Dr. Tairaのブログ

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長崎モデル−初のPCR集合契約

政府は5月25日の緊急事態宣言解除後、社会経済活動の促進に舵を切りました。感染が収束したら導入と言っていたはずのGoToトラベル事業も、東京除外ながら強引に始めました。しかしながら、経済を回すための新型コロナウイルス感染症対策がなかなか進みません。何もないと言った方がよいくらいです。この間全国的に陽性者数は急速に増えています。

図1に、日本を含む東アジアおよび西太平洋の先進国の陽性者数の増加(対数増加)を示します。他の国がほぼ横ばいなのに対して、日本はオーストラリアとともに増加に転じています。しかし、日本の特徴は陽性者の増加とともに陽性率も上がっていることです。検査が足りていない証拠です。

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図1. 日本および東アジア・西太平洋諸国におけるSARS-CoV-2陽性者の累積数の推移(Our World in Dataより).

安倍総理は巣ごもりしたままですが、ちょこっと姿を見せては緊急事態宣言をする段階にはないと言っています。そして、これだけ陽性者数が増加しているにも関わらず、政府分科会の検査の方針は、有症状者と濃厚接触者を対象とするという従来の行政検査と基本的に変わらず、有効な対策も打ち出せていません。先日のお盆の帰省に関する提言も中途半端です。「感染症対策に気をつけて帰省をしてもよい」と言う一方、対策に自信がなければ帰省するなという言い方です。何も言っていないのに等しいです。

いうわけで、政府の対策に任せておけない各自治体は、緊急事態宣言をも含めて独自のネーミングとともに対策をとり始めています。主な例を下に挙げます。

                        

大阪府:飲食業への休業や営業時間の短縮要請

沖縄県:7月31日「緊急事態宣言」

岐阜県:7月31日「第2波非常事態」

長崎県:8月1日「フェーズ3」(18の都府県への不要不急の訪問控え要請)

三重県:8月3日「緊急警戒宣言」

福岡県:8月5日「福岡コロナ警報」

愛知県:8月6日「緊急事態宣言」

熊本県:レベル3の警報

香川県:不要不急の県外への移動控え要請

                        

これらの中で注目すべきは長崎県の対応です。なぜなら、多くの府県の感染症対策が、お店の営業短縮要請や県民の移動自粛要請にとどまっているのに対し、長崎県のそれはPCR検査の対策まで具体的に示していることです。

長崎では長崎大学の活躍が目につきます。本学は大学病院と附属施設として熱帯医学研究所を抱えており、COVID-19研究や検査技法の開発等の拠点になっています。熱帯医研究は、2月10日の時点でCOVID-19に関する市民講座を行なっています [1]。 SARS-CoV-2の検査で中心的役割を担っている、日本臨床検査医学会の「新型コロナウイルスに関するアドホック委員会 」[2] の委員長は、長崎大学大学病院検査部の栁原克紀教授が務めています。栁原教授のPCR検査等の見解についてはウェブ記事で紹介されています [3]

長崎大学の実績の例として、等温性DNA増幅法であるLampの開発・実践やクルーズ船「コスタ・アトランチカ」の乗客の検査が挙げられるほか(→COVID-19感染の検査体制を補う大学の力)、SARS-CoV-2PCR検査自由診療)について陰性証明書の発行も行なっています。すなわち、出張や渡航、その他証明書が必要とされる場合に、無症状者のPCR検査を受け付けています。

そして、長崎県内で陽性者の確認が相次いでいることを受け、県医師会と長崎大学長崎大学病院は、8月3日、長崎市内で共同記者会見を行い、PCR検査の集合契約を発表すると同時に、県内の感染状況と県民に要請すべき感染抑制のための行動変容について説明しました [4, 5]。会見を行ったのは、長崎県医師会の森崎正幸会長、河野茂長崎大学学長、中尾一彦長崎大学病院院長、そして泉川公一長崎大学病院感染制御教育センター長の4人です。

今朝(8月6日)のテレビ朝日モーニングショー」では、この会見の内容を取り上げ、この長崎県の取り組みを「長崎モデル」と名付けて解説していました。長崎モデルと言っても、医師会と長崎大学病院という医療従事者集団が中心となって会見を行なったということです。もちろん政治家ではないので、大阪府の知事のパフォーマンスのような派手さはありませんが、現場に近い人たちである分かえって説得力があり、独自性と実効性が伝わってきます。

日本初の大規模PCR集合契約となった今回の試みですが、これは県医師会に所属する約1200の医療機関をまとめて医師会が県と契約したというものです。これによって個々の医療機関が契約する煩雑性がなくなり、検査が行ないやすくなるということになります。

具体的には、医師が外来患者について検査が必要と判断した場合、そこで唾液を採取し、即座に検体を大学病院に送り、保険診療PCR検査するというものです。その上で、無症状でも希望者が検査を受けることができる体制を構築していくとしています。

一般的に自己都合で検査を受ける場合は保健適用外になり、2万円~3万円の自費負担になります。しかし、今回の契約が成立したことで、県医師会所属の医療機関で検査を受けた場合、公的医療保険の適用対象となり、受診者の自己負担は約900円(初診料)ですむということです。検査料としても非常に魅力的です。

この検査体制は早ければ来週から長崎市、県央地区を中心に運用を始め、2020年中には離島も含めた長崎県内全域に拡大する方針です。現在の長崎県の検査数は1日当たり500件までですが、1日あたり1000人以上の検査体制を目指すとしています。さらに、観光県であることを鑑みて、観光従事者を対象として定期的に検査をする体制づくりを目指すとしています。検体プール検査方式も検討されているようです。

目指す検査数としては、現状では決して多くはないですが、他都府県に見られない取り組みの独自性と積極性で特筆に値します。森崎正幸会長は「感染を心配している人は積極的にかかりつけ医でPCR検査を受けてほしい」と、力強く話していました。

記者会見の動画 [5] を観た感想ですが、スライドを使いながら、淡々とかつ感染状況に対する緊張感と説得力をもって語る泉川公一氏の姿が印象的でした。若者の県外者との交流や特定の飲食店での感染が目立つと指摘しながら、県民に対してはマスクの着用や手洗い、手指消毒の徹底、密集を避けるなど感染拡大防止策を呼びかけていました。

そして、行動記録や健康記録の徹底とともに、接触確認アプリCOCOAの使用を強く勧めていたことが強い印象にあります。自治体や医師会等でCOCOAの使用をこれくらい強調する姿勢はあまり見たことがありません。彼らの防疫対策としての「検査・追跡・隔離」の重要性を認識していることの現れです。

長崎県内の陽性者数が急増していますが、現在の県内の入院数の32(確保病床数208)から考えると一見余裕があるように思えます。しかし、泉川氏は、必要な労力から考えると実際の医療体制は極めて厳しい状況と説明し、「首の皮一枚で繋がっている」という表現を用いながら、高齢者の感染が増えると医療崩壊の危機に至ると強調しました。検査態勢を含めた早めの準備が必要という姿勢が見えます。重症者数の数が少ないといいながら対策が遅れている国の姿勢とは雲泥の差です。

会見を見終わって、長崎県医師会と長崎大学の「これ以上の感染拡大によるフェーズ4への移行は絶対に阻止したい」という意気込みが伝わってきました。 彼らの「積極的にPCR検査を受け、他人に感染させない行動をとるように」との考え方もごく当たり前なのですが、普段政府の検査拡充への消極性を見ているからか、とても新鮮に感じました。 県医師会は「コロナウイルス対策最強化宣言」を発出しましたが、その対策内容も含めてまさしく長崎モデルと称するに相応しい姿勢だと感じました。

このような長崎モデルに代表される地方のがんばりがある一方で、国の感染対策は依然としてお粗末です。GoToトラベルキャンペーンなどやっている間は、以前のように新規陽性者数が一桁になり、底を打つこともないでしょう。

引用文献・記事

[1] 長崎大学感染症共同研究拠点: イベント情報>緊急企画:市民公開講座 新型コロナウイルスに感染しないために『新型コロナウイルス感染症を知ろう!』を開催しました. 2020.02.14. https://www.ccpid.nagasaki-u.ac.jp/20200214-2/

[2] 日本臨床検査医学会: 新型コロナウイルスに関するアドホック委員会. https://www.jslm.org/committees/COVID-19/index.html

[3] 久保田文: 臨床検査医学会栁原氏、新型コロナのPCR検査が増えない3つの理由. 2020.05.13. https://bio.nikkeibp.co.jp/atcl/news/p1/20/05/12/06912/

[4] Yahooニュース: かかりつけ医で「PCR検査」可能に 無症状でも 長崎. 長崎新聞社 2020.08.06. https://news.yahoo.co.jp/articles/9029627947a7e239a09eebc281963816fde42813

[5] 20200803 新型コロナ感染者の急増受け 長崎大学・大学病院・県医師会が合同会見. https://www.youtube.com/watch?time_continue=1326&v=clbWXkKQC1E&feature=emb_title

引用した拙著ブログ記事

2020年5月15日 COVID-19感染の検査体制を補う大学の力

                                        

カテゴリー:感染症とCOVID-19