変異ウイルスの市中感染が起きている
新型コロナウイルスSARS-CoV-2の新規陽性者は、年末年始にかけて爆発的に増加しました。東京都の新規陽性者数でみると、12月31日にそれまでの過去最多となる1337人を数え、年が明けての1月7日には初の2000人超えとなる2447人を記録しました。
1月8日に開催された新型コロナウイルス感染症対策分科会後の会見において、押谷仁教授(東北大学大学院医学系研究科微生物学分野)は、今回の東京都の陽性者急増について「疫学的に見ると異常な増え方」、「10日以内に2000を超えるというのは、普通には考えにくい状況」と述べました。その要因について彼が示した見解を、ウェブ記事 [1] から拾ったものが以下です。
ひとつは、年末年始の休みの間に検査されたものが報告されるという影響があったと思われる。もう一つの理由として、これまでも分科会等で若い人がなかなか検査を受けてくれないということを言ってきたが、年末年始にかけて起きたことを振り返ってみると、12月27日に政治家の方が亡くなった。同時に、自宅療養や自宅で亡くなっている人たちが増えたという報道が広くなされた。そうしたことで、今まで受けてくれなかった事前確率の高い人たちが検査を受けて、こういうことが起きている可能性もある。そこはきちんと精査しなければならず、今後の感染者の動向を見極めていく必要がある。
このように、感染者急増の要因として、検査数の増加や(感染に心当たりのある)若年層をも含めた被検者数の増加とみなすコメントです。しかし同時に検査陽性率も上昇しているので、単に検査数の増加で陽性者数が増加したというよりは、やはり市中感染が急激に拡大しているとみなした方が妥当のように思われます。いずれにしろ、数字が示すようにそれだけ感染者が増えているという事実は変わりません。
市中感染が急拡大した要因はわかりませんが、感染力が強い変異ウイルスが流入していること、そして今後拡大していくことについては注視する必要があるでしょう。B.1.1.7系統の英国変異株(VOC 202012/01)は、従来の新型コロナウイルスよりも1.7倍の感染力があることが報告されており、英国における現在の感染拡大の原因になっています [2]。とはいえ、これに相当する変異株の市中感染の拡大については、国立感染研究所は今のところ認める見解は出していません。また、上記の押谷教授も、変異ウイルスについては一切触れていませんでした。
現在までに、スパイクタンパク質の構造を含めた表現型を変えるような変異株は、3系統が見つかっています。1月12日、国立感染症研究所は、ブラジル由来の変異株を含めた3つのSARS-CoV-2変異株についてスパイクタンパク質における変異部位について報告しました [3]。これら3変異株においては、図1に示すように、スパイク部分の上流2,000塩基ほどに集中して非同義置換や欠失が起こっています。
図1. 国立感染症研究所が公開したスパイクタンパク質に変異が見られる3つのSARS-CoV-2株(N501Yで特徴付けられる英国、N501Y/E484Kで特徴付けられる南アフリカおよびブラジル由来. 文献[3]より転載).
そして、今日(1月18日)、静岡県において、海外渡航歴がない3人に英国変異株に相当するウイルスが見つかったと国立感染研は発表しました(図2)。これはN501Y変異ウイルスの市中感染が起こり始めていることを推測させるものです。
図2. 静岡県内で英国変異株が検出されたことを伝えるNHKニュース.
変異株が見つかった一人(20代女性)は、1月3日に発症したとされています(図2左)。ということは、昨年12月にすでにこのウイルスに感染していたということになります。私は12月26日のブログ記事「流行蔓延期の対策ーウイルス変異と市中無症状感染者の把握」で、今の対策として変異ウイルスの把握が重要だと述べましたが、まさにこの頃には市中感染が起こっていた可能性を示すものです。
もとより感染研のゲノム解析は、検疫での陽性者は全員を対象として行なわれていますが、国内感染者については全体から抽出した範囲のものであって、4%にしかなりません。変異株の見逃しがあったとしてもおかしくはありません。
上記の20代女性に伝播させたと思われる感染者は、静岡県外で陽性確認されています。しかしウイルス量が少なくて、ゲノム解析までには至らなかったとされています。つまり、PCRのプライマー/プローブを変異株検出用に設計変更することで、変異株検出には対応できているものの、その確定にはゲノム解析が必要というアプローチで進められているため、解析はウイルス量に依存するようです。
ことは迅速性を要することであり、変異ウイルス対策を強化する必要があるでしょう。私は、ゲノム解析を待たなくとも、簡単なマルチプレックスRT-PCR、次世代シーケンサーによるアンプリコン解析、あるいはリアルタイムPCRの温度融解曲線解析で、変異株の市中感染状況を迅速に知ることができるのはないかと考えています。前のブログ記事「流行蔓延期の対策ーウイルス変異と市中無症状感染者の把握」で指摘したように、迅速性と効率性を考えればゲノム解析を感染研に解析を集約するのではなく、自治体の研究所、大学病院、民間検査センターが同時に解析を進めるのが効率的でしょう。
そして網羅的にかつ効果的に変異株を把握するためには、下水監視(→下水のウイルス監視システム)が有効ではないかと思います。上記のように2000塩基の範囲で網羅的に塩基配列を解読すればよいということになりますので、たとえば定期的に下水試料から標準PCRで標的部位を増幅し、クローン解析をすることも可能です。より短い領域なら、次世代シークエンサーで直接アンプリコン解析を行なうこともできるでしょう。
この下水監視は変異株の型と割合を知るためのものなので、リアルタイムPCRによる定量操作である必要はなく、より簡単なPCR操作で行なうことができると思います。感染者からの抽出操作によるバイアスも避けることができます。このようなアイデアはないのでしょうか。
いずれにせよ、ウイルスの進化の常識から考えて、今の日本の流行は急速にN501Y変異ウイルスによるものに置き換わっていく(正確に言えばN501Yが優占していく)ものと予測されます。そして、何も有効な対策がなければ、この春には変異ウイルスによる感染大流行という事態になるでしょう。その意味で、再度強調しますが変異ウイルスの解析体制の強化が急がれます。対策当事者の人たちは、ちょっとのんびりし過ぎではないでしょうか。
引用文献・記事
[1] Yahooニュース: 東京都の年末からの感染者急増は「疫学的に見ると異常な増え方」 東北大学・押谷教授. ABEMA TIMES. 2021.01.08. https://news.yahoo.co.jp/articles/00663ff629bd4af1d407b81bf513690a8becfb13
[2] ECDC: Rapid increase of a SARS-CoV-2 variant with multiple spike protein mutations observed in the United Kingdom. Dec. 20, 2020. https://www.ecdc.europa.eu/sites/default/files/documents/SARS-CoV-2-variant-multiple-spike-protein-mutations-United-Kingdom.pdf
[3] National Institute of Infectious Diseases, JAPAN: Brief report: New variant strain of SARS-CoV-2 identified in travelers from Brazil. 2021.01.12. https://www.niid.go.jp/niid/images/epi/corona/covid19-33-en-210112.pdf
引用した拙著ブログ記事
2020年12月26日 流行蔓延期の対策ーウイルス変異と市中無症状感染者の把握
2020年5月29日 下水のウイルス監視システム
カテゴリー: 感染症とCOVID-19