Dr. Tairaのブログ

生命と環境、微生物、科学と教育、生活科学、時事ネタなどに関する記事紹介

ゾンビのように復活した「37℃, 4日以上」のなぜ?

はじめに

パンデミックが始まった当初に政府や専門家から出された悪名高い、いわゆる「37℃, 4日間」の受診の目安は、まだ記憶に新しいところです(→新型コロナ受診の見直しについて思うこと)。私は、コロナパンデミックの間、このフレーズを聞くことは二度とないだろうと思っていましたが、驚くことに昨日また耳にしてしまいました。

8月2日、日本感染症学会、日本救急学会、日本臨床救急学会、日本プライマリ・ケア学会の4学会が緊急声明を出し、37℃, 4日間」の受診の目安を復活させたのです [1]。私はこれを聞いて、この内容とともに、日本のこれまでに新型コロナウイルス感染症COVID-19)対策を担ってきた専門家にもあらためて怒りが込み上げてくるのを抑えきれず、すぐにツイッター上で批判しました。

今朝のテレビ情報番組 [2] で、この4学会の声明と同日に行なわれた専門家有志の提言・記者会見を紹介していましたので、このブログ記事で紹介しながら、日本の感染症対策の問題点を考えたいと思います。

1. 4学会の声明

今回、4学会が緊急声明を出した理由として、感染拡大で救急外来・発熱外来がひっ迫している、救急要請に対応できない事案が発生している、医療関係者にも感染拡大し、一般診療にも影響が出始めている、などを挙げています(図1)。ちなみに、このメッセージは一般人に向けられたものです。

図1. 4学会による緊急声明とその理由(2022.08.03. テレビ朝日羽鳥慎一モーニングショー」より).

この声明においては、核心部分である発症者の医療アクセスについて以下のポイントが挙げられています。

----------------------

1. 症状が軽く、65歳未満で基礎疾患や妊娠がなければあわてて検査や受診の必要はない

2. 症状が重い場合や37.5℃以上の発熱が4日以上続く場合は、医療機関への受診が必要

3. 救急車を呼ぶ必要がある症状は、顔色が明らかに悪い、唇が紫色になっている、急に息苦しくなった、胸の痛みがある、など

4. 判断に迷う場合は普段から体調を管理しているかかりつけ医への相談

----------------------

その上で、発症から受診までの流れを以下のようにまとめています。

図2. 4学会が提言した発症から受診までの流れ(2022.08.03. テレビ朝日羽鳥慎一モーニングショー」より).

これらを見聞きしていて、まず第一に思うことは、本来「感染症から国民の健康や命を守る」のがパンデミック下における医療の役目であるはずなのに、医療がひっ迫してくると当事者によって「医療を守る」ことに矮小化されてしまうことです。もちろん、医療がひっ迫してくるとコロナ以外の一般医療にも多大な影響が出ますから、当たり前のシフトでもあるわけですが、第7波にもなって、なぜ依然として医療をひっ迫させてしまうのかの視点が見えてきません。

第1波のときに出された「37℃、4日間」の時も、「協力して医療を守って行くことが大事」というスローガンが添えられていました。今回の4学会の声明も、基本的に第1波のスローガンと同じです。

第二に思うことは、「医療を守る」ために、発症者に多大で実情にそぐわない要求をしていることです。上記の4つのポイントには、正直言って素人には判断できないようなこと(自己診断)も含まれています。具合が悪いというだけで、医者に行く判断は簡単にできます。しかし、受診の目安と照らし合わせて、どの程度の悪さかを発症者自身が判断しながらそれを決めるとなると、なかなか難しいです。

判断に迷う場合にはかかりつけ医に相談しろというのも実情に即していません。高齢者や持病があってかかりつけ医を持っている人はいいですが、ここで対象としている軽症で済むような若年層の多くはかかりつけ医をもっていないでしょう。たとえ、かかりつけ医や近くの病院に電話しても、多くは保健所や発熱外来に連絡しろとアドバイスされるのがオチです。そして発熱外来に電話しても繋がらないか予約がとれない、救急車を呼んでもなかなか入院できない現状があります。

そして、問題の「37℃、4日間」の復活です。第1波のときは、この目安のために受診、検査が遅れ、わざわざ重症化させてから治療に入るということが起こりました。今回もこの危険性があります。4日以上経てば、治療薬も効きにくくなる可能性があります。

発症者の大部分は軽症と言っても、第7波は、当初と比べてウイルスの感染力が著しく強く、その分絶対数が桁違いに多く、重症者もその数字に応じて出てくるのです。ここが念頭になかったために被害を拡大したのが第6波であり(→「オミクロンは重症化率が低い」に隠れた被害の実態重症者が増えなければよいという方針で死亡者増 )、それがまた第7波で繰り返されようとしているのです。

「軽症の場合、自宅で4日間待機」はコロナ禍の初期を思い出しますが?というメディアの問いに、日本プライマリ・ケア連合学会の大橋博樹副理事長は次のように応えています [1]

コロナ禍初期はどのような病気か分からず、実は『あの基準が本当に正しいか』ということが確かにあった。オミクロンは基礎疾患のない方・若い方は、ほとんどが軽症と分かっている。今すぐ医療を必要としている高齢者や基礎疾患のある方のために、まずは自宅で療養というのを、この数週間はぜひご協力いただきたい。

ちょっと聞くと、最もらしい意見に思えますが、新型コロナ感染症においては、高齢者や基礎疾患のある人が脆弱者であり、年代における重症化率はウイルス変異体によって若干差があるけれでも、大部分は軽症である傾向は第1波からずうっと同じです。然るに、なぜオミクロンになって、なぜこの第7波になって、「37℃, 4日間」が復活するのかについては直接答えていません。

症状が軽症であれば、自宅療養、自主隔離というのは、世界保健機構(WHO)も認めている国際標準の措置です。ところが、日本が世界と異なるのは、自宅療養の人が症状が悪くなった場合、いざ医療にアクセスしようとしても、それが難しいという状況にあることです。そして、「37℃, 4日間」という受診の目安まで決められていることです。こういうことは欧米諸国ではあり得ません。

医療提供側(学会)が一般人に求めることは(そして政府側に対しても)、このような受診の目安や医療アクセスへの制限ではなく、これ以上感染者を増やさない努力、つまり感染拡大を防ぐための行動変容でしょう。政府の「行動制限なし」方針は、国民の気を緩ませ、感染リスクを伴う行動を広げる方向へしか働いていません。

2. 専門家有志の記者会見

政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身茂会長など専門家有志18人は、昨日、医療ひっ迫の深刻化を踏まえて、社会経済活動を継続を両立するための提言を行ないました。これは上記の4学会の声明とは異なり、主に政府向けへのメッセージです。

この提言では、感染の新規陽性者を確認する「全数把握」を見直すこと入院患者ら重症化リスクのある人や死者に絞って情報把握することなどを継続する、などの提案がありました。さらに、保健所による濃厚接触者の特定を行わないようにすること外来・入院可能な病院の拡大も盛り込まれています。

全数把握の見直しは、この業務の煩雑さ(診断した現場の医師がHER-SYSに情報入力、あるいは保健所が代替入力)と、あまりにも感染者が増えたことによる実質全数把握が難しい状況によるものです。いま20万人を超える新規陽性者数が記録されていますが、逆に言えば、これが日本の検査と全数把握の能力の限界だということです。

私はすでに全数把握の限界について以下のようにツイートしています。

専門家有志が言うように、全数把握をやめるのはいいですが、流行把握のためのた代替法を考える必要があります。死者数記録の継続はともかくとして、重症化リスクのある人のスポット的な調査ではあまり意味がありません。外来・入院可能な病院の拡大も第7波が終わってからやることではなく、今直ぐ取り組むことでしょう。

テレビ番組でもコメンテーターの玉川徹氏が述べていましたが、尾身氏らは政府に対していろいろ言える立場の人なので、ここに来ての提言は今さら感の印象しかありません。この人たちの能力の限界と言ってしまえばそれまでですが、検査資源の拡充や医療提供の運用法については、もっと早くにより適切にアドバイスできたはずです。

3. なぜ繰り返されるのか

タイトルに「ゾンビのように復活した『37℃、4日間』」と書きましたが、なぜこのようなことが繰り返されるのでしょうか。一つは、日本の感染症対策が「患者を診る」ための対策ということにばかり注力されて防疫や公衆衛生学の視点を欠いているからです。つまり、患者にどう対応するという、医療の視点でもっぱら考えられているのが日本の感染症対策です。

防疫は、文字通り攻撃をあらかじめ予防するための措置であり、戦争で言えば、敵に攻められる時の戦術としてのレーダーや偵察や情報収集に相当します。新型コロナに当てはめれば、検査、流行監視、情報分析、リスクコミュニケーション、予防注射などがあります。そして、そのために、どの程度の医療提供体制であるべきか、どのように運用すべきかという、ロジスティクスとマネージメントが要求されます。

日本はここがまるでダメなのです。たとえば、検査抑制論は当初からありましたが、検査不足、検査資源不足は慢性的であり、3年目に突入しても依然として続いています。リスクコミュニケーションにおける「重症化率、重症者数が重要」という誤解されやすい情報流布は、脆弱者はだれか、被害の本質は何かを隠してしまい、犠牲者を増や続けています。デルタ以前の定義に基づく重症者数は毎日数十人程度しか増えていないのに、オミクロンでの死亡者は100人以上出しているのがその現れです。

発熱外来が全医療機関の35%しかないというのは、まったくロジスティクスの失敗です。PCR検査は市中、民間、医療機関、大学等のどこで行なうが、陽性と出たら陽性ですが、その確定診断を医師の専権事項にしたことで、彼らの業務に負荷がかかってしまっていることも、ロジスティクスの問題です。今頃になって自宅での抗原検査での陽性判定を認める動きになっていますが、それならPCR検査判定も医師の専権から外すべきでしょう。

二つ目はパンデミックという視点が希薄であることが挙げられます。パンデミックとは簡単に言えば、グローバルに社会的かく乱を起こす病気のことで、感染・伝播力はきわめて重要ですが、致死率や重症化率が一義的に重要でないことは先のブログ記事(→「コロナが5類引き下げになったら」で想像できること)で述べたとおりです。いかに病気が広がり、脆弱者に被害を与え、それが継続し、社会的影響が大きいかということがポイントです。

たとえば、COVID-19の60歳以下の重症化率は0.03%で、季節性インフルエンザ並みです。しかし、発症者が1万人の場合と100万人の場合では、重症者数が前者が3人、後者が300人となり、重症者用ベッドの数は全く異なります。オミクロンは軽症と言われますが、まさに後者のケースであり、感染者数が圧倒的に多いために、医療に負荷をかけてしまうのです。そして、感染力が強いために、軽症者や無症状感染者が脆弱者である高齢者に容易に伝播し、被害を広げるという特質があります。

上記のように、今起きている問題は、防疫体制の不備と医療提供体制のロジスティクスの無さのために、偏に、運用上の医療提供キャパシティをはるかに超えて感染者数が増えていることで起こっています。「重症患者のためにベッドを空ける」と言いながら、その実、重篤患者を増やし死亡者を増やしているのです。

おわりに

新型コロナは2年前と比べて恐ろしい病気か、いやそうではない、軽症ですむ病気だという意見が散見されますが、果たしてそうでしょうか。2年前と異なることはワクチン接種が進んだことと異なるウイルス変異体による流行が起こっていることですが、ワクチンの効果でオミクロンの重症化率が低いようにみえているだけという報告もあります(→オミクロンの重症化率、致死率は従来の変異体と変わらない?)。

また、今流行しているBA.5が先のBA.1やBA.2よりも入院率が高いことや、重症化しやすい可能性をもっていることは論文上でも指摘されています(→見えてきた第7波流行での最悪の被害)。これらは、今回の記者会見や4学会の声明では全く無視されているようです。

いずれにしろ、オミクロンの新型コロナ症はパンデミックの病気という状況は変わらず、依然として脅威なのです。「コロナは軽症」という見解では、感染力を増しているウイルスの病気だということも忘れられているようです。被害の実態と今の社会的混乱をみてほしいと思います。

為政者(例:神奈川県の黒岩知事)や専門家は、立ち行かなくなったコロナ対策や対策の失敗を、感染症上の見直し(いわゆる2類→5類問題)にすり替えるような動きも出てきています。しかし、繰り返しますが、これは防疫戦略と医療提供ロジの失敗に帰因することであって、法律云々以前の問題です。さらに、言わば苦肉の策とも言える「37℃, 4日間」という受診の目安の復活は、「国民の健康と命を守る」という意味からは、本末転倒の提言と言えましょう。

政府は社会経済を回すために、行動制限なしで行くことを継続しています。しかし、そのための検査・医療提供体制は全く不備のままであり、その結果が第7波の感染拡大、医療崩壊、犠牲者の増加です。そして、20万人/日を超える程度の感染者数の規模で、検査キットが足りない、医療用の検査に回せ、全数把握が無理と言っている国力の乏しさが露呈しています。ちなみに米国、欧州主要国、韓国などは、これよりはるかに多い感染者数で、全数把握を含めたパンデミック対応をしてきました。

引用記事

[1] テレ朝news: 4学会が声明 「症状軽い場合、受診や検査せず自宅待機を」Yahoo Japanニュース 2022.08.02. https://news.yahoo.co.jp/articles/e0ebbccf10d1c07318be2f8e83c9617860a6dd36

[2] スポーツ報知: 玉川徹氏、尾身茂会長らの提言に憤慨…「今ごろ何を言っているんだ」. Yahoo Japanニュース 2022.08.03. https://news.yahoo.co.jp/articles/5cc9240119cbb171d587536b3ad98bb0488e0d44

引用した拙著ブログ記事

2022年7月31日 「コロナが5類引き下げになったら」で想像できること

2022年7月27日 見えてきた第7波流行での最悪の被害

2022年5月6日 オミクロンの重症化率、致死率は従来の変異体と変わらない?

2022年5月1日 重症者が増えなければよいという方針で死亡者増 

2022年1月30日 「オミクロンは重症化率が低い」に隠れた被害の実態

2020年5月7日 新型コロナ受診の見直しについて思うこと

                    

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2022年)