Dr. Tairaのブログ

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遅すぎたそして的外れの"感染再拡大防止の新指標"の提言

はじめに

政府の分科会は、4月8日、新型コロナウイルスSARS-CoV-2の感染拡大の兆しを捉えて強い対策を早く行うための新たな指標についてまとめました [1]。分科会は去年8月に感染状況を見るための「ステージ」の指標を提言しましたが、それが十分機能しなかったことによる見直しと思われます。私もこのステージの指標に対する疑問をこのブログで示しました(→政府分科会が示した感染症対策の指標と目安への疑問)。

この新しい指標については今日(4月15日)、分科会の尾身茂会長が会見を開いて公表しました [2](図1)。ここでそれを紹介しながら、中身を検証してみたいと思います。一言で表すなら、この見直しは「遅すぎた」という印象です。そしていまだに分科会の考え方は的外れではないかということを感じざるを得ません。というのは「医療ひっ迫を防止したい」と言いながら、指標や分科会の姿勢がそのようになっていないということです。

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図1. 4月15日の政府分科会尾見会長の記者会見 [2].

1. 見直しの背景

分科会が昨年8月に示した「ステージ」は、感染状況(病床使用率やPCR検査の陽性率などの項目)に応じて4段階に分けられていました。しかしこれまでは、国と自治体、専門家との間でこの認識が迅速に共有されず、感染が拡大しそうなときに急ブレーキをかけるための「サーキットブレーカー」として機能しないこともあったと、今回の提言で尾見会長は述べました。今回の見直しは、このような背景に踏まえ、感染が拡大する兆しをより早く捉えて対策につなげるために行なったということです。

しかし、ステージの指標がサーキットブレーカーとして機能しなかったことは中身の問題ももちろんありますが、そもそもステークホルダー間のリスクコミュニケーションの欠如という日本特有の問題が大きいように思います。つまり、感染症対策の当事者である専門家と政策決定者である政治家との間のコミュニケーションの悪さがあると言えます。加えて、厚生労働省官僚が政策の無謬性に拘泥するあまり、しばしば情報の恣意的操作や隠蔽を図ることが、国民への正確な情報伝達を阻害しているということがあるでしょう。

その端的な例が、厚労省といわゆる"感染症コミュニティ"を発信源とする検査抑制論です。彼らは検査を医療資源としてのみ捉え、かつ2009年のパンデミック後に提言を受けたはずの検査拡充をサボり続けてきたことのゴマカシとして、その限定的使用を打ち出し、ことさらPCR検査の精度が悪いというデマ情報を流してきました。それによって日本の感染症対策は危機的というくらいに遅れ、被害を拡大したことは明らかであり、その責任はきわめて重いと言えます。

それはさておき、分科会が示した見直しの内容をここでチェックしていきましょう。

2. 新しい指標の提言

今回の見直しでの大きな変化は、これまでの「ステージ」の指標に加え、「感染拡大の兆しを早期に捉えるための指標」と「強い対策をとるタイミングの指標」が新しく設けられたことです(図2)。

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図2. 政府分科会が示した新しい指標(2021.04.15. NHK NEWS WATCH9より).

具体的には、「感染拡大の兆しを早期に捉えるための指標」として、感染が若い世代を起点に高齢者に広がることから、20〜30代の若年層を中心とした感染者数の動向PCR陽性率歓楽街の夜間の人出などの5つの項目があげられています。また、強い対策をとるタイミングの指標」として、都道府県が最大限確保する病床が2〜4週間で満床に達することが想定される場合や、夜間の人出が2週連続で大きく増加した場合などの3項目を示されています。

尾身会長は「新しく決めた指標は、病床のひっ迫を防ぐことにより重点を置いたものだ。感染拡大が一定以上進めば早晩、医療がひっ迫するおそれがあり、先手を打ってまん延防止等重点措置などを実行に移す必要がある。タイミングが遅れれば医療のひっ迫が深刻になるため、行政には今回の指標をもとにした迅速な判断を求めたい」と述べました [2]

私はこれを聴いていて、相変わらず勘違いしているのではないかと率直に感じました。図1にも示すように「感染者を減らしたいのはもちろんだが、一番重要なのは医療のひっ迫を防ぐこと」と尾見会長は述べています。これは矛盾した言い方です。収容できる病床数は有限ですから、結局は感染者数を抑えることが最重要課題なのです。以下に具体的に2つの点を挙げます。

まず1点目ですが、単純な話、感染者が増えなければ患者も重症者も増えず、医療もひっ迫することはありません。つまり、医療ひっ迫を防ぐためには、前線の感染者数を抑えることが第一であり、そのための監視体制の強化と感染拡大防止のための強い対策を早めに打つことが重要なのです。尾見氏が言う「先手を打つ」、「タイミングが遅れれば医療のひっ迫」というのは正論ですが、であるなら、それを実行できるような指標とその運用法にしなければなりません。

監視機能として有効なのは、新規陽性者の数と検査陽性率であることは誰にも理解できることと思います。仮に今分科会が掲げているステージIIIの新規陽性者数(15人/10万人)を基準とすれば、東京で1日約300人、大阪で1日約190人に相当します。 検査陽性率で言えば、WHOは5%以下が感染流行が制御されている(検査と隔離が機能する)段階という一つの目安を出していますし、韓国では2%以下を目標としています。

そこで仮に間をとって検査陽性率を3%以内となるように日常的に検査を実施するとしましょう。そうすると、東京で10000件以上/日、大阪で6800件以上/日という検査を実施していればよいということになり、この条件で東京で7日移動平均で300人/日、大阪で190人/日になったら、強い対策をとるタイミングであるという目安をつくることができます。

実に単純な話で、医療をひっ迫させたくないなら、まずここを死守することが重要なのです。翻って東京や大阪で、上記の数字に基づいてこれまで何か強い対策がとられたことがあるでしょうか? 否です。今回の第4波で言えば、大阪でこのステージIII基準(15人/10万人)の数字になったのは3月26日です。しかしこの時点では何も対策がとられず、10日後になってやっとまん延防止措置の適用が始まったという体たらくです。しかもまん延防止というからには、防止機能がなければいけないのに、すでにまん延させてからの措置するというギャグみたいな話です。

次に2点目ですが、医療ひっ迫を防ぐことが重要と言いますが、日本は構造的に医療提供体制が感染症拡大に対応しておらず、医療ひっ迫は必然的なものと考えられます。まず欧米に比べて病床数は格段に多いものの、医療従事者(とくに看護師)の数が不足しています。これは収益性をあげるために人員整理をし効率化を図ったためです。そして、感染症を治療することと、軽症、中等症、重症者を診るという病院ごとの役割分担ができていないということが問題なのです。全国に数十カ所ある国立医療機関にコロナ専門病院をつくるということもできたはずですが、これは実現できていません。

そもそも発熱外来は全医療機関の一部にしかなく、民間病院の数は多くても感染症を診るための設備とスタッフの整った大病院は少ないという状況です。今COVID-19患者の治療に当たっている病院でも、軽症、中等症患者と重症者患者をいっしょに入院させている場合も多く、非常に非効率的に患者対応を行なっているのです。

これが日本が欧米に比べて圧倒的に感染者数が少ないにもかかわらず、すぐに医療ひっ迫になってしまう理由です。したがって単に病床を増やせばいいという問題でも、民間病院を活用すればよいというも問題でもなく、人手不足と医療体制のアンバランスというきわめて深刻な構造的な問題があるために、実際に機能する病床数を簡単には増やせないということなのです。仮に、大阪府医療崩壊だからという理由で、他府県に看護師を要請してもすぐにはそのようには対応してもらえないでしょう。

3. 4段階のステージ

今回の分科会の提言では、去年8月に発表した感染状況を4段階の「ステージ」に分ける考え方に変更はありませんでした(表1)。

表1. 感染状況の4段階のステージと内容

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分科会ではこれまでステージを判断する指標として、「医療提供体制等の負荷」、「監視体制」、「感染の状況」の3つのカテゴリーに以下の6つの項目を示していました。

医療提供体制等の負荷
1. 病床のひっ迫具合
2. 療養者数
監視体制
3. PCR陽性率
感染の状況
4. 新規報告数
5. 直近1週間と先週1週間との比較
6. 感染経路不明割合

それが今回の提言ではの上記の「5. 直近1週間と先週1週間との比較」がなくなって5項目に減り、「医療のひっ迫具合」に新たに入院率(すべての療養者に占める入院できている人の割合)が加わりました。

この入院率とは、COVID-19患者のなかで実際に入院している人の割合を示します。本来入院する必要があるのに、入院できずに自宅や施設で療養する人が増えると「入院率」は低くなります。すなわち、数値が低いほど受け入れることができない患者が増え、医療がひっ迫している可能性があることになります。

表2に旧ステージ指標と新しいステージ指標を比較して示します。

表2. 政府分科会による感染状況の変化に対応した対策の実施に関する指標及び目安についての新旧対比(赤字部分は変更されたところ)

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今回新しくなったのは、入院率が加えられてステージIIIで40%以下、ステージIVで25%以下となったこと、療養者数がステージIVで30人以上/10万人と引き上げられたこと、そしてPCR陽性率がステージIIIで5%と引き下げられたことです。

提言では、基本的にはステージIIIになれば感染が拡大しそうなときに、それを阻止するために「サーキットブレーカー」として速やかにまん延防止等重点措置を含む強い対策を早期に講じることが重要であるとし、感染が急拡大する兆しが見られる場合は、ステージIIの段階から用いることも考えられるとしています。

特に今は、感染力の高いN501Y変異ウイルスの出現でこれまで以上に医療がひっ迫しやすくなっているため、先手を打って強い対策を講じる必要があるとしました。そのためにはさまざまな指標を総合的に判断する必要があるとして、分科会は感染拡大の予兆を早期に探知するための指標を新たに設定したということです。

4. 再度、分科会提言指標が機能しない理由

今回のパンデミック感染症対策で最も重要なのは、特に日本では医療提供体制が十分でないことを鑑みて、感染者数を増やさないことです。つまり医療提供体制への圧迫を避けるためには、ステージII以下の感染状況を維持することが重要です。その上で分科会が提言する指標がうまく機能しない理由をここで再度まとめてみます。大きく以下の三つの理由が挙げられます。

               

1) 指標が多すぎる(複雑すぎる)

2) タイムラグがある監視体制と医療提供体制の指標が同列で考えられている

3) 指標の基準が甘い

               

1)については、指標が多すぎると、どうしてもそれらを総合的に判断せざるを得ず(事実尾見会長は指標を総合的に判断する必要があると言っている)、すべての指標において赤信号が点滅する段階になって初めて強い対策を考えるということになりがちです。したがって、指標を多くすることは、判断をわざわざ遅らせるようなものです。

2)については根本的な問題ですが、感染者数が増えると入院患者数が増え、それから重症者が増え、病床が埋まるということになるので、これらを時系列を同じにして考えてはいけないのです。監視体制・感染状況の指標が赤信号になったら即座に強い対策をとり、病床のひっ迫を防ぐということがまず第一です。そして、さらに医療提供体制に赤信号がついたらさらに強い対策をとるという二段構えが必要です。

3)については、依然として監視体制や感染状況の基準が甘いということです。旧ステージIII、IVの指標ではPCR陽性率10%という、とんでもない数値が掲げられていました。これは感染が広がりすぎて検査が機能しなくなっている段階です。新しい指標ではステージIIIで5%に引き下げられましたが、上述したようにここは3%程度に、そしてステージIVを5%程度に厳しくするべきでしょう。新規陽性者数もステージIIIおよびIVでそれぞれ10人/10万人、20人/10万人に引き下げられるべきです。

さらに依然として感染経路を50%としているのもおかしいです、この数字は検査・追跡・隔離ができていないレベルの話であり、このままでは市中感染を許しすぐに再燃させる危険性があります。ステージIIIではせめて30%程度に引き下げられるべきでしょう。

具体的に、関西の感染拡大の兆候が見られた3月23日から28日での6指標の数値変化を首都圏、関西圏、福岡、沖縄で示したのが図3です。この間に大阪府兵庫県では医療提供体制(指標1、2、3)がステージIVの段階になっています。にもかかわらず、監視体制(PCR陽性率)はすべての自治体でクリアし、新規感染者数も感染経路不明も大阪がステージIII以外はほとんどのクリアされているのです。一方で病床利用率においては、半数以上がステージIII以上になっています。

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図3. 3月23日から28日における都道府県の6指標数値の変化(NHK特設サイト「新型コロナウイルスより転載).

つまり、監視体制や感染状況を飛び越えて先に医療提供体制に赤信号が点滅しているような状況なのです。監視体制や感染状況の数値基準が甘いために、本来の機能を果たせず、いきなり医療ひっ迫という事態になる可能性が高いにもかかわらず、全体の指標を総合的判断するために、それに気づかない(対応が遅れる)という状況になっているわけです。

結局、分科会が新しく設けた図2の基準のほとんどはなくても済む話であり、逆に新たに指標を増やすことで、余計に"総合的判断"と対策が遅くなる可能性があります。上記表2で言えば、監視体制と感染状況に当たる項目3、4、5のみで十分に感染拡大予防策として成立します。

ここで、大阪府の例を出しながら、いつ強い対策を出すべきだったかを検証したいと思います(図3)。大阪府は吉村知事の要請を受けて2月末をもって緊急事態宣言が解除されました(左端の赤矢印)。しかしこの解除は危険であり、直ぐに再燃を許すことになることをこのブログで指摘しました(→大阪府の勘違い−緊急事態宣言解除要請)。

なぜなら、この時点で新規陽性者数は下げ止まりになっており、感染経路不明者が50%を超え(すなわち市中感染が起こっており)、そしてN501Y変異ウイルスの拡大が予測されていたからです。緊急事態制限を解除するならこの時点で一気に検査を拡大し、変異ウイルス感染者も含めて陽性者を徹底的に検出・隔離すべきでした。

次のチェックポイントは、上記したように3月23−28日の間です。3月26日(真ん中の赤矢印)、旧ステージIIIの感染状況の3指標(15万人/10万人、直近1週間が先週より多い、感染経路不明50%)すべてにおいて基準を超えました(図3参照)。これ以降ずうっと15万人/10万人超えが続くことになります(図4、薄赤の影部分)。強い対策を打つなら正にこの時点でしたが、結局まん延防止措置が導入されたのはおおよそ10日後になりました。

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図4. 大阪府の新規陽性者の推移(NHK特設サイト[3]からの転載図に加筆、黒線は7日間移動平均、赤矢印は左から緊急事態宣言解除、指標15人/10万人超え、まん延防止等重点措置開始をさす).

このようになぜ判断が遅れるかと言えば、繰り返しますが、表2にあるように指標が多すぎて(かつ感染状況の数値基準が甘い)、すべて(あるいは大部分)が赤点滅になるまで待ってしまうからです。監視体制と医療提供体制は時間的ズレがありますので、医療提供体制の基準を超えた時にはもう手遅れということが起こります。表2の医療提供体制の指標は基準を超えるまで、判断を保留してはいけないのです。

そして流行を予測するという意味では、地域全体の検体プール検査とも言える下水検査がきわめて有効だと言えましょう(→下水のウイルス監視システム下水検査の現状)。分科会自身も下水検査という発言をしたことがありますが、相変わらず積極的に押し進める様子はありません。

おわりに

私は毎日NHKの特設サイト「新型コロナウイルス[3] を見ていますが、そこでは新規陽性者が出た都道府県は地図上で黄色で示されます。この2日間連続で全都道府県において陽性者がゼロでなかったことを確認して、今日以下のようにツイートしました。

おそらく明日以降も全国真っ黄色の状況が続いていくのではないでしょうか。 それだけ今の変異ウイルスによる第4波がこれまでの流行の波のなかで最悪であるということです。

政府はまん延防止措置の拡大でお茶を濁していますが、そんなことでよろしいのでしょうか。分科会の新指標の提言が遅すぎたように、政府のやることも何もかも遅すぎます。かつ対策も甘過ぎです。

今や、関西や首都圏は緊急事態宣言発出で緊張感を高めた上で、具体的な数値を伴った大規模接触削減や人流制限を行なうべきであると思います。しかし、菅首相はバイデン大統領に会うことで頭がいっぱいと推察しますし、この先東京五輪や総選挙もあります。これらが足かせになって、とても緊急事態宣言発出をするようなマインドにはなっていないのでしょう(だから代わりにまん延防止措置を用意したということではないでしょうか)。

引用文献・資料

[1] NHK NEWS WEB: “感染拡大の兆し 早めに捉える指標に” 政府分科会で提言案. 2021.04.08. https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210408/k10012963961000.html

[2] NHK NEWS WEB: 新型コロナ 政府分科会 感染再拡大防止の新指標 提言まとめる. 2021.04.15. https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210415/k10012976261000.html

[3] NHK: 特設サイト「新型コロナウイルス」 https://www3.nhk.or.jp/news/special/coronavirus/#infection-status

引用した拙著ブログ記事

2021年3月30日 下水検査の現状

2021年2月25日 大阪府の勘違い−緊急事態宣言解除要請

2020年8月8日 政府分科会が示した感染症対策の指標と目安への疑問

2020年5月29日 下水のウイルス監視システム

               

カテゴリー:感染症とCOVID-19