Dr. Tairaのブログ

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関東でE484K変異ウイルスが広がる?

はじめに

新型コロナウイルスSARS-CoV-2は時間軸に対して一定の確率で変異します。この変異は、宿主(ヒト)内で増殖する際のRNAポリメラーゼによるRNAゲノムの複製エラー、および宿主のRNA編集の組み合わせによって起こりますので、感染者数が多い程増殖の機会が多くなり、その変異のスピードも大きくなると予測されます。このほかに外界での変異原(紫外線など)も変異を起こす要因です。

一般に、ウイルスの変異は生物のそれと同じようにランダムに起こるものであり、方向性がない中立的な変異です。このような変異は、それが非同義置換(アミノ酸の変化を伴う変異)である場合、ウイルスが"子孫をつなぐ"ことにとっては害になることが多く、ほとんどが消えていきます。しかしながら、ときとして表現型(感染性や毒性など)を変えるような変異が起こっても、それが宿主に適応した場合、勢力を拡大するようになります。

1. これまでの感染流行の波とウイルスの系統

国立感染研究所によれば、昨年の日本の感染流行においては初期の武漢型ウイルスに替わって、2020年3~4月には欧州系統(Pangolin2系統B.1.1.114)の流入が認められ、いわゆる第1波の感染流行になりました。続く第2波の主流は、この欧州系統から派生した弱毒化したB.1.1.284であり、一方、第3波においてはB.1.1.214による感染流行であるとされています(→第2波の流行をもたらした弱毒化した国内型変異ウイルス)(図1)。

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図1. 中国武漢を発端とするウイルス流入からの時系列における異なるウイルス系統の分布 (文献 [1]より転載).

つまり、これまでの3回のピークを伴う感染拡大は、それぞれ異なる変異型ウイルスによってもたらされたということになります。このように変異ウイルスの動態と消長は、感染流行の大きさや重症化などに大きく影響するため、常にモニタリングしておくことが非常に重要です(→変異ウイルスの市中感染が起きている)。

2. 英国型、南アフリカ型、ブラジル型変異ウイルス

国立感染症研究所は、2月22日、現在の変異ウイルスの検出状況をウェブ上で報告しました [2]。第3波の流行が見かけ上減衰し、下げ止まりになっているこの時期において懸念されているのが、三つの変異ウイルスの脅威です。日本国内ではいずれもこの冬から検出されるようになったもので、一つ目は英国型の変異ウイルス(VOC-202012/01 [B.1.1.7])です。二つ目は南アフリカ型の501Y.V2(B.1.351)であり、三つ目はブラジル型の501Y.V3(P.1)です。

この三つの変異ウイルスに共通することは、Spikeタンパク質にN501Y変異をもつことです。Spikeタンパク質はコロナウイルスの表面を覆うエンベロープ上の突起タンパクで、ヒト受容体であるACE2タンパク質に結合します。ここにN501Y変異があることで、従来より感染力が強くなることが指摘されており、たとえば英国型の場合、感染力が最大で1.7倍強いことが報告されています。

ちなみにN501Yというのは、Spikeタンパク質の501番目のアミノ酸残基がアスパラギン(N)からチロシン(Y)に変異したという意味です。つまり、極性非電荷側鎖アミノ酸(N)からベンゼン環を有する極性電荷側鎖アミノ酸(Y)に置き換わったということですから、結合力に何らかの変化があるだろうということは容易に想像できます。参考のために、アミノ酸名とその略号について表1に示します。

表1. アミノ酸名と略号

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さらに、南アフリカ型とブラジル型に共通するのは、同時にE484K変異があることです。ヒトの感染防御においては、Spikeタンパク質の結合領域(receptor-binding domain)に親和性を示す中和抗体が最も有効であることが知られていますが、このE484Kに変異があると、ワクチン効果を減弱させる免疫逃避の可能性があると指摘されています。

E484Kは酸性アミノ酸であるグルタミン酸(E)から塩基性を示すリジン(K)への変異です。グルタミン酸はreceptor-binding domainのACE2結合に重要であり、かつ中和抗体の中心エピトープに配置されるアミノ酸残基であるため、ここが塩基性のリジンにかわってしまえば、抗体の効果が減弱する可能性は容易に想像されます [2]。

N501Y変異ウイルスは感染力の強さから、今後の感染拡大の主流になるのではないかと懸念されているウイルスです。現在N501Yの検出を強化する対策がなされているようですが、全PCR陽性検体に対する追加の変異ウイルス検査の割合はまだ低く(10%程度)、果たしてこれでうまく監視ができているのか疑問です。

3. E484K変異ウイルス

国立感染研は、南アフリカ型やブラジル型として報告されている変異株に加えて、N501Y変異は有していないものの、同一のE484K変異を有するB.1.1.316系統を検出したと報告しています [2]。この変異ウイルスの検出件数は、2月2日時点で、空港検疫で2件、関東全域で91件となっています。

国立感染研はこのB.1.1.316について、欧州系統B.1.1.114(図1水色の系統)から13塩基変異(およそ7カ月間の時間差)を有しており、この13塩基変異の空白リンクを埋める国内検体もこれまで見当たらないことから、日本国内で変異したものではないとしています。一方で、同時にゲノムデータベースであるGISAIDを検索しても、このB.1.1.316株がどの国由来かも特定できないとしています。

図2に、E484K(B.1.1.316)株と他の変異ウイルス株の一次構造上の変異マップを示します。E484型は、他の変異ウイルスと異なり、ORF1aに変異がほとんど入っておらず、Spikeタンパク質部分を含む下流領域に変異が集中しています。また、総変異数が21塩基と国内型(B.1.1.284およびB.1.1.214)19–20塩基に類似しています。少なくとも総変異数から見た場合、日本と同様な感染流行(感染者数の規模)の中で変異を重ねてきた株のようにもみえます。

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図2. 国内で検出されたSARS-CoV-2変異株とスパイクタンパク質におけるE484K変異 (文献 [2]より転載).

そこでE484K型の起源のヒントを得るために、SARS-CoV-2の系統のデータベースであるPANGO lineages [3] を参照してみました。そうすると、図3に示すように、世界中でE484K型が最初に見つかったのは昨年5月17日(北米)と古いですがわずか1件であり、今年の冬から急増していることがわかりました。そして、北米、メキシコ、ヨーロッパに散在して検出されているものの、約50%は日本で検出されていることも分かりました(図5中ヒスイ色のヒストグラム)。

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図3. 世界におけるB.1.1.316系統ウイルス(E484K変異)の検出頻度の推移(PANGO lineages [3]から転載.このグラフでは2020年10月23日にアジア[日本]の最初の検出例がプロットされているが、感染研の報告では10月24日となっている [2]).

さらにB.1.1.316系統の中でR.1とR.2という亜系統への進化が見られ、 R.1亜系統の検出のトップが日本であることもわかりました(図4上)。とくに時系列でのR.1系統の検出頻度を見ると、日本で優占的に検出されていることが分かります(図4下、ヒスイ色のヒストグラム

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図4. 世界におけるB.1.1.316の亜系統ウイルスR.1の検出総数(上)と検出頻度の推移(文献[3]から転載).

図4のデータは何を意味するでしょうか。国立感染研はE484K(B.1.1.316)が日本国内で変異したものではないとしていますが、総変異数が従来の国内変異ウイルスと似ていること、そして世界中で日本で優占的に検出されていることから考えて、R.1亜系統については(オリジナルは北米?だとしても)日本で変異したものと考えてもおかしくないような気がします。

そして、関東から91件の検出例があることは、この変異が関東(東京)中心で起こったものと推測することもできます。今も従来の変異ウイルスに替わって勢力を拡大していることでしょう。

E484型が従来の国内変異ウイルスと13塩基の違いがあり、その空白を埋められていないとしても、そもそも陽性検体のごく一部しか調べていないわけだし、無症状感染者はまったく調べていないわけですから、取りこぼしがあったとしてもおかしくはありません。図1にある4月ピーク流行の欧州型に続き、8月ピークの国内変異型が現れた時も、6塩基の空白があると感染研は述べていました(→ウイルスの分子疫学と沖縄の流行把握への期待)。

おわりに

先月、国内においてもワクチン接種が開始されました。一方、免疫逃避の性質を有すると考えられるE484K型は、これからのワクチンによる集団免疫に影響を与えるかもしれないウイルスということで監視強化していく必要があると思われます。不思議なことにこのE484K型はN501Y型と比べてほとんどまったくと言っていいくらい報道されていません。そして、感染者の中の追跡も行なわれていないようです。どういう理由によるものでしょうか。

いずれにせよ、国内での変異ウイルスの動態解析と早期探知は、感染流行の制御のために必須なものです。国立感染研のみならず、大学病院、自治体研究所、民間検査会社などにゲノム解析拠点を置き、それらをネットワーク化した迅速かつ継続的なゲノム監視体制の確立が重要であると思われます。

引用文献・資料

[1] 国立感染症研究所新型コロナウイルスSARS-CoV-2ゲノム情報による分子疫学調査(2021年1月14日現在). 2021.01.29. https://www.niid.go.jp/niid/ja/diseases/ka/corona-virus/2019-ncov/2488-idsc/iasr-news/10152-493p01.html

[2] 国立感染症研究所: 新型コロナウイルスSARS-CoV-2 Spikeタンパク質 E484K変異を有するB.1.1.316系統の国内流入(2021年2月2日現在). 2021.02.22. https://www.niid.go.jp/niid/ja/diseases/ka/corona-virus/2019-ncov/2488-idsc/iasr-news/10188-493p02.html

[3] PANGO lineages: https://cov-lineages.org/lineages.html

引用した拙著ブログ記事

2021年1月25日 第2波の流行をもたらした弱毒化した国内型変異ウイルス

2021年1月8日 変異ウイルスの市中感染が起きている

2020年8月7日 ウイルスの分子疫学と沖縄の流行把握への期待

               

カテゴリー:感染症とCOVID-19