Dr. Tairaのブログ

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大阪府の勘違い−緊急事態宣言解除要請

昨年の秋から始まった新型コロナウイルス感染症流行のいわゆる第3波が減衰し始めてから、1ヶ月以上が経過しました。とはいえ気になるのはこのところ下げ止まりの傾向が見えることであり、今日時点の全国の新規陽性者数は1,053人とまだ千人を超えています。首都圏と関西圏を中心とした11都府県はまだ緊急事態宣言下にありますが、全国的にはこのまま千人前後で推移していく可能性が高いです。

そして数日前の報道でちょっと驚いたのは、新型コロナウイルス対応の緊急事態宣言について大阪、京都、兵庫の3府県の知事が、コロナ対応を担う西村康稔経済再生相に対して、3府県に対する宣言を2月末で解除するよう求めたことです [1]吉村洋文知事は「感染症対策と社会経済活動の両立を模索していくことが重要だ」と述べました。何か勘違いしていないでしょうか。

大阪の感染者数の推移をみてみましょう。1月13日に11都府県に緊急事態宣言が拡大されてから、新規陽性者数は減り続けています。最近1週間は100人を切る日が続いていて、今日(2月25日)は82人です(図1)。

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図1. 大阪府における新規陽性者数の推移(12月末から2月25日まで)(大阪府新型コロナウイルスポータルサイトより転載).

一見、もう緊急事態宣言は解除してもいいようにも思えますが、されど82人であり、ここで手を緩めてはいけないのです。なぜなら、今は全国同様下げ止まりの傾向にあり、感染経路不明者も50%を超えていて、ここで手を緩めることは非常に危険です。それは第2波の下げ止まりから第3波が起こったことで私たちは経験済みです。数が少なくなった時こそ一気に強力な防疫対策を打ち、さらにゼロに近づけていくことが必要なのです。

最大の懸念材料は変異ウイルスの影響です。今日が82人で下げ止まりということは、1–2週間前の感染状況を反映しているのであって、今はもう感染再拡大の準備期とみなしてもおかしくはありません。今は感染力を増したB.1.1.7系統のN501Y変異ウイルスが蔓延し始めていると推察され、このまま手を緩めれば、1ヶ月も経たずして急激に感染増加に転じる可能性が高いからです。いわゆるリバウンドの可能性は専門家からも強く指摘されています。この変異ウイルスは、1月にはすでに海外渡航歴がない人から検出されており(→変異ウイルスの市中感染が起きている)、最近は大阪でも見つかっています [2]。吉村知事は知らないのでしょうか。

つまり、この時点で吉村知事は感染症対策と社会経済活動の両立なんて呑気なことを言ってる場合ではないです。これまで日本において、日本流の感染症対策と社会経済活動が両立したことがあるでしょうか、否です。感染拡大しては緊急事態宣言をとともに時短営業を要請し、流行が緩やかになったらまた元に戻し、そこからまた再燃を許す、その繰り返しです。一体、吉村知事はこの一年間何を学んできたのでしょうか。

このブログでも取りあげましたが、経済の専門家が書いたINETの論文では感染症対策と社会経済活動は両立しないこと、そして全面的に社会経済活動を再開したいなら、まず感染拡大を抑え、しっかりと収束させることが必須であることを述べています。つまり経済活動を再開するなら、感染者を出さない有効な強い感染防止策を前もって打つか、あるいは一旦感染者をゼロ近くにする必要があるのです。そのような国は島国を中心にいくつか存在します。

私は昨日のツイートで、収束にほぼ成功している国の一つとしてオーストラリアを取り上げ、この国の感染症対策を取りあげました。変異株に対応したロックダウン、入国者の強制隔離、感染者ゼロでも徹底した検査、下水監視などです。これは大阪に限ったことではなく、どれも日本では行なわれていない対策です。

つまり感染を収束させている国は、しっかりと防疫対策をとっており、なお対策継続中ということが言えます。

大阪も含めて日本は感染者数が少なくなった今だからこそ、いろいろと防疫対策をとれるはずです。その一つとしては変異ウイルスの検出とともに検査拡大とCt値に基づくスーパースプレッダーの網羅的探索があり(→あらためて日本のPCR検査方針への疑問)、そしてもう一つ挙げられるものとして下水検査があり、もう一年前からその有効性が示されている対策です(ブログ→下水のウイルス監視システム)。

悲しいかな、日本はいまだに検査数が少なく、変異ウイルスの解析も十分ではなく、Ct値に注目した集中的検査も行なわれていません。下水検査もいまだに実用化段階になく、バックアップとなる民間自主検査の行政検査への積極的紐付けもなされていません。日本は防疫対策としてはいわゆる厚労省を中心とする感染症コミュニティの検査抑制論が尾を引いて、いまだに無策と言ってもいいほどの脆弱ぶりです。

もとより緊急事態宣言下で強力な対策を打ったわけではないので、それが解除されたからと言って、大きく対策が変わることもないでしょう。しかし、解除ということと大阪府知事の経済活動という言葉がセットになった時、府民に与える精神的影響はとても大きいと言えます。つまり「ああもういいんだ」というイメージが先行して、平たく言えば”気が緩む”ということです。これに時短営業の緩和が加わってきます。飲食店を訪れる人が格段に多くなるでしょう。それによって起こるのが再燃(リバウンド)です。

もうすでに、国内外で頻繁に引用されていますが、Changらの論文 [3] には、飲食店が感染リスクの高い場所としてあげられています(図2)。なぜそうなるかと言えば、他の店・施設に比べて圧倒的に数が多いこと、訪れるお客数が多いこと、そして訪れた時の滞在時間が長いことが指摘されています。

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図2. 社会経済活動を再開した時に感染リスクの高い場所 [3].

では飲食店が営業しながら感染を防ぐためにはどうしたらいいか、それも論文中に提言があります。NHKは論文の著者の一人であるデービッド・グラスキー(D. Grusky)博士による対人距離の確保の重要性の提言を紹介していました [4]図3)。

例をあげると、お店の客席数(来客数)を半分にすると感染は40%減らすことができる一方、売り上げは15%減にしかならないというシミュレーション結果です。さらに、席数を20%にまで減らすと感染は80%にまで減り、売り上げは40%減になるという結果です。

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図3. NHKによるスタンフォード大学のシミュレーション結果の紹介 [4].

日本では、社会経済活動における対人距離の確保は、最近あまり強調されていないように思います。ひたすら3密回避、手洗い、マスク着用、時短営業に言及されているようで、お店の客席を減らすとか、具体的な対人距離や室内換気量を示すとかの工夫や対策は一部の自治体(たとえば山梨県)を除いてほとんど実践されていません。大阪府もそうです。

これもツイートしましたが、政府分科会の提言も会食の仕方などの従来の自助努力の方策に終始しているように思われます。

このまま緊急事態宣言が解除されれば、飲食店への人流がまた加速化され、卒業・花見シーズンの年度末の様々な行事も重なって急速な感染者増加に繋がり、緊急事態宣言ならずとも国に蔓延防止等重点措置(いわゆるまん防)などを再び要請するという羽目になることは容易に想像されます。そこまで吉村知事は想像が及んでいないんでしょうか。

再度繰り返しますが、吉村知事は勘違いしてはいけません。今、上述したような何かの強い対策をとることもなく緊急事態宣言を解除して気の緩みを誘発することは愚の骨頂です。その不手際によって、必ず1ヶ月後にはN501Y変異ウイルスによる再燃流行が始まり、また緊急事態相当の対策を国に要請をするということになります。そしてその時はすでに手遅れという状態になっているでしょう。このままでは、大阪府医療崩壊の羽目になることは目に見えています。この変異ウイルスを甘く見てはいけません。

引用文献・資料

[1] 朝日新聞アピタル: 関西3府県、知事が緊急事態宣言解除を要請 2月末で. 2021.02.23.
https://www.asahi.com/articles/ASP2R4WS3P2RPTIL005.html

[2] 大阪府報道発表資料: 新型コロナウイルス感染症(変異株)患者等の発生について. 2021.02.22.
http://www.pref.osaka.lg.jp/hodo/index.php?site=fumin&pageId=40713

[3] Chang, S., Pierson, E., Koh, P. W., Gerardin, J., Redbird, B., Grusky, D., and Leskovec, J.: Nature 589: 82–87. https://www.nature.com/articles/s41586-020-2923-3

[4] NHK:[新型コロナウイルス] 感染を防ぐために客席数を減らそう | 命を守る行動を | 2021.02.25. https://www.youtube.com/watch?v=hK8cavAm_ow

引用した拙著ブログ記事

2021年1月18日 変異ウイルスの市中感染が起きている

2020年5月29日 下水のウイルス監視システム

               

カテゴリー:感染症とCOVID-19