。不思議なことに、現在はマスク着用していれば濃厚接触者に該当しません。感染力の強い変異ウイルスによる空気感染の可能性を考えれば、これはおかしいですし、この縛りによって被害を拡大しかねません。

5月には「感染者の85%がマスクなしで会話や飲食で感染」と福井県知事が発言し、菅首相が大いに参考にすべきと賞賛していましたが [1]、何のことはない、マスクをしていれば濃厚接触者になりませんので最初から調べていない可能性が高いのです。自ずから検出される陽性者の大部分はマスクなしになります。

二つ目は、これはもう1年以上前から指摘していますが(→あらためて日本のPCR検査方針への疑問)、スーパースプレッダーが発生した周辺は、濃厚接触者に関わりなく、面的に徹底的に調べることです。スーパースプレッダーかどうかは、リアルタイムPCR閾値サイクル数(Ct値)である程度判断できます。たとえばCt値20以下の陽性者が発生した場合には、濃厚接触者のみならず、その陽性者の職場や関係する場所にまで検査対象を広げることが重要です。

前のブログ記事(→感染者の2%がウイルス伝播の90%に関わる)でも紹介したように、ウイルス感染の90%は、たった2%の無症状のスーパースプレッダーによって拡散している可能性があります [2]。ここを抑えるのが肝です。日本のクラスター対策も同様な理屈によるものですが、クラスター発生という事後になって対応していることと、検査を限定してクラスター周辺に面的に広げていないことが失敗でした。クラスター発生にかかわらず、低いCt値を有する感染者を検出できたら、即座にその周辺を徹底的に調べるということが重要です。

この方法を効果的にするものとしてブール式検査があります。コスト的にもメリットがありますが、採用している自治体はほとんどないようです。陽性率が低いブール検査では、簡易抗原検査よりもむしろコスト安になる可能性があります。

三つ目は、検査・追跡の機能していることを保障する指標としての検査陽性率をできる限り下げることです。世界保健機構(WHO)は、たとえば、流行を制御できている陽性率として5%を挙げていますが、できれば3%以下にすることが望ましいです。このためには一定水準の検査数を維持する必要がありますが、なぜか東京都は5月のピーク時から検査数を減らし続けており(図2左)、減少率は1週間の移動平均で約30%にもなります。陽性率も4%と依然として高いです(図2右)。

東京都の場合、いま400人前後の新規陽性者数だとすれば、陽性率3%とするには1日13,000件以上の検査数を維持することが必要になります。

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図2. 東京都における検査数と陽性率の推移(2021.06.14. TBSテレビ「Nスタ」より) .

陽性率を下げるためには(つまり、検査不足を解消してより幅広く感染者を見つけ出すためには)、保健所を通す行政検査のあり方を見直すことも考えられます。濃厚接触者に近い疑いのある人に対しては保健所の判断を待たなくとも検査に回すとか、市中の民間検査の検査数と陽性結果を届け出制にして、行政検査のシステムに紐づけるということが考えられます。

四つ目は変異ウイルスの検査対象を拡大し、監視体制を強化することです。現在の陽性者中のデルタ型変異ウイルス検査割合はまったく足らず、デルタ型や他の変異型の広がり方を察知する体勢になっていません。陽性者の半分は検査する必要があるでしょう。そして、スーパースプレッダー周辺およびデルタ型検出周辺の検査を徹底的に追跡・検査することが重要です。

加えて、変異ウイルスのゲノム解析の割合を高めることが必要です。とくに検疫での陽性者、スーパースプレッダー、長期入院のウイルス排出者(免疫不全者など)などの集中的な追跡解析が考えられます。日本は英国などと比べるとゲノム解析による変異体の監視体制が脆弱です。国立感染症研究所、大学病院、自治体の衛生研究所、民間検査会社をネットワーク化して、迅速なゲノム解析と情報共有を行なうべきですが、現状はどうなのでしょうか。

いずれにせよ、第5波はデルタ変異体による感染流行になることは確実であり、早期情報共有、早期介入、早期対策が、少しでも被害を少なくする鍵になります。

現在、東京都の新規陽性者の6割以上は感染経路不明であり、上述したように、年代別では20代の感染者が増加しています。これは行動範囲の広い若者が、たとえマスクをしていたにもかかわらず、どこで感染したかわからないというケースが増えていることを暗示します。空気感染を起こす、伝播力の強いデルタ変異体の感染がひそかに広がっている状況を示しているのではないでしょうか。

この状況を考えると、従来の3密などのクラスターが発生しやすい場所だけに拘泥していると、デルタ型による空気感染の広がりを見過ごしてしまうこともなりかねません。満員電車、デパートなどの商業施設、競技スタジアムなどの人が集まりやすい場所について今まで以上に気をつける必要があると思います。

商業施設では、仮にお客同士のクラスターが発生していたとしてもわかりようがありません。しかし、空気感染どころか"fleeting" infection(すれ違い感染)にさえ注意しなくてはならないかもしれません。商業施設では、店員に伝播してクラスターが検出されるようになってからでは遅いです。たとえば、デパートの地下売り場などの人が混む場所では、換気対策、お客数の制限など強化する必要があるでしょう。

菅首相の頭には、感染対策としてもうワクチンしかありません。そして、マスコミのワクチン接種加速の報道が、すぐにでも感染拡大抑制に向かうような国民への誤ったメッセージにもなりかねない状況です。ワクチンでは、これから本格化するデルタ型ウイルスの流行は抑えられません。そもそも現行のワクチン戦略は、感染拡大抑制には通用しないのです。

ワクチンどころか、今早急にやらなければいけない重要なことは、上記の検査・追跡に加えて医療供給体制の強化と保健所の担当部署の増員です。今からでもよいので、新型コロナの治療に携わってこなかった医療従事者(たとえば開業医)を感染・医療対策に組み込むことや、自宅療養と入院の間を繋ぐ、治療を可能とする臨時の大規模宿泊療養施設、あるいは臨時病院の設置・拡大を行なうべきでしょう保健所がひっ迫することも目に見えていて、増員は喫緊の課題です。医療資源・医療従事者を五輪につぎ込むことには熱心なのに、この点についてはまだ動きが鈍いです。

政府や五輪組織員会は、どうも観客を入れた五輪開催に突き進もうとしています。マスコミや専門家の口から出てくるそれらに対する感染対策も、有観客にするか、無観客にするか、人流をどうするかなどに焦点が当てられ、検査・追跡の拡大や医療提供体制の強化は忘れられている感さえあります。

政府は緊急事態宣言解除の後はまん延防止措置で対応しようとしているようですが、上記のような検査・追跡の強化策がなければ、必ずや、解除後の人流増加とともに1ヶ月以内に本格的なリバウンドを許すことになるでしょう。それもデルタ型変異ウイルスによる強烈な感染拡大になるはずです。まさに、デルタウイルス蔓延の中でお祭り騒ぎをしている感染五輪と化すことでしょう。もうその兆候は出ています。

切望することは、制御不能なくらいに感染拡大して時すでに遅しとならないことですが、やっぱり今の政府では期待できないのでしょうね。

引用文献・記事

[1] NHK NEWS WEB: 福井県 感染者の85%がマスクなしで会話や飲食で感染か. 2021.05.15. https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210515/k10013033081000.html

[2] Yang, Q. et al.: Just 2% of SARS-CoV-2−positive individuals carry 90% of the virus circulating in communities. Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 118, e2104547118 (2021). https://doi.org/10.1073/pnas.2104547118

引用した拙著ブログ記事

2021年6月13日 感染五輪の様相を呈してきた

2021年5月25日 感染者の2%がウイルス伝播の90%に関わる

2021年3月23日 緊急事態宣言解除後の感染急拡大への懸念

2021年2月25日 大阪府の勘違い−緊急事態宣言解除要請

2020年4月6日 あらためて日本のPCR検査方針への疑問

                

カテゴリー:感染症とCOVID-19