Dr. Tairaのブログ

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下水検査の現状

今朝のテレビ朝日「モーニングショー」では、下水中の新型コロナウイルスSARS-CoV-2PCR検出について取りあげていました。下水中に変異ウイルスが検出されたことや地域の下水処理場を調査することで集中的な検査が可能になることなどをトピックとして伝えていました(図1)。

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図1. 下水中の変異ウイルスの検出と下水処理場の調査法(2021.03.30 テレビ朝日モーニングショーより).

現在は、技法や検査システムの開発・改良が進んでおり、朝下水を採取すれば夕方には結果がわかること、50カ所の下水処理調査で4000万人のデータを網羅できること、自動化が可能でゲノム解析にも繋げられること、などの特徴や利点が取りあげられていました(図2)。

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図2. 下水中のSARS-CoV-2の検出法の利点と自動化およびゲノム解析(2021.03.30 テレビ朝日モーニングショーより).

ゲストコメンテータとして北海道大学大学院工学研究院の北島正章助教がリモート出演していて、この下水検査について解説していました。彼は、イタリア、オーストラリア、米国の研究者と共著で、世界で初めてともいえる下水検査に関する優れた総説を昨年10月に出版しています [1](図3)

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図3. 下水検査に関する総説論文(KItajima et al. 2020 [1])のグラフィックアブストラクト.

印象的だったのは、番組では視聴者の質問コーナーがあって、「1年前から下水検査は言われているのに実用化にここまで時間がかかっている理由は?」という問いに対する北島氏の答えです。答えは日本はウイルスの濃度が薄くて、その濃縮法の開発などに時間がかかったことを理由としてあげていました。

彼らの総説にも重要ポイントとしてあげられているのがウイルスの濃縮です。これまで限外ろ過、ポリエチレングリコール沈殿、電荷陰性膜への吸着などがこの目的に使われていることが紹介されています。私が行なっていた時代にはウイルスの濃縮に超遠心分離や限外ろ過を使っていましたが(ブログ→下水のウイルス監視システム)、今ではこのような濃縮キットにも優れた市販品が出ています。

しかし番組でも総説でも触れられていませんが、オーストラリアや米国などでは下水検査がいち早く実用化され、実際の感染拡大の予兆モニタリングに使われていることは周知の事実です。とくにオーストラリアでは簡便な塩酸濃縮法を使って下水検査を行なっています [2]。日本よりも感染者数が少ないオーストラリアでできるわけですから、日本でできないはずはありません。

学術レベルでの技法開発は、論文出版に耐えるものが必要なので、慎重にならざるを得ませんが、いまはパンデミックという危難時であるため、とりあえずやってみるという迅速性と実用性が必要です。オーストラリアや米国はこの合理的な考えのもとに実務が先行し、実際に防疫対策として役に立っているわけですが、日本にはそれが少し足りないように思います。その意味で、番組上での北島氏にはもう少し踏み込んで答えてほしかったと思いましたが、無理な注文でしょうか。

思えば、下水PCR検査の有効性がランセット系雑誌やネイチャー誌の論説で指摘されたのは昨年の4月初頭です [3, 4]。そこからもう1年も経っているのに日本では下水検査がいまだに実用化に至っていない現状は、日本独自のPCR検査抑制論も多少なりとも影響しているのではと思います。

引用文献

[1] Kitajima M. et al.: SARS-CoV-2 in wastewater: State of the knowledge and research needs. Sci.Total Environ. 739: 139076. https://doi.org/10.1016/j.scitotenv.2020.139076

[2] NSW Government: COVID-19 Sewage Surveillance Program. https://www.health.nsw.gov.au/Infectious/covid-19/Pages/sewage-surveillance.aspx

[3] Lodder, W. and de Roda Husman, A. M.: SARS-CoV-2 in wastewater: potential health risk, but also data source. Lancet Gastroentrol. Hepatol. 5, 533-534 (2020). https://www.thelancet.com/journals/langas/article/PIIS2468-1253(20)30087-X/fulltext

[4] Smriti Mallapaty: How sewage could reveal true scale of coronavirus outbreak. Nature 03 April 2020. https://www.nature.com/articles/d41586-020-00973-x

引用した拙著ブログ記事

2020年5月29日 下水のウイルス監視システム

                                      

カテゴリー:感染症とCOVID-19