Dr. Tairaのブログ

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第2波の流行をもたらした弱毒化した国内型変異ウイルス

はじめに

昨日(2月9日)、読売新聞は新型コロナウイルス感染症に関する興味深い記事を掲載しました [1]。昨年夏のいわゆる第2波の流行が、重症化しにくい変異ウイルスによる可能性があるという記事です。

記事の元ネタは、慶応大学の研究グループの研究成果 [2, 3] です。日本語による解説ウェブページも出ています [4]。この件については、昨年終わりのブログ記事「流行蔓延期の対策ーウイルス変異と市中無症状感染者の把握」でも取りあげました。ここでCOVID-19流行抑制対策の上での変異ウイルスの解析の重要性を、再度考えてみましょう。

1. 日本の流行パターン

まず、これまでの日本の新規陽性者数と死者数の推移を比べてみましょう。図1上に見られるように2020年4月をピークとする第1波、8月をピークとする第2波、そして今年1月ピークの第3波と順を追って感染者数が増えています。一方で、死者数は第2波において、他の波よりも小さい傾向にあります(図1下)。確かに、第2波においては感染者数に対する死者数の相対比は低くなっているのです。つまり、重症化数もそれだけ小さくなっていると見ることができます。

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図1. 日本におけるSARS-CoV-2の新規陽性者数とCOVID-19新規死者数の推移(出典:worldometer).

第2波では、検査数が増えたことによって、第1波では見逃されていた若年層を中心とする無症状感染者数が大幅に増えました。東京都の例で見るとそれが顕著に現れています(図2)。

相対的には若年層の感染者数が増えたことによって、一見、重症化しやすい高齢者の感染者数が減って、重症化→死亡の例も減ったとみなすことができます。つまり検査数の拡大によって、若年層も含めた感染者が早く見つかるようになり(母数が増え)、医療の対応も早くなって重症化を防ぎ、致死率も下がったと言う見方です。

昨年9月、国立感染研究所は重症化、致死率の低下の理由として、 1) サーベイランス感度が高まり、より多くの感染者が確認できるようになったこと(検査体制の拡充、感染リスクの高い場所での積極的な検査の実施、診断までの日数の短縮等)、2) 若い世代が占める割合が高くなっていること、3) 高齢者であっても比較的健康な高齢者が含まれると考えられること、4) 標準的な治療法に基づく対応が進んでいると考えられることを
あげていました [5]

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図2. 東京都におけるSARS-CoV-2感染者の年代別割合の推移(NHK 7News 2021.02.02).

ちなみに、今年の1月以降に急激に若年層の割合が下がり、高齢層の割合が上がっているのは無症状の濃厚接触者の追跡をあきらめ、医療施設、介護施設等を重点的に検査にするという検査方針の変更が影響しているものと思われます。したがって検査数が減るとともに、施設の従事者を中心とする陰性確認が増えているため、陽性率も下がっていると考えられます。

2. 第2波流行における弱毒変異ウイルスの優占-慶応大学の研究

ところが上記の感染研の9月見解とは異なる事実が出てきました。先のブログ記事でも紹介しましたが、慶應義塾大学の研究チームは臨床データ、ウィルスゲノムデータ、生化学実験データを統合して、第2波は「重症化しにくいウイルス」によるものという結論を導き出し、メドアーカイブに査読前論文として発表しました。11月に掲載された最初のプレプリント [2] と今年2月に掲載されたアップデート論文 [3] の見解を要約すると以下のようになります。

昨年の第2波で、初夏から秋にかけて国内でのSARS-CoV-2変異型B.1.1.284が急増しました。この系統(Japanese lineageは、メインプロテアーゼ酵素(3CLPro)に変異(Pro108S変異)があり、従来の株に比べるとその活性(基質結合能)が半減していました。B.1.1.284系統ウイルスに罹患した患者は重症化する割合が、従来株に感染した患者に比べて1/4程度であり、軽症となる可能性が高かったとされました。

慶応義塾大学医学部臨床遺伝学センターのウェブページから拾ってきた当該ウイルス変異株の系統樹図3です。系統樹上、薄茶色・橙の丸印で示されるのがB.1.1.284系統であり、横軸の時系列で見ると昨年の5月当たりから急拡大していることがわかります。そして、この変異型は第2波では増えたが、第3波では消退傾向にあるとしています。そして代わりにB.1.1.214系統(これも日本発の変異ウイルス)が主要になってきていることが示されています。

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図3. 日本変異型SARS-CoV-2の分子系統樹と時系列における検出(文献 [4] より転載).

このB.1.1.284やB.1.1.214系統の変異ウイルスは、いま注目されているいわゆる英国変異株(B.1.1.7系統)とは異なり、スパイクタンパク質部分の非同義置換による変異がほとんどありません(図6の青色の部分)。すなわち、感染力の増強にかかわる変異は起こしていません。そして、弱毒化したB.1.1.284からまた元のB.1.1.214に戻っているのが第3波です。

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図4. 武漢起源のSARS-CoV-2に対する三つの系統ウイルス(B.1.1.284、B.1.1.214、B.1.1.7)の変異部分の比較(文献 [4] より転載).

3. 国立感染研究所の分子系統解析

今年の1月終わりには、国立感染研自身がウイルスの変異型の系統解析のデータを公表しました [6]。それによれば、第2波においてはB.1.1.284系統ウイルスが優占的に検出され、第3波になるとそれがB.1.1.214系統にとって替わられたことが示されています(図5)。上記の慶応大学の研究結果とほぼ同様です。このデータは、感染研が9月に出していた第2波の見解を、自ら否定する結果になっています。

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図5. 中国武漢を発端とするウイルス流入からの時系列における異なるウイルス系統の分布 (文献 [6] より転載).

ちなみに、図6上に"Pangolin"とあるのは、マレーシアセンザンコウから分離されたベータコロナウイルスSARS-CoV-2が系統的に近い [7] のでこのようによばれています。

それにしても慶応大学と感染研はそれぞれ独自に解析を行なっていて、それで同じ結果になったというのでしょうか。そうだとすれば、ずいぶんと人、物、お金、時間の無駄を生じたということにならないでしょうか。お互い協力して解析を行なっていれば、もっと迅速かつ効率的にデータが得られ、対策にも生かされたと思いますが。

3. 変異ウイルスの動向

現在日本では、日本型ウイルスB.1.1.214を中心とする流行になっていると思われますが、広がりが懸念されているいわゆる英国変異型や南アフリカ変異型についても国内ですでに105人が感染を確認されています(図6)。田村厚生労働大臣は、2月9日、これらの変異ウイルスについて面的な広がりになっておらず、クラスターとしてリンクを追えていると述べました。

このような田村厚労相の「変異ウイルスのリンクは把握している」という弁には、ちょっと落胆と危惧を抱かざるを得ません。なぜなら、変異ウイルスの検出数から見て、リンク調査の外にはすでに多くの市中感染があるとするのが当然であり(→変異ウイルスの市中感染が起きている)、このままでは、この先変異ウイルスによる大流行(いわゆる第4波)が起こるとみなすのが妥当だからです。面的な広がりがあってからの対応ではもう遅いのです。

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図6. 国内における英国型および南アフリカ型変異ウイルスの検出(2021.02.10. TV朝日「モーニングショー」より)

気になるのは、慶応大学も国立感染研もゲノム解析を行なっているウイルス株は、患者から分離されたものに限定されています。はるかに多く存在すると思われる無症状感染者のウイルスは、技術的なこともあってまったく解析されていません。

現に国立感染研のゲノム解析の割合は全感染者数の4%と言われています。つまり96%は見過ごされているわけです。このような状況で、本当に変異ウイルスを含めた流行のパターンを追うことができるのか、いささか心配になります。

4. SARS-CoV-2の変異

SARS-CoV-2はほかのRNAウイルスと同様に変異しやすいことが知られています。このウイルスのRNA依存性RNAポリメラーゼ(RdRp)は4つのタンパク質(nsp7, nsp8, nsp12, nsp14)の複合体を形成しますが(nsp12がポリメラーゼ活性本体)、実は、nsp14がエラー校正用エキソヌクレアーゼ活性をもっており、事実この活性がなくなると変異が増大することが知られています [8, 9]。つまり、SARS-CoV-2自体は忠実にRNAを複製する機能を有しており、それが約3万塩基という比較的大きいゲノムサイズをもつことの根拠にもなっています。

ところが、実際はウイルス感染に対抗するための宿主のデアミナーゼによるRNA編集機能があり、SARS-CoV-2のRNAヌクレオチド酵素的に変換されることが明らかにされています [10]。たとえば、アデノシンからイノシンへの変換や、シトシンからウラシルへの変換が確認されており、このRNA編集プロセスによってウイルスと宿主の両方の運命が決定される可能性が指摘されています。

したがって、実際、SARS-CoV-2は変異しやすいウイルスになっているわけであり、その意味で、定期的なゲノム解析は、ウイルス自身の変異と宿主細胞の内因性のRNA編集機構で現れる変異の組み合わせを捉えるものとしてきわめて重要です。検疫陽性者、いわゆるスーパースプレッダー、長期的にウイルスを排出する入院患者などは、とくに解析対象者として注視すべきだと思われます。

おわりに

ウイルスのゲノム分子疫学の成果によって、日本で発生した第1波、第2波、そして第3波の感染流行は、異なる変異型によってもたらされたことがわかりました。とくに第2波流行は、いわば弱毒化したB.1.1.284系統ウイルスによって起こったことが示され、その結果として重症化や致死率が下がったと推察されます。 

第2波では、検査数の拡大によって若年層も含めた感染者が早く見つかるようになり、医療の対応も早くなって重症化を防ぎ、致死率も下がったという見解が多くの医療専門家から出されていました。しかし、この見解は見当違いだったことがゲノム分子解析で示されたことになります。ウイルスそのものの弱毒化が原因だった可能性があるわけです。

この見当違いの解釈によってその後油断を招き、第3波での感染拡大を許し、多くの死者を出していることは否めないように思います。科学的証拠に基づかず、想像でものを言うことがいかに危険であるかを物語る教訓として、政府や専門家は心に留めておくべきでしょう。そして迅速かつ網羅的なウイルスのゲノム解析が、感染対策にとってもきわめて重要であることを私たちはあらためて知らされました。この教訓はこの先の第4波の抑止に生かすことができるのでしょうか。

これまでの3回の流行の波は異なる変異ウイルスによってもたらされましたが、この変異ウイルスの消長が意味するところは不明です。定期的なウイルスゲノムの解析は流行を予測するものとしてきわめて重要であり、そして、患者のウイルスRNA編集プロセスによる変異がウイルスの運命にどのような影響があるのか、解明が待たれるところです。

引用文献・記事

[1] 読売新聞: コロナ第2波、重症化しにくい「変異」ウイルスの可能性…現在の第3波とは別タイプ. 2021.02.09. https://www.yomiuri.co.jp/medical/20210209-OYT1T50116/

[2] Abe, K.: Severity of COVID-19 is inversely correlated with increased number counts of non-synonymous mutations in Tokyo. medRxiv posted Nov. 24, 2020. 

[3] Abe, K. et al.: Pro108Ser mutant of SARS-CoV-2 3CLpro reduces the enzymatic activity and ameliorates COVID-19 severity in Japan. medRxiv posted Feb. 2, 2021. https://www.medrxiv.org/content/10.1101/2020.11.24.20235952v2

[4] 慶応義塾大学医学部臨床遺伝学センター: 新型コロナウイルスゲノム解析. https://cmg.med.keio.ac.jp/covid19/

[5] 国立感染症研究所: 新型コロナウイルス感染症の直近の感染状況等(2020年9月9日現在). 2020.09.18. https://www.niid.go.jp/niid/ja/diseases/ka/corona-virus/2019-ncov/9856-covid19-ab8th.html

[6] 国立感染症研究所: 新型コロナウイルスSARS-CoV-2ゲノム情報による分子疫学調査(2021年1月14日現在). 2021.01.29. https://www.niid.go.jp/niid/ja/diseases/ka/corona-virus/2019-ncov/2488-idsc/iasr-news/10152-493p01.html

[7] Tsan-Yuk Lam, T. et al.: Identifying SARS-CoV-2-related coronaviruses in Malayan pangolins. Nature 583, 282-285 (2020). https://www.nature.com/articles/s41586-020-2169-0

[8] Ramano, M. et al.: A structural view of SARS-CoV-2 RNA replication machinery: RNA synthesis, proofreading and final capping. Cells 9, 1267 (2020). https://doi.org/10.3390/cells9051267

[9] Eskier D. et al.: Mutations of SARS-CoV-2 nsp14 exhibit strong association with increased genome-wide mutation load. PeerJ Oct 20, 2020. https://peerj.com/articles/10181/

[10] Di Giorgio, S. et al: Evidence for host-dependent RNA editing in the transcriptome of SARS-CoV-2. Sci. Adv. 6, eabb5813 (2020). https://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.abb5813

引用した拙著ブログ記事

2021年1月18日 変異ウイルスの市中感染が起きている

2020年12月26日 流行蔓延期の対策ー変異ウイルスと市中無症状感染者の把握

               

カテゴリー:感染症とCOVID-19