Dr. Tairaのブログ

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ウィズコロナを意味のないスローガンとして否定するNZ

はじめに

2021年7月7日、ニュージーランド(NZ)が、英国式のCOVID-19と「共存」すべきだという提案(いわゆるウィズコロナ)を退け、ボリス・ジョンソンBoris Johnson)首相が提案した死のレベル(the level of death)は「受け入れられない」と述べたことを、英国ガーディアン(Guardian)紙は伝えました [1]。ここでは、このガーディアンの記事の内容を中心に紹介したいと思います。

1. ガーディアンの記事

記事では、7月5日のジョンソン首相の表明を伝えています。すなわち、彼は、マスクや社会的距離の取り方などの規制を7月19日までに撤廃する計画があるとし、英国はウイルスと共存することを学ばなければならないと述べました。また、2週間以内にCOVID-19感染者が1日5万人に達する可能性があるとし、「悲しいことだが、COVID-19による死亡者が増えることを受け入れなければならない」と述べました。

このような英国式の「COVID-19による死亡者を受け入れるかどうか」という問いに対するアーダーン首相の反応は、次のようなものでした。「国によって選択の仕方は異なる。私にとっての優先事項は、NZが得たものをいかにして維持し続けるか、そしてそれによっていかなる選択肢があるかということである。なぜなら、世界はこのウイルスでまだ終わっていないのだから」。

記事では、アーダーン首相とともに記者会見に列席したCOVID-19対策担当大臣のクリス・ヒプキンス氏(Chris Hipkins)、アシュリー・ブルームフィールド(Ashley Bloomfield)保健省長官、疫学・公衆衛生学者でもあるマイケル・ベイカー(Michael Baker)教授の発言も紹介しています。

ヒプキンス大臣は「NZでは、このような事態(英国式やり方)を喜んで受け入れることはできない」と述べました。

ブルームフィールド長官は、状況を注意深く見守っていると述べ、感染者がコントロールできなくなった場合、英国を飛行禁止リストに載せる可能性があるとしています。NZが4月にインドとの間で行ったように、フライトを停止する可能性があるかどうかについての質問には、「毎週、すべての国のリスク状況を確認していおり、決定を下さなければならないような英国からの入国者にリスクの状況についても注視している」と述べました。

つまり、規制解除により英国での感染者が爆発的に増加した場合、NZは英国を飛行禁止リストに載せることを検討する可能性があるということです。

イカー教授は、NZの将来のロードマップは、高いワクチン接種率、マスク着用の義務化、流行を抑えるための外出制限などの対策の組み合わせになるだろうと述べています。そして、NZは「恵まれた立場」にあり、排除措置を継続するか、方針を変更するかについて、十分な情報を得た上で選択することができると述べています。さらに、NZの排除型アプローチ(いわゆるゼロリスク)は、「公衆衛生の観点からも、公平性の観点からも、自由の観点からも、そして経済の観点からも、すべての指標において いかなる代替策よりも優れている」と強調しています。

記事では、オーストラリアのCOVID-19の現状も伝えています。オーストラリアはNZと状況が似ているけれども、スコット・モリソン(Scott Morrison)首相のレトリックは最近、ジョンソン風にシフトしていること、オーストラリアの再開ロードマップを4段階に分け、第3段階までにCOVID-19をインフルエンザや「他の感染症」と同様に扱うと述べたことを伝えています。

記事では最後に、英国の対策に対する専門家の困惑と批判も伝えています。ベイカー教授によれば、公衆衛生の専門家は、英国がCOVID-19を野放しにしていることに心を痛めており、ウィズコロナ(“living with it”)という言葉は、何百万人もの感染者の影響やウイルス制御のための代替手段を伝えていない、「意味のないスローガン」だと言います。

さらに、「私たちは、パンデミックの制御ができていないヨーロッパや北米から多くのレトリックを、頻繁に吸収している。ボリス・ジョンソンらの言うことに必ずしも従うべきではないと考えるし、ウイルスと共存することを学ばなければならないということも受け入れられない」と述べています。

記事の最後にあるベイカー教授の発言は以下のようになります。

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We always have to be a bit sceptical about learning lessons from countries that have failed very badly.

"大失敗した国から教訓を得ることについては、常に少し懐疑的でなければならない"

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記事の内容は以上ですが、翻って、日本の場合はどうかと言えば誠にお粗末の一言です。菅首相は「日本は欧米と比べて格段に感染者数と死者数が少ない」と都合良く述べたかと思えば、ウィズコロナの考え方やmRNAワクチンの普及については疑いもなく真似をするという状況になっています。

2. 流行状況

それではNZのCOVID-19の流行状況はどのようになっているのか、同じ島国・地域である、英国、日本、台湾とあらためて比べてみたいと思います。

図1は4カ国の感染状況の推移を示していますが、英国が突出しているので、ほかの3ヶ国の状況が見づらいです。図からは、英国における、デルタ型変異ウイルスによる再燃が見てとれます。

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図1. 英国、日本、台湾、ニュージーランドにおける新規陽性者数(人口百万人当たり)の推移(Our World in Data [2021.07.09]からの転載).

図2は、英国を除いた3ヶ国の流行状況の推移を示します。日本における陽性者数の圧倒的な多さ、台湾での最近の流行とその抑え込み、NZにおける初期の流行などが読み取れます。

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図2. 日本、台湾、ニュージーランドにおける新規陽性者数(人口百万人当たり)の推移(Our World in Data [2021.07.09]からの転載).

図3には4カ国におけるCOVID-19の死者数の推移を示していますが、やはり英国が突出しているので、ほかの3ヶ国の状況が見づらいです。

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図3. 英国、日本、台湾、ニュージーランドにおける新規死者数(人口百万人当たり)の推移(Our World in Data [2021.07.09]からの転載).

図4に英国を除いた死者数の推移を示します。図2に示した流行に対応するように、日本における死者数の多さ、台湾での最近の死者数の増加とその抑え込み、NZにおける初期の死亡事例などが読み取れます。

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図3. 日本、台湾、ニュージーランドにおける新規死者数(人口百万人当たり)の推移(Our World in Data [2021.07.09]からの転載).

このようにしてみると、NZでは初期の流行からすぐに何をなすべきかを学び、ゼロリスクを目指した対策を立て、それが功を奏してきたことがわかります。台湾も同様ですが、ちょっとした防疫対策の気の緩みで、たった1人の国際線パイロットの感染者の侵入を許し、最近の急速な流行拡大に至ったことが分かります。しかしそれも抑え込みに成功しているようです。

一方、日本は最初から何も学ばず、ズルズルとここまできたということでしょう。

おわりに

同じ島国・地域である英国、日本、台湾、NZのなかで、その利点を最大限生かして対策をとったのが台湾とNZということになるでしょう。加えて。NZは人口密度が低いということも味方になったと思います。

しかし、何と言っても今回のガーディアンの記事からもわかるように、アーダーン首相の傑出した能力と指導力・決断力、そしてNZのウィズコロナ否定という独自性がこの国の成功をもたらしている要因ということが言えます。記者会見での記者の質問に的確かつ丁寧に答えるアーダーン首相や担当大臣の姿勢は印象的です。

対照的に、記者の質問には答えず、質問も遮り、科学と学者を軽視し、思いつきと思い込みで突き進むわが国の首相とは雲泥の差です。それが図2、4で示される両国の差になって現れていると思います。

そして、「死のレベルを受け入れる」という欧州のウィズコロナの概念をおそらく考慮することもなく、無頓着にウィズコロナという言葉を使っている日本の為政者、TVコメンテータ、マスコミのいい加減さには閉口します。一体どう意味で使っているのでしょうか。

最後に、自国の対策について否定的な見解を取り上げて記事にする英国の新聞についても、本来のマスコミのあり方として印象づけられます。

引用記事

[1] McClure, T.: New Zealand not willing to risk UK-style ‘live with Covid’ policy, says Jacinda Ardern. The Guardian July 7, 2021. https://www.theguardian.com/world/2021/jul/07/new-zealand-not-willing-to-risk-uk-style-live-with-covid-policy-says-jacinda-ardern

                

カテゴリー:感染症とCOVID-19