Dr. Tairaのブログ

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ウイルスの分子疫学と沖縄の流行把握への期待

2020.08.08: 15:29更新

国立感染症研究所は、8月5日、国内の新型コロナウイルス感染症の流行に関して最新のSARS-CoV-2ゲノム解析に関する中間報告をホームページ上に公開しました [1]。同研究所によれば、国内患者3618人、クルーズ船「ダイアモンドプリンセズ号」70人、空港検疫67人のからのウイルスゲノム情報を収集済みということです。データベースGISAID(Global Initiative on Sharing All Influenza Data)などに、国内患者435人、DP号70人のゲノム情報を公開済みとしています。

前回までの報告によれば、中国湖北省武漢由来のウイルスによって国内最初の流行が起こり、その後3月中旬頃からヨーロッパ系統型の同時多発的な流入により、数週間のうちに全国的に流行が拡大したとされています(→ゲノム疫学からみたCOVID-19流行パターン)。この流行は新規陽性者数の増加から見た場合、緊急事態宣言後の4月中旬にピークを迎え、その後減衰に転じ、5月25日の全国的緊急事態宣言の解除に繋がりました。

マスメディアは3-5月の流行を第1波と呼んでいます。この波は見かけ上収束したものの、5月末からの経済再開を契機に再燃し、現在大きな波となって全国に拡大しています。すなわち、6月上旬からすこしずつ感染者数が増加傾向へ転じ、その後、東京都を中心にクラスターが多発し、それと並行して7月上旬から地方でも陽性者が増加し、沖縄県を含めて全国規模に拡大しています。感染研は「“若者を中心にした軽症(もしくは無症候)患者” が密かにつないだ感染リンクがここにきて一気に顕在化したものと推察される」と述べています。

まさしく、クラスター対策の初動方針による検査の網にかからなかったサイレントキャリアー(潜在的感染者)が当初からたくさんいて、大半は自然消滅に至ったとしても、一部は見かけ上収束に至った5月以降も市中で流行を繋いでおり、それが現在の再燃に至っているということです。したがって、現在の流行におけるウイルスの型を知ることは、それを証明する上でもきわめて重要です。

今回、感染研はウイルスゲノムのハプロタイプによる親子関係とも言える新しい系統図を発表しました(図1)。それによると、3月中旬に流入した欧州型(図1右薄黄色の群)から6塩基変異を有したウイルス型、およびさらに変異が進んだ特定のゲノムクラスターを確認し(図1下薄赤色の群)これらを起点に全国各地へ拡散していることが示されています。感染研は「1ヶ月間で2塩基変異する変異速度を適用すれば、ちょうど3ヶ月間の期間差となり時系列として符合する」と述べています。

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図1. 日本で検出されたSARS-CoV-2のゲノム変異に基づくハプロタイプの系統ネットワーク(文献[1]からの転載図).

さらに感染研は「この3ヶ月間で明確なつなぎ役となる患者やクラスターはいまだ発見されておらず、空白リンクになっている」と述べています。これはむしろ当たり前で、無症候性感染者が伝播を繋いできたとするなら、これらを検査対象外としてきたクラスター対策の疫学調査の穴が露呈しているだけの話です。残念なのは、やはり検査を広げて、クラスターとは確認されない無症候性感染者を探知し、そのウイルスゲノムを解析しておくべきでした。

感染研はこれらのデータの読み方について、以下のような注意書きをしています。むしろこのような情報は、分子疫学調査のイントロとしてホームページ上に掲げてもらえれば国民の理解が進むと思います。
                  
本調査におけるゲノム情報は “鑑識” としての役割を担っているに過ぎず、聞き取り調査等の疫学情報無しでは成立しない。あくまで疫学調査を支援するひとつの支援材料であることを予めご留意いただきたい。塩基変異を足取りに “ゲノム情報を基礎にしたクラスター認定” を実施しているが、これは地域名や業種を特定して名指しするものではなく、あくまで患者としての成り立ちを “ウイルス分子疫学” として束ねてその共通因子を探る調査法である。

                  

さらに以下のような、東京型、埼玉型というウイルスの型に対する言説に対する懸念を示しています。この言説は、エピセンターという言葉とともに児玉龍彦名誉教授(東京大学先端科学技術研究所)の発言が元になっていることであり、テレビ等でもクローズアップされてきました。これらはいささかアジテーション風でもありましたが、国の感染症対策のお粗末さや情報開示の遅さに対する苛立ちからきた発言だと思います。

                   

東京型・埼玉型といった地域に起因する型(type)を認定するような根拠は得られていないし、ステレオタイプに定義のない型を使用して混乱を増長する危険性を感じている。また、新型コロナウイルスの塩基変異に伴う病原性の変化についての議論がしばしば見られる。一般論としては、ウイルスは病原性をさげて広く深くウイルス種を残していく適応・潜伏の方向に向かうと推定される。新型コロナウイルスの病原性の変化については単にゲノム情報を確定しただけでは判定できるものではなく、患者の臨床所見、個別ウイルス株の細胞生物学・感染実験等を総合的に考慮する必要があると考えている。

                   

東京型、埼玉型という名称は別にして、すでに欧州型からウイルスが進化(6塩基もの違い)して、それがすでに「日本型」として全国で蔓延していることは隠しようがない事実だと思います。「ステレオタイプに定義のない型を使用して混乱を増長する危険性を感じている」というコメントはわかりますが、それならばなお、混乱を防止するためにも先行した積極的な情報開示と説明をお願いしたいものです。病原性や弱毒化云々に関する根拠のない言説に対しても同様です。

このようなウイルスゲノム疫学の手法の展開が期待されるのが、沖縄における感染状況の把握です。沖縄における感染拡大は深刻で、玉城デニー知事は、8月1日、県独自の緊急事態宣言を発出しました。図2に示すように、沖縄では陽性者が急増していますが(図2下)、特殊なのはそれに先行して沖縄米軍基地内において感染が広がっていたことです(図2上)。これについては今朝のテレビ朝日「モーニングショー」でも取り上げていました。

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図2. 沖縄米軍基地および沖縄県内の新規陽性者数の推移(沖縄県HPの公表データに基づいて作図)。

沖縄県の深刻さは、上記のテレビ情報ですが、実効再生産数3.2という感染力の強さです。陽性者の増加傾向をよくみると、7月の4連休頃から始まっていることがわかります。感染日は陽性確定の1〜2週間前というように推察すると、この急激な増加は4連休を境にしたGo Toトラベルによる本土からの観光客の増加だけによるものとは思われません。

このように高い実効再生産数と感染の時期を考えると、ひょっとしたら米軍基地内の感染が市中に広がったのではないかとも想像されるわけです。何しろ政府は米軍基地内での感染状況をまったく把握しておらず、米軍に要請した上でやっと発表されたのが7月11日です。韓国では在韓米軍の感染が逐次発表されていたのと比べると雲泥の差ですが、この沖縄米軍からの情報開示の遅さが、沖縄における感染拡大の一因になっている可能性もあります。

沖縄米軍とその関係者は一切日本の検疫を受けておらず、米国からの直接流入者です。もし米国からのウイルス持ち込みによって沖縄の感染が広がっているとすると、感染力の違いにも現れているかもしれません。これを確かめるために必須なのがウイルスゲノムの解析です。

米軍は基地外の沖縄の病院への患者収容についても打診しています [2]。それだけでも沖縄県にとっては相当な負担になるわけですが、それならばこの機会に感染研は、米軍の患者と沖縄県民患者の検体採取とウイルスゲノムの比較解析を先導してやるべきだと思います。もし、米軍関係患者のウイルス解析ができなかったとしても、沖縄の患者と本土の患者のウイルスの型を比較すれば、(米軍由来か本土由来か)ある程度の結論を出すことはできます。

玉城知事は、ひっ迫した医療事情から、検査対象者の変更や検査に回っている人員の見直し(減員)にも言及しているようです(図3)。関わっている医師たちの検査抑制的な意識 [3] が悪い方向へ影響していなければと懸念します。

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図3. PCR検査の対象者の考え方について/沖縄県.

図1では示していませんが、今日(8月7日)沖縄県の陽性者は100人になり、医療態勢も人員不足(https://twitter.com/okinawa_pref/status/1291243256915738629)もいよいよ深刻になってきました。

もとより沖縄米軍基地にしてもGo Toトラベル事業にしても政府の責任の範囲にあります。もし、今の沖縄の流行が米国のウイルス由来とするなら、またしても日米地位協定の犠牲と言わざるを得ない状況になり、政府の責任はますます重大になります、菅官房長官沖縄県のホテル等の収容施設確保の不備を批判しましたが、まずは、至急県に対して何らかの支援策を講ずるべきではないでしょうか。

2020.08.08追記

このブログ記事を書いた後に琉球新報の記事 [4] に目がとまりました。新聞記事は、政府分科会の尾身茂会長が沖縄のウイルスについて、「米軍由来のものが多いのか、東京由来のものが多いのかを国立感染症研究所が調べていると語った」と伝えています。 

引用文献・記事

[1] 国立感染症研究所: 新型コロナウイルスSARS-CoV-2のゲノム分子疫学調査2 (2020/7/16現在). 2020.08.05. https://www.niid.go.jp/niid/ja/basic-science/467-genome/9787-genome-2020-2.html

[2] 琉球新報: 米軍、沖縄の病院使用の可能性伝える 全基地従業員検査に1・6億円試算 県議会軍特委. 2020.07.22. https://ryukyushimpo.jp/news/entry-1160802.html

[3] 森健: すべての観光客がコロナ患者だと考えて迎え入れる――経済との両立、沖縄の医師が語る「腹の括り方」【#コロナとどう暮らす】 Yahoo!ニュース. 2020.07.17. https://news.yahoo.co.jp/articles/bf7a53d97a10e37d4c667e9f0f18ee063c5801f8?

[4] 琉球新報: 沖縄、国の緊急事態発出の対象にも 政府のコロナ対策分科会が示唆
2020年8月7日 17:46. https://ryukyushimpo.jp/news/entry-1170352.html

引用した拙著ブログ記事

2020年4月 ゲノム疫学からみたCOVID-19流行パターン

           

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