Dr. Tairaのブログ

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核酸ワクチンへの疑問ーマローン博士の主張を考える

カテゴリー:感染症とCOVID-19

はじめに

私は1年以上も前に、新型コロナウイルス感染症COVID-19パンデミックを終息させるものとして、ワクチンに期待するとの主旨のブログ記事を書きました(→集団免疫とワクチンーCOVID-19抑制へ向けての潮流)。そして今世界的にワクチン接種が進められているわけですが、この半年間の新たな情報を見聞きする中で、核酸(遺伝子)ワクチンについての根本的な疑問ももつようになりました。

その一つが、昨年12月にネイチャー姉妹誌に掲載された論文 [1] に驚きを受けたことです。この論文では、市販のCOVID-19スパイクのS1をマウスに注射すると、血液脳関門を容易に通過し、調べた11の脳領域すべてで確認され、脳実質空間(脳内の機能組織)に入っていくことが示されていました(→ワクチンとしてのスパイクの設計プログラムの可否)。

そのような中、最近、SNS上でRW Malone MD社のロバート・マローン(Robert W. Malone)博士の主張を見聞きする機会がありました。彼の主張は、私が抱いている疑問と重なる部分があるので、ここで紹介したいと思います。

あらかじめ断っておきますが、私は反ワクチン派ではありません。今のところ、核酸ワクチン接種は慎重にすべきであり、もし使うならリスク/ベネフィット比を十分に考慮して、高齢者や基礎疾患を持つ人から優先的に接種して、人口の50%くらい(50代より高齢の層)で留めておくべきではと考えています。年齢が若くなるほど、COVID-19よりもワクチンのリスク比が高くなると思われるからです。

現状では核酸(遺伝子)ワクチンよりも従来の不活化ワクチンを使用すべきと考えています(→ワクチンとしてのスパイクの設計プログラムの可否)。

1. 核酸ワクチンに対する疑問

ワクチンは、感染症の予防に用いる医薬品であり、感染症に対する免疫を獲得させるものです。従来の考えでは、対象となる病原体から作られた無毒化あるいは弱毒化されたものを抗原として接種することで、体内の病原体に対する抗体産生を促すものです。最近ではインフルエンザワクチンに見られるように、組換えタンパク質を抗原として注射するという方法に変わってきました。

ところが現在用いられているファイザー/ビオンテック社のワクチン(コミナティ)やモデルナ社のワクチンは、抗原を投与するのではなく、その指令書であるmRNAを脂質の膜に包んで注射するというものです。いわば、私たちの体をダマして、抗原であるタンパク質(ワクチン本体)を作らせるということであり、前例のない"ワクチン"です。

また、今回のワクチン開発は、ワープスピード作戦という、製造と治験を同時平行で行ない、従来の1/6に開発期間を短縮するという前例のないプロセスで進められました。しかもこの作戦を言い出したのが、およそ科学とは縁がないトランプ大統領であり、開発の総指揮をとったのが軍人です。

おそらく、十分な科学的根拠に基づいて進めるというよりも、スピード重視と政治的思惑で戦略的に行なわれた感があります。感染拡大が世界一顕著であった米国にとって、リスク・ベネフィット比で少しでも後者が上回れば、それで作戦成功ということになるのでしょう。

しかし、一般的にワクチンとして成立するためには、十分な治験に基づく安全性と副反応に関する基礎データが必要であり、それに基づいて規制もかけられるべきだと思います。核酸ワクチンについては、個人的に以下の6点が、実用化の前提条件になると考えてきました。

・抗原となるタンパク量を制御できること

・生成したタンパクが注射部位の細胞に留まること

・スパイクタンパク質自身に毒性がないこと

・変異したタンパクができないこと

・mRNAやスパイクタンパク質が長時間残留しないこと

・mRNAを包むポリエチレングリコールの安全性

まず、タンパク量を制御できるかどうかという点ですが、従来の不活化ワクチンや組換えタンパクであれば、接種量は一定となり、注射後はそれ以上体内で増えることはなく、分解して行くだけです。一方、mRNAワクチンはどれだけ翻訳活性があるか、それが持続するかに依存しますので、個人差がきわめて大きいと考えられます。そして、タンパク合成を行なう細胞自身が、持続性が高いほど、そしてその範囲が広いほど、自己免疫系の標的となる可能性があります。

この面で作られる中和抗体と同様に、作られる抗原タンパクの量、その行方、残留期間も調べられる必要があると思います。さらには、ポリエチレングリコールを含む脂質ナノ粒子(LNP)の安全性も問題になります。

しかしながら、すでにmRNAワクチンの集団接種プログラムが進行しているにも関わらず、上記の6点について公表された有力な科学的な知見はほとんどないように思います。これが私が疑問に思っていることです。

2. マローン博士の主張

RW Malone MDのウェブサイト [2] によると、マローン博士はin-vivoトランスフェクション実験を設計・開発し、mRNAワクチン接種に関する多くの論文と10件以上の特許を取得したとあります(下図)。そして、バイオディフェンス、臨床試験開発、リスク分析などの分野でコンサルティングと分析を行うRW Malone MD社を設立したとあり、2001年10月の設立以来、同社の最高経営責任者を務めています。また、様々な准教授職、ディレクター職、編集者職を歴任してるようです。

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マローン博士は、最近、タッカー・カールソンのフォックス・ニュース・ショーへ出演し、それに続くデイリー・メール紙によるインタビューが記事で紹介され、一躍注目されるようになりました [3]。それは彼自身がmRNAワクチン、DNAワクチン、脂質を介したネイキッドRNAトランスフェクション技術を発明したと述べているからです。

フォックス・ニュースでカールソン氏は、マローン博士がmRNAワクチンに関する専門家として「最も適格な唯一の人物」であると紹介しました。それは彼が関連技術に精通しているからです。ただ、T. カールソンという気候変動の影響も否定するような司会者のコテコテの保守系メディアでの紹介ですから、おそらくそちらの筋から刺激的に伝えられたのだろうと推測します。デマ情報を得意とするデイリー・メールでの記事も然りです。

とはいえ、マローン博士の発言の主旨は、「人々はワクチンを受け入れるかどうかを決める権利がある。なぜなら、これは実験的なワクチン(experimental vaccines)であるから」ということです [3]。これは個人的に一聴に値すると思います。

しかし、彼の主張はワクチン推進派や科学者からは異端視されてようです。そして、彼がCOVID-19のmRNAワクチン技術の発明者であるという主張は、関連する知的財産権の状況を報告している研究者によって受け入れられていません [3]。とはいえ、マローン博士は、大学院生時代にmRNAワクチンやmRNA治療薬開発の先駆けとなる研究成果を上げ、1989年に論文として発表してします [4]

マローン博士は、昨日、以下のようにツイッター上で核酸ワクチンを遺伝子治療ベースのワクチン(gene therapy-based vaccines)と形容しながら、リンクトイン(Linkedin)に「なぜそのように呼ぶべきか」についての彼の解答を示しています。

マローン博士がワクチンを遺伝子治療と呼んでいるところは、mRNAワクチンの潜在的悪影響を指摘したセネフらの論文と同じです(→mRNAワクチン接種は実験的遺伝子治療?)。ここでリンクトインに示された彼の見解を紹介したいと思います。

核酸ワクチンはいずれも、ワクチンを受ける人の細胞に外来の遺伝子を導入し、その細胞を体内でワクチン抗原を製造するミニチュア工場にするという技術を採用しています。これがなぜ問題なのかというと、ワクチンとしての「活性物質」は遺伝子治療ベクターではなく、接種後に細胞内で製造されるタンパク質だからだ、とマローン博士は述べています。

そのため、彼が強調していることは、米国食品医薬品局(FDA)による認可・規制の観点からは、従来のワクチンの審査にはない、「遺伝子治療」製品に適用される規制「ワクチン」に適用される規制の両面から、これらの製品を審査する必要があったということです。 つまり、FDAは、ワクチンを受けた人の体内で、どのくらいの量のスパイクがどのくらいの期間作られているかについて十分に把握されているかを主張すべきであったということです。これは簡単なことですが、 とても重要なことです。

しかし、FDAはそのように考えてはいなかった、あるいは考えようとはしなかった、 これらの製品を他のワクチンと同じように扱ったのだと、マローン博士は指摘しています。

この背景として、FDAには既存のチェックリストがあり、かつ彼らの考え方では、製剤化されたmRNAとアデノウイルスベクターが有効な医薬品であるという認識がありました。すなわち、製品開発者に対して、抗原となるスパイクが体内でどれくらいの量、どれくらいの期間生成されるのかを特性評価することを要求する必要はなかったのだ、と加えて述べています。

様々な抗原を発現する組換えアデノウイルスベクターワクチンは、何年も前からヒトの臨床試験で研究されています。 ところが、それらのワクチンによって引き起こされた凝固の問題については、知られていない(知らなかった)、だから、今回の凝固との問題は、抗原にあると結論づけるのが妥当であると、彼は述べています。

ただし、2007年に発表された論文では、外来性(細胞外)のRNAによって血液凝固促進反応が引き起こされることが報告されています [5]。この論文で示されているのはウサギを使った実験なのですが、真核生物および原核生物のさまざまな形態のRNAが血液凝固のプロモーターとして機能するという証拠が得られています。

最後にマローン博士は、FDAは開発者に対して、スパイクの量や生産期間に加えて、生成されたスパイクタンパク質が生物学的に活性ではないこと、そのレベルが安全であること、ACE2と結合しないこと、血液脳関門を通らないこと、細胞毒性がないことなどを証明することを要求すべきだったと強調しています。同じ論理がmRNAワクチンにも当てはまります。

マローン博士は、このような彼の見解の上に、スパイクタンパク質について細胞毒性や体内循環の可能性があるというニュアンスでメディア、SNS上で主張しているようです。

3. マローン博士の主張の否定

ロイター通信は、マローン博士らが主張する「mRNAワクチンにつくるスパイクタンパク質には細胞毒性がある」ということについて、最近、ファクトチェックを行ないました [3]。結論として、COVID-19ワクチンのスパイクタンパク質が細胞毒性を持つという証拠はないということになりました。この結論は、他の多くの情報源によっても裏付けられていると伝えており、マローン博士らの主張が最初にある程度の支持を得た理由も説明されています。

さらに、医薬品開発に携わる有機化学者デレク・ロウ(Derek Lowe)博士は最近発表した論説で中で、マローン博士の「スパイクが駆け巡る」という主張を否定し、疑念を振り払っています [6]。この論説には現時点で420もの賛否両論のコメントが寄せられており、関心の高さがうかがわれます。

この論説では、ワクチンは筋肉注射であり、静脈内ではないので、スパイクタンパクが被接種者の血流中を「自由にさまよう」ことはありえないと述べられています。言い換えると、注射部位に静脈や動脈が当たりやすいことを避けるために、三角筋のような厚い筋肉組織をターゲットにしているとしています。

そして、このタンパク質は、実際のコロナウイルス感染症で起こるように、感染力のあるウイルス粒子に組み立てられるのではなく、細胞の表面に移動し、そこに留まっているとし、そこで細胞表面に侵入した異常なタンパク質として、免疫系に認識されるとしています。

スパイクタンパク質は、膜貫通型のアンカー領域を持っているため固定化され、それだけでは血流中を自由に歩き回ることはできないと述べています。ウイルスの中でも、人間の細胞でも同じだと指摘しています。

しかし、ロウ博士が言っていることが当たらないことは、文献 [1の研究結果がありますし、mRNAワクチンを受けた人の血液から、S1やスパイクタンパク質が長期間にわたって検出されている事例もあります。これらについては先のブログ記事(→mRNAワクチンを受けた人から抗原タンパクと抗体を検出)で紹介したとおりです。

おわりに

フォックス・ニュースやデイリー・メールにマローン博士が応えていることはいかにも怪しげな感じは受けますし、彼の主張が米国でデマ扱いされている現状も見え隠れします。しかし、彼がリンクトインで言っていることは、私が普段から思っていたことと重なる部分が多く、誰もが思う疑問ではないでしょうか。

彼による「実験的ワクチン」という形容はまさに言い当てているというべきであり、mRNAワクチンの特に安全性に関する手続きの不完全さを物語っているように思います。にもかかわらず、日本では海外で開発された核酸ワクチンの接種を、ほぼ無条件で脇目もふらずに進めている現状は心配になります。

そもそも米英と日本のワクチンについてのリスク/ベネフィット比は異なるはずです。100万人当たりのCOVID-19の死者数は米国1860人、英国1877人に対して日本は116人です(2021年6月25日時点)。すなわち、米英は日本の約16倍の死者数/人口比になります。同様に100万人当たりの感染者数でみると米国16.5倍、英国11倍になります。 ワクチン接種に伴う有害事象や死亡が同じように起こるとすれば、日本におけるリスク/ベネフィット比は米英に比べて格段に高くなります。そしてCOVID-19死亡例が少ない若い人ほどリスクは高くなります。

しかも、欧米人の治験に基づいて決められたワクチンの用量が、人種・体格などが違う日本人(特に女性や子供)にそのまま当てはめられていることも疑問に感じざるを得ません。

そして、そもそも重症化リスクを減らすために進められているワクチン接種が、日本ではあたかもそれで感染・伝播させないような(あなたの家族や周囲の人達を守りましょう的な)プロパガンダ風の言い方をされているのは問題だと思います。

引用文献・記事

[1] Rhea, E. M.: The S1 protein of SARS-CoV-2 crosses the blood–brain barrier in mice. Nat. Neurosci. 24, 368–378 (2021). https://www.nature.com/articles/s41593-020-00771-8

[2] RW Malone MD. https://www.rwmalonemd.com/

[3] Cooke, B.: Who is Dr Robert Malone? Meet the physician who invented MRNA technology. The Focus 2021.06.25. https://www.thefocus.news/lifestyle/who-is-dr-robert-malone/

[4] Malone, R. W. et al.: Cationic liposome-mediated RNA transfection. Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 86, 6077-6081 (1989). https://doi.org/10.1073/pnas.86.16.6077

[5] Kannemeier, C. et al.: Extracellular RNA constitutes a natural procoagulant cofactor in blood coagulation. Proc. Natl. Acd. Sci. USA. 104, 6388-6393 (2007). https://doi.org/10.1073/pnas.0608647104

[6] Lowe, D: Spike protein behavior. Sci. Trans. Med. May 4, 2021. https://blogs.sciencemag.org/pipeline/archives/2021/05/04/spike-protein-behavior

引用した拙著ブログ記事

2021年6月9日 ワクチンとしてのスパイクの設計プログラムの可否

2021年6月4日 mRNAワクチン接種は実験的遺伝子治療?

2021年5月27日 mRNAワクチンを受けた人から抗原タンパクと抗体を検出

2020年3月21日 集団免疫とワクチンーCOVID-19抑制へ向けての潮流

                

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