Dr. Tairaのブログ

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日本メディアのコロナ報道にみるバイアス

はじめに

先日(2月11日)、NHKのNews Watch 9を観ていたら、デンマークのコロナ規制解除に関するニュースが出てきました。私はこれを観ていて、「ああ。また誤ったメッセージになりかねない」と率直に思いました。なぜそう思ったかと言えば、デンマークと日本の背景を比較をすることなしに、そして感染対策で先進諸国のスタンダードから離れた日本の状況を考慮することなしに、デンマークの状況を一方的に流すことが、暗に日本の視聴者に規制解除の情宣効果を与えることになるからです。

このブログ記事で、日本のメディアにみられるこのような表面的なバイアスがかかった報道について検証するとともに、日本の、特に検査をめぐる感染症対策の現状に触れてみたいと思います。

1. NHK報道の内容

ここで、もう一度2月11日のNews Watch 9の報道を振り返ってみましょう。番組では、デンマーク政府の選択として、感染者が増えているにもかかわらず、公共交通機関でのマスク着用やワクチン接種証明などの規制を撤廃することを伝えていました(図1左上)。

背景や理由として、重症者数が増えておらず、医療提供体制がひっ迫していないこと(図1右上)、検査が充実しており、学校でも簡易検査キットを配るなど対策が徹底していること(図1左下)、ワクチンのブースター接種が進んでおり、もはや「社会的脅威ではない」という国の認識があること(図1右下)を紹介していました。その上で、「新型コロナとの共生路線、鮮明に」というフレーズを添えて伝えていました(図1右下)。加えて、規制があってもなくても国民はコロナに感染しているという市民の声も紹介していました。

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図1. NHK NEWS WATCH 9のデンマークのコロナ規制撤廃に関する報道画面(2022.02.11).

上記のように検査が充実していることやいくつかの理由については触れていましたが、日本が参考にできるような検査数やゲノム解析などの具体的な実績については触れておらず、なぜデンマークがそのような政策をとれるのか(逆に言えば日本にはマネができないこと)の深堀りが今ひとつできていないと感じました。むしろ、視聴して「日本も参考にして出口戦略を考える必要がある」風に受け取れる内容でした。

これを視聴して、私は直ぐに、以下のようにツイートしました。

デンマークの検査数は、現在(2月10日時点)、人口100万人あたり約2100万件で世界トップです。すなわち、数字上国民全員が20回以上検査したことになります。一方、日本の検査数は29万件弱/人口100万人であり、世界137位です。デンマークとは7倍以上の開きがあります。

デンマークCOVID-19患者のほとんどについて、ウイルスのゲノム解析を行なっています。SARS-CoV-2の系統について記すPANGO Lineage [1] を参照すると、オミクロン変異体lineage B.1.1.529)で言えば、デンマークは約69,000配列が登録されています。一方、日本の登録数は約8,700で桁が違います。

そもそも人口で大きな開きがあり、感染状況が異なるデンマークと日本を比べることが難しいと言えます。デンマークの人口は約580万人で、千葉県の人口に少し満たない程度です。しかし、現時点での感染者数は218万人で、実に国民の37%が感染した計算になります。ちなみに、日本の感染者数は376万人でまだ人口の3%にしかなりません。一方で、パンデミック期間を通じての致死率はデンマークで0.18%、日本は0.53%であり、約3倍の開きがあります。

人口比での感染者数や死亡者数は日本より圧倒的に多いデンマークですが、規制しても規制しなくともみんながかかる病気であり、致死率はそこそこ抑えられているという意識が国民にあるようです。背景には検査数やゲノム解析例やワクチン接種率の数字に裏付けられた流行の把握と感染対策の徹底があり、その上での政府の規制撤廃策ということへの国民の信頼性(期待感)があるのではないでしょうか。その背景にはウィズコロナ戦略(下記)があります。そこを抜きにして語れないのです。

NHKの報道の仕方は、意図的かどうかはわかりませんが、コロナが「社会的な脅威ではない」、「コロナとの共生」という部分が切り取られて、ある部分は誤解されて視聴者にイメージされることにより、誤った方向へ誘導する危険性を秘めています。日本では、国民の政府に対する信頼性は必ずしも高くないと思われるのですが、その信頼性のなさがかえって合理的ではない方向へ傾く危険性です。

すなわち、日本は検査を含めた感染対策や医療提供体制が相変わらずきわめてお粗末であり、土台、デンマークのマネなど到底できないはずなのに、そこを飛ばして「政府は何をしてるんだ」という批判とともに「コロナとの共生」という日本独自のあいまいな路線に国民の意識が向かうことです。

欧州におけるいわゆるウィズコロナ戦略は、"live with the coronavirus"(コロナがいてもかまわない、一定の被害を受け入れる)であり、「コロナとの共生」(live together〜、coexist with 〜)ではないのです。事実デンマークでは人口比で日本とは比較にならない程大勢の人が亡くなっていますが、これを許容している状態です。

日本ではコロナと共生、コロナと共存という形容が盛んに使われていますが、果たしてどのような意味なのか、私はよくわかりません。この意味について、為政者や専門家がはっきりとした対策と出口戦略をもって説明したことがあるでしょうか。

2. 先進諸国における感染と検査状況

SARS-CoV-2検査は、医療行為の前提となるコロナ患者の確定のみならず、無症候性陽性者を含めた感染者の隔離という防疫対策、水際対策、流行状況の把握、ゲノム解析への予備情報付与、社会政策決定などにおいてきわめて重要です。この重要性にも関わらず、日本では当初からPCR検査抑制論がはびこり、ややもすると医療行為のみとして検査を捉える視野狭窄的な意見が医療専門家や有識者からも出ていることは周知の事実です。

ここで、あらためて世界の検査の状況をみてみましょう。まず、G7諸国、デンマーク、およびワクチン接種で先行したイスラエルの計9カ国の人口比陽性者数(1週間の移動平均)の推移を示したのが図2です。図から明らかなように、いずれの国においても、デルタ流行時と比べてオミクロン流行で圧倒的に多い感染者数を出しているのがわかります。多くの国では流行のピークを過ぎているのが見てとれますが、ワースト1位のデンマークでは高止まりの状況であり、ドイツや日本はまだピークが見えない状況です。日本はこの中で7位につけています。

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図2. G7諸国、デンマークイスラエルにおける人口100万人あたりの新規陽性者数の推移(2021年6月20日〜2022年2月11日、Our World in Dataより転載).

次に人口比の検査数(1週間の移動平均)の推移をみたのが図3です。陽性者数が多い国は検査数も多くなるのは当然ですが(デンマークは検査数でもトップ)、ここでは日本が最下位に沈んでいることがわかります。つまり、現在においても日本の検査貧国という状態が続いていることが言えます。

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図3. G7諸国、デンマークイスラエルにおける人口千人あたりの日別検査数の推移(2021年6月20日〜2022年2月10日、Our World in Dataより転載).

人口比陽性者数では7位の日本ですが、検査陽性率(1週間の移動平均)になると、途端にトップクラスに躍り出ます。図3に示すように、第6波流行とともに直線的に検査陽性率が上昇中であり、ドイツと肩を並べる状態になっています。ドイツはメルケル政権から今のショルツ政権になって、少しおかしくなったような気がします。

他の諸国は、おおむね30%前後をピークに陽性率が下がり始めています。いずれもオミクロンで多くの感染者を出していますが、必死に検査を行なっている様子がうかがわれます。

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図4. G7諸国、デンマークイスラエルにおける検査陽性率の推移(2021年6月20日〜2022年2月10日、Our World in Dataより転載).

3. 日本の検査状況

少々くどいですが、ここでわかりやすくするために日本だけを抜き出して図にしてみましょう。図5に示すように、デルタ流行以来、年末まで徐々に減り続けていた検査数(1週間の移動平均)が、正月休みでガクッと減り、その後急激に増えていることがわかります。その後1月下旬から検査は減少傾向になっています。

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図5. 日本における人口千人あたりの日別検査数の推移(2021年6月20日〜2022年2月10日、Our World in Dataより転載).

実は、昨年12月頭から新規陽性者数は上昇に転じていましたが(つまりこの時点で第6波は始まっていた→2022年を迎えて−パンデミック考)、三桁の新規陽性者数で一見目だたず、メディアも検疫におけるオミクロン陽性者数については伝えていたものの、上昇に転じたことについては報道していませんでした。

図5は Our World in Data によるものですが、厚生労働省が公表しているPCR検査実施件数の推移を図6に示します。これを見ると、1月下旬からのPCR検査数の減少がよりはっきりとわかります。

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図6. 日本における日別検査数の推移(NHK特設サイト「新型コロナウイルス感染症」より転載).

図6に見られるPCR検査数の減少は、報告の遅れなどもあるので割り引いてみる必要がありますが、全国的に検査数を減らしているのは明らかです。

図7には、日本における検査陽性率(1週間移動平均)の推移を示します。今年に入って陽性率が急上昇しているのがよくわかり、40%を突破するまでに至っています。最近では検査数が減少しているのに陽性率が上昇中ということは、検査が全く追いつかず、限りなく飽和状態になっているということです。もはや日々報告される新規陽性者数が感染の実態を現していないということです。

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図7. 日本における検査陽性率の推移(2021年6月20日〜2022年2月10日、Our World in Dataより転載).

注意しなければならないのは、日本の新規陽性者数には、抗原検査の陽性や厚労省の公表数(行政検査数)に反映されない民間検査の陽性数も、さらにはみなし陽性者数も加算されているということです。WHOに報告されている(Our World in Dataに反映される)数字はどのようになっているのか、よくわかりませんが、非常に複雑になっていることは言えるでしょう。

大都市圏を中心に、まだ第6波のピークははっきりしないなか、いま自治体は検査数を減らしています。自治体によっては、行政検査数と同じか、それ以上の新規陽性者数も出てくる始末です。神奈川県に至っては、あろうことか、数字の公表を止めると発表しました。もはや検査崩壊、統計崩壊の状況に陥っており、日本の流行はいまどうなっているのかわからない状態です。このような状況にもかかわらず、メディアは、「新規陽性者数が減っている」とだけ強調しながら伝えています。

おわりに

日本における検査やワクチンブースター接種を含む感染対策は、先進諸国のスタンダードから大きく離れています。そこを飛ばして、欧州の"live with the coronavirus"方針による社会経済を回す動きに、「それに続け」的な短絡的意見がテレビ上でもSNS上でも出てきています。これにはメディア報道にも責任の一端があると思います。

いまNHKをはじめとするテレビ局や他のメディアは、各国の流行状況やコロナ政策を紹介したり、日本の今後の流行予測を紹介しています。先般の国会では、今後の流行がマッターホルン型になるのか富士山型になるのかの議論もありました(→ピークアウト後は富士山型?)。しかし、公表される数字と感染流行の実態に乖離があることは明白であり、アドバイザリーボードの脇田座長さえもそれを明言しています。

この状態をはっきりさせないまま、海外との比較、見かけの数字に基づいた流行予測、実効再生産数、「ピークアウト」などをメディアが報じることは、常にバイアスを伴うことになり、国民へ誤ったメッセージとなる危険性があります。

メディアがより積極的に伝えるべきことは、検査数の絶対的不足を含めた日本感染流行対策の立て直しや、目の前の被害拡大に対する政府や自治体の取り組みの問題ではないでしょうか。

引用したウェブサイト

[1] PANGO Lineage https://cov-lineages.org/index.html

引用したブログ記事

2022年2月9日 ピークアウト後は富士山型?

2022年1月2日 2022年を迎えて−パンデミック考

                     

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2022年〜)