Dr. Tairaのブログ

生命と環境、微生物、科学と教育、生活科学、時事ネタなどに関する記事紹介

感染者の2%がウイルス伝播の90%に関わる

はじめに

感染症はすべての感染者が二次伝播に関わるのではなく、一部の感染者によって広められることが知られています。たとえば、20%の感染者が伝播の80%に関わる、いわゆる20/80ルールというものが古くから報告されています [1]新型コロナウイルス感染症の場合も、スーパースプレッダーとよばれる一部の感染者が大部分の二次感染に関わることを、1年前のブログ記事で紹介しました(→あらためて日本のPCR検査方針への疑問)。

今月(2021年5月)、米国コロラド大学の研究チームは、SARS-CoV-2の90%は感染者の2%のスーパースプレッダーによって広められているということを、米国科学アカデミー紀要に発表しました [2]。20%どころか、たった2%によって感染が広がるというのはあらためて驚かされます。このブログではこの論文について簡単に紹介したいと思います。

1. コロラド大学の研究成果

研究チームは72,500検体超分の唾液サンプルのリアルタイムPCR(RT-PCR)の検査結果について分析を行ないました。これらのサンプルはB.1.1.7系統英国型変異ウイルスやそれ以降のVOC(variants of concern)が米国で報告される前に集められたものであり、また被験者は採取時点ではすべて無症状であったということです。

三つのプライマー・プローブセット(CU-N、CU-E、およびPNasePコントロール)を用いるマルチプレックスRT-PCR検査の結果、1405人が陽性と分かりました。検出されたウイルス(ビリオン)量はプライマーセットによって異なりましたが、1 mL当たり中央値で10の5乗から7乗の範囲にあり、最大で6.1x10の12乗、最低でたったの8個になりました(図1A)。

f:id:rplroseus:20210530172456j:plain

図1. プライマーセット別による検体のウイルス量(viral load)とCt値(A)およびプライマー別によるCt値の相関(B、C)(文献[2]より転載).

これらの結果は、陽性者が極端に広い範囲のウイルス排出量の状態にあったこと、および無症状(一見健康と思われる)状態であってとしても高い排出量のケースもあることを示しています。今回の徹底比較では,CU-Eプライマーセットが他のプライマーセットと最も高い整合性を示したため,Ct値に基づく唾液中のウイルス排出量データとしてはすべてこのプライマーセットのものが採用されています。

研究チームは、検出された陽性者すべてのウイルス排出量に対する各々のCt値が記録された陽性者の貢献度を解析しました。その結果、無症状、有症状に関わらず、これらの陽性者の約半分はウイルスの放出がほとんどない非伝染状態(noninfectious phase、Ct値>28.8)にありました(図2)。一方、無症状者の場合、ビリオン(ウイルス粒子)の最大90%はわずか2%の感染者(Ct値<19)に起因し、99%は10%の感染者(Ct値<23.7)に起因していることがわかりました。

f:id:rplroseus:20210530173105j:plain

図2. 無症状感染者(A)および有症状感染者(B)のウイルス排出量(Ct値)および陽性者数への貢献度(文献[2]より転載).

図2の結果は、約2%の少数の感染者が圧倒的に二次伝播に関わっていることを示していおり、従来の知見 [345] と一致するものだと著者たちは述べています。そして重要なことは、英国型などの変異ウイルスが記録される前の結果であるということで、当初のオリジナルのSARS-CoV-2に当てはまる伝播様式であり、変異ウイルスの場合はまた変わってくる可能性を示しています。

2. 無症状スーパースプレッダーの重要性

今回のコロラド大学の研究チームの結果は、SARS-CoV-2の伝染においてス少数のスーパースプレッダーが重要であること、そしてそれが無症状者であることで感染が急速に広がりやすいことをあらためて認識させるものです。これらのスーパースプレッダーは、無症状であってもCt値<19という高ウイルス排出量を示していますが、これは世田谷区の社会検査で明らかになった無症状者のなかに高いウイルス排出が認められたことと同様な結果です(→感染力を増した変異ウイルスと空気感染のリスク)。

著者らは検体によってウイルス排出量に広範囲のバラツキがあったとことは、サンプリングのステージが異なることが考えられるとも述べています。ピーク時のウイルス負荷は個人間で大きく異なることがわかっているので、個人によってウイルスの生成量が異なるというのが妥当な説明であるとしています。

これが、免疫反応の違いによるものなのか、ACE2受容体を含むウイルス複製をサポートする宿主因子の違いによるものなのか、感染する特定の変異体によるものなのか、あるいは初期の感染部位や感染量によるものなのかは、まだ解明されていません。

著者らはこの点をさらに検討するため、分析したウイルス保持量の分布を、Q-Qプロットを用いて理論的な正規分布と比較しました。その結果、ウイルス保持量が最も高い集団の一部を含め、両端で正規分布から外れていました。これは、ごく一部の個人が、他の集団とは異なる感染能力を持つユニークな集団を代表しているという仮説と一致するとしています。

とはいえ、サンプリング時点ではウイルス排出量が少なかったとしても、それ以前やその後はスーパースプレッダーになり得るウイルス量になる可能性もあるわけです。その意味で、繰り返しの検査検査・隔離における濃厚接触者の範囲を広げてトレーシングすることは非常に重要になると考えます。

いずれにせよ、今回の研究でも強調されていることは、わずか少数の無症状スーパースプレッダーがいて、彼らが無自覚のまま行動することが大きく感染拡大につながる可能性があり、そのために無症状者の社会検査が重要だということです。

おわりに

このブログでも何度となく指摘してきましたが、日本では不幸にして無症状者の検査は積極的に行なわれてきませんでした。多くの感染症専門家や医者は無症状者の検査は必要ないとさえ主張してきました。しかし、今回のコロラド大学の研究結果も含めて言えることは、いかにして無症状スーパースプレッダーを検知するかが感染拡大防止に重要だというです。これはもう私が1年以上前から指摘していることです(→あらためて日本のPCR検査方針への疑問)。

有症状者はすでに発症しているわけですから、すぐに検査対象となるでしょう。重要なことは無症状感染者の多くは他者に伝染させないということではなく、わずか数%の発症前の人をも含めた無症状スーパースプレッダーを早く見つけ出すかということです。この意味で、繰り返しますが、Ct値に基づくスーパースプレッダーの同定と、その濃厚接触者や周辺環境に広げたトレーシングがきわめて重要になります。

引用文献

[1] Woolhouse, M. E. J. et al.: Heterogeneities in the transmission of infectious agents: Implications for the design of control programs. Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 94, 338–342 (1997).  https://doi.org/10.1073/pnas.94.1.338

[2] Yang, Q. et al.: Just 2% of SARS-CoV-2−positive individuals carry 90% of the virus circulating in communities. Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 118, e2104547118 (2021). https://doi.org/10.1073/pnas.2104547118

[3] Adam, D. C. et al.: Clustering and superspreading potential of SARS-CoV-2 infections in Hong Kong. Nat. Med. 26, 1714–1719 (2020). https://www.nature.com/articles/s41591-020-1092-0

[4] Kupferschmidt, K.: Why do some COVID-19 patients infect many others, whereas most don’t spread the virus at all? Science May 19, 2020. https://www.sciencemag.org/news/2020/05/why-do-some-covid-19-patients-infect-many-others-whereas-most-don-t-spread-virus-all

[5] Bi, Q. et al.: Epidemiology and transmission of COVID-19 in 391 cases and 1286 of their close contacts in Shenzhen, China: A retrospective cohort study. Lancet Infect. Dis. 20, 911–919 (2020). https://doi.org/10.1016/S1473-3099(20)30287-5

引用した拙著ブログ記事

2021年4月13日 感染力を増した変異ウイルスと空気感染のリスク

2020年4月6日 あらためて日本のPCR検査方針への疑問

                

カテゴリー:感染症とCOVID-19